BL的な戦いはこれからだA
「はぁ? 魔王はここにいない?」
「だからお前達人間が送り込んできた勇者……名をクランといったか……に連れて行かれたといっているだろう! というか返せ! 兄様を返せ!」
そう玉座にいるはずの人物がいないのを再度確認して、勇者であるシャルは目の前の人物に対してため息を付いた。
「……子供の言う事はあてにならないから、もっと別のまともそうな魔族を呼べ」
「むうっ! 嘘は付いていないのに!」
「……大体お前何なんだよ」
「現魔王リントの弟のリコだ!」
腰に手を当てて分とえらそうにふんぞり返るリコ。
女の子と見違えるほどに愛らしく可愛いが、口から出てくる言葉は尊大で、とりあえずシャルは信用も出来ないので適当に聞き流していた。
もっと大きく育てば、真面目に話を聞いて口説くのに惜しいなと思うくらいには好みだったが、いかんせん相手は子供で、そもそも男で……いや男同士はそれほど珍しくないのであまり問題にならないから良いのだが、恋愛対象にはならない。
「そうかそうか。お? まともそうな魔族が出てきた。じゃあな、クソガキ」
「誰がクソガキだー!」
と叫ぶリコの頭をシャルは抑える。
じたばた暴れて、リコは必死にシャルにパンチを繰り出すも手が短すぎて届かない。
そんな様子を楽しみながら、年老いた魔族にシャルは話を聞く。
それによると三日ほど前に、勇者と名乗るものがやってきて魔王を倒していずこかへと連れて行ってしまったらしい。
そして魔王を倒したという報は人間側にも伝わっていた。
だがそれ故に、魔王軍が人間への侵攻を更に苛烈なものへと変えつつあった。
既に五つほどの村と大きな町が一つ、魔王軍に占領されており、今の所目立った虐殺などは起こっていないようだった。
人間側は、『魔王様を返せ』という魔王軍側の要求により魔王を倒した弔い合戦かと動揺している状態ではあったのだが……。
「……そのままの意味かよ」
頭が痛くなったように額に手を当てる勇者シャルに、目の前の魔族の老人は続ける。
「では、もし貴方が魔王様を連れ戻して頂けるのなら、すぐにでも人間の町や村を開放しましょう。そもそも今回もこちらが何もしていないのに……」
「いや、魔物が大量に人間襲って困っているんだが……」
「下等な生物の大発生までこちらは責任持てませんと、前から言っているのにまったく……。そもそも、そいつらのせいで我々だって被害が出ているのに……」
「魔物が魔族を襲うのか?」
「では逆に聞きますが、動物は人間を襲わないのですか?」
なるほどと頷いてから、勇者シャルは溜息を付いて、魔王探しへと旅立ったのだった。
この世界は複数の世界と常に重なったり離れたりを繰り返している。
今まで接触してきた世界による人間界への侵攻は、幾度となく勇者の血統によって阻まれてきた。
そして現在20程敵対した世界との行き来は出来ないように封じられていたりするのだがそれは良いとして。
現在、勇者シャルが乗り込んできた世界は、21番目の魔界である。
今までのなかでは一番友好的で、知能や教養もある程度高く、人間と魔族の交流も多少は起こり始めたのだが、今年の魔物の異常発生によって勇者が派遣される事となった。
ただ、様子見ということで、勇者の血統では無い者を今回勇者として送り込んだのだが、見事魔王を倒してしまったのである。
俺の立場はどうなんだと、と勇者シャルは思ったわけだが、今回の騒動で借り出されたので実は少しほっとしていたりする。
そしてかの老人の魔族に言われるままに仲間を連れて、魔王探しをはじめたわけだが、
「何でクソガキの世話なんかしないといけないんだ、俺が」
「僕はクソガキじゃない! リコだ! というか下等な人間はリコ様と呼べ」
「はいはいクソガキクソガキ」
「むきー! このっ」
「おっと、すねを蹴ろうとするな」
「素直に蹴られろ!]
[痛いのは嫌だから、嫌だね」
「蹴るまでやめない! それから僕の事をリコ様って呼べば考えてやらなくも無いぞ!」
「うるさいな。仕方が無いな、ほらよ」
そういって、シャルはリコを抱き上げて、片腕に乗せたまま連れて行く。
こうすれば蹴られる事も無い。
それにリコは顔を真っ赤にして抵抗する。
「放せ! 下ろせ!」
「暴れると落ちて痛い思いをするぞ」
「ううー」
悔しそうにむーとリコは唸って、大人しくなる。
そして落ちるのが怖いのか、ぎゅっとシャルの服を掴んでいる。
何だ可愛い所もあるんだなと思いながら、シャルはリコを連れて行くことになった経緯を思い出す。
「リコ様は、魔王様の居場所を感じ取れますので連れて行ってください」
「「な!」」
声を上げたのは、シャルとリコの二人だった。
リコは老人の魔族に食って掛かる。
「何故だ! どうして僕がそんな……」
「リコ様、たまには外に出て太陽の光を浴びるのも良いですよ?」
「嫌だ! 外に出たら溶ける!」
なんという子供だと呆れながらシャルが見ていると、
「リコ様、お兄様の事が心配ではないのですか?」
「それは……」
「今の所それが判る力を持つのが、リント魔王様よりも強い魔力を持つリコ様だけなのですから」
「それは……そうだが」
それでも躊躇するように、むーと考えながら、シャルやその他の仲間達を眺めて、一言付け加えた。
「魔族は他につけないという条件なら良いぞ」
それに老人の魔族は酷く焦ったようだが、リコがどちらか選択しろと突きつけて、結局リコの面倒をシャルが見ることになった。
しかしこのお子様、確かに魔族の王子様であるわけだが、仲間とシャルへの態度が全然違う。
「リコちゃん、飴玉いる?」
「いるー♪」
魔法使いから飴を貰って、口に頬張りにこにこと嬉しそうに笑う。
こんな顔俺にはしないくせに、とシャルは少しむっとしてしまう。
可愛くない。全然可愛くない。
そんな風に思っているのが分かったのか、リコがシャルを見上げて、
「……何でそんなに不機嫌なんだ」
「リコが生意気だから」
ふてくされたように言うシャルをリコはじっと見つめて、何か思うところがあったらしい。
「……もういい、僕は自分で歩く」
「足は蹴らないか?」
「……うん」
そういうので地面におろしてやるが、すぐにリコは足に蹴りを入れようとする。
なので襟首を掴んで、シャルは再び抱き上げてしまう。
「……お前本当に軽いのな。ちゃんと食べているのか?」
「僕は小食なんだ! 大きなお世話だ! ふんっ」
とそっぽを向くのも可愛くない。
なまじ昔、魔族の王族が人間の王に会いに来た時に、たまたま城の庭で垣間見した初恋の相手にそっくりだったから。
暖かさに夏の緑の香りを混ぜて吹く初夏の風。
淡さから少しずつ深緑へと変わりつつある緑の、木漏れ日の木ので。
さらさらと揺れる黒髪は艶やかで、光を透かした木々の葉よりも鮮やかな緑色の瞳。
何処か物憂げなその様子も酷く大人びていて同い年だろうと思うのにシャルはどきどきした。
声をかけることも出来ずに見つめていると気付かれて、そこにいるのは誰だ、と問いかけられて、でもシャルは出ることが出来なくて。
たまたま呼びに来たらしい魔族に呼ばれて、その綺麗で可憐な魔族はいなくなってしまう。
そういえばその魔族も弟だと言われていたっけ。
あの時話しかけていればと幾度となくシャルは後悔した。
あれ以来黒髪フェチになった、どうしてくれる、とシャルは思っている。
さて、それは良いとして、
「それでどこいら辺にいそうなんだ?」
「多分、あっちの方角の湖」
「……五日くらいかかるんじゃないのか? 三日前だよな? 倒されたのは」
「……嘘は言ってない。だけどそこから動かないから、しばらくそこにいると思う」
「……仕方が無い。信じてやるよ、クソガキ」
「クソガキ言うな!」
と、抱き上げられたまま、リコはぽこぽことパンチを繰り返すが、シャルには痛くも痒くも無い。
結局近くの村でまずは一泊する事となった。
良い部屋しか空いてない事もあって、個室なのにシャワーがついている。
ただしベッドはダブルベッドだ。
「シャル様、黒髪が好きだからって子供に手を出しちゃ駄目ですよー」
「誰が出すか! おい、リコも変態を見るような目で後づさるな!」
といったやり取りもあって、部屋に入る。
「じゃあ、僕は先にシャワーを浴びるから。……覗くなよ」
「ああ、はいはい。さっさと行け」
手をひらひらとシャルが振ると、リコは逆にむっとしたようだった。
けれど珍しく何も言わずに、入っていく。
まあ、確かにリコがシャルを敵意丸出しで見る理由も分からなくは無い。
そもそも自分の兄が人間の勇者に連れ去られたのだ。
嫌って当然だろう。しかし……。
「ああも嫌われると俺も少し悲しくなるよな……」
初恋の相手そっくりなリコ。記憶にある姿そのままだから、もう少し、懐いてほしいと思うのだが、こうあからさまにされると、シャルもクソガキ呼ばわりをついしてしまう。
もう少し可愛がってやりたいと思うのだが、どうにも素直になれない。
と、そこでシャワー室の方でがたんと大きな音がした。
心配になり、シャルは様子を見ようとして扉を開けたわけだが、
「リコ、大丈夫か? ……え?」
そこには随分成長した姿の綺麗な魔族がいて、正直シャルの好みそのものだった。
だがシャルの姿を彼は視界に収めた瞬間、顔を真っ赤にしたと思うと、突如水煙が上がり視界が遮られる。
そして再び鮮明になる頃には子供の姿のリコがいた。
「……いきなり入ってくるな!」
「……今のは……」
「蛇口に手が届かないから、一時的に大人の姿になっただけだ! 一日に一度しかなれないのにどうしてくれる!」
「そうなのか。だったらなんで元に戻ったんだ?」
「……お前が僕の事を卑猥な目で見るからだ」
「……子供の言う事だから大目に見よう。まったく仕方が無いな」
「! 何で脱いでいるんだ!」
「別に一緒に体を洗えば良いだろう? 手が届かないなら俺が開けてやるよ。ついでに体も洗ってやろうか?」
「いい、いらないから。僕一人だって出来るし!」
「子供が遠慮するな。ほら」
「わー、わー」
顔を真っ赤にして慌てるリコにお湯を浴びせながら、傍にあった石鹸やら何やらで洗ってやる。
末っ子でいつもやってもらってばかりのシャルは、こんな風に年下の子供の面倒を見るのも何となく面白かった。
平気だと顔を真っ赤にしているリコは、くすぐったそうにしながらも大人しく洗われている。
滑らかで白すぎる肌。筋肉もあまりついていないようだった。
「……少し外に出ろよ。肌も真っ白じゃないか。後、運動もしろ」
「……教育係みたいなこというな。もう耳にたこができるくらい言われている!」
「だったら少し、外に出る努力しろよ」
「……居心地の良い場所でぬくぬくしていて何が悪い」
「一人が嫌ならどこかに連れて行ってやろうか、俺が」
「な! そんなのお断りだ! 兄様みたいに何処に連れさらわれるか分からないのに」
「信用無いな。ま、同じ人間に攫われたから仕方ないか」
そんな人事のようなシャルの言葉にリコは頬を膨らませて、
「何を人事のように言っている。勇者はその血に連なるものがなるのだろう! お前の親戚じゃ無いか!」
そう頭を洗われながら怒ったように言うリコに、シャルはああなるほどと思って、
「一応言っておくが、お前の兄を攫ったのは、勇者の血筋以外から輩出された優秀な人間なんだ、今回は」
「嘘だ! 騙されるもんか。だってお前みたいに格好良かった!」
「……遠回しに褒められたと思っておくが、本当の事だからな」
「信じないもん。人間の言う事なんて」
「何ていうかなぁ……何で人間は信用できないんだ?」
「お前が僕の言うこと信じないからだ。子供だからっていって!」
「ああ、あれね。でも常識的に考えておかしいだろう? 勇者が魔王を攫うなんて」
「兄様、美人だから。兄様……」
俯くようにリコは呟いて、悲しそうな顔をするリコにシャルは、
「……まあ、安心しろ。ちゃんと連れ戻してやるから」
「……信用しないもん」
唇を尖らすリコだが、ほんの少しだけ棘が抜けたように感じて、シャルは小さく笑う。
そのまま体も洗ってやろうとするとそれだけは絶対駄目だとリコが激しく抵抗したので、止めてやる。
リコは顔が真っ赤だったのと、そしてシャルの裸を見てやけに顔を赤くしていた。
子供の癖にませてるな、と思っていると慌てたようにリコはお湯を浴びて外に出て行ってしまった。
そのままシャルも体を洗って湯を浴びてでると、既にリコは服を着て髪まで乾いていた。
「なんだ、着替えるのが早いな」
「それは魔法を使えば一発……て、何でまだ服を着ていないんだ!」
「上だけだろう? 大体子供の癖に何を言っているんだ」
ため息を付くように、シャルは軽くぽんぽんとリコの頭を叩く。
それにリコは大人しくしている。
先ほどの話を信じてくれたのだろうか。
それはそれで嬉しいのだが、耳まで真っ赤な理由が……。
「なんだ? 俺の裸を見て興奮したのか?」
「! ち、違うもん!」
そう叫んでとてとてとベッドによじ登り毛布にもぐりこんでしまう。
仕方が無いなとシャルは苦笑して髪を拭く。
一方リコはそれどころではなかった。
――なんであんなに……。
髪を拭いている仕草のシャルが、何というか……髪から水が滴り落ちる姿も、色っぽいというかどきどきするというか……。
確かにはじめて見た時は、あいつが、木の影で上手く隠れられていると思ってこちらをちらちら見ていた時だが。
恥ずかしがる様にこちらを見るその様子は可愛かった。
恋人にしたいとか、お嫁さんにしたいなと思うくらいだった。
それでも立場から子供心に無理だと分かっていたから、忘れようとはしたのだが、忘れられなかった。
本当にあれから金髪フェチになった。どうしてくれる。
なのにあいつの親族が兄様に手をだして。
思い出すらも穢された様な気がして、憎しみは募って。
なのに誤解と分かれば物凄く好みで今すぐに自分のものにしたくなって。
髪を拭くその姿すらもどきどきするような男の色香を感じて、それが悔しいのに惹かれてしまう。
そこで、シャルが毛布の中に入ってきた。
「な、なんで……」
「いや、ベッドが一つしかないから」
「何で二人部屋なんじゃ……」
「だからベッドが少し大きめだろう? 二人部屋が空いていないからこうなったんじゃないか。受付で話していただろう?」
「……覚えてない」
「お兄さんの事が心配なのは分かるが、周りの話には気をつけておけ。いま自分の身を守れるのは自分だけなんだぞ?」
「……分かっているさそんな事くらい」
もぞっと動いてシャルから顔を背ける。
けれどそんなリコをシャルが抱きしめる。
「な、なにして……」
「いや、寒いから。やっぱり子供は体温が高いな」
リコは黙ってしまう。何だかどきどきして損をした。
そうだよな、リコは“子供”だから、そういう対象にならない。
なのに、触れた場所からシャルから熱が伝わってくる。
そもそも、誤解かもしれないと分かった瞬間、恋心が再燃しかけている。
確か歴代魔王は姫を攫ったりしていたんじゃなかったかなと思って、攫いに行こうかと思うも自分は魔王ではなくて、そして魔王であってはいけなくて。
頭がこんがらがってきた。寝よう。
色々昼間から疲れる事が多くて、リコは目を瞑るとすぐに眠りに落ちた。
そんなリコが寝たのを確認して、シャルはリコの髪を軽くかきあげて額にちゅっとおやすみのキスをして眠りに付いたのだった。
そんなこんなで、次の村の宿までは思いの外簡単に着いた。
魔物も特に出ないのもあったが、リコのサポートが意外にも良かった。
というか無茶苦茶強い。
「リコちゃん、シャルにだいぶ優しくなったね。もしかして惚れちゃった?」
「な!」
「おいおい止めてくれ、リコは子供だぞ? もう少し大人にならないとさすがに……」
抱き上げられているリコが、むすっとしたように黙った。
子供だから。
その言葉が喉の奥に引っかかったようにリコを苛む。
なら大人になれば?。
それはおいおい考えようと、リコは心の中で思い考えるのを止める。
今は、兄様の事が先決だった。
そうリコは思っていたのに……。
「何でまた同じ部屋で同じベッドなんだ」
「空いてなかったから」
またも会話を聞き逃していたリコである。
そしてベッドの中で抱きしめられて、本当にもう……。
「何でお前が勇者なんだ?」
「残念ながらそういう血統に生まれついたからとしかいえないな。そもそも勇者の血統はもう王家にしか残っていないし」
「? そうなのか?」
「ああ。基本的に勇者の血統はどいつもこいつも女よりも男が好きで。男同士だと面倒な儀式やら何やらで、子供を作るのが難しいだろう? それでまあ色々と」
「無理矢理女と結婚させられたりしないのか?」
「いや、そうすると全員駆け落ちしてしまうから、結局、男同士になってな。まあ、俺の父は普通に女の人と結婚したが」
「そうなのか」
「俺の場合は三番目だしそんなに期待されていないから好きにやらせてもらうさ。所で、魔族は人間と同じように成長するのか?」
「何だ突然。当然だ」
「そうか……所でお前の兄は、今回攫われた兄一人か?」
「そうだぞ。他にいない」
とリコから話を聞きながら、シャルは憂鬱な気もちになる。
リコが知らないということは随分前に亡くなったのだろうか。
意外な形で初恋が終わりを告げて、シャルは悲しいとかそんな感情よりも、感情全てがなくなってしまった空虚さを覚えてしまう。
そんなシャルを見て、
「どうした? なんか悲しそうだが」
「いや、何でもない。ちょっと思い出していただけだ」
「何をだ?」
さすがにその事を話すのは気が引けた。
リコが知らないのだから、きっと皆が話さないし触れない話なのだろう。
だから変わりにシャルは別の事を話す。
「いや、俺の勇者としての価値が無いなって」
「! そんな事無い! だってあれほど強くなるには、相当な努力と経験が」
「でも、勇者の血統で無い勇者によって、魔王が倒されたのなら、俺の存在ってなんだろうな」
「……勇者だよ、シャルは。だって今僕と一緒に兄様を探しにいってくれているし」
「そうしないと俺達の村や町が占領されているからな」
「それでも、そういった魔族を皆殺しにしてとか、そういった手段をとらないんだな」
「ははは、案外リコが可愛いからだったりしてな」
「な!」
「もう寝ろよ、子供は寝る時間だ」
「だから……」
「ありがとうな。リコなりに慰めてくれたんだろう?」
「……知らない」
ぷいっとそっぽを向いて小さく猫のように丸まるリコ。
確かにリコの言うような解決方法はあったし、それを考えていなかったといえば嘘になる。
魔族側の事情があるにせよ、それとこれは別の話で、シャルの判断一つでそうなった可能性がある。
それが出来なかったのは、信じてしまったのは、あの日見た姿にそっくりなリコがいたから。
もしも大人になった姿で彼がいたのなら、また別の手を取っていたかもしれない。
人質という名の略奪を。
はっきり言って、勇者の血統は伊達ではない。
リコは見かけに反して強いから分からないが、時折魔王城や城での交流で会った彼の兄は、少なくとも容易にシャルは倒せる。
ちなみに捕らえたなら二度と放してやらないだろう。
本当に出会ったのがリコでよかった。
それにリコは、人間を見下す事もなく、そして、随分仲間達になじんでいる。
手なずけておいて、大きくなるのを待って、自分好みになるようにして、嫁に……さすがにそれは無いな。
そう思って抱きしめてやる。
そんな腕の中のリコの様子が、淡い夢のような初恋の記憶と重なって、シャルは酷く幸せな気持ちで目を閉じる。
一方リコはそんなシャルの様子を見て、少し顔を赤くして、ぎゅっとシャルの胸に顔を埋めるようにしながら、放さないというかのように服を掴んだのだった。
なんだかんだで、リコとシャルははたから見ても凄く仲良しになっていた。
のだが、シャルの不用意な問いかけでリコが機嫌を損ねてしまう。
「シャルのばかー」
「ああ馬鹿で結構」
ベーと舌を出してリコが走っていく。
「良いんですか、シャル」
「いいんだよ、あいつが我がまま言うから」
「その割には不機嫌ですね」
そう魔法使いが指摘して、無口な僧侶がじっとシャルを見る。
そしてその僧侶が、ぽそっと言った。
「痴話げんかは良くない」
「……俺を犯罪者にしたいのかよ、僧侶」
「……気づいていないならいい」
「何がだよ」
「まあまあ、それよりもシャル、この町で最近可愛い子供が連れ去られるという事件が多発……」
そう言った瞬間、がたんとシャルが立ち上がって、リコの走っていった方に駆け出したのだった。
「シャルのばかぁ……」
冗談でも言っていい事と悪いことがあるのに。
「もしも、その血統でない勇者……クランが、お前の兄リントに酷い事をしていたらどうする?」
本当はそれでも、シャルの事を嫌いにならないでいてくれるかと聞きたかったのだと思う。
それでもそんなこと、リコは考えたくなかった。
もしそうなったのなら必ずリコは人間達に復讐するだろうから。
相手を許せるのもまた心の器が大きい証拠だと言うがそんな事は無い。
それは危害を加える方にとって都合がいいからそう言うのだ。
されたならそれに対しての報復が無ければ、何をしても良いと言うことになり、しいては魔族全体の危機に繋がるからだ。
手を出されたのは魔族の王なのだから。
それが分からないリコではない。
シャルだって分かっているはずなのに、そんな事をリコにいう。
だからそうでない事を祈るしかリコには無い。
と、そこで、人通りの無い裏路地に出てしまう。
戻らなければと思い、リコは走るがさらに景色は見覚えの無いものに変わっていく。
どうも注意力散漫であったらしい、そう思いながらリコはこの町を探索する魔法を使おうとして後ろから大きな男の手で口をふさがれる。
「こいつは良さそうだ」
呻いて噛み付いてやろうとして、リコはめまいを感じた。
周りの景色がゆらゆらとぐらついて、意識が消えかけたその時、
「リコ!」
呼ばれて、僅かに意識が回復するも体が動かない。
焦って、そして怒ったようなシャルの声と、鈍い音がして、リコはふわりと体が宙に浮くのを感じる。
シャルに抱き上げられたのだとリコは気づいた。
「リコ、大丈夫か!」
心配そうなシャルの顔が間近に見えて、リコは安心させるように微笑んだ。
「うん……」
その微笑に一瞬シャルは目を奪われて、子供相手には駄目だと心の中で念じた。
リコのその微笑が在りし日の初恋の人にそっくりだったから。
そして僧侶にリコを解毒させてから、
「よし、ついでだからリコに手を出そうとした奴等のアジトも潰しておくか」
リコに手を出そうとした事への怒りから、シャルが言うとリコが赤面した。
まさかそんな事言われるとはリコは思わなくて、でも、シャルは勇者だからそうするのだろうとリコは心の中で、繰り返す。
そうでもしないと、勘違いしてしまいそうだから。
――でも、シャルをお嫁さんにするのもいいよな……したいな……。
そうリコは心の中で思う。
そんな葛藤の憂さ晴らしも含めて悪い奴等を容赦なく倒したリコだった。
「今日は別の部屋が取れたから違う部屋で……リコ?」
「その、さっきは助けてくれてありがとう」
「……いいさ、別に」
「あの……シャル」
「何だ?」
「好き」
突然の告白にシャルは固まった。
そして嬉しいと同時に、困ってしまう。
リコの頭を軽く撫でながら、
「……リコが大人になったらな」
と、精一杯の答えを示す。
それに、何か考えるようにリコが黙って、別の部屋へと走っていってしまう。
気になってシャルが様子を見に行くと、仲間の僧侶と魔法使いがいちゃついていた。
ちなみに二人とも男だ。
そんな二人になにやらリコが聞いている。
それを聞いて二人はお腹を抱えて笑っている。
何を話しているのかはここでは聞き取れなかった。が、
「……シャル、そこにいるんだろう?」
勘の鋭いリコに、シャルは舌を巻く。
仕方が無いので姿を現すシャルだが、そんなシャルの前で、リコが今の話は絶対にしないでとお願いしている。
本当に何を話していたのだろうと思いながら、シャルは別の事を聞いた。
「よく俺がいるの分かったな」
「……一応、部屋で剣の訓練の一環で、気配を探る訓練もしていたし」
「その割に筋肉はついていない気がしたが」
「魔法で補強すればいいから」
「そうなのか、という事はリコ、もしかして剣も使えるのか?」
「一応。でも、僕……子供だから」
「嘘」
ぽそっと呟く僧侶の言葉に、リコがビクンと背筋を振るわせた。
そして恐る恐るといったように僧侶の顔を見て、リコがすがりつく。
「ま、まだ言わないで」
「……わかった」
「僧侶……」
「リコの意志を尊重する。ようやくリコにシャルって名前を呼んでもらえたと喜んでいるシャルとの関係を、悪くさせたくない」
「な、ばらすなよ!」
「そうなの?」
首をかしげるリコに、シャルは照れるように頬をかいて、
「……その、お前とも仲良くなりたくて、さ」
「……そうなんだ」
嬉しそうに笑うリコに、シャルは幸せな気持ちになる。
心の中で早く大人になってくれないかなと願いながら、シャルは小さくため息をついた。
そんな二人を、仲間二人は生暖かく見守っていたのだった。
「愛しています、クラン……」
「俺もだよ、リント……」
目の前で繰り広げられるラブシーンに、リコが固まった。
ようやくリコに案内されて、連れ去られた魔王リントに会えたわけだが。
目の前で二人はお互いに愛を囁きながら濃厚なキスをしていた。
それはもう見ているシャル達が赤面するくらい。
見てはいけないものを見ているような気がして顔を背けたシャルは、すぐそばで真っ青になって倒れこもうとしているリコに気づいて、慌てて手を差し伸べる。
そんな彼らに気づいたように、魔王リントがこちらに声をかけてくる。
「おや、シャル様ですね。お久しぶりです。それにリコまでどうしたのですか?」
不思議そうなリントの様子に、リコが怒ったように告げる。
「兄様! 突然いなくなるから、勇者に連れ攫われたと、魔王群は大変なことになっているのですよ! 兄様を返してもらうべく人間の町を人質に……!」
それを聞いたリントが顔を蒼白にした。
「今すぐ開放しなさい。僕達は、“新婚旅行”の最中です!」
変な話を聞いた気がした。
リコがしばし沈黙の後、
「え?」
「え? じゃありません、リコ。ちゃんと書置きしてきたでしょう!」
「何処に?」
「僕の部屋にです」
「……今すぐ確認してもらう」
そうリコが慌てて何やら水晶玉のようなものを取り出して、話しかけている。
「ええ、そうですか。では開放をして謝状を……」
そう言ってリコその水晶玉をしまう。
そして一呼吸してからポツリ、
「兄様、貴方は魔王なのです。もう少し……」
「別にリコ、貴方がいるから問題ないでしょう。僕の代わりに魔王を継いでも……」
「兄様!」
「シャル様達にもご迷惑をかけて申し訳ありません。ほら、リコも謝って」
「そんな、だって兄様が悪いから……」
「貴方が僕の代わりに魔王を継げばいいでしょう!」
そう兄弟喧嘩を始める二人に、シャルは割り込んだ。
これではあまりにもリコが可哀想だ。
「……リント様、確かにリコは魔王の血を引いているのだと思いますが、こんな子供に……」
「……リコは子供ではありません。シャル様、貴方と同い年です」
そう言われてシャルはリコを見ると、リコはさっと顔を背けた。
仲間の魔法使いと僧侶を見ると、魔法使いは驚いていたようだが僧侶は初めから分かっていた様で頷いている。
そんなシャル達を見ながら魔王リントが続ける。
「リコは、兄である僕の魔王の座に関して、権力闘争の材料にされないように子供の姿に扮して、自分が弱くて取るに足らない存在に見せかける、という建前の元、気楽なニートライフを楽しんでいたのです」
「リコ……」
じと目でシャルがリコを見ると、焦ったようにリコガ言い訳する。
「ちょ、兄様酷い! 建前じゃないのに! 両方なのに!」
「大体、リコ、貴方を担ぎ上げて僕から可愛い可愛い弟のリコを奪おうなんて輩は、とっくに排除したでしょう!」
さりげないブラコン発言をする魔王リントであったが、それにリコは必死になって続ける。
「兄様、ですが……隠れてそういう意志のある者も……それに僕の実力を隠すために今回だった僕一人で、ほかの魔族はついてこないようにしたし……」
「そんなもの貴方が頷かなければ良いだけの話です。上が無能でも大丈夫なシステムだからといって、最終決定権は僕達にある。それにリコの方が僕よりも強いんですし。後リコは隠せていると思っていますが、分かっている人は分かっているのですよ?」
「うう……」
完全にリコの負けだった。リコは呻く事しか出来ない。
そんなリコを、さらに魔王であり、兄であるリントが追い詰めていく。
「そもそも子供の姿の方があんまり怒られないからといって、いつまでもそんな姿でいるなんて……何でしょう、シャル様」
取り込み中ですと怒ったような魔王リントに、少しの間話させてくださいとシャルはお願いする。
美しい兄弟喧嘩は良いとして、今の話にシャルは頭を抱えたくなった。つまり、
「……リコは大人なのですか、リント様」
「ええ、嫁に出してもおかしくない年齢です」
「兄様!」
「ほう」
シャルが、リコの方を見て黒く笑った。
リコが顔を真っ青にして口をパクパクさせている。
そんなリコに向かって、シャルが黒い笑みを浮かべながら問いかける。
「リコ、言い訳を聞こうか」
「べ、別に言い訳をするような事は……」
「何で俺に言わなかった」
「な、なんとなく……可愛がってくれるし」
「好きだって言うあれは、何だ? 大人になるまでって我慢しようとしている俺を、笑っていたのか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
そう、そしてそれ位の年齢であれば、シャルが一目惚れをした初恋の人、黒髪フェチになった原因に間違いない。
「リコ、俺、お前のこと昔見て一目ぼれしたんだ」
「……僕だって、昔シャルの事見て一目ぼれして……」
「…………………………」
「…………………………」
お互い無言になる。
両思いで、年に関しては考えなくても良さそうだと気づいたから。
そして、シャルが口を開いた。
「俺、リコの事を愛しているから。だから嫁になってくれ!」
そう、シャルは勇気を持って告白する。だが、
「え? シャルがお嫁さんになってくれるんじゃないの?」
リコが不思議そうに首をかしげた。
嫌な沈黙が走る。
先に口を開いたのはシャルだった。
「リコが嫁になれ」
「シャルの方こそ僕の嫁になれ」
「リコがだ!」
「シャルがだよ! だって僕が告白したのが先じゃないか!」
「俺はその前からリコが好きだった!」
「僕が一目ぼれしたほうが先だった!」
「俺だ!」
そう言い合う二人に、それまで黙っていた、魔王リントの恋人であり今回の騒動の原因である勇者クランが口を開いた。
「一時的に、魔王の座をリコが継いで、負けた方が嫁でいいんじゃないのか? それが魔王一族の掟なんだろう? 俺もそうやってリントを手に入れたし」
「クラン……愛してる」
そういちゃつき始める魔王リントと勇者クランの二人はいいとして。
シャルがリコを見てにやりと笑った。
「へえ、それは良いな」
「そうか、僕もそれで良い。勇者が負ければ逆に魔王のものになるからな」
自信満々に言うリコに、シャルは告げる。
「ちなみに俺は、今回の旅で実力はあまり見せていないからな?」
「それはこちらの台詞だ。ニートのふりしてがんばっていた僕の実力を見せてやる!」
「はっはっはっ。すぐに負かして嫁にしてやるよ」
「それは、こちらの台詞だ。嫁になる心の準備をしておくんだな」
「はははは」
「はははは」
不気味な笑い声が響いて、お互い睨み合う。
すれ違う二人が恋人同士になるのはもう少し後の事だった。