魔王様とチョコレートプレイ☆
「最近人間どもの間で、2/14に好きな相手に“ちょこれいと”なる物を贈るバレンタインデーなるものがあるらしい」
ボウルには湯煎で温めたチョコレートと、人肌程度に温めた生クリーム、その他色々を入れて、魔王はせっせと混ぜている。
頭には三角巾を付け、白い新婚さんのようなエプロンをつけて、魔王直属のコックがはらはらと見守る中、特に爆発したりうねうね動く怪奇なチョコレートになることもなく、きわめて普通の生チョコレートが完成した。
それをほっとしたように参謀役の幹部が確認し、
「それで一昨日魔王様は、チョコレート工場を部下を引き連れて占領しに行ったのですよね?」
「うむ、しかし、まさか人間の恋する乙女とやらがあれほど恐ろしいものだとは思わなかった……」
占領しに行ったチョコレート工場には、バレンタインを目前とした乙女達が殺気立って集まっていた。
ごく普通の乙女達。
そして魔王のイメージだと、乙女とは、もっときゃはうふふな感じで、大人しくて清楚なものだと思っていた。
なのに、魔法も知らないし剣術の心得すらも無い彼女達に、魔王達は敗北した。
あの時の彼女達の目は忘れられない。あれは、マジで怖かったです、はい。
部下達が盾となり、彼女達に捕まりながら魔王は逃げていた。
「魔王様、お逃げください!」
「逃がすわけが無いでしょ? それと、あんた達は、本命用に作ったチョコレートの毒味役……じゃ無かった、試食してもらうから」
「いーやーっっっっ」
悲鳴を上げる部下達に、すまない、後でちゃんと……と考えている間に、いつの間にか魔王は追い詰められていた。
彼女達の黒い影が五つほど、魔王に迫る。
壁を背に、がくがくと震えながら魔王は彼女達を怯えながら凝視していた。
そこで彼女達の一人が、
「なんで、チョコレート工場を占領しようとしたわけ?」
「……その勇者に“ちょこれいと”をあげたくて……その、許して……」
すると彼女達はひそひそと話し始める。そして魔王のほうを向いて、先ほどとは打って変わってにこやかな微笑を浮かべて、
「そっかそっかぁ、魔王は勇者の事がすきなのね」
「うんうん、綺麗なもの同士は絵になるもんねー」
「でもそうしたらやっぱりあれだよねー」
「そう、あれ」
「魔王が出るとこには勇者様は来るしねー」
と話し始めたかと思うと、彼女達はすごい力で魔王を掴んで持ち上げた。
戸惑う魔王をよそに、彼女達はある機械の前に魔王を連れて行く。
その機械には“私を食べて(男性専用)”と書かれていた。
「そ-れーっ!」
「いーやーっっっっ」
先ほど部下達が上げていた悲鳴と同じものを上げつつ、放り込まれる。
後ろの方で彼女達が、
「私達良い事したね!」
と話しているのが聞こえたが、魔王には意味が分からない。
そして、魔王はベルトコンベヤーで運ばれていたと思うと、チョコレートをかけられたりリボンやら花やらで飾り付けされる。
そして綺麗にデコレーションされて半泣き状態の魔王は、台のようなものに乗せられる。
そこに、どうしてか勇者がいた。
後で聞いた話によると、魔王がいるとは知らず、好物にチョコレートシロップをかけたいので買いに来ていたらしい。
「何でここを占領しようとしたんだ?」
さすがにチョコを上げたいからそうしましたというのは、魔王としてのプライドが許さなかった。
精一杯の虚勢を張りつつ、
「いや、なに、バレンタイデーという物があるらしいと聞いて、ちょこれいとを支配すれば、人間どもを支配できるのではないかと……」
「本音は」
「勇者に“ちょこれいと”をあげたくて……ではなく!」
[バレンタインデーは明後日じゃないか」
「今日は、その予行練習だ!」
「そうかなるほど、なるほど」
頷いている勇者が、魔王はなんか怖かった。
そして勇者はにこやかに笑って、
「じゃあ、試食をしてやるよ」
「え?」
そのまま魔王はお持ち帰りされて、恥ずかしい思いをたっぷりさせられた。
それはもう朝まで延々と。
やめてって何度も言ったのに、しつこくしつこく……。
許せん。あのにっくき勇者を絶対ぎゃふんと言わせてやる!
そのために、今日はチョコレートに酒を入れたのだ。
酒でめろめろにして、動けなくなった所で勇者を倒して今日こそ自分のものにしてやる!
いつも僕が思い通りになるなんて思うなよ!
そこで、魔王はある事に気づいた。
「そもそもなんで僕がされる方なんだ? それに“ちょこれいと”だって勇者が僕にくれても良いのではないか!」
それに困ったように参謀役が、
「ええっと、魔王様。その魔王様はどちらかというと、される側ではないかと」
「……つまりもっとむきむきな感じなら良いのだな!」
「そうですね……おそらくは」
そこで魔王はふふふと不気味な笑い声を上げた。
「実は以前そういう体になるような魔法薬を作っておいたのだ!」
「はあ」
「これを飲めばたちまちのうちに、背も肩幅も大きくなるのだ! しかも服も大きいサイズの物だって用意してあるのだ!」
「はあ、準備がよろしい事で」
参謀が間の抜けた声を上げてそして、
「それで、この作ったチョコレートはどういたしましょうか」
「あ」
そんな魔王は、一応作ったものだからと、いそいそと綺麗な箱に入れて、リボンやら花やら飾り付けをしていたのだった。
「ははは、勇者よ! 今日こそ年貢の納め時だ!」
うわー、魔王だと逃げていく村人達。
上が宿になっている食事を取る店で、先払いらしいその店の一角で、三時のおやつをとっていた勇者達だった。
目の前に突然現れた魔王に、勇者はため息を付く。
「魔王、使い方と世界観が合っていないような気がするが、それは良いとしてなんでそんなに俺より背が大きくなっているんだ?」
「いつまでも僕がされる側だと思うなよ!」
「ああ、うん。そうかそうか。お前結構気が強いもんな。いつもたっぷり啼かせないと、気持ちいいって言わないし」
「! く、その余裕いつまで持つかな!」
「お前、俺にチョコを渡しに来たんじゃないのか?」
「! そもそも僕があげるんじゃなくて、勇者がくれても良いじゃないか」
そう駄々をこねる魔王に、勇者はため息を付いた。
「……俺は、魔王みたいに空間移動できない」
「……あ、忘れてた」
「さすがにバレンタインデーに魔王の城に挑みに行くのはおかしいだろう、常識的に考えて」
「……そうですね、僕が間違っていました……あれ?」
そこで魔王の体が小さな燐光を発する。
それが点滅を始めると共に、魔王の体が小さく……否、いつもの大きさに戻ってしまう。
薬の効果が切れてしまったらしい。
ぶかぶかの服は、魔王の体からずり落ちて両肩が露になっている。
このままだと確実に襲われる!
そんな切実な脅威に対して、手も隠れるくらい長くなった袖を折り曲げて、必死に魔王は服が脱げないようにする。
これでは戦う所ではないと悟った魔王は、
「こ、今回はここまでにしてやるんだからな!」
と、くるりときびすを返して逃げ去ろうとする。
けれどその際に服のすそを踏んでしまう。
「あううっ!」
床に顔面からぶつかって、魔王は涙目だ。けれどその拍子に魔王の元から一つの箱が転がって、勇者の下に転がってくる。
その箱を勇者が拾い上げた。
「これは?」
「そ、それは……」
そう焦った魔王はあることを思いついた。作戦変更だ!。
「そうだ、それは勇者に渡そうと思った“ちょこれいと”だ」
「そうか、ありがとう」
やけに嬉しそうな勇者に、魔王は本分を忘れかけた。
しかし、ここからが正念場だと魔王は心を鬼にして、
「……味の感想を聞かせて欲しいから、部屋に連れて行ってもらえないかな?」
勇者は、こう可愛くおねだりしてくる魔王が何を企んでいるんだろう、と思いはしたものの、可愛いし、大好きだったので頷いた。
一方魔王はしめしめ上手くいったぞと思っているが、そのまま抱き上げられて足をじたばたとしつつ焦っていた。
「じ、自分で歩けるから!」
「さっきみたいに転びたいのか?」
顔面から衝突したあの痛さを思い出して魔王は大人しくなる。
そのまま、勇者に部屋へと魔王は連れて行かれてしまったのだった。
そして結局は仲直りしていちゃいちゃしていた魔王と勇者だが、そこで魔王が、
「……ホワイトデー、楽しみにしてる」
照れくさそうにそう言う魔王に、勇者は、
「でも、俺は空間転移の魔法は使えないから、魔王が自分から来ないとどうにもならないぞ」
つまり、魔王が自分から勇者の元にこないと何も出来ないのだ。
自分から勇者に会いに来ないといけないらしい。
戦闘や何かを仕掛けるといった理由で無く、自分から会いに行かないといけないのだ。
そう考えると何となく魔王は恥ずかしくなる。
けれど、魔王は勇者な会わずにいるなんて考えられない。
「……ずるい」
「待ってるから」
「……気が向いたら来てやる」
とそっぽを向く魔王を、勇者はベッドに押し倒した。
魔王は全力で逃げ出そうとして、逃げ切れなかったのもいつもの事。
ホワイトデーに魔王がどうしたかは、また、別の話。
おしまい




