チョコレートの日です、魔王様☆
魔王城にて。
魔王(男)は悩んでいた。
「勇者がチョコレートを買う気配はまだないのか?」
「はい、魔王様」
書類から顔を上げる魔王(男)。
真面目で堅物な方なので、そういった事を気にするのは珍しい、なるほど、これが恋ですねと側近がにまにましながら答える。
それに魔王はふうと息を吐いて、
「……そうだよな、私は魔王だものな。そして奴は勇者。貰える筈はないか」
「いえいえ、きっと勇者(男)も魔王様に気がありますよ。何せアレだけ挑んできているんですし」
「真面目に勇者をやっているのだろう」
そう書類に再びペンを走らせている魔王に側近が、
「勇者は魔王様を口説いているではありませんか」
「……私がそうだったら良いなと受け取っているだけかもしれない。あ奴は天然のたらしだから」
「いや、伝説の武器も持たずに魔王城に来て口説く勇者です。相当手馴れているのではないかと」
手馴れている=恋人が沢山、という図式に魔王はしばし悩み、
「……私は、勇者を捕らえて閉じ込めてしまいたい。そうすれば私だけを見る、大切な花嫁に……」
「魔王様、流石にそれはどうかと。嫌われてしまいますよ」
「……分っている。言ってみただけだ。ふと、勇者には誰かもらえる相手が既にいるのかと思って」
そう悲しげに言う魔王様に、側近は試しに聞いてみた。
「もしいたらどうするのですか?」
「そうだな、応援して……見送るしかないだろう。愛する勇者が幸せなのが一番だ」
そんな優しい魔王様に、側近はちょっとだけ感動していたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
勇者(男)は悩んでいた。
「俺は、今年魔王(男)にチョコを貰えるのだろうか」
「勇者様、まだ恋人同士ではないでしょう」
そう、呆れたように魔法使い(男)に言われて勇者は、はっとしたように顔を上げた。
「俺達は、まだ恋人同士ではない、と」
「……自覚なかったんですか、勇者様」
「だって、会ってくれるじゃん!」
「えっと、『この魔王を倒すだと? いいだろう、身の程しらずの人間が。暇つぶしに相手をしてやろう』と、挑んで連敗しているアレですか?」
「貴重な逢瀬なんだ! 分るか!」
「……さっさと倒して手篭めにして囲っちゃえば良いじゃないですか」
「そんな事できるか! 俺、本当に、魔王の事……」
「……嘘泣きは止めて下さい」
「ちっ、ばれたか。だがまあ、俺の事なんてまったく興味がないわけじゃないみたいだからな、魔王の方も」
そう言われて魔法使いは、確かにあってちょっと戦って終わりという……こう見えても魔王は大変なのだと言いつつ嬉々として相手をしてくれているので、多分、脈はあるだろうと魔法使いは思う。
と、勇者が暗く笑い、
「……ああ。そうだ。魔王が俺にまったく興味がなくて、戦ったとしても本気で殺そうとしてきたなら、もっと容赦なく色々出来たんだけれどな……」
「ゆ、勇者様?」
不穏な気配に気づいて魔法使いは警戒するも、そこで勇者は嘆息して、
「そんなわけで、俺は普通に口説く事しか出来ないんだ。やっぱりこう、魔王にも俺の事を愛して欲しいし」
「は、はあ……」
間の抜けたような返事をしながら魔法使いは、運命の悪戯ありがとう、と心の中で思った。
ようは魔王が勇者に好感を抱いているので、勇者自身も色々とやらかさないですんでいるのである。そこで、
「でも、魔王達がチョコレートを購入する気配がないんだよな」
「……まさかそれで魔王城の見張りを?」
けれど魔法使いのその問いかけに勇者は答えず、けれど、ふとある事に気づいて顔を青ざめさせた。
「……まさか、他に相手がいて、魔王様、僕のチョコレートを食べてくださいと……魔王は俺の嫁だぁああああああ」
「! 待って下さい勇者様!」
そう魔法使いが止めるのも聞かず、勇者は魔王城へ突撃してしまったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
「魔王! 魔王は誰かにチョコレートを渡す予定があるのか?」
突然部屋にやってきた勇者に、魔王はペンを持ったまま固まって、それから、
「事前に言ってくれと何度も言っているだろう。どうして勇者は私の仕事を考えてくれないのだ」
「いや……でも、魔王は誰かからチョコレートを貰うのかと思って」
「……勇者がくれるのだろう? ……なんてな、冗談……勇者?」
そこで、勇者がやけに真剣な表情で魔王に聞いた。
「……魔王がくれるんじゃないのか?」
「何故?」
短く冷たい沈黙が支配し、先に口を開いたのは勇者だった。
「まさか、魔王は俺から貰えると? 俺を嫁にとか思っていたのか? そういう風に口説いていると思ったのか?」
「え? こちらはそのつもりだったが……まさかこの私を花嫁にしたいなどと言わないだろうな」
再び二人の間に沈黙が走り、お互いの認識の違いに気づく。
けれどそれをどちらも譲る事ができなかった。
だが、お互い苛立ちながらもそれを強要すれば相手に嫌われてしまうと、どちらも思った。
だから魔王が震える唇で勇者に、
「……花嫁の件は保留にしよう。だが、チョコレートはどちらが貰う側に回るか、戦いで決めようではないか」
「……つまり、負けた方がチョコレートを渡すと?」
「そうだ」
「今まで俺の連敗なんだが」
「今回勝てばよかろう。でなければ、今すぐ私の花嫁にしてやる、勇者よ」
そう凄みのある笑顔で笑う魔王に、勇者は花嫁になるのは嫌だったので勝負をし、そしていつも通り負けてしまったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
魔王城の台所を使い、勇者がチョコレートを溶かしていた。
既に色々なものを放り込んで、とろとろに溶けたチョコレート。
何で俺がチョコレート作っているんだよと思いつつ、ちらりと傍にいる魔王を見る。と、
「エプロン姿の勇者も中々可愛いな」
「……く、俺だってエプロン姿でチョコレートを作っている魔王を堪能したかったのに」
「残念だったな。弱いお前が悪いのだ」
「……味見してくれないか? 初めての手作りだから」
「いいぞ。勇者の手作りか……」
そんな無防備に近づく魔王に、勇者はしめしめと思いながら、溶けたチョコレートに自身の指を入れて魔王の前に差し出す。
「ほら、味見」
「……ええ! 勇者の指を舐めるのか!」
「なんだ、嫌なのか?」
「いや、嫌ではないのだが……」
「俺のチョコが食べられないのか?」
「! 食べます! ぱくっ」
そう焦ったように魔王は勇者の指に咥えついた。
一生懸命勇者の指に咥えついて舐めている魔王は、頬を染めていて嬉しそうで……なんだか勇者は変な気分になる。
というよりはとてもこう、劣情を誘うような顔をしており、勇者としては抱きたい抱きたい抱きたいと思う程に可愛かったのだが……後もう少しの我慢だと必死に耐えていた。と、
「んんっ、んんっ……美味しかったよ、勇者ぁ……あ、れ……」
そんな魔王が意識を失う前に見たのは、勇者のしてやったりといった笑顔だったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
魔王が倒れたので、そのまま抱き上げて勇者は、魔族達の攻撃を今まで見た事がないような俊敏さで避けながら連れ去ってきたわけだが。
現在、ちょっとよさげな宿で、大き目のベットに勇者は魔王を寝かせていた。
その魔王の寝顔を見ながら勇者は悶々とする。
「寝込みを……寝込みを襲いたい……うう、魔王、可愛い」
瞳を閉じたあどけない様子は、いつもの何処かしっかりとして包容力、威厳のある……とても綺麗な、勇者が一目惚れをしてしまった魔王とは違っていた。
「キス……くらいなら良いかな……」
一人呟き、勇者は魔王に唇を重ねた。
柔らかくて、甘くて、堪らず舌を入れてしまう。
「んんっ」
魔王が焦ったように呻いた。
そこで勇者は、魔王が気絶した振りをしている事に気づいた。
つまり……容赦しなくても良いってことだなと、勇者は目を細めて、魔王の舌を絡め取っていく。
「んんんっ」
激しいキスに、瞳を見開いて慌てて逃げ出そうとする魔王を圧し掛かるように押さえながら、勇者は魔王の顔を手で固定して逃げられないようにして、魔王の口の中を蹂躙する。
今まで堅物で来たため、そんな経験の無い魔王は、勇者の与える刺激にまったく耐性が無かったのだ
やがてその快楽に流され始めたのか、魔王の瞳が潤んできてとろんとしてくる。
「……気持ちよかったか? 俺のキスは」
「! そ、それは……と、というか私をこんな所に連れてきて、どうするつもりだ!」
「ん? 魔王を抱こうと思って」
にっこりと晴れやかな笑顔の勇者とは対照的に、魔王は顔を青くさせた。
「ま、待て。だ、抱いて欲しければ抱いてやるぞ」
「へえ、体も動けなくて魔法も使えないのに、魔王様は随分と勇敢だな……」
そう、勇者は笑いながら魔王の頬を撫でる。
そういう魔法の薬があのチョコレートには入っていたのだ。
その事実とその頬をなでられるその刺激に、更に魔王は顔を青くする。
魔王は分っていた。
勇者がとてもとても怒っている事に。
「まさか、魔王が俺の事花嫁にしようとしているとは思わなかったな」
「だ、だって可愛いじゃないか。勇者は」
「……魔王の方が可愛いだろう。何を言っているんだ」
「そ、そんな事はない。確かに初めは見た目はかっこいいかなって思ったけれど、何度も負けては挑んできて口説いていく、そんな必死な勇者は可愛いと私は……勇者?」
「今から魔王の事を抱くわ」
魔王のその台詞に、表情を消した勇者が爆弾発言をした。
けれどそれに焦った魔王は、
「! ま、待て、話し合おう。こういう事はお互いの合意とか、こう、繊細な問題が……」
「……でも俺は、魔王を抱きたいんだ」
「そ、そんな……わ、私だって勇者を抱きたいのに。と、というか私を倒していないくせに、私よりも弱いくせに、私を抱こうなどと……」
「……魔王の気持ちは分った」
「ほ、本当か?」
「ああ。……二度とそんな事いえなくなるくらい、たっぷりと犯してやるよ」
そう言いながら勇者は魔王の服を脱がせようとする。
それに魔王は更に顔を青くして、
「ちょ! ま、待て。待ちましょう! ……本当に嫌だ。こんな……」
「……そんなに俺の事、嫌いなのか?」
「その……勇者の事は好きだが、抱かれる側なのが……」
好と聞いて、ほんの少しだけ溜飲を下げた勇者だが、勇者を抱こうと思っている魔王はいただけない。なので、
「……じゃあ、こうしないか? 今回俺が魔王を抱いてみて、相性がよければそれでいく」
「な、なるほど」
ちなみに勇者は魔王に自分を抱かせる気はさらさらなかったし、そんな約束は一切していなかったのだが、この状況に追い詰められていた魔王はなるほどと頷いて、
「わ、分った。だったら、抱かれても良い」
そう答えたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
そんなこんなで、抱かれてしまってぐったりしている魔王様だが、そんな魔王に勇者が、
「気持ちよかったよ。魔王」
「……私もだ」
「それで……どうする?」
どちらが抱かれる側になるのかという問いかけ。
相性がよければ、それでいこうという話になった。
今も、抱けるなら抱きたいと魔王は思うけれど、不安そうにじっと見つめる勇者を見て、魔王は少しだけ黙ってから、微笑んだ。
「……私が抱かれる側で良い」
「本当か!」
「だから、私の事を捨てたり、他に恋人を作っては駄目だぞ?」
「当たり前だ! もともと魔王以外、俺には眼中にない!」
そう叫ぶ勇者に、魔王は小さく笑ってから、
「それと、私を花嫁にしたいなら私に勝たなければいけない。だから……」
「それなら、伝説の武器も防具もその他全部そろえているから大丈夫だ!」
その言葉に魔王は黙った。
今まで勇者は負けていて、そんな武器やら何やらは装備している気配がなかったからだ。
それに気づいて魔王は、おそるおそる勇者を見上げ、
「どうしてそれで私に挑まなかったんだ? そうすれば、勝てただろう?」
「はじめは様子見で、油断させる意味もあって使っていなかったんだが、一目惚れをしたからな」
「わざと手を抜いたのか!」
「戦略の一つだよ。魔王を油断させるね。それに……俺に少しでも脈がなかったら、それを使って魔王の事を攫うつもりだったし」
微笑みながら怖いことを言う勇者に魔王は、少し顔を青くしてから、
「う、え……あう……もしや私には、初めから抱かれる以外の選択肢がなかった?」
「うん」
「うん、じゃない! まったくもう……はあ。……どうして痺れ薬を入れた」
「魔王が暴れたら、きっと俺は無理やり魔王を押さえつけて、怪我をさせてしまうから」
そんな魔王が大事だからという勇者の言葉に、魔王は嘆息する。だって、
「……どうしてこう……これでは私から勇者に抱きつけないではないか」
もっと魔王だって勇者を求めたかった。
形はどうあれ、魔王が勇者が好きなことには変わりがないし、勇者を自分からも求めたかった。
ただ口に出してみると思いの他恥ずかしくて、魔王は勇者から目を逸らす。と、
「! 可愛い……」
そのまま魔王は再び勇者に襲われた。
その後、魔王は勇者にねだられて、回復魔法で自分の体を治してから、渋々ねだられて、エプロンと三角巾をつけてチョコレートを作り、勇者に渡したのだった。
もちろん痺れ薬を入れておいたのだが……。
「な、何で薬が効いて……」
「俺、そういった魔法薬に耐性があるんだ。残念だったな」
「そ、そんなぁ……」
「あと、痺れ薬を入れたお仕置きも追加な。今日は一晩中たっぷりと可愛がってやるよ
「ちょ、持たない、体が持たな……あ!」
そのまま勇者に一晩中たっぷりと啼かされた魔王様が、魔王城を家出して雲隠れしようとしたのは別の話。
そしてそれを勇者が追いかけるのは分りきった事。
そうやって勇者と魔王達の日々は平和に過ぎて行くのだった。
[おしまい]




