人類の絶望を消せ!
シリーズ最後は、人間が頑張ります
較達は、その光景に目を疑った。
「嘘よね?」
芽衣子が鏡に縋りつく。
「幻覚に決まっている!」
雷斗が怒鳴る。
「幻覚の煙がこんなに匂う?」
良美が未だに暴れ続ける光の巨人の所為で立ち上る煙を指差す。
「何度かニュースなっては、直ぐに是正されていたけど、今回のは、ほおって置けないみたい」
較の言葉に鏡が続く。
「そうみたいですね。あの巨人こそ最大のノイズ、あれを完全に排除出来れば今回の仕事の八割は、終わりと思って良いみたいですね」
そんな会話の最中も光の巨人は、町の破壊を続ける。
高台に居た較達の目には、まるで蟻のように踏み潰されて消えていく人々が映る。
「随分と淡々としているな。いま、この瞬間にもどれだけの命が失われているのか解っているのか?」
雷斗がいきり立つと鏡が遠い目をして言う。
「それでは、貴方は、アフガンでこの一ヶ月でどれだけの人間が死んでいるか知っているのですか?」
「それとこれとは、違うだろう! あれは、人間同士の争いで、これは、異邪、お前等の担当だろう!」
雷斗が鏡に掴みかかる。
「違わないよ。あれだって八刃が本気を出せば止められるよ。ただ、やらないだけ。それが担当だからどうかなんて死んで行く人達にどれだけ意味があるって言うの?」
較が冷めた口調で言うと雷斗が怒鳴る。
「お前らは、何時もそうだ! 助けられる命がそこにあるって言うのに、何もしやがらない。何が最強だ!」
そんな雷斗を良美が殴り飛ばした。
「何をしやがる!」
良美に掴みかかろうとした雷斗の腕を較が掴む。
「ヨシに危害を加えるつもりだったら、あちきが容赦しないよ」
殺気が篭った較の視線に雷斗が硬直する。
「ヤヤ、良いよ。ここは、あたしにやらせて」
不満そうな顔をしていたが、較が下がる。
「何故、ヤヤ達だけがそれをやらないといけないの! どうにかしたければ自分ですればいい事じゃん!」
「何時もヤヤ任せのお前がそれを言うのか!」
雷斗の怒声を良美は、正面から受け止める。
「そうだよ。でもあたしは、逃げない。何時も最前線に、ヤヤの横に居るよ!」
「それがどうした! 実際に戦っているのは、ヤヤ一人だろう! お前は、ただ邪魔をしているだけだろう」
雷斗の言葉に較の表情が剣呑になっていく。
「止めてください! そんな言い争いをしている時じゃない筈です!」
滅多に出さない芽衣子の大声に雷斗も良美も驚く。
「鏡は、自分達の事を色々と話してくれました。そこに含む矛盾や偽善も。でも私は、そんな物は、普通の人間だって持っているものだと思っています。人は、自分に出来る事しか出来なくて、自分でやろうと思える事しかやらない。それが正しいかどうかなんて誰にも解らない。それでも、その中で精一杯やる事が大切じゃないんですか!」
芽衣子の迫力に雷斗が言葉を失う中、較が言う。
「色々といわれたでしょ?」
鏡が優しく苦笑する。
「自分のしている事に悩んでいる時には、効きますよ」
良美が大きく手を叩く。
「よし、この件は、ここまで。あの化け物を倒すぞ」
「そうだね。あちきだって、目の前で人を死んでいくのを黙って見ていられるほど悟ってるつもりは、ないもんね!」
較が動き出そうとした時、空間が裂けて一匹の白い猫が現れた。
「猫がどうして?」
首を傾げる芽衣子に舌打ちする雷斗。
「何にも無い所から出てきやがった。こいつも異邪かよ?」
較と鏡が完全に硬直している中、良美が声をかける。
「あれ、白牙じゃん、なんか用?」
『お前は、相変わらずだな。まあ良い。今回は、ヤヤとの繋がりを媒介に分身を送り出しただけだから、手短に済ませるぞ』
猫からのテレパシーに芽衣子が戸惑う。
「直接頭に声が響いてきています! この猫は?」
「確か、ヤオのペットの白牙」
良美の軽い言葉に怒りのテレパシーで返す白牙。
『誰がペットだ! 本当にお前は、私がこの世界の一つや二つ簡単に滅ぼせるって事実を認識しているのか?』
「この世界を滅ぼすって嘘だろ?」
困惑する雷斗に首を横に振って見せる鏡。
「あのお方は、我ら八刃が信仰する神、八百刃様の第一使徒、白牙様です。その力の前では、この世界など一瞬で消滅させられるでしょう」
顔を引きつらせる雷斗。
「おい、それじゃ、そんなの相手に平然と話しているのか?」
指差された良美を見て較が小さくため息を吐く。
「八百刃様に対してもあんな態度なんだよ。それよりも、白牙様が態々おこしになされるとは、どういうことなのですか?」
白牙が遠い目をする。
『単なる伝言だ。下っ端にやらせても良かったんだが、あいつが自分で行くなんてふざけた事を言い出したから、手っ取り早く終わらせる為に私が来た』
「ヤオだね。ヤオってよくご飯をたかりに来てたし、随分暇なんだね」
良美の言葉に白牙が苛立ちを篭めたテレパシーを放つ。
『あいつが暇な訳無かろう。それなのに隙を見せれば現場に出やがって、こっちがどれだけ後始末で苦労しているか理解していない!』
その態度に鏡が心底同情しながら言う。
「その気持ちは、よく解ります。私も傍迷惑な善意の後始末に忙殺されていますから」
鏡の視線の先には、較と良美が居た。
「話を戻しませんか!」
慌てて方向を修正する較。
『そうだった。あの巨人は、人の手で倒させろ。お前達、八百刃獣の力を授かった八刃は、直接手を下すことを禁じる』
白牙の発言に較が慌てる。
「どういうことですか! あちき達が戦っては、いけないっておかしいでは、無いですか!」
白牙が淡々と告げる。
『単純な話だ、八百刃獣の力、上位世界の力が無くてもあの光の巨人を倒せる事を示す必要があるのだ。そうしなければ本当の意味で『侵食する光』のノイズを消すことが出来ない。この世界の力で倒し、その残滓を私の力の消すした時、初めて『侵食する光』をこの世界から完全に討ち払える』
「無茶です! あれは、通常兵器が通用する相手では、ありません!」
鏡の反論に白牙が冷たい視線を向ける。
『もし出来なければ、『侵食する光』の影響は、永遠に残る』
「そっちでどうにかできないの?」
良美の糾弾に白牙が肩をすくめる。
『神々にも色々とパワーバランスって物がある。これ以上我々が干渉出来ない。それゆえに八刃の力も最後まで使えないのだ』
沈黙する較達に背を向ける白牙。
『八百刃様は、仰った。『個では、弱い者も、同じ思いを合わせて一つになれば神にも抗う力になれる』と、八刃、それがその証明だ』
そのまま消えていく白牙を見送って較が苦笑する。
「そうだった。自分達が特別だと思って驕っていたみたい。あちき達だけの力で神や魔王に抗ってきた訳じゃ無かったよ」
較は、携帯をとりだして次々に連絡をとる。
「さて、始めましょうか、『神殺し』を!」
光の巨人は、不安定な存在だった。
侵食する光の存在の余波で産み出された存在であり、較達が消失させていったノイズに引っ張られる様に支出現と消失を繰り返していた。
しかし、ノイズの消失に伴い、光の巨人は、最後のノイズとしてその個をはっきりとさせていった。
そして、今、自分の痕跡を力によって残して、この世界に刻み込み、永久の物としようとしていた。
しかし、その前に立ち塞がる者達が居た。
本人は、些細な力しか持たぬが、強大な力に浸食された者。
その強大な力には、畏怖と憎悪を感じた。
それが故に光の巨人は、近くにあった物体を掴み、投げつけた。
その者は、小さい体を必死に動かして、その物体を避けて、逃げていく。
自分が畏怖し憎悪する力を持つ者が自分から逃げていく姿に光の巨人は、歓喜した。
そして、感情の赴くままにその者を追いかけてしまうのであった。
「ビルを投げてたぞ……」
高台から状況を観察しながらもビビる雷斗に鏡は、冷静に告げる。
「白風の次期長を侵食している白牙様の力を恐れている証拠ですが、白風の次期長もあそこままギリギリまで粘らなければ楽に避けられる筈ですが?」
「戦いの間合いを読んでるだけだよ。ヤヤを信じてよ」
良美の言葉に鏡が眉を寄せる。
「しかし、無用な危険を背負う必要は、無いと思います。あの様子では、警戒する理性があるとは、思えません」
「ここで、ビルの投擲を避けたって事実を驚く人は、誰も居ないのかしら?」
芽衣子の常識的な突っ込みに雷斗があさっての方向を見る。
「そんな常識が通じていた若い時もあったな」
「それよりヤヤが予定通りにひきつけてるんだから、あっちの準備は、万全なんだよね?」
良美の指摘に鏡が頷く。
「準備には、問題ありません。そろそろ始まる筈ですよ」
光の巨人に追われるふりをしながら目的地に近づく較。
その前に数台のタンクローリーが迫ってくる。
すれ違い様にその一台に運転手がまだ残っているのを見て較が慌てて戻る。
「何をやってるの! 早く逃げるよ!」
「止めるな! これであいつに一矢報いるんだ! 奴は、オレの家族を殺したんだ!」
憎悪を滾らせる男に較は、説得を諦め、当て身を食らわせて担ぎ上げ、逃げ出す。
少し離れ、タンクローリーが光の巨人にぶつかった所で意識を取り戻す男。
「何で、助けた!」
較は、光の巨人を指差す。
「まだだよ、まだあれには、ダメージを与えられない。魂を懸けるんだったらもう少し後にしなよ」
男が目を見開く、ガソリンを満載したタンクローリーの直撃と爆発にも光の巨人は、無傷だったのだ。
「何でだよ! あの化け物には、何にも通じないのかよ!」
慟哭する男に較が不敵な笑みを浮かべる。
「何言っているの、あれは、単なる猫騙しだよ。本番は、これからだよ」
「本番ってあれでダメージ与えられないんだったら、戦車でも持ってこなければどうしようも無いじゃないか!」
男の怒声に較が手を横に振る。
「駄目駄目、そんなんでどうにかなるんだったら、こんな大掛かりに事は、しないよ。それと、耳を塞いでおいた方が良いよ。絨毯爆撃が始まるから」
「絨毯爆撃?」
男が戸惑う中、そらを十数機の爆撃機が飛来し、爆弾を投下し続ける。
無数とも思える爆弾が爆発し、周囲の建物を完全に爆砕する。
それでも光の巨人は、無傷だった。
「こんな事ってあっていいのか……」
絶望する男に較が平然と答える。
「何言っているの、単なる地均しでダメージなんて期待してないよ。それじゃ、魔方陣展開!」
較が合図を出すと周囲に待機していた人間が放水車で、赤い色をした水を放射して、光の巨人の周りに魔方陣を描いていく。
「何をしているんだ?」
男の問い掛けに頬をかく較。
「あれって実は、人間の血。あれだけの大量の血を集めるのに、何人が生死の境を彷徨ってる事か。でもそれだけの魂が篭った血で描かれた魔方陣は、強力な束縛で光の巨人の動きを封じる」
較の答え通りに光の巨人は、その巨体を魔方陣に縛られて動けなくなっていた。
較は、不思議な形をした拳銃の様な物を男に差し出す。
「それは、特殊な拳銃でね、持ち主の魂を込めて撃つことが出来る。弾数が六発なのは、たいていの人の魂がそれが限界だからだよ」
「こんな豆鉄砲であいつにダメージを与えられる訳が無いだろう……」
落胆する男の横を何人、何十人、何百人の人間が問題の拳銃を持って光の巨人に近づき、引き金を引く。
一発、一発と光の巨人に着弾する。
一発のごとのダメージは、軽微。
光の巨人にとっては、蚊に刺されたくらいのダメージしかないのかもしれない。
しかし、止まらない銃弾。
撃っているのは、較達の横を通りすぎだだけでなく、四方八方から集まっていた人々だった。
「大半が、貴方と同じ家族や知人を光の巨人に殺された人達。一部、金で雇った人も居るけど。自分の魂を削って光の巨人にダメージを与えているよ」
男が見つめる中、無数の弾丸が、光の巨人を貫き、その体積を消失させていく。
ビルに負けないほどの巨体が、どんどんと減衰していく。
「さっきも言ったけど、それを撃てば、魂の殆どを使い果たす。たいていの人間が死に掛けるでしょうね」
較が見る中、撃ち切って、地面に倒れていく無数の人々。
それを見ても男は、拳銃を手放さなかった。
元の数分の一の大きさになった光の巨人に向かって拳銃を向ける男。
「命なんて幾らでも捨ててやるよ!」
連続して引き金を引いて、六発全て撃ち、膝を着く男。
「一矢報えて、満足でしょ。さてそろそろとどめの準備に入らないと」
男の傍を離れようとした較の裾を男が掴む。
「……弾丸をくれ」
「聞いてなかった、それ以上撃てば、貴方が死ぬことになる。第一、貴方が命を捨てなくても、もうあの光の巨人は、滅びるよ」
較が面倒そうに言うが男は、殆ど力の入らない筈の手に最後の力を込めながら気力をこめて告げる。
「もう生きていても仕方ないんだ! この命があの化け物を滅ぼす礎になるんだったら望むところだ!」
大きなため息を吐く較だったが、男と同じ思いを持つ人々が弾を求めて叫び声をあげる。
「作戦を失敗したかも……」
眉を顰める較だったが、そんな中、残っていたビルの屋上に良美が現れて、拡声器で叫ぶ。
『復讐心を捨てろとも、言わない。だけど、覚えておいて、これは、生存競争だよ。ここであいつと一緒に死んだら、あいつに負けた事になる。貴方達の大切な人を殺したあいつに負けても良いの! 血反吐を吐こうと生き残ってあいつを見下してやろうじゃない。自分達は、お前より勝っているって!』
その一言に男達は、滅びに向かって転げ落ちている光の巨人を睨む。
「そうだ! あんな化け物に負けて堪るか! 絶対に生き残ってやる!」
較は、もう死ぬ気を無くした男から離れ、良美の傍に行く。
「ありがとう」
「なに、当然の事を言っただけだよ」
良美の答えに雷斗が呆れた顔をする。
「単なるこじ付けだ。怒りのベクトルを変えさせただけで本質的な解決になってないだろう」
「それでも、生きていれば、何かが変わる筈です」
芽衣子の言葉に良美が頷く。
「そういうこと。それじゃ、そろそろとどめだね?」
較が右手を最早陽炎に様になった光に向けた。
『ホワイトファング』
白い光が光の巨人を消失させるのであった。
数日後のニュース。
『謎の爆撃より、数日が経ちました。不可解な事に人的被害皆無のこの一連の破壊行動を行った犯行組織について、政府は、更なる警戒をしつつも、その復興に最大限の努力を行うと発表しています』
それを呑気に居間で見ていた良美が呟く。
「しかし、歴史の改ざんは、いつ見てもよく解らない。光の巨人の存在が消失したのに、消失させた一連の行動は、残っているんだから」
「問題の拳銃を撃った人達も、謎の昏倒として、入院中ですしね」
辛そうな顔をする芽衣子を鏡がフォローする。
「一時的な魂の消失です。時間が掛かりますが元に戻ります」
「物理的な損害は、そうは、いかないけどね」
疲れた顔をして帰って来た較にお茶を差し出す小較。
「お疲れ様。そんなにやっぱり裏工作って大変なんだ?」
較は、お茶を飲みながら言う。
「まあね。あれをやったのがあちきの息の掛かった人間だからね。政府に対してもみ消しの要請とか、復興の為の資金を合法的に提供するとか色々とね」
「直接交渉しているのは、私なんだけどね」
較と一緒にやってきた、その伯母、高嶺希代子が冷たい視線を向けて来る。
「希代子さんには、本当に感謝しています。その感謝の意味を篭めて、今夜は、腕を振るいますから」
「そうして頂戴。芽衣子さんも姪達がお世話になったわ、ありがとうね」
「いえ、これもバイトですから」
芽衣子が微笑み返す中、鏡が緊張した面持ちになる。
「私達は、直ぐに退散します」
「緊張しなくても良いわ。今回のお礼もあるし、夕食くらい食べて行きなさい」
希代子の言葉に慌てる鏡。
「そんな訳には、いきません!」
希代子は、笑顔で告げる。
「私の誘いを断るなんて良い度胸をしてるわね」
その一言で全てが決着した。
八刃の盟主、白風の長、焔が唯一逆らえない希代子の言葉に逆らえる人間など八刃には、いないのであった。
その夜は、平穏な夕食であった。
その夜だけは、翌朝から較と良美は、新たなトラブルに巻き込まれる事になるのだが、それは、また別の話である。