リングでの輝きを消せ!
良美が総合格闘技に殴りこみです
「流石に今回のは、力技になるのかしら」
芽衣子の意見に雷斗も渋々頷く。
「そうだろうが、ここで実際にお前が出たら洒落にならないから止めろよな」
言葉の対象になった較が腕を組む。
「だとしたら、誰がやるの?」
鏡が手を上げる。
「私がやります。ヤヤ様と違って手加減出来ますから」
それを聞いて芽衣子が首を傾げる。
「鏡ってそんなに強いの? 何か何時も負けてるシーンしか見ていないけど」
鏡が地味に落ち込むのを尻目に雷斗がフォローする。
「八刃の本家筋の人間は、大半が世界チャンピオンクラスを瞬殺出来る化け物だから大丈夫だろう」
不思議と今まで黙っていた良美が高らかに宣言する。
「馬鹿な事を言わないで、ここで活躍するのは、中学全国空手大会でも優勝経験があるあたしに決まってるじゃない」
「そういえば、良美ちゃんって空手やっていたんだっけ。中学の時に全国優勝してたのは、凄いわね」
素直に褒める芽衣子だったが、雷斗が切って捨てる。
「一応プロの大会にアマチュアが出てどうするんだ?」
総合格闘技『シャイニングチャンプ』の主催している大会会場を見る一堂。
「大丈夫、更なる特訓を積んでるし、道場では、師範ともいい勝負してるんだからね」
「因みに言うと、同期に入った大山良太は、既に初心者コースの指導員のバイトを始めています」
較の補足に芽衣子が思案する。
「それって凄い事なの?」
雷斗が苦笑する。
「初心者といえ、指導させてもらえるんだから良美よりは、高い評価を受けているんだろうな」
「組み手だったら三本中二本は、取れるもん!」
良美の主張に鏡が突っ込む。
「その反面、指導しようとして入門したての小学生を泣いて逃げられたって経験が多いですがね」
「軽く腹に一発喰らっただけで逃げるなんて、考えが甘い奴だっただけだよ」
良美の弁解に雷斗が呆れる。
「本気で指導員向きじゃないな」
「とにかく、今回は、あたしがメインでやる。文句は、無いね!」
強固に主張する良美であった。
二時間後、色々なコネを使った挙句参加が決まった良美が着替えに行っている中、雷斗が言う。
「本当に大丈夫なのか?」
較が頷く。
「元々、勝てば良いって話じゃないしね。名前通りチャンピオンをどうにかしないといけないから逆に優勝したら駄目なんだよ」
「問題は、そこですね。チャンピオンに向ってアレを撃つのですか?」
鏡の言葉に較が頬を掻く。
「多分、そうしないと駄目なんだろうな。いっその事、クローン人間を出場させてそれに優勝させるのも手だね。今回は、様子見って事にしておくよ」
「随分と慎重な意見だな」
雷斗の指摘に較が溜息を吐く。
「ヨシが参加しているのに無茶は、出来ないよ」
「それだったら、参加させなければ良い話だったんじゃないか?」
雷斗の当然の質問に較が自分の右腕を見る。
「あちきは、最初の暴走の時に死ぬ覚悟あったんだよ。実際、白風の終奥義の制御失敗で消滅した人間なんて何人も居たしね。それを自分の命を懸けて救ってくれたヨシには、逆らえないんだよ」
頭をかく雷斗。
「その逸話は、知ってる。でもな、あいつだって自分の意志でやった事だ。それを何時までも恩に感じる必要は、ないと思うぞ」
較が苦笑する。
「違うんだよ。神や魔王すら敵対する八刃ですら、諦める事がある。ヨシってあちき達が諦める事までやろうとする。そんなヨシだから逆らえないって意味」
「単なる我侭な気がするがな」
雷斗がぼやく中、空手着に着替えた良美がガッツポーズを見せる。
「それじゃ、勝って来る!」
「無茶しないんだよ!」
較が見送り、鏡と着替えに付いて行っていた芽衣子が一緒にリングサイドに向う。
観客席から様子を見る較とその監視役の雷斗。
「お前がリングサイドに行かないのは、万が一の時、切れて相手を半殺しにしない為の用心なのな?」
「五月蝿いですよ」
較が不機嫌そうに言う中、良美の初戦が始まる。
『一回戦、中学空手チャンプがこの大会に殴りこんできた! その無謀の挑戦を受けるのは、大会常連のグレーシー柔術、クレー選手だ!』
リングの中央で良美を見下すクレー。
「随分とプロのリングを甘く見やがって。後悔させてやるぜ」(英語)
開始のリングと同時にタックルを仕掛けるクレーに押し倒される良美。
「おいおい、もう終りかよ」
「そうだな。あの体格差じゃ、返せないぜ」
周りの観客の言葉に雷斗が較の様子を探る。
「早くタオル投げさせた方が良いんじゃないか?」
「もう終わってる」
較が淡々と言う中、クレーがリングに沈んでいく。
『勝者、大門良美!』
勝利者コールが鳴り響き、会場がざわめく。
「何が起こったんだ?」
落胆の溜息を吐く較。
「これだから、ショー大会は、嫌いなんだ。あの対戦相手、至近距離からの打撃に対して警戒せずに寝技を仕掛けてきた。ヨシは、自らリングに倒れ、肘を固定して、そこに倒したと思い込んで突っ込んだ馬鹿が突っ込んだだけだよ」
「そんな技、空手にあったのか?」
雷斗の質問に較が首を横に振る。
「あれは、あちきが教えた実戦用の技の一つ。白風の技ってエグイから甘ちょろい奴等には、劇的なんでしょ」
雷斗が頭を押さえる。
「おいおい、神経を疑うあんな技術を教えてるのか?」
「いざって時の用心にね」
較の答えに雷斗が大きなため息を吐く。
二回戦。
「一回戦は、ラッキーだったみたいだが、俺相手にラッキーは、無いぜ」(ロシア語)
コマンドサンボの使い手、サボトクスが自信満々に睨むが良美は、何も答えない。
「そういえば、さっきから良美があまり喋らないが、どうしてだ?」
雷斗の質問に較が視線を逸らす。
「喋らないじゃなくて、相手が何を言っているかまるで解らないから会話出来ないだけ」
「さっきのは、英語だったぞ?」
雷斗が突っ込むと更に顔を背ける較。
「あれが解るくらいだったら、普通の高校に通っていたよ」
雷斗が呆れる中、試合が始まる。
サボトクスは、牽制の意味を込めた軽いパンチを放った瞬間、その腕に向って良美の蹴りが決まる。
「何だと!」(ロシア語)
動揺するサボトクスの膝に良美の踵蹴りが決まり崩れる。
問答無用の正拳が顔面に入り、そのままリングに倒れるサボトクス。
『勝者、大門良美!』
勝利者コールが鳴り響き、再び会場がざわめき、呆然とする周囲に較が解説する。
「体格差がある相手と戦うときには、相手の懐に入ろうとするのは、下策。今やったみたいに攻撃してきて延びた所を鋭く打ち抜く。その後で、足を攻撃して顔の位置を調整して一撃を決める。理想的な組み立てだね」
準決勝。
「今までの奴は、アマチュアと侮り、油断していた。俺は、違う。俺は、これに人生を賭けている!」(英語)
元空手家の総合格闘家、ケビルは、鋭い目で良美を睨む。
開始と同時に鋭いパンチが続く。
良美もそれを空手の組み手の様に捌く。
試合は、まるで空手の様に進む。
「中学チャンピオンというのは、伊達じゃないな。確かに良い筋をしている。だが、まだまだ未熟!」(英語)
ケビルの鋭い手刀が防御越しに良美にダメージを与える。
「このままだと負けだな」
雷斗の言葉にあっさり頷く較。
「まともな技術のやり取りだったら、間違いなく相手のほうが上だからね」
そんな中、観客の一部がクレームをあげ出した。
「つまらないぞ! 俺達は、総合格闘技を見に来たんだぞ!」
それに不機嫌そうな顔をする較。
「今までみたいな一発芸のやりあいよりよっぽど高い技術のやり取りだよ」
「そういうな、お前も言ったとおり、ショーとしての一面もあるんだよ」
雷斗が宥める中、ケビルが動いた。
空手着の袖を掴み、投げに入ったのだ。
見事に円を描いた良美の足だったが、それがそのままケビルの腹に決まった。
体勢を崩したケビルの側頭部に良美の蹴りが決まった。
『勝者、大門良美!』
派手な展開に会場が沸くが冷めた目をする較。
「最低、あの人、観客の声に応えて、慣れない投げ技なんて使わなければ、間違いなく勝ってたのに」
「結局、決勝まで来ちまったな」
雷斗の呟きに較も呆れた顔をして頷く。
「対戦相手が馬鹿すぎるんだよ」
そして、決勝の相手は、前回の優勝者、マイディ。
「これは、俺へのご褒美かい? こんな俺のタイプの女の子が対戦相手なんて」(英語)
いやらしい顔をするマイディに流石に言葉の意味が理解できたのか良美が睨む。
「戦う前からそんな事を言って、絶対に後悔させてやるんだから!」
余裕の笑みを浮かべるマイディ。
「精々、はしゃいでな。試合が終わった後も色々楽しませてもらおうか」(英語)
嘗めきった台詞を吐き、どうどうと仁王立ちする。
「好きにきな」(英語)
指をクイクイするマイディにいきり立つ良美。
「絶対に負かしてやる!」
「あんなに油断しまくりじゃ、今回も勝ってしまいそうだな」
呆れ半分の雷斗の言葉に較が顔を濁らす。
「あれってチャンピオンだから出来る演出。ああやっておけば自分から攻めなくても観客は、納得する。あのチャンピオン見かけによらず狡猾だよ。不意打ちや先手必勝なんていうのは、実戦だから有効な言葉。こんな制限された勝負じゃ、先に手を出した方が何倍も不利。それなのに先制攻撃するのは、それがショーだから。今までの奴らもそれだから負けた」
「おいおい、それじゃ、かなり不利って事か?」
驚く雷斗。
「最悪、割って入る」
戦闘モードに入り始める較。
そんな中、良美は、珍しく躊躇していた。
理由は、簡単で、自分からせめてルール内の攻撃じゃ、ダメージを与えられない事を悟っていたからだ。
それでも、相手が狡猾で、攻撃してこないからってこのままにらみ合いをする気もしなかった。
「勝つのは、難しいか……」
良美の小さな呟きに実は、日本語が解るマイディが内心微笑んだ。
「それでも、やるしかない!」
一気に動き出す良美にマイディは、筋肉を引き締める。
ルール内の攻撃ならこれで無効になる筈だった。
しかし、マイディは飛び上がった。
「オーノー!」
良美は、なんと足の小指踏みって、反則技をくり出したのだ。
想定外の痛みに浮き足立ったマイディのケンケンをしている方の弁慶の泣き所に爪先蹴りを入れる。
思わず倒れたマイディの顔面に体重が乗せられた良美の肘が入った。
会場全体が呆然とした。
「あれって全部反則じゃないか?」
目が点になった雷斗の横で較が爆笑している。
「ヨシらしいや。勝負より自分の気が晴れる方法を選ぶんだから」
『大門良美選手の反則負けです!』
アナウンサーの声と共に鼻血を出ている情けない顔でチャンピオンベルトを受け取るマイディは、輝いていなかった。
「チャンス! 鏡、ベルトを!」
較が駆け出し、鏡がリングに侵入してベルトを蹴り上げた。
『ホワイトファング』
較のホワイトファングがこの場で唯一意味を成していたチャンピオンベルトを消失させるのであった。
「活躍したのに、アレって放送しないんだ」
不機嫌そうな顔で芽衣子が作った朝食を食べる良美。
「良いじゃん、どうせ優勝しなかったんだから」
較がいい加減に答える中、雷斗が言う。
「なんていうか、本気で行き当たりばったりだった気がするぞ」
鏡も頷く。
「確かに、相手の反則での勝ちなんて事になったお蔭で輝かず、ベルトだけがその対象になりましたから良かったですが、そうでなければあの選手ごとホワイトファングで消し去る必要があった筈ですよ」
それに対して較が言う。
「それだけど、今回の事で対策がはっきり解った。光輝くのを見つけるだけじゃなく、新しく光を与えて、宣言させる。そうする事で、ホワイトファングの投射先も選べるよ」
「そうすれば被害も減るという訳ね」
芽衣子の言葉に頷く較であった。