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後宮に入った三人の娘

 クランシエルにとんでもない現場を目撃されたレオンハルト達は、とりあえず真実を交えた言い訳をでっち上げ、この事は他言無用とクランシエルに厳命しておいた。そうして夕食の支度があるサキとクランシエルを食堂に残し、レオンハルトとジークフリードは王宮へと戻って来ていた。

 人気のない場所を選んでの帰り道は、いつものことだった。


「ジーク、あまり近寄るな。犬の臭いがついたらサキに嫌われる」

「酷ぇ……」


 犬を抱えたジークフリードから五歩以上離れて歩いているレオンハルトは、今後一切犬には近づかないと決めている。

 先ほどジークフリードが言われていたように、サキに、近づくな、などと言われた日には、二度と立ち直れない。


「いやしかし、この犬の飼い主はアデルリーデ嬢だってクランが言ってましたし、俺が後宮に入るわけにもいかんでしょうが」


 そう言って抱えている犬をつき出して来るジークフリードから、レオンハルトは更に二、三歩離れた。


「絶対に犬は触らない」

「……嬢ちゃん至上主義者め」

「悪いか」

「否定しないし……」


 そうしてしばし二人で不毛な攻防戦を繰り広げていたが、一向に決着はつかなかった。


「犬渡して、湯浴みでもすればいいでしょうが!」

「イヤだ」

「……お二人とも何をなさっておられるのですか」


 不意に声が聞こえたかと思ったら、いつの間にか近くにユイの姿があった。

 どこか呆れたような顔つきのユイは、これ見よがしにため息を吐いていた。


「おや、それはアデルリーデ様の犬では?」


 ジークフリードが抱えている犬に気付いたユイは、犬の飼い主が誰だか知っていた。


「なんだ、知ってたのか」

「ええ、先ほど庭の方でお会いしまして、犬を探していると言っておられましたので」


 その言葉に、レオンハルトとジークフリードは同時に互いの顔を見あわせた。


「ジーク、行ってこい」

「……そう言うと思ったよ」


 レオンハルトは犬に触らなくても良くなってホッとしていた。しかしそう思ったのも束の間、ジークフリードから失念していた重大な事実を聞かされた。


「アデルリーデ嬢が後宮に犬連れこんでるなら、嬢ちゃんが後宮に入る事は一生ないでしょうね。それどころか王宮にすら戻って来ることはないな」

「むむ」


 レオンハルトはその言葉にたじろいだ。

 それは忌々しき事態だ。早急に何とか手を打たなければ。


「これから王宮内はペット禁止だと言っておけ」

「自分で言えよ!」

「……大方の事情は分かりました」


 そうして再びレオンハルトとジークフリードの不毛な攻防戦が繰り広げられようとしていた時、鈴のような可愛らしい声が聞こえてきた。


「マリアンヌ!」


 誰かを呼んでいるらしいその声は次第に近づいて来る。


「マリアンヌ?」

「貴方が抱えている犬の事ですよ」


 ジークフリードの問いにユイは簡素に答える。

 という事は、この声の主はアデルリーデと言う事になるのだろうか。

 そうしている内に、声の主の姿が植え込みの陰から飛び出してきた。


「あ……」


 こんな場所に人がいるとは思っていなかったのだろう。飛び出してきたその少女は驚きに大きな目を更に見開いていた。

 年の頃は十七、八くらいだろうか。清楚なドレスに身を包み、緩い巻き毛の髪を揺らしながらやって来た少女は、如何にも貴族のお嬢様といった人物だった。

 しかしながらサキにしか興味がないレオンハルトはそんな少女を前にしても、誰だっけ、くらいにしか思わなかった。


「レオルヴィア殿下……っ」


 少女は急いで居住まいを正すと、正式礼を取った。


「お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした」


 そう言って頭を下げる少女を前に、レオンハルトはユイにチラリと視線を送った。その視線の意味を正確に読み取ったユイは、何故か呆れたような顔をした。


「アデルリーデ様。貴方様の探しているのはこの犬でしょうか?」


 ユイが促す先に視線を向けた少女は、パッと表情を明るくした。

 この少女がアデルリーデか、とレオンハルトはさして興味もないというような感じで思っていた。


「そうです」


 その言葉を聞いたジークフリードはアデルリーデに犬を手渡した。


「見つけてくださってありがとうございました」


 アデルリーデは犬を大事そうに抱えながら礼を言った。

 さて問題はここからだ。

 レオンハルトはできる事ならアデルリーデとは関わりたくないのだ。できるだけ手短に話を済ませたい。

 そう思い口を開いた時、もう一人この場所にやって来た。


「アデル、見つかったかい? ……おや」


 やって来たのはアデルリーデに関わりたくない原因だった。

 レオンハルトは隠しもせず、嫌悪感を露わにする。しかし目の前の人物はそれを全く気にする素振りを見せなかった。

 現れたのはアデルリーデの父、ガインウェラーだった。

 かつて国を衰退させるに至った原因の一人だ。しかし今でも中央貴族の筆頭としてその地位にいるのは、娘の存在が大きく関わっていた。


「これはレオルヴィア殿下。もしや殿下がマリアンヌを見つけてくだされたのかな?」

「違う」


 不機嫌にそう返すと、男はそれを意味も解さず笑い飛ばした。


「せっかくレオルヴィア殿下にお目見えしたんだ。アデル、少し殿下と庭の散策でもしてきたらどうだい?」

「え? それは……」


 困惑気味のアデルリーデの事など全く以って無視しているガインウェラーは、娘の背を押し有無を言わせる事はなかった。


「悪いが、俺は犬が嫌いだ」


 アデルリーデが抱えている犬を一瞥すると、近づくなと二人を睨みつけた。それにアデルリーデは肩を震わせて足を止め、ガインウェラーは少々渋面な顔つきをした。


「犬がお嫌いとは存じませんでしたな」


 別に嫌いではないが、サキが嫌っているから嫌いになった。それだけの話だった。


「王宮に犬を入れるな」

「殿下が娘の淋しさを癒してくださるというのなら、マリアンヌは私が家に連れ帰りましょう」


 ガインウェラーは図々しくも交換条件を提示してきた。しかしそんなものを承諾するつもりはないレオンハルトは、あからさまに嫌そうな顔をした。


「僭越ながら」


 控えていたユイがふと口を開いた。


「ウィルアリア様は動物が苦手でございます。『花姫』様も、犬が苦手であると伺っております」


 王宮で噂されている『花姫』は、重鎮たちの間では公然の事実だった。しかしその実、誰も『花姫』の正体を知らない。それは後宮に『花姫』はいないからという事情もあるが、それだけでなくイルヴェルトとレオンハルトが巧みに隠しているからという理由もある。おそらくセルネイも何かしらの手を回していると思うが、それがどういうものであるのかは、レオンハルトは知らない。


「ですから、後宮で動物を飼うことは――」

「侍従が口を挟むなど、無礼であろう」

「……申し訳ありません」


 ガインウェラーは人一倍身分を優先する男であることは、ここにいる皆が知っている事だった。しかしユイはそれを知っていても尚、助け舟を出してくれたのだ。その事にレオンハルトは大いに感謝し、目の前の男に憎悪を募らせた。


「異端者風情が」

「――っ」


 汚いものを見るような視線で、吐き捨てるようにそう言ったガインウェラーの言葉に、ユイは堪えるように視線を落とした。それに反応したのはジークフリードだった。ジークフリードは表情には出していないが相当怒っているようで、今にもガインウェラーに掴みかかりそうだった。


「ユイへの暴言はそのまま俺への暴言と取るが、構わないんだな」


 ジークフリードを片手で制して、レオンハルトは静かに告げた。

 ユイは『異端の魔力持ち』だ。このことは誰もが知っているわけではないが、長く王宮に仕えている者たちはその事実を知っている。ユイ自身の性格が温和で誠実なこともあって、その事実を知っている者でもユイを蔑む者はここでは少ない。しかしガインウェラーのように悪びれもせず蔑視する者もまだいるのだ。

 レオンハルトはそれが昔から許せなかった。


「……口が過ぎたようで、お許しを」


 その謝罪は表面上だけの事だと分かってはいるが、それでもユイに対する暴言の謝罪は言わせておきたかった。


「ユイが言うように、二人とも苦手だと聞く。大人しく犬は連れ帰れ」


 再度忠告をするが、ガインウェラーはなかなか納得しなかった。


「敗戦国の姫に気を使う必要が何処にあるのですか。あれはいわば人質と同じでございましょう」


 ウィルアリアは今年の夏まで争っていた北国セレティアの姫だ。長く続いた戦は、レイヴァーレ王国が勝利し、幕を閉じた。敗戦国となったセレティア国は結ばれた友好協定の証にウィルアリアをこの国へと嫁がせたのだ。ガインウェラーが言うように人質だと思っている者も少なくないのが現状だが、あくまで友好を証として嫁いできたというのが正当な理由だ。

 これが、ウェルアリアが後宮に入った経緯だった。


「それに何より、『花姫』などという仮名でしか皆に知られていない娘など、本当に存在しているのですか?」

「いると言っているだろう」

「お部屋には誰もいらっしゃらないのに?」


 レオンハルトはその言葉にさして驚きは見せなかった。それが知られていることは承知の上だった。

 何事も情報が命だ。貴族たちはそれぞれに情報収集の方法を持っている。

 それはレオンハルト達も同じ事だった。

 貴族たちに知られてもいい情報は流すが、本当に隠したい情報は決して垣間見せることはない。そういった按配は心得ている。


「確かにいないが、『花姫』はいる」

「では何故隠しておられるのですか?」


 ガインウェラーの瞳が鈍い光を湛えている。獲物を狩る獣のようなその眼光は、質問の答えを既に分かっていた。


「お前が思っている通りだ」

「『花姫』が殿下の寵姫だと?」

「そうだ」


 レオンハルトはあっさり答えた。

 隠している時点でそれは周知の事実と同じ事だった。今さらそれを隠しても意味はない。それにレオンハルトは『寵姫』であることを隠そうとも思っていなかった。

 レオンハルトにとってサキだけが『最愛』なのだ。他はその辺に転がっている石ころよりも価値はない。

 それくらいに、レオンハルトの中にはサキしかいなかった。


「覚えておけ。お前の娘は側妃にすらなることはないのだと」


 アデルリーデ本人を前にしてレオンハルトははっきりそう断言した。

 レオンハルトが欲しいのは、世界でただ一人の愛しい彼女だ。

 彼女がいい。彼女でないとダメなのだ。

 自分を見つけてくれたのは、サキだけだったのだから。


「陛下も昔、同じことを言っておられましたよ」


 突然父の話を持ちだされたレオンハルトは何の事だと眉根を寄せた。


「しかし、叶いませんでしたけどね」


 嘲笑うかのような笑みを湛えたガインウェラーに、レオンハルトは途端に気分が悪くなった。

 気持ち悪さに顔を顰めていると、更に言葉が飛んできた。


「殿下もお気を付け下さい」


 ニヤついたその笑みは何処か挑発しているように見えて、レオンハルトは鋭い眼光をガインウェラーに返した。

 何の話をしているのかは分からなかったが、ガインウェラーは明らかに『花姫』を害そうとしていることは分かった。それを隠そうともしないその様は、傲慢さが滲み出ていた。

 かつての栄華を虎視眈々と狙っているこの男は、どうあっても王宮から廃さなければならない。そうでなければ、目指す未来には届かない。

 そうしてしばし沈黙が流れていたその時、聞きなれた庭師の声が聞こえてきた。


「どうして犬がいるの」


 現れたセルネイの視線はアデルリーデに抱かれている犬にしかいっていない。その瞳が苛烈に煌めいているように見えたレオンハルトは眉根を寄せた。


「セルネイ?」


 しかしセルネイはそれに応えることはなく、大股でアデルリーデのもとまで行くと犬を抱えた少女を見降ろした。


「それは君の犬?」

「……は、はい」


 セルネイの雰囲気に気圧されているアデルリーデは、怯えながら返事を返していた。


「お前は庭師か。私の娘から離れろ、無礼者が!」

「少し黙っていろ」

「――っ」


 セルネイの眼光を受けたガインウェラーは息を呑み、一瞬で気圧された。

 いつになくブチ切れているセルネイの様子に、レオンハルトは困惑した。それはユイもジークフリードも同じだった。

 普段から笑顔を絶やさないセルネイが、これ程に怒ることは滅多にない。それは非常事態と同じ事だった。


「よく聞きなさい、アデルリーデ」


 セルネイは言って聞かせるように言葉を紡ぐが、その表情には全く笑みがなかった。


「この次、王宮にその子を連れて来たら、もう二度とその子には会えないと思いなさい」


 それは脅しではなく真実だった。それを本能で感じ取ったアデルリーデは最早言葉を発することすらできず、首を縦に振るだけが精一杯のようだった。


「ガインウェラー」


 セルネイは次にガインウェラーに向いた。

 不思議な色合いのその瞳は、今は怒りの色を顕わにしている。


「無駄な事を考えるのは止めろ。彼らには僕がついている」


 その言葉に、ガインウェラーは目を見開いて目の前の人物が何者なのかを思い出していた。


「貴方様は――」

「先ほどの言葉は聞かなかった事にしてやろう。娘を連れて立ち去るがいい」


 その凄まじい威圧に誰も何も言えなかった。

 レオンハルトですらこんなセルネイを見るのは稀なのだ。他の者たちはその威圧に動くことさえできなかっただろう。


「分かり、ました。失礼させていただきます」


 ガインウェラーはそう言うと、一礼してアデルリーデと共に立ち去っていった。

 その姿が完全に見えなくなると、セルネイがこちらを向いた。


「君たちはあの犬のこと知ってたの?」


 口調はいつもの調子に戻ったが、その雰囲気は一向に怒気を孕んでいた。


「知らなかった」

「そう」


 セルネイはそれだけ返すと、遠くを見るように視線を投げた。その視線の先には、サキがいる騎士の詰所があった。

 それでようやくセルネイが怒っていた理由を知った。


「サキが犬嫌いだって知っていたのか」


 ただ確認の意味でその言葉を言ったのだが、セルネイは何故かその表情に驚愕の色を滲ませた。


「まさかサキはあの犬にあったの?」

「ああ……。かなり、怖がってた」


 あの怖がりようは尋常ではなかった。サキ自身は努めて気丈に振舞っていたのだろうが、その体は完全に恐怖で竦んでいた。

 しがみつかれた時、サキはもう立っていることすらできない状態だった。


「サキは大丈夫だった? その、何か……」


 余程心配しているのか、セルネイが聞きたいことは要領を得なかった。


「大丈夫、心配ない」


 腰が抜けてしまっていたようだが、すぐに立つこともできるようになったし、本人も心配ないと笑っていた。

 本当は心配だったのでずっと一緒にいたかったのだが、クランシエルの手前、離れざるを得なかった。


「よかった」


 レオンハルトの言葉にセルネイは、ふう、と息を吐いて安堵していた。


「最近あちこちの掘り返されててさ。何がいるのかと思ってたら、犬だし。何、この笑えない展開」


 疲れたようにため息を吐いているセルネイは、もういつもの庭師だった。その様子にレオンハルト達もホッと息を吐く。


「セルネレイト様、よろしかったのですか?」


 ユイの問いにセルネイは、ああ、と思い出したように呟いた。


「大丈夫だよ、僕が誰か(・・)なんてすぐ忘れちゃうから」


 セルネイの事は皆が庭師だと思っている。実際にそうであるし、その事に偽りはない。しかし、ただ一人の王宮庭師はずっとセルネイだけだった。

 その事を知る者はとても少ない。


「サキもそうなってる」


 セルネイは自らの正体が誰の記憶にも残らないような仕掛けを自分自身に施している。それが一体どういう仕掛けなのかは分からないが、例外を除いて、セルネイ自身を認識している者は少ない。それと同じ事をサキにも施しているというのなら、何故サキの記憶は自分以外にも残っているのだろうかとレオンハルトは疑問に思った。

 ちなみにレオンハルトは、自分は例外だと思っているので数には入れていない。


「サキのはね、サキの事を本当に想ってくれる人には効かないようにしてある」


 心を呼んだかの返答に、レオンハルトは、なるほど、と納得した。

 この場にいる者たちは皆、サキのことを想っている。だからサキのことを忘れることはないのだ。

 そうであるのならば、サキが見つかる心配はほぼない。『花姫』を害そうとしている者たちには、決してサキの記憶は残らない。


「……そうか」


 ホッと息を吐くとともに、片手で顔を覆う。

 少し気が抜けたレオンハルトは、気分の悪さを吐き出すように長く息を吐いた。


「大丈夫? 顔色が悪いよ?」


 心配そうに近づいてきたセルネイが顔を覗き込むように見つめていた。傍にいたユイやジークフリードも心配そうに窺っている。


「平気」


 レオンハルトはそう短く返すと、安心させるように笑ってみせた。


「君は昔から魔力に中てられる事が多かったからね。ガインの魔力は君には辛すぎる」


 本来『魔力』は目に見えることはないが、魔力も性格や雰囲気と同じで、人によって個性がある。レオンハルトは昔から、人それぞれが持つ魔力を敏感に感じ取ってしまい、度々魔力に中てられてしまっていた。それは程度にもよるが、大抵が下心や我欲を強く持っている者が傍にいると、自身の魔力を逆なでされるような感覚に陥り気分が悪くなるのだ。それは、そういう者たちの魔力が一様に淀んでいるように感じるからだ。だから、レオンハルトは人が多く集まる夜会や宴といったものが苦手で、自身の執務室にもユイやジークフリード以外をあまり入れることはなかった。

 確かに『レオルヴィア』として振舞っている事を悟られないようにするためという事情もあるが、『レオルヴィア』としてのレオンハルトの人嫌いは、決してそれだけというわけではないのだ。


「あの男は昔から変わらないからね。ユイにも酷いこと言ってきたんでしょう?」

「そんなことは――」

「じゃあ何でジークはさっきから怒っているのかな?」


 突然話を振られたジークフリードはハッとして、視線を彷徨わせていた。


「俺は別に、何と言うか、その」


 言いたい事がまとまらない様子のジークフリードに、セルネイは嬉しそうに微笑んでいた。


「僕はジークのそういうところ好きだよ」

「……そりゃどうも」


 ジークフリードは諦めたように脱力していた。

 レオンハルトもセルネイと同じようにジークフリードを気に入っていた。戦場に出るようになってから常に共に戦ってきた騎士副団長は、レオンハルトにとって尊敬に値する人物だった。

 前騎士団長が戦死してからというもの、現騎士団長と共に何かと気に掛けてくれて、戦場では数えきれないほど世話になった。


「あの男をぶっ飛ばしたくなったら言ってね。正式に殴らせてあげる」

「……後が怖そうだから遠慮しておく」


 そうやってセルネイとジークフリードが会話をしている傍らで、レオンハルトはユイに話し掛ける。


「意外に仲良さそう」

「そうですね」


 笑い声が混じるユイの返答に、レオンハルトも笑みを浮かべる。


「ユイの養父上は、いい人だな」


 義息子のために怒るということは、それだけ義息子のことを大切に思っているからだ。


「ええ。ジークフリード殿とリーファイレーヌ様にはとても感謝しております」


 ユイは『異端の魔力持ち』だと分かったその日に本当の両親には捨てられてしまった過去を持っている。しかし捨てられてしまったそのすぐ後、ユイはジークフリードに拾われたのだそうだ。

 ジークフリードの奥方は患った病が原因で子が産めない体になってしまったそうで、夫妻には実子がいない。それ故に拾われたユイはそのまま養子になったのだと聞いている。

 二人はこの事実を隠しているわけではないが公言しているわけでもないので、彼らが親子関係にあることを知る者は少ない。

 子供の頃からユイと一緒にいるレオンハルトは、ユイがジークフリードの事を信頼している事も、ジークフリードがユイを大切に思っている事も、よく知っている。


「さて、そろそろ戻りましょう。先程のガインウェラー様の言葉を一言一句違えずイルヴェルト様にお伝えしなければなりません」


 ユイはこの上なくニコニコした笑顔でそう告げてきた。

 レオンハルトはその笑みの裏に真っ黒な感情がある事を悟る。


「ああ、そうだな」


 レオンハルトもその顔に冷淡な笑みを浮かべた。

 あの男は一つだけ致命的なミスを犯していった。それは恐らくイルヴェルトの逆鱗に触れることになるだろう。そうなればあの男の未来はない。




 レオンハルトとユイは互いにどす黒い笑みを浮かべながら、この先の未来を予想した。


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