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居場所を失くした少女

 聖王国の町が次々に滅ぼされているという噂は瞬く間に近隣諸国に広がった。実際に聖王国は多大な被害を受けており、帝国と均衡していた力関係が一気に崩れた。

 人々は皆、帝国が秘かに『魔術兵器』を開発していたに違いないと噂した。

 当の帝国のこれ幸いとその噂を利用し、聖王国を一気に攻めた。そうして長く続いた戦は帝国勝利で幕を下ろすと誰もが思っていた。




 黒髪の青年が少女に与えた『周りから魔力を得られる力』。その力は無差別に魔力を吸い取る能力に変わっていた。そうして得た魔力は勝手に『魔術』となって周りを破壊しつくしていく。そこに少女の意思は関係なく、魔力があるなら吸い上げ、攻撃する。少女はそういった存在となっていた。


 それを理解した少女は、最初の頃は懸命に誰もいないところ探しまわった。

 しかし町に行けば人がいて、森に入れば動物がいて、その他の場所では戦をしていた。


 何処へ行っても『命』がある。

 何処へ行っても奪える『魔力』がある。

 少女は何処へ行っても全てを破壊するだけの存在だった。


 そうして日々が過ぎていくごとに心は死んでいき、少女はあてもなく彷徨い歩くようになる。

 虚ろな瞳は何も映しておらず、ふらつく足元は今にも倒れそうなほど危うい。

 しかしそれでも少女は倒れず、何日も何日も歩き続けていた。


 倒れたいのに倒れない。

 死にたいのに死ねない。


 少女はそうして歩き続ける。

 足を踏み出す度に、周りの命を奪いながら。




 帝国が開発した『魔術兵器』だという噂はいつまで立っても噂のままだった。それは、その『魔術兵器』と言われているモノが少女である事を誰も知らないからだ。

 真実は誰も知らない。

 なぜなら少女はその場にいる全ての『命』を奪うから。


 何も生き残らないのだ。

 人間も、動物も、草木さえも。


 一体どうしてこんな存在になってしまったのか、少女には分からなかった。ただ分かるのは、もう生きていてはいけない存在になってしまったという悲しい事実だけだった。


 そうして少女は聖王国領を抜け、帝国領へと足を踏み入れる。


 帝国も少女の能力によって尽く破壊されていく。聖王国が壊滅状態となったように、帝国もまた、多大な被害を受け、両国は最早戦どころではなくなっていった。


 長きに渡り続いた戦が呆気なく終結したのは、たった一人の少女が二つの大国を壊したからだった。

 戦える兵士も死に絶え、人口も大きく減少した。

 しかし戦が終わりを迎えても、人々は未だ彷徨い続ける『魔術兵器』の存在に恐怖していた。




 少女は殆ど何もなくなってしまった世界を静かみ見つめていた。


 小高い丘の上から厚い雲に覆われた灰色の空をぼんやりと眺める。

 少女は何かが焼ける臭いと咽返るような血の臭いの中、何の感情も抱くことが出来ず、ただ佇んでいた。


 こんな結末を望んではいなかった。

 こんな未来を願ったわけではなかった。


 そう思っても、目の前に広がる赤黒い大地には、もう『命』は見当たらなかった。


 もう皆と生きていけなくなってしまった。

 ただそれだけを悲しんだ。


 どうやったら死ねるのか。

 ただそればかりを考えた。


 どれだけ歩き続けてきたのか分からない。

 どのくらい何も食べていないのか憶えていない。

 それでも少女は生きていた。


 死にたい。

 しにたい。

 シニタイ。


 少女は死ぬことだけを望んだ。




 少女はしばらくの間、その丘にいた。

 そして少女はふと気付く。


 ずっと感じていた魔力が集まってくる気配がなくなった。それはこの場所に『命』がなくなったからだった。


 ようやく見つけた命無き場所は、少女がもたらした破滅の先にあった。


 この世界に自分がいては『命』が芽吹かない。

 それを悟った少女は静かに泣いた。




 何日そうしてその場所に留まっていただろうか。

 少女は次第に衰弱して行く自分をはっきりと感じていた。


 少女は基本的に『人』と同じだ。飲まず食わずでは生きられない。しかし少女の場合、魔力さえあれば己の体を保つ事ができる。彷徨い歩いていた間少女が倒れなかったのは、周りに魔力が溢れていたからだ。

 しかし今、少女の周りには『命』が全くない。故に生命が持つ魔力がない。そのため、少女は人と同じように死に向かって進んでいた。


 少女はその事に喜んだ。

 このままこの場所にいれば、もう誰も傷つける事はない。自分という存在がなくなればこの世界はまた命溢れる世界になるだろう、と。


 少女はとうとう力尽き、その場に倒れ込む。

 何もない場所で、たった一人で、少女は静かに逝こうとしていた。


 そうして横たわる少女はふと自分が誰かの魔力を吸い上げている事に気がついた。少女が閉じていた目蓋を上げると、視線を先には知った人物の姿があった。


 銀髪の青年と黒髪の青年、そして黒髪の青年の妹。その三人の他に緋目の青年もいた。

 四人の姿を認めた少女は咄嗟に起き上がると、会えて嬉しいと思うよりも先に来ないでくれと叫んでいた。


 吸い上げている魔力は四人のモノだった。徐々に回復してしまう自分自身に嫌悪しながら、少女はその場に座り込み、狂ったように泣き叫んだ。


 少女はたくさんの『命』を奪った忌わしい自分を見られたくないと強く思った。


 死んでしまう。

 殺してしまう。


 その恐怖を抱えながら、死なせてくれ、殺してくれ、と懇願した。


 その願いに応じたのは、緋目の青年だった。

 青年は剣を手に少女へと真っ直ぐに向かうが、それ阻んだのは銀髪の青年だった。


 緋目の青年は、これ以上苦しませたくないと言う。

 銀髪の青年は、それでも死なせたくないと言う。

 そうやって言い合いになっていくそれは、決して同じモノにはならなかった。


 そうしている間にも少女は力を取り戻してしまい、とうとう四人を攻撃しはじめる。


 少女はそれを必死に止めようとするが、四人が死んでしまうという恐怖に苛まれに自我をなくしかけていた。それは少女の力を暴走させ、ますます四人を追い込んで行った。

 少女の攻撃は四人を酷く傷付けていった。それを目の当たりにした少女は、どうにもできない自分の力を前に、泣きじゃくりながら謝罪を繰り返した。


 どうしたらこの力を止める事ができるのか。

 どうしたらこの身は世界から消える事ができるのか。


 少女は半狂乱になりながらも、彼らを死なせたくないと強く思った。


 それは無意識の行動だった。

 少女からの攻撃で近付く事が出来ずに立ち往生している四人に向け、もともと持っていた癒しの力を無理矢理使った。

 触れず、その力を使うのは初めてだった。それでも少女の力は四人に届いた。

 四人は少女の力で幾らか傷を治していった。それと同時に周りにも変化があった。


 土がむき出した大地に若葉が芽吹き、見る間に緑色の絨毯のように辺りが色を取り戻した。

 少女の力は大地を伝い四人に届いていた。故に周りの『命』も再び息を吹き返した。

 その光景に驚きを隠せない四人だったが、その時少女の体が透けはじめている事に気がついた。


 破壊の力と癒しの力。矛盾するその力を同時に使う少女は、その場所で死と再生が繰り返し行われている事実に気付いていなかった。


 少女の力は世界に干渉していた。

 己の体が世界に融けていく事に気付かずに、少女はただひたすらに助けたいという思いだけで力を使い続けていた。


 少女は既に自我を失っていた。

 吸い上げる魔力がある限り完全には消滅しない少女は、破壊と癒しを繰り返す、ただの『魔術』となっていた。


 最初にその事に気付いたのは黒髪の青年だった。

 魔力が溢れるこの世界ではもう少女は生きられない。そう悟った黒髪の青年は、改編されてしまった少女の『魔術陣』を封じる道を選んだ。


 こうして少女が持つ破壊の力と癒しの力は封じられ、その記憶すらも閉じ込めた。そうする事で少女は全ての活動を停止し、深い眠りについた。


 その後、その場所で何があったのか、少女は知らない。






 深く長い眠りについた少女は、たった一人で異界へと渡る。


 魔力のない、誰も知らない世界へ。




――さようなら。エルサキリア。




 その声だけを、心深くに残して。






◆◆◆◆◆






 王宮の庭にはいくつかの死角が存在している。その場所は誰でも入る事ができる場所だが、誰にも見つける事が出来ない場所でもあった。


 イルヴェルトは死角となっているその場所で、目の前にいる騎士から報告を聞いていた。


「近衛騎士団が動くみたいだよ」

「そうか」


 イルヴェルトはさして驚く様子も見せず、それを聞いていた。


「副団長殿があちらに残ったみたいだけど、近衛騎士団長は一筋縄ではいかないからね。あの人、結構エグイ事平気でするから。鬼畜なんだよね、基本的に」

「自分の叔父に向かってそれはないだろう。だがまあ、否定はしない」


 イルヴェルトの前にいるのは一人の近衛騎士だった。

 この騎士はイルヴェルトが信頼する唯一の直属騎士だ。


 この騎士は肘まで隠れる分厚い皮の手袋をはめており、その腕には鷹が一羽とまっている。


「叔父と言ってもあの人は伯爵家の人間ではないから、何やらかしてくれちゃっても構わないんだけどね、別に。こっちは関係ないから」

「何もしないでもらえると助かるんだがな」


 そういう訳にはいかないだろうな、とイルヴェルトは面倒そうにため息を吐いた。


 詰所の騎士団の管轄が市井であるのに対し、近衛騎士団の管轄は王宮内部と貴族が関わる事件や事故関連だ。

 例え国で重要な役職に付いている貴族であっても、疑わしいという報告が上がれば近衛騎士団は動く。しかしその裏で、表に出せない癒着や暗躍がある事は言うまでもない。


 ここ数日、眠っている時間が増えていたレオンハルトがとうとう目を覚まさなくなった。レオンハルトが床から出られないと知れば、あちらはこの状況を好機と見るだろう。この状況でイルヴェルトがいなくなれば、あとは自分たちの思い通りの道筋を進むだけとなるのだから。


「どうする? このままだと動けなくなるよ?」


 騎士の男は先程までの気安い雰囲気を一変させ、硬い声音で問いかける。それにイルヴェルトも表情を引き締める。


「ではこちらも動けるうちに動いておくとしよう」


 イルヴェルトは騎士の男を真っ直ぐに見る。


「ニコラウス」

「はい。殿下」

「伯爵殿に連絡を。それと例の情報は近衛騎士団長に。あとは近衛騎士団が動いた後になるが」


 イルヴェルトは顔色を変える事なくそれを告げた。


「アデルリーデには死んでもらう」


 その言葉に、ニコラウスと呼ばれた騎士は恭しく頭を下げる。


「仰せのままに」


 二人の会話は、そうして闇の中へ消えた。






◆◆◆◆◆






 物陰から二人の会話を聞いていた者がいた。

 その人物は今まさに交わされた二人の会話に息を呑む。


「アデルが、殺される……」


 その人物の手には、ジークフリードから預かった手記が握られていた。



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