終わりを告げた物語の続き
『貴方たち三人はあの子を守ろうとしただけ。ただ、それだけだった』
彼女はそう言って動かしていたペンを止めた。
『でも貴方たち三人があの子に負い目を感じていた事も、事実でしょう?』
窓辺の卓についている彼女は窓の外に視線をやり、青く澄み渡る空を静かに見つめている。そしてそのまま言葉を続けた。
『私、今ならその気持ち、分かる気がするの。貴方の天命を捻じ曲げたのは、私だから』
そんな事はないと首を振るが、彼女はどこか申し訳ないというような笑みを浮かべてこちらに視線を向けた。
彼女が願い、再び命を与えられたこの体は、『老い』という概念を失くした異質なものとなった。しかしだからこそ分かった事もある。
『貴方はあの子の気持ち、今なら分かるのかしらね』
自嘲気味な笑みはそのままに、彼女は再び窓の外に視線を戻す。その横顔を見つめながら、彼女とはもう同じ時間を生きられないのだという事実に寂しさを感じた。
あの子もこの寂しさを抱えながら生きていたのだろうかと思うと、何かにギュッと胸を掴まれたような軋みを感じる。たとえ老いる事がなくなったこの身であっても、この身は永遠のものではなく、『終わり』も訪れる。肉体という『器』がある限り、永遠などと言うものはあり得ないのだ。
しかし、あの子は違う。
『あの子、今頃どうしてるかしら。幸せに生きられる世界に渡れているといいけど』
異界へと渡ったあの子は、もう二度と自力ではこちらの世界へ戻っては来られない。それ以前にあの子の記憶は全て封じた。もし何かのきっかけに記憶を思い出したとしても、あちらの世界で生きていくしかない。それでもこの世界で生きるよりは真っ当に生きられる。魔力のない世界でなら、あの子は『人』と変わらない生き方ができる。
もう傷つく事がないように。
もう悲しむ事がないように。
そういう世界へと願い、あの子を異界へと渡したのだから。
『あの子にもう会えないのは寂しいけど、残った私たちがあの子のために残せるものもちゃんとあるから』
彼女はそう言って手元にある書きかけの書物に視線を落とす。
『魔術兵器が世界を壊したなんて言う歴史が残るのは仕方ないことかもしれない。人の口はどうやっても閉ざすことなんてできないもの。史実が本当か嘘かなんて、未来に生きる人たちが分かるわけがないんだけど、それでもその歴史だけが残るのは嫌なの。私は、あの子の事を悲しい記憶のままにしたくない』
彼女が書き綴っているのは、一人の少女が辿った運命の物語。その物語には事実と虚偽が混じり合い、真実は語られていない。それでも彼女はこの世界からいなくなってしまった少女のためにペンを取った。
『私に出来る事なんてこのくらい。貴方に残せるものも、きっと些細なものだけ』
そう言って彼女は少しばかり寂しそうな笑みを浮かべた。
彼女は後悔しているのだろうか。この身を生かした事を。
あの子を生かした時にこの胸に感じた痛みのように。
『私は後悔しないわ』
まるで心を読まれたかのように、真剣さを帯びた彼女の声が聞こえてくる。
『人の命は限りあるものだって知ってる。ふとした瞬間に消えてなくなってしまうような儚いものだって事も、ちゃんと分かってる。でも私は貴方に生きてもらいたかった。だから私は貴方を生かした事、後悔しない』
真っ直ぐに向けられるその真摯な瞳は何処までも澄んだ色をしていて、迷いなどないように見えた。
『たとえ恨まれても詰られても嫌われても、構わない。貴方がこの世界で生きてるって事が、私には大切なの』
一瞬だけ、彼女の瞳が揺れた気がした。
その瞳が何を伝えたかったのかは、分からなかった。
『貴方が誰よりも寂しがり屋だって知っていても、私はもう貴方の傍にずっといてあげる事が出来ないわ。酷い奴だって思われても仕方がない事は分かってる。でもね。それでも私の願いは変わらない』
その真っ直ぐな彼女の願いは、とても残酷で、優しさに満ちていた。
『生きて、セルネレイト』
彼女はちゃんと分かっていた。この身に『孤独』が訪れる事を。
だから彼女は、この世界に『永遠』の代わりとなるモノを残してくれた。
永い時を生きながら、それをいつまでも守ろうと決めた。
いつの日かあの子がこの世界に帰って来られるようになる、その日まで。
◆◆◆◆◆
少女を悼む涙が鎮まった頃、セルネイは星が瞬く夜空を見上げた。
この世界に少女を呼び戻せば、こうなってしまう未来があるのだと分かっていた。
遠い日の約束通り、『彼』は少女を救った。
ただ、それだけの話だった。
その『救い』が少女の死だとしても、きっと『彼』は躊躇わなかっただろう。『彼』は少女の残酷な生より、安らかな死を望んでいたのだから。
「……それでも僕は、まだ諦めない」
セルネイは睨むように空を見つめる。遠い彼の地にいるであろう『彼』に向け、セルネイははっきりと告げる。
「悪いけど、君にあの子は渡さない」
セルネイはしばらくの間夜空を見上げていたが、何かを決意するように夜空から視線を下ろし、その場から立ち去った。




