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終わりらせる為のはじまり

 空はすっかり夜空となっていた。そんな空の下、サキとウェルダは町の方へと向かいながら街道を歩いている。

 飛ぶにしても、ナヤル軍の兵に見られないようにしなければならないので、出来るだけ早く陣から離れるため、サキとウェルダは早足で歩みを進めて行った。


「一度オルハの許に戻ろう」


 ある程度陣から離れた場所で、ウェルダからそう告げられた。


 言われてみればオルハレムの目の前で飛んだのだ。オルハレムからすれば、いきなりサキたちが消えてしまったように見えただろう。その事には申し訳ないという思いが浮かぶが、今は時間が限られている事も確かなのだ。


「私はこのままあちらに戻ります。これ以上ウェルダさんを巻き込むわけにはいきませんから。それで、あの――」


 サキが言葉を続ける前に、ウェルダが口を開く。


「そうもいかなくなった。俺はあの騎士にお前の事を頼まれた」

「え? そんな話なんて……」


 していないはずだと続けようとしたサキは、拘束される前にジークフリードの視線にウェルダが頷いていた事を思い出してハッとした。


「あの騎士は最初から自分の命を使って俺たちを逃がそうとしていた」


 自分の立場とその価値を知っていて、ジークフリードは自らを差し出すつもりだったのだ。そうしてサキとウェルダを逃がすために捕虜となる道を選んだのだ。

 それはかつてサキが選んだ手段でもあった。しかし逆の立場になってみてはじめてその行為がとても残酷なモノであった事を知った。

 確かにジークフリードのおかげでサキとウェルダは助かったかもしれない。しかしこのままジークフリードの命が失われるような事にでもなれば、ユイとイレーヌにどう詫びたらいいのか分からない。

 そうならないためにも、今はジークフリードを助けるために出来る事をやらなければならないとサキは強く思っていた。


「俺も承諾した手前、お前を見捨てるわけにはいかん。それにお前の移動方法は、お前一人では出来ないだろう?」


 図星を突かれ、サキは目を見張る。


「気づいて、いたんですか……?」

「まあな」


 そう短い言葉が帰ってくると、不意にウェルダが手を差し出してきた。


「俺の魔力でよければ使え。それなりの量は持っている」


 サキはハッとしてウェルダを見つめると、彼からいつも通りの面倒そうなため息が聞こえてきた。


「魔法も使ってないのに、魔力が消費されれば誰だって気付くだろう」

「そ、そういうものですか?」

「少なくとも俺は気付いただろうが」


 うっと言葉に詰まるサキは、申し訳ないというように項垂れた。


 サキには『魔術』や『魔法』を使うための魔力が全くない。そのため『魔術』や『魔法』を使うためには、他から魔力を調達しなければならなかった。

 本当は他人の魔力を使うような事はしたくなかった。しかしレオンハルトが怪我をしたと聞いた時はそんな事を考える暇もなく、クランシエルの魔力を使って飛んでしまった。その後もこちらに戻ってくる際にウェルダの魔力を使ってしまったのだ。

 気付かれるとは思っていなかったが、たとえ気付かれなかったとしてもちゃんと謝罪はするつもりだった。


「とりあえずオルハの許に戻るぞ。荷物くらい取りに行かせてくれ」


 その身一つで移動してしまったため、サキの荷物もまだ間借りしていた部屋に置きっぱなしだった。


「分かりました。では、魔力を使わせてもらいます」


 サキはそう告げると、ウェルダの手を取った。


「……すみません」

「気にするな」


 そんな会話を最後に、サキとウェルダはその場から飛んだ。






 三度目ともなればもう慣れてしまったのか、ウェルダは着地に成功していた。しかしサキは思い切り尻餅をついてしまう。


「いったたた」

「毎回空中に出るのは何故だ……」


 呆れたようなため息が聞こえてきたが、ウェルダは手を差し出して来てくれたので、その手を取ってサキは立ち上がった。


「おかえり」


 不意に声が聞こえそちらを向くと、そこにはオルハレムの姿があった。

 改めて確認すると、そこはどうやらサキが間借りしていた部屋のようだった。

 その部屋の卓に付いていたオルハレムがどこかホッとしたような顔で微笑んでいるところを見ると、心配をかけてしまっていたのだと知る事ができる。

 しかしサキとウェルダがいきなり現れたというのに、オルハレムは然程驚いているようには見えなかった。


「おや? クラン殿の姿がないね」


 どうしたんだい、と首を傾げているオルハレムに、何と説明していいものかサキは迷った。

 クランシエルはサキを迎えに来たレイヴァーレ王国の騎士だ。たとえオルハレムが旅医者でこの場を手伝っているだけだと言っても、それを正直に話していいのかどうなのか判断がつかなかった。

 しかしそんなサキを余所に、ウェルダはあっさりとその事実を告げる。


「アイツはレイヴァーレ王国の騎士だった」

「そうなのかい? じゃあサキ君もレイヴァーレ王国の人間って事かな?」


 最早隠す事など出来ない状態にされてしまったので、サキは正直に頷いた。


「はい。黙っていてすみませんでした」

「謝らなくてもいいんだよ。ところで、今までどうしていたのか聞いてもいいかな?」

「それは……」


 サキは少々説明を渋った。それは既にウェルダを巻き込んでしまったからで、その上オルハレムまで巻き込む事は出来ないと思ったからだ。

 しかしそんなサキの心情を余所に、やはりウェルダは事の詳細を全部オルハレムに話してしまった。


 そんなウェルダに対し、どうしてそんなにオルハレムに対しては素直なんだと思いながら、サキは肩を落として脱力した。


「では、急がなくてはね」


 一通り話を聞き終わったオルハレムはそう言って立ち上がり、扉の方へと向かった。


「ほら、君たちも早く支度しなさい」

「え!? ちょ、待ってください! もしかして……」

「僕も行きます」


 その言葉にサキは慌てて言い募る。


「待ってください! オルハさんまで巻き込むわけにはいきません! それにここの手伝いはどうするんですか!?」

「今こちらの負傷者の中に命に関わる重傷者はいない。それに明日一日は戦闘行為が行われないみたいだしね。僕一人が欠けてもこの場はもう大丈夫だと思う。それに、あちらの方が負傷者は多いだろうしね」


 だから共に行くとオルハレムは告げてきた。

 サキはそんなオルハレムに少々口籠りながらも質問を返す。


「あの、いいんですか? レイヴァーレ王国軍はここの人たちの敵に当たる人たちですよ? それなのに、その……」


 上手く言葉が出て来ないサキの様子に、何が言いたいのかを察したのか、オルハレムから言葉が返ってくる。


「例えば、今目の前に一人の人間が怪我をして倒れているとしよう。君はその人を助けるかい?」

「? はい、もちろんです」


 何の話だというように首を傾げていると、オルハレムは更に言葉を続けて行く。


「その人が、実は君の大切な人を傷付けた人物でも?」

「……っ、それは……」


 サキは返答に困り黙り込んだ。


 最初からその事を知っていたならば、おそらくサキだって見捨ててやるくらいの気持ちは抱くだろう。しかしそれは結局想像の中での考えで、実際はそうではない事をサキは知っている。


 サキが怪我を治したバルセオリバルはレオンハルトを傷付けた。その事には少なからずモヤモヤした気持ちが浮かんでくる事は確かだ。しかしそのバルセオリバルに深手を負わせたのはジークフリードだった。


 大切な人たちが誰かを傷付け、傷付けられた誰かは、また大切な人たちを傷付ける。そんな無情ともいえる廻りの中で、一体誰を救えばいいのか。


「敵や味方だと区別するから迷うんだよ。味方だからと言って誰も傷付けていないわけじゃないし、敵だからと言って見捨てていいわけでもない。誰でも怪我をすれば、ただの怪我人になるだけなんだ。僕が診るのはそんな怪我人に過ぎないんだよ」


 敵だったからと言って、サキはここで負傷者を治していた事を悔いてはいなかった。しかしそれにより発生した事態には申し訳ないという気持ちを抱いていた。


「君の迷いはよく分かる。でもね、命はどんなモノであっても等しく『命』なんだよ。違いなんてない。だから君が自分の行動を悔いる事はないんだ。君に救われた命は確かに在ったのだから」


 どうする事が正しかったのかなどサキには今だって分からないが、オルハレムが言うように、敵だとか味方だとかを考えればキリがないのだ。そんな事を考えるより、同じ命なのだと手を差し伸べる方を選びたい。

 それはきっとオルハレムも同じなのだとサキは思った。


「君がこの戦を止める事ができるのなら、それはきっとより多くの命を助ける事に繋がるだろう。だからこそ、僕も力になりたいと思うんだ」

「オルハさん……」


 サキは正直なところそこまでの事はあまり考えてはいなかった。

 確かに戦を終わらせたいと思っている。しかし自分にはそこまでの力はないのだ知っていた。だからこそ、それを成し得る可能性がある人たちを頼ろうと思ったのだ。

 しかしそれが裏目に出てしまい、ジークフリードは人質となってしまった。

 ジークフリードが人質として捕まってしまった今、是が非でも思いついた方法を形にしなければならなかった。しかしサキは結局レオンハルトやイルヴェルト達に頼らなければ何も出来ないのだ。思いついた方法もサキではどうする事も出来ないような規模のモノだ。それなのに勝手に突っ走り、勝手に親書まで預かってしまった。


 この行動が果たして、本当に皆を救おうとしている行為なのかと、サキは苦い思いを胸に抱いていた。


「とりあえず急ごう。荷物を纏めたらまたここに来るよ」


 そう言って部屋を後にするオルハレムを負うようにウェルダも続く。そんな二人を見送ったサキは一度長く息を吐き出すと、少ない荷物を手早くまとめはじめた。






 レイヴァーレ王国軍の陣があるその場所に、突然人影が現れる。


「うきゃああ」

「おっと」

「……」


 四回目でもサキは『魔術』の制御は下手なままだった。

 案の定、空中に放り出されたサキ、オルハレム、ウェルダは、それぞれに地面に着地した。


「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 今回も着地に失敗するかと思っていたサキは、オルハレムに支えてもらった事で無様に尻餅をつかずにすんだ。


「どうしてお前は平気な顔して着地できるんだ……」


 突然空中に放り出されたにも関わらず簡単に地面に着地したオルハレムの様子に、ウェルダは訝るような視線を向けていた。しかし当のオルハレムは素知らぬ顔で辺りを見回している。


「ここは……。レイヴァーレ王国軍の陣、かな?」


 辺りにはナヤル軍の陣で見たような天幕がいくつか張られているのが見える。

 サキ達が着地した場所は、その天幕が張られている場所からは少し離れていた。しかし何人かの騎士たちの姿を捕らえる事ができる時点で、サキ達の姿も見つかっていた。


「おい。また捕まるのは御免だぞ」

「たぶんこちら側なら大丈夫だと思います。でも、クランさんを目印に飛べば公爵様のお邸に出られると思ったんですけど……」


 サキはそう呟きながら、ズカズカと天幕の方へと歩き出す。それにオルハレムとウェルダが続いて行く。


「何者だ!」


 天幕の辺りは篝火があり明るくされているのだが、サキたちがいる場所は暗がりのため、天幕側からは顔の判別が出来ないのだろう。

 サキは足早に天幕の灯りが届く範囲まで近づくと声を返した。


「お久しぶりです」

「サッちゃん!?」


 その場にいた数名の騎士が一斉にサキの許に集まってくる。


「本当にサッちゃん!?」

「本物です」

「どうしてこんなところに!?」

「ちょっと事情がありまして……」

「その髪は……」

「コレは経費削減の名残です」


 次々に飛んでくる質問に答えながら、サキは無事でよかったと言ってくれる騎士たちの言葉に少しばかり胸がチクリと痛んだ。

 サキがナヤル国で何をしていたのかを、おそらく騎士たちは知らないだろう。それ故に、かけられる温かな言葉たちは、嬉しくもあり、辛いものもあった。


「サキ君は大人気だね」

「そうだな……」


 オルハレムとウェルダは、騎士たちに囲まれているサキを見つめながらそんな会話を交わしていた。


「お嬢ちゃん!」


 騎士をかき分けやって来たその人を目の当たりにしたサキは、咄嗟に駆け寄る。


「アヴァンさん!」

「どうしてこんなところに? 一度帰って来たと聞いていたんだが……」

「すみません。お話は後ほどします。今は――」


 そう言いかけた時、アヴァンに続いてやって来た騎士がいた。


「サッちゃん! 良かった、無事だったんだね」

「クランさん! こっちに居たんですね。てっきり公爵様のお邸に居るのだと思ってたんですが」

「団長に君の事を報告しに来てたんだ。いきなり消えちゃったから心配してたんだよ」


 クランシエルは安堵するように胸を撫で下ろしていた。


「ところでジークも一緒に消えたと聞いたが、アイツは――」


 そう言いかけたアヴァンオスローはジークフリードを探すように首を巡らせていた。そして少し離れた場所で立っているオルハレムとウェルダに視線を向けた途端、驚愕に目を見開いていた。


「オルハレム……」

「お久しぶりです。アヴァン殿」


 そうにこやかに挨拶の言葉を告げるオルハレムに、サキだけでなくウェルダも驚いたように目を見張っていた。


「オルハさんは、アヴァンさんとお知り合いなんですか?」

「ええ。古い馴染みです」


 その言葉には何か含みを感じたサキだったが、それを聞く前にアヴァンオスローから変な呟きが聞こえてくる。


「お前は、死んだはずだろう……」

「僕の話は後ほど。今はジーク殿が大変な事になっているみたいです。まずはそちらを何とかしないといけません」

「ジークが?」


 どういう事だと眉根を寄せるアヴァンオスローに、サキが言葉を続ける。


「すみません。公爵様のところに行きたいのですが、アヴァンさんもついて来てはもらえませんか? お話があるんです」


 サキはそう必死に告げると、何事かを察してくれたようで、分かった、と承諾を返してくれた。

 そして周りの騎士たちに指示を飛ばす。


「俺はこれから公爵邸に向かう。何かあれば公爵邸に使いを寄こせ。後は各部隊の隊長の指示に従え。いいな」


 騎士たちから返してくる了承の言葉を確認すると、アヴァンオスローはサキに向いた。


「では行こう。オルハと、そっちの青年も来るのか?」


 その質問にはサキではなく、オルハレムが答える。


「僕が行っても然程役には立てないでしょう。ですから、救護の方を手伝おうと思っております。ウェルダ君はサキ君と一緒に状況を説明しに行っておいで」

「そうだな」


 オルハレムの言葉に了承を返すウェルダに、サキは少しばかり同行してくれる事に感謝をしていた。

 あの場の状況を見ていたウェルダが一緒に説明してくれるなら、少しだけ心強い感じがした。


「では負傷者が集められている場所まで案内させよう。クラン、頼めるか」

「はい。分かりました」


 クランシエルはそう承諾すると、こっちです、とオルハレムを案内して行った。それを確認したサキはアヴァンオスローに声をかける。


「私たちも行きましょう」

「ああ」


 そうして、サキは侯爵邸へと歩みを進める。

 本当は飛べるといいのだが、たった一度しか会った事がない人では目印にする事ができないため、サキはアヴァンオスローに案内されながら町へと向かう。


 限られた時間の中で何処までの事ができるのかは分からないが、それでもやり遂げなければならなかった。

 サキは思いついた方法が実現する事を切に願いながら、夜空に瞬く星を見上げた。


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