今の自分に出来る事
サキはオルハレムと共に怪我の酷い患者から診て回った。
そうして行く先々で怪我人を完治させるサキの力は、その場にいる人々を驚愕させた。
治癒術がないこの世界でサキの力は異常なものである事は間違いないのだが、その力は大いに歓迎された。
瀕死の重傷を負い、医者も手立てがないと諦めていた怪我人も治してあげられた事には、本当に間に合ってよかったと心から思った。何より、命を取り留めた人たちの『ありがとう』は何モノにも変えがたい喜びをサキに与えてくれた。
救える命は救いたい。
サキはその一心で怪我人を診て回った。
しかしいくらサキが怪我を治せるといっても、出来ないこともあった。
それは失ったモノは元には戻せない事と病気の類は治せない事、そして生まれつきのモノは治せないという事だった。
怪我人の中には体の一部を失った人たちもいたのだ。そういった人たちの失った部位は、サキでも元に戻してあげる事ができなかった。
そして怪我のせいで感染症を引き起こしている人たちもまた、サキには治せないのだ。
サキの使っている力は万能という訳ではない。それ故に治癒の奇跡にも限界はあった。
サキは救えない人たちがいる現状に歯痒さを感じながらも、懸命に救う事に全力を尽くした。
「オルハレム」
外から入ってくる光が赤くなりはじめた頃、別の場所で行動していたウェルダが不意にやって来た。
「そろそろそいつを休ませてやれ。顔色が悪くなってるぞ」
ウェルダは開口一番にオルハレムにそう告げていた。
どうやらウェルダはサキの疲労を気にして声をかけてきたようだった。
言葉はぶっきら棒でキツい印象を受けるが、彼は意外と優しいらしい。
「え? ああ、本当だね。患者にばかり気を取られていたから気付かなかったよ……。すまない」
オルハレムはウェルダに言われてようやく気付いたと言うように、サキに謝罪した。それを受け、サキは大丈夫だと返す。
「まだ平気です。怪我人はまだまだいるんですから、頑張らないと」
「頑張り過ぎて君が倒れてしまったら、本末転倒だよ」
でも、と渋るサキに、ウェルダから面倒くさそうな声が聞こえてくる。
「つべこべ言わずに休んで来い。ついでにオルハも休んでおけ」
「僕は大丈夫だよ」
「嘘を吐け。お前は昨日から寝てもいないだろうが。言っておくが、お前の方が顔色は悪い。……全く、これ以上患者が増えるのは御免だ」
ウェルダそう言いながら面倒くさそうにため息を吐いていた。
心配しているというのは分かるのだが、言葉が素っ気なさ過ぎる気がしてならない。心根は優しいというのは確かなのだから、もう少し言い方を変えれば気持ちも伝わりやすいだろうにとサキは秘かに思った。
「いいから行け。さもないと定期的に薬を盛るぞ」
「……それは、遠慮したいかな」
ウェルダの言葉に、オルハレムは視線を逸らしながら冷や汗をかいていた。その様子にウェルダはそういう事を本気でやるような人物なのだろう事を悟った。恐ろしい。
「もう日暮れだし、今日はこれ以上怪我人が運ばれて来る事もないだろうしね。お言葉に甘える事にするよ。サキ君、行こうか」
そう声をかけて来るオルハレムに、サキも薬を盛られるのは勘弁してもらいたいので、素直に従った。
神殿内にある一室を借り、サキはオルハレムと共にお茶を飲みながら疲れた体を休めていた。
その部屋は寝台と小さな卓が置かれているだけの簡素な部屋で、言うなれば宿屋の一室のような感じの部屋だった。
聞くところによると、魔石が安置されている神殿には遠方から来る人たちのために宿泊できるようになおり、神殿内には結構な数の部屋が用意されているという事だった。
その部屋でサキとオルハレムは向かい合う形で卓につき、しばらく互いに何も話さず、ぐったりしていた。
気づかないうちに相当疲れていたようだ。
「そう言えば、サキ君はどうしてここに? もしかしてご家族を探しに?」
気遣うような視線を向けながら口を開くオルハレムの様子に、サキは一瞬どう答えていいものか迷った。
サキはいきなりこの場所に放り出されたわけだが、場所の状況が状況だけに、サキが突然現れた様を見咎められる事はなかったようだった。それ以前に、サキが現れた事など気にする余裕もないくらいに、神殿内は慌ただしかったのだ。
「そういうわけではないのですが……。何と言いますか、ここに迷い込んでしまったというのが正しいわけで……」
サキはどうにも上手い理由が思いつかなかったため、言葉を探しながら話していると、オルハレムから少々驚いたような声が上がった。
「知らずにこんなところへ来たのかい?」
「……はい」
王宮に連れ戻されるのだと思っていたのだが、予想に反して、サキは何処とも知れない場所に落されてしまった。
考えてみれば、あれからセルネイの召還術は展開されなくなっている。術の途中で落された事とセルネイからの音沙汰がなくなった事で、サキは彼の身に何かあったのではないかと不安になった。いつものように時間を空けているだけならいいが、何か別の要因で何もして来なくなったというなら心配だった。
王宮へは帰らないと決めてはいるが、案じる心をとめる事はできない。しかし仮に王宮へ帰ろうとしても、普段のサキは『魔術』を行使する事が出来ないので、この場所から飛ぶ事は不可能だった。
魔力を持たないサキが『魔術』を行使するためには条件がある。サキがその条件を満たす事は容易いのだが、サキ自身はそれをしたくないと強く思っていた。それ故に、余程の事がない限りサキが自ら『魔術』を使う事はない。
王宮を出る際に『魔術』を使ったのは、その場から早く去りたいと思う気持ちを優先させてしまった結果だった。
「ここは今、戦の真っ最中だよ? 普通の人はこの場に近づこうとはしないと思うんだけど……」
サキはその言葉で、やはり、と納得すると同時に胸に苦い思いを抱いた。
治した怪我人は皆、戦いで傷ついた人たちばかりだった。怪我人は騎士が大半だったが、一般の人もその中にはいたのだ。おそらく戦に伴い戦力として集められた人たちだったのだろう。
怪我人が集められていた聖堂の様子は、サキに苦い過去の記憶を思い出させた。
この光景を知っている。
あの時も、こうして皆が傷ついていた。
それをただ見ている事しか出来なかった。
サキは蘇る記憶を無理矢理押し込め、気持ちを落ち着かせるようにカップに口を付けた。
「とは言え、僕らもこの町の住人ではないから、君の事をどうこう言えないのだけどね」
「オルハさんは町医者だと思ってたんですけど、違うんですか?」
「僕は旅医者をしていてね。たまたま近くに来た時にこの戦が開戦されたから、ウェルダ君と一緒に手伝いに来たんだ」
オルハレムは旅医者として各地を巡っていたようで、ウェルダともその旅の最中に出会ったのだという。
ウェルダはオルハレムのような医者ではなく薬師なのだそうで、その薬学知識は医者であるオルハレムより上なのだそうだ。そんなウェルダは薬師としてとても優れた技術を持っており、彼の作る薬はとても重宝されているという事だった。
「この町の医者や軍医の方々も日々走り回ってるけど、怪我人は増える一方だしね。こういう状況である事は理解しているけど、やはり戦というものは酷いモノだね」
怪我人としてこの神殿まで連れて来てもらえる人はまだマシなのだという。戦場で倒れ、ここに運ばれぬまま息絶える人も中にはいるのだ。
たとえもう助からないと言われても、この場で家族に看取られながら逝ける方が幸せだろうと、オルハレムは静かに語った。
「昨日までたくさんの命を看取った。でも今日は、君のおかげでたくさんの命が救われた。君にはとても感謝しているんだ」
オルハレムが言うように、サキはたくさんの人々を救う事が出来た。しかしその中で、助ける事が出来ず、逝ってしまった命も確かに在ったのだ。それを思うと、居た堪れない気持ちになった。
全ての命を救う事は出来ない。それはサキにも分かってはいる。しかしそれでも全ての命を救いたいと願うのは、忌わしい過去の記憶があるからだった。
「その、ずっと気になっていたんだけど……、君のその能力について聞いてもいいかな?」
オルハレムは控えめにそう問いかけてきた。サキはその問いの答えを持ってはいなかったので、正直に事実を伝える。
「自分でもよく分からないんです。気づいたらできるようになっていた、としか言えません」
すみません、と謝罪を口にすると、オルハレムが慌てて言い募る。
「謝る必要なんてないんだよ。君のその能力はとても素晴らしいモノだ。僕の方こそ不躾に聞いてしまって悪かったね」
そう言って力ない笑みを向けてくるオルハレムに、サキはそんな事はないと首を振った。
「この力が役に立つなら、私はそれでいいと思っていますから」
どうしてこんな場所に落ちてしまったのかは未だに分からないが、この場に来てしまった以上、自分にできる事はやろうとサキは思っていた。
あと僅かの時間でも、やれる事はきっとあるはずだ。
「僕やウェルダ君の前でならそれでもいいけど、一人称も男の子のフリをしておいた方が良いよ」
「え?」
サキは一瞬何を言われたのか分からなかったが、すぐさまその言葉の意味を察して目を見張った。
「私が女だって知ってたんですか!?」
「当り前だよ。髪が短いからと言って、こんなに可愛らしい顔立ちなんだよ。間違える方がどうかしてる」
「でも、ウェルダさんは……」
「ウェルダ君のアレはわざとだ」
そう言うと、オルハレムはその顔から笑顔を消した。
「真面目な話、君の黒目黒髪は目立ち過ぎる。その上、君が女の子だという事が知られれば、君に目をつける不逞の輩は、残念ながらたくさんいる」
『黒』を持つ者は世界的に見ても希少だ。その為、『黒』を持つ者は奴隷商に高値で売れるのだという。希少だからこそ、その価値が跳ね上がり、高値が付く。そんな理由で『黒』を持つ者たちは人攫いなどに狙われる。
レイヴァーレ王国には奴隷制度などなかったが、他国にはまだそのような制度があるところも少なくはないという事をオルハレムの話で知った。
サキは髪も目も『黒』だ。目をつけられる可能性は極めて高い。
サキは道中、何度か人攫いに遭遇している。それ故に、『黒』という色が如何に目をつけられやすいのかを知っていた。
「僕らだって旅をしている中で人攫いに襲われた事が何度もあるんだよ。『黒』を持っているというだけで、男女の区別なく狙われるんだ。まして君は女の子だ。こういう言い方はよくないけど、年若い女性は奴隷としての価値が高い」
そうである理由は言われなくても理解した。
「君はその全てに当てはまっている」
サキは人攫いたちが選別する項目を全て満たしている事になる。
年若い女であり、珍しい『黒』を持ち、その色を揃えている。人身売買を生業にしている者たちからすれば、サキは商品としてこの上ない価値を持っている人間だ。
それを理解したオルハレムとウェルダは、サキのために咄嗟に口裏を合わせてくれていたのだ。
「君はもともと男装をしていたようだし、今は冬だから厚着をするしね。僕らが口裏を合わせておけば君が女の子である事は知られないと思う。今はこんな時だし、どさくさに紛れて何があるか分からないから、君も用心しておきなさい」
「はい」
初対面であったにも関わらず、同じ『黒』を持つ者としての苦労を二人は慮ってくれたのだ。
サキは、そんなオルハレムとウェルダの気遣いに大いに感謝した。
「何かあればいつでも頼ってくれて良いからね」
「ありがとうございます」
サキはオルハレムに礼を言うと、カップに残っていたお茶を飲み干した。すると不意に眠気に襲われ、思わず目を擦る。
それを認めたオルハレムが、小さく苦笑した。
「少し長く話し過ぎたかな。君はもう休みなさい。片付けは僕がやっておくから」
オルハレムはそう言って空になっているサキのカップを手に取った。サキはそんなオルハレムの行動に慌てて言い募る。
「そんな、片付けは私がしますから、オルハさんこそ休んでください。昨日から寝ていないんですよね?」
「心配しなくても、これを片付けたら僕も休むよ。君の能力に魔力が必要なのかは分からないけど、きっと君の方が疲れていると思うから」
そう言いながら立ち上がったオルハレムが、不意に腕を掴んできた。サキは何だと視線を向けるが、オルハレムにそのまま手を引かれ寝台へと向かう。
「はい、横になる」
寝台脇に座らされたサキは、オルハレムに、休みなさい、と暗に圧力をかけられた。サキは一瞬躊躇ったが、逃げられそうもないので、仕方なく寝台に潜り込んだ。
すると柔らかな布の感触に、途端に睡魔がやってくる。
自分が思っていた以上に疲れが溜まっていたのだと実感しながら、既に微睡みはじめている意識の中、サキはオルハレムを見上げた。
「無理をさせて悪かったね」
「いいえ、そんな事……」
そう返している間にも、重い目蓋は次第に閉じていく。
「おやすみ。サキ君」
オルハレムのその言葉を最後に、サキの意識は眠りへと落ちていった。
サキは相当疲れていたようで、そのまま次の日の朝まで目覚める事はなかった。




