気持ちの行方
仕事を終え、小屋に帰ってきたサキは、ランプの灯りをボーッと見つめながら机に頬杖をついていた。
あの日から、サキは何度か二人の手紙を運ぶ役目をこなした。
最初こそ自分から申し出たが、こんな事は続けるべきではないのだ。それは分かっているものの、二人の気持ちを考えると断ることが出来なかった。
「どうしたらいいのかな……」
できれば二人が結ばれてほしいと思っているが、それが叶わない現実を知っている。
サキではどうにもできない事なのだ。それでも結ばれてほしいと願うのは、ここに二人がいるからだった。
「二人の事も……私自身の事も……」
最近レオンハルトには会っていなかった。話そうと決意した途端に来なくなってしまったのだ。あの夏の日のような事はないと思うが、それでも少し不安だった。
「サキ」
「うぎゃあああ!」
突然の背後からの声に、サキは口から心臓が飛び出るのではないかと思うくらいに、驚きの叫び声を上げた。
サキは勢い良く振り返ると、予想通りの人物に言い放つ。
「不法侵入は犯罪ですっ!」
「ノックしたもん」
「もん、じゃなーいっ!」
レオンハルトの久しぶりの不法侵入に、サキは久しぶりに憤慨した。
しかしこの懐かしい感じは、少し嬉しかった。
「ノックしたら返事があるまで入らないでくださいよ」
「何度もしたけど、返事がなかった」
「それは……すみません」
ボーッと考え事をしていたので、扉を叩く音など全く聞こえたかった。
「ごめんね、こんな時間に」
レオンハルトは申し訳なさそうな顔をしているものの、雰囲気は何処か落ち着かないものだった。
「何かお話が?」
「うん」
こんな時間にわざわざやって来たのだ。そこにはそれだけの理由があるのだろう。
しかしサキの方も話さなければならないことがあったので、レオンハルトの訪問は正直、有り難かった。
サキは椅子から立ち上がるとレオンハルトの正面に立った。
「何でしょうか?」
サキはとりあえずレオンハルトの話を聞くべく、尋ねてみた。
するとレオンハルトはその雰囲気を堅いものに変えた。
「正直に答えてほしい」
レオンハルトはそう前置きすると、言葉を続けた。
「サキはクランシエルとアデルリーデ嬢のことは知ってるよね」
それは質問ではなく、確認だった。
そうだと分かっていてレオンハルトは話している。
「どうして、二人の手紙を運んでるの?」
「……っ」
サキは言葉に詰まった。
誰にも見つからないように注意していたはずなのに、レオンハルトにはばれていた。
サキは、やはり止めるべきだったと後悔した。
「お二人は悪くないんです。私が言いだしたことなんです」
アデルリーデに初めて会った日、握られていた手紙を無駄にはしたくなかった。
早朝の誰もいない庭で、焦がれるような眼差しで詰め所を見つめていたアデルリーデは、渡したいという思いていっぱいだったのだ。それが分かってしまったサキは、この手紙だけでもと思い、届ける事を申し出た。
全てはサキが言い出した結果だ。二人が想い合っている事実が知られてしまった以上、二人に害が及ばないようにしなければならない。
「お二人は自分達の立場をちゃんと理解しています。ただ、私がお節介な事をしているだけなんです……」
レオンハルトの顔を見ていられなくて、俯いた。
言い訳はしない。悪いのは自分だ。
二人の束の間の幸せを永劫の苦しみに変えてはいけない。
「そんな危ないこと……」
その言葉は、何で、どうして、と訴えるような響きがあった。
クランシエルからアデルリーデの父親の事を聞いていたサキは、見つかれば命はないことを知っていた。
侯爵は無理矢理自分の娘を後宮に入れたくらいだ。サキがしていることを知れば、侯爵は決して黙ってはいないだろう。
「もうしないで欲しい」
顔を上げたサキは、心配そうに懇願している深い青色の瞳を見上げた。
事実を知ったレオンハルトは心配してくれているのだ。それなのにサキは素直に頷くことができなかった。
「お二人が幸せになる方法はないでしょうか……?」
我ながら愚かな質問だと思う。サキ自身、それは出来ないのだと分かっているはずなのに、どうしてもそれを願ってしまう。
「どうしてサキがそんな事を気にするの? 関係ないでしょう?」
どうしても関係を断ってもらいたいらしいレオンハルトは、辛そうに顔を歪めている。
逃がさないとでも言うように両肩を掴まれたサキは、レオンハルトを真っ直ぐ見れなかった。
「だって、同じだから……」
結ばれないと知っていて尚、同じ場所で生きていこうとする二人に、サキには自分を重ねた。
「私も、レオンハルト様と結ばれることはないから」
レオンハルトの表情に驚愕の色が浮かぶ。サキはそれを俯いたまま雰囲気で悟った。
決して結ばれることはない。
何もないサキでは、レオンハルトの隣には立てないのだ。
「どう、して……」
絞りだすように紡がれた言葉に、サキは一度きつく目を閉じた。
掴まれている肩が熱い。
「私、は……」
言ったらどうなるのだろうか。嫌われてしまうのだろうか。ここから追い出されてしまうのだろうか。
また、独り《・・》になってしまうのだろうか。
「私には――」
ただ、怖かった。
傍にいられなくなることが、とても怖かった。
しかし、それでも言わなければならないのだ。
サキは目蓋を上げレオンハルトを見た。
「私には、魔力が無いんです」
「え……」
レオンハルトの疑う瞳がサキを映す。
「魔力が無いので、魔法も使えません」
「そんなはずは――」
「本当なんです」
そんな事をいきなり言われても困るだけだろう。この世界では魔力があるのは当たり前で、魔法が使えるのは普通の事だ。そんな当たり前のものを持っていない人間がいるなど、信じられないのだろう。
「疑うならセルネイさんに聞いてみてください。セルネイさんは私に魔力が無いことを知っています。私の事は、全て話してありますから」
「そんなの……嘘だ」
「嘘じゃありません」
この世界では魔力はとても重要だ。その世界で魔力を持たないサキは異端以外の何者でもなかった。
「私では、貴方の隣には立てません」
「――っ」
哀しげに歪むその顔を、サキは静かに見つめた。
次代の王はレオンハルトだ。それ故に、魔力があり身分も十分な人でなければ、隣に並び立つ事はできないのだ。
サキはそれを何一つ持ってはいない。そんなサキがレオンハルトと結ばれるなど、あり得ないことだった。
「それでも――」
「貴方がよくても、まわりはそうじゃない」
魔力を持たない人間が王家に嫁いでしまったら、威厳が保てなくなる。それどころか、近隣諸国との戦がまた起こってしまうかもしれない。
そんな最悪な可能性しかないのに、このまま後宮に留まる事はできなかった。
「私の後宮入りは、なかったことにしてください」
噂で知られている『花姫』は、本当に噂にすればいい。
そんな娘はいなかったのだと公言してしまえばいいのだ。
「私が入っていては迷惑にしか――」
「嫌だっ」
レオンハルトが縋りつくように抱き締めてきた。それはまるで逃げないように捕まえているようだった。
「何で、そんな事……っ」
背に回された手がサキの肩を強く握っている。
その強い力で肩に鈍い痛みが走る。
「離して……っ」
「……嫌だ……っ」
そうして抱き締める力を一層強めるレオンハルトに、サキの心は潰されそうだった。
レオンハルトの痛いほどの温もりを感じる。こんなにも想ってくれる人を、自分は凄く傷つけているのだ。
それが何よりも辛かった。
魔力が少しでもあるなら、まだ望みは持てたのかもしれない。そんな虚しい考えが頭を過る。
ないものをいくら欲しようと、それは決して手に入らないものなのだ。
願う事も、望む事も、もう既に諦めている。
自分には何もないし、何も手に入らない。
今までそうやって、諦めて生きてきた。今回も同じようにすればいい。
「私は貴方の人生の邪魔になりたくないんです……っ」
レオンハルトの服をキュッと握り締める。
気付かなければよかった。ずっと心に蓋をしていればよかった。そうすればきっとレオンハルトが幸せに生きていく様を見ていられただろう。
もうそれはできないかもしれない。
この気持ちに気付いてしまっては、この温もりが他の誰かのものになるは耐えられそうにない。
しかしそれでも、耐えなければならないのだ。
「……っ」
レオンハルトは自分だけの居場所であって欲しかった。
その願いははじめから叶わないのだと知っていた。
「俺は……っ、サキじゃないと」
「それ以上言わないでくださいっ」
それ以上言われたら、この気持ちが止まらなくなってしまう。耐えることができる内に、離れなければならない。
「ずっと黙っててごめんなさい……もう、無理です」
「……サキ……っ」
気持ちを押さえ付けることができるのは、今が限界だった。これ以上先延ばしにしてしまったら、きっとレオンハルトから離れられなくなる。
さよならしよう。
この気持ちと、この場所に。
「今まで、ありがとう」
傍にいてくれて。
想ってくれて。
それに応えられない事を、どうか許してほしい。
「どうか貴方は、幸せになって」
貴方の幸せを願ってる。
ずっと。
いつまでも。
流れ出る涙は刃となって心を突き刺し、鋭い痛みを刻み込む。
消える事のない痛みを感じながら、サキは止まらぬ涙を流し続けた。
あの二人もこうやって苦しんでいるのだろうか。
結ばれないと知っていて、それでも求めてしまう虚しさを抱えながら、彼らは一体、手紙に何を綴っていたのだろうか。




