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小話『王宮庭師と黒の姫』

108話のサキとセルネイの会話の続き

「あの子が『ありがとう』って言っていました。セルネイさんのおかげでウェルダさんにまた会えたって」


 朝日が顔を出し、温かな日差しが降り注ぎはじめた庭で、サキはセルネイにようやく天姫からの言葉を伝える事ができた。


「そうか。あの子が逝ってしまった事は知ってたけど、そんな伝言を残してくれていたんだね」


 そう言って、セルネイは寂しそうな表情に笑みを浮かべた。


「僕には『ありがとう』なんて言ってもらえる資格なんかないよ」

「どうしてですか?」

「僕はあの子を彼に渡すつもりなんか最初からなかったし」


 セルネイはずっとサキと天姫の心が別々のモノである事を知らなかった。そのためサキの事をずっと天姫だと思っていたセルネイは、天姫の(かんなぎ)であったウェルダに彼女を渡す気など全くなかったのだという。そこにはセルネイとウェルダとの間で交わされた『約束』の事もあったからという事らしいが、その『約束』がどういうものなのかは、セルネイは語らなかった。


「トールから少しあの子の事は聞いてたから、僕は彼の事も少しだけ知ってたんだ」

「彼って、ウェルダさんの事ですよね?」

「そう。僕は今の今まで彼の名前は知らなかったんだけどね」


 千年前に顔を合わせてはいたものの、互いに名前すら名乗らず、そのまま千年もの間一度も会った事はなかったのだという。


 二人とも、この千年間この世界で生きていたというのに。


「君をこの世界に呼び戻したら彼が君の事を取り戻そうとするのは分かってたから、僕はどうしても君をこの王宮から出したくなかったんだ。だからこの王宮内で暮らしていけるように、君に僕の仕事を手伝わないかって最初に提案したんだ」


 この世界の記憶が封じられていた時分、サキは突然異世界に迷い込んでしまったと思い、途方に暮れていた。そんな時に出会ったセルネイからの提案は、サキにとっては天の助けだったのだ。


 あの頃を思い出すと、全てを忘れたままセルネイに接していた自分に悔しさが募る。セルネイは初めて会った頃からずっと優しく接してくれていた。その事になんていい人なんだろうと思っていたが、セルネイからしたら千年ぶりに会う娘だったのだから、その再会を喜ばない訳がなかったのだ。


「この王宮内にいれば君は静かに暮らしていけると思ってた。彼にも見つかることなく、一緒に生きていけると思ってた」


 そう言ってセルネイは少し視線を落した。


「そんなの無理だったのにね」

「そんな事は……」

「君をハルトに会わせる気なんてなかったのにハルトは君の事を見つけちゃうし、君は王宮から飛び出しちゃうし、彼にも見つかっちゃうし、君は死んじゃうし、ハルトは君の事を忘れて帰って来るし、君とあの子は別の心だった事も知らなかったし」


 つらつらと並べられるその言葉の中にサキとしても言い訳すら出来ないモノが含まれていたため、少しばかり視線を彷徨わせながら黙るしかなかった。


「全部、僕の我儘が招いた事だ。それなのに、君たちには辛い思いをさせてしまった」


 サキにも、レオンハルトにも、そしてウェルダにも。


 そう言って、セルネイは申し訳ないというように、眉尻を下げた淡い笑みでサキを見ていた。


「彼があの子を取り戻すために王宮に来た時、僕はそれを拒んだ。あの子が誰を待つために生きたいと願ったのかを知りながら、僕はあの子の心より、ハルトの事を優先したんだ」


 セルネイは、その時はまだ天姫とサキの心が別々である事を知らなかったため、ウェルダの言葉を拒否したらしい。死ぬ間際の天姫の気持ちを知ってはいたが、今現在はレオンハルトに心が向いているという事で、『花の娘』の心を手に入れた末王子のために、ウェルダには決して渡さないと心に決めていたようだ。


「ハルトはもう君なしでは生きていけないと分かっていたから。あの夏の日に何の躊躇いもなく君の後を追おうとしていた事を知っているから、ハルトから君を遠ざけるような事は出来なかった。もう君の後を追おうとはしないだろうけど、きっと君を失ってしまったら、ハルトは死んだようにしか生きられなかっただろうから」

「ハルト様はそんなに弱い人ではありません」

「僕もそう思いたい。でもね、ハルトのそういうところは父親に似てるから……」


 言いかけて、セルネイは口を閉ざす。サキはその様子に少しだけ首を傾げた。


 レオンハルトの父親というのは言うまでもなく国王陛下の事だ。しかしその国王とレオンハルトが似ていると何か不都合でもあるのだろうか。


 そんな事を考えるサキだったが、セルネイからはその答えとなるような言葉は返って来なかった。


「僕にとっても君は大切な子だから、手放せなかったというのもあるしね。でも最終的にはあの子の気持ちを無視した事になるから、あの子から『ありがとう』と言ってもらえる資格なんか、僕にはないんだよ」


 そうやってセルネイが話を元に戻してしまったため、サキは浮かんだ疑問を飲み込まざるを得なかった。


「きっと、あの子は全部分かっていたと思います。分かっていて、セルネイさんに『ありがとう』と言ったんだと思います」


 サキがそう告げると、セルネイは少々困ったような顔を作った。


「あの子は、自分が使うはずだった『(からだ)』を取ってしまった私の事を、妹だと言ってくれたんです。あの子はとても優しい人でした。だからセルネイさんの事も、純粋に助けようとしてくれた事に対してお礼が言いたかったんだと思います」


 あの花畑で初めて会った天姫はとても大人びた優しい少女だった。きっといろんな事をサキよりも知っていたであろう天姫は、全てを承知した上で感謝の言葉を残したのだとサキは思っていた。


 ずっと一緒にいてくれた人だから、彼女の心が少しだけ分かるような気がするのだ。


 どんな道筋を辿ったとしても行き着いた先に願う場所があったのだから、きっと彼女も安らかに逝けただろうと思えた。


「あの子の最後の言葉です。受け取る資格がないなんて言わずに、どうか受け取ってください」

「サキ……。そうだね、そうだよね」


 セルネイは自分に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。そうして少しばかり目を伏せるセルネイを見つめながら、サキはおずおずと口を開いた。


「あの、気になっている事があるんですけど……」

「何?」

「私の顔見るの、イヤじゃないですか?」

「え?」


 どうしてと言わんばかりに首を傾げるセルネイに、サキは更に言葉を続ける。


「だって、あの、私の容姿はあの子の同じですから、この顔を見るのは辛いのではないかと……」


 その質問はウェルダにもしたモノだった。


 サキの容姿は天姫を同じだ。この身を天姫として見ていたウェルダとセルネイは、この姿を見るのは辛いのではないかとサキは思っていた。しかしウェルダはそんな事はないと言ってくれた。ではセルネイはどうなのだろうか。そう思って聞いてみた訳だが、いざ問いかけてみると、その答えを聞くのが怖かった。


 セルネイと会わないという選択肢はもうないため、辛いと言われてしまったら彼の前でだけ仮面をつけようとかそんな事をサキは考えていた。


「サキは辛くない?」


 不意にセルネイからそう問いかけられてしまったサキは思い切り首を傾げてしまう。すると、セルネイは少し視線を落としながら言葉を継いだ。


「君が言うように、君の容姿はあの子と同じだ。それは君には君だけの容姿がないという事でもある。僕や彼はあの子の事を知っている。そんな僕らと一緒にいるのは、辛くない?」


 そんな事は考えた事もなかった。セルネイやウェルダの方が天姫と同じ容姿のこの身を見るのは辛いだろうと思っていたサキにとって、まさか自分の方が辛くはないかと聞かれるとは思ってもみなかった。


「私は生まれた頃からずっとこの容姿ですし、今さら変わりたいとも思いません。それにあの子はとても綺麗な人だったので、同じ容姿というのは得した気がします」


 本当に天姫は思わず見惚れてしまうような綺麗な人であり、洗練された美しさを持っていた。しかしどういう訳か、それが『サキ』になるとその美しさが綺麗さっぱり何処かへ飛んで行ってしまうというのは、敢えて気にしない。


「鏡を見るとあの子と会えたような気がしますし、その、双子だったらこんな感じなのかな、とか思いますし。私はこのままの容姿がいいです」

「そうか」


 セルネイの柔らかい微笑みがサキへと向けられる。サキはその笑みに安堵が滲んでいる事を認めた。


「僕としては、ルヴィアとハルトを見てきたから、君たち二人の事も彼らと同じような感じで見てる。君たちは同じ容姿であっても違う心だ。そこにはちゃんと個性があって、別の人なんだ。だから君があの子と同じ容姿だからといって、僕や彼に遠慮する事はないんだよ」

「はい」


 サキは安堵するように返事をする。それを受け、セルネイは笑みを浮かべていた。


「君はハルトのところに戻ってあげて。きっと起きた時に君がいないと不安がるから」

「そうします。起きるまで一緒にいるってハルト様と約束しましたし」

「そうなの? じゃあハルトの部屋まで送ってあげるよ」

「ありがとうございます。魔力貰うのは忍びないし、かといって王宮殿の中を一人で歩いたら迷子になりそうだしで、ちょっと困っていたんです」


 そう言って小さく笑うと、セルネイも笑い返してくれる。


「じゃあ今度隠し通路の場所を教えてあげるよ。魔術で構成しているから、君なら使えると思う」


 王宮に在る隠し通路は、王家の血筋のみに正解の道順を示す構造になっているようで、その他の者が侵入したら永久に出られない迷路になるらしい。


 なんて恐ろしい隠し通路なのだろうか。


「それじゃあ、戻ろうか」

「はい」


 差し出されるその手をサキはしっかりと握る。


 そうして、王宮にいる二人の庭師は、朝日が降り注ぐその場から忽然と姿を消した。



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