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紺碧の書 ~アトランティスの幽霊船~  作者: 蒼十海水
第一章【呪われし姫君と冥府の海賊団】
4/18

【Story.03】

二人は今、表通りを賑やかに行き交う人々の群れに紛れていた。

その左右の脇には、夜空の下で煌々と店先を照らす屋台が並んでいる。

やはり町中に近いほど、飲食店の類が多いのだろうか。歩いているだけで肉や海鮮類など、様々な食材を焼く匂いが鼻に届いた。

先程まで船の上で海風に吹かれていたから、今は周囲が蒸し暑く感じてしまう。

それ以外にも、右を見れば、上半身裸の男達が取っ組みあっている図。左を見れば、胸元がくっきり開いたびらびらのドレスを纏う娼婦さん達が、通行人をべったり誘惑している光景が目に入るものだから、それらもこの暑苦しさの原因ではないかと、アクアは考えていた。


「フレア姫、少し休みますか?」


「ううん…。大丈夫。」


目的地は海から少し離れた、小高い丘の上。

まだ距離的には半分も来ていないどころか、丘の上ともあれば、行きの後半は恐らく上り坂を歩くことになる。

「少し休みますか。」と聞いてはみたものの、姫が滅多なことでは甘えない性格なのも分かっていることなので、アクアはその辺りの配慮もしておかなければならないと思った。

しかも彼女は、夜の始めに一度卒倒している。

そんな様子も踏まえて判断すると、姫は今、かなりの疲労状態に違いなかった。


南の中心地から西国であるここまで、どうやって辿り着いたのかは知らないが、目立たないようにかなり気を張って歩いているそぶりから、これはお忍び以上に何かありそうな気がする。

先程、丘へと続くルートの選択で、アクアは人通りの少ない道もありますよ。と提案したのだが、姫は人通りが多い方がいざという時に紛れ込みやすいと、こっちの道を選んだのだった。


「あ、噴水がある。」


「ほんと…。」


たぶん、一番やかましい通りは抜けたのだろう。

やかましい代わりに、少しいかがわしいスポットになっている噴水の広場に、目に着くのは恋人たちや、一夜限りのカップルと思しき連中だった。

それでも、例えばここで女性一人が待っていたとしても、さして目立たぬ上に誰かと待ち合わせという風に見れるかもしれない。

そう考えたアクアは、「少しだけここで待っていて下さい。」と言い残し、フレア姫を噴水の淵に座らせると、元来た道を急いで戻り始めた。


「(ったく。何で私たちがこんな厄介事を…。あの男共め。)」


人ごみを掻き分け、屋台のおっちゃんに銅貨と品物を交換して貰う間も、アクアは心の中で毒づき、先程の光景を思い出している。


船長が居るからと、隣町の船着場にやって来た海賊団プラス二名。

すると町へ様子を見に行った副船長の一人が、あろうことが「非常事態だ」と息を切らして、倒れこむように船に戻って来たのだ。


『はぁ!?なんだって?』


『だから、船長が捕まったらしいんだよ。

 詳しい話は俺も知らないけど、丘の上の役所に連れて行かれたって…。』


―――この町の役人に捕まるなんて、どんなマヌケな船長だよ。

そう思わずにはいられない状況に、アクアはこの先のことを考え、げっそりと俯いた。

そもそもこの辺りの海沿いの地域といえば、元々治安が悪い上に貧乏な町が多く、海賊たちが置いていく金が無ければ潤わない様な辺鄙な場所なのだ。

そんな町で仕事だって放棄気味な役人が、「久々にやっとくか☆」みたいなノリで捕まえた運の悪い一人が、あの海賊船の船長だというのか。


「―――お待たせしました。フレア姫、喉渇いてないですか?」


「アクア…また沢山買って来たね。ありがと。」


良かった。一応場所が幸いしてか、姫は何事も無かったかのように同じ場所に座っている。

そんな姫に、まずは冷えた柑橘系のジュースを手渡し、少しだけ、と念を押してアクアも横に座り込んだ。

その手には自分の分のジュースの他に、切った果物を安物のカップに詰め込んだ物や、焼いた海老や貝を串に刺した食べ物などが抱えられている。


「はい。これは残しても良いですから、食べれる物だけ少しでも食べて下さいね。」


「うん。…実はお腹減ってたから、嬉しいかも。」


こういう所が、姫の偉い所なのかもしれない。本当なら、もう少し我儘になっても良い筈なのに。

これでも、本人にとっては甘えてるつもりなのだと、それを知ったのは何年も仕えた後だった。

しかしまだ、慣れた気でいても、姫の心で分からないことは沢山ある。

そういう事を一つずつ知っていくのも、アクアにとっては喜びなのだが、本人は気付いていないのだろう。未だにどこか「世話をして貰って悪いな」と思っていそうな雰囲気だった。


「けど、いいんですか?たぶん私、船長助け出すためにワルイコト、しますよ。」


「それは…でも今の私たちに必要なことだと思うから。海賊船に乗るって決めた時に、ある程度の覚悟はして来たし。」


この世界において、一般人や貴族として生きて行く限りは、自分達は法や秩序に守られることになる。

それを外れるということは、何かあった時に自己責任において、償わなければならない危険性も出てくるのだ。

つまり、極端に言ってしまえば、死んでも誰にも文句は言えないし、逆に殺してしまった人の十字架は、一生背負わなければならなくなる。

今海に出ている海賊たちが、もう少しその辺のことについて考えてくれれば良いのだが、女子供にも容赦なく、人の命を奪うことに抵抗の欠片も無い、そんな海賊達も実際に多く存在するのだ。

だからこそ、冒険者や旅人でさえ、海に出る時は陸以上の覚悟を決めなければならない。

ここ数年は特に、海は荒くれ者達の無法地帯と化しているのだ。


「とか言って、肝心な時に妙な失敗するのは、きっと私の方ですけど。」


「大丈夫。二人で居れば怖くないよ。」


この時、ズキュン!と、胸を甘い矢か何かで撃たれた気がするのは、アクアの妄想だろう。

とにかく、この先で必要な覚悟は、お互いに出来ている事が分かった。

すでに共犯者、という位置にまで来てしまった二人は、それでも顔を見合せて笑顔を零している。

たぶん、今回はそれほど危険なこともないと思うのだが、船長救出作戦は、大胆かつ穏便に行われることが決定していた。


『わるいねー。俺ら、一応船見張ってなきゃいけない決まりだからさ。』


『ま、船長と交渉するための手間賃だと思って、ちゃちゃっと救い出して来てよ。』


―――あいつら、軽く言いやがって。

と、あさっての方向を睨みながら、アクアは飲み干したジュースのカップを握りつぶしていた。


それぞれの思惑を飲み込みながら、夜は更けていく。








+++++



中心街から少し離れた小高い丘の上に、いくつかの木々と岩に囲まれて建っている屋舎。

ここは捕まえた犯罪者を監禁するような場所ではなく、ちゃんとした監獄に輸送する為の、いわば中継地点程度のものなのだろう。見るからに役所とは名ばかりの、くたびれた施設に思えた。


「なんか、思ったよりもあっけなく入れちゃいましたね。」


「うん。これなら危ないこともしなくて済みそう。」


それは、この二人が易々と侵入出来たことも物語っている。

ただ建物に隣接する木に登って、ちょっと窓枠の脆そうな部分を突き、枠ごと壊しただけなのに。

あまりに地味すぎるこの侵入方法に、正直、アクアは拍子抜けな気分だった。

まあ、姫も居る今、何も無いにこしたことはないのだが。


「…えっと、見たところあの人しか捕まってないんだけど…。あれが船長ですかね。」


「でも、一応船長っぽい立派な帽子被ってるし。腕縛られてるし。」


二人は今、船長が捕まったと思しき役所内の、一階の天井部分に近い(はり)の上に居る。

昔はここから、罪人に縄でも着けて吊るしておいたのだろうか。吹き抜けを思わせる梁の上は、立ったまま進める位広く空間がとられていた。

見れば床までは、結構な距離がある。とはいっても、垂らしたロープにぶら下がってから降りれば、足をくじいたりすることも無いだろう。

そんな部屋では、役人が4・5人ほど。―――居ることには居るのだが、実際に事情聴取らしきことをしているのはたったの2人で、残りの役人達は少し離れたソファーでくつろいでおり、酒も入っているのか、皆他愛ない会話で盛り上がっていた。


「船長の顔、見えないですね。まさか骸骨じゃないだろうけど。」


「結構体格は良い気がする。お腹も…出てるし。」


一応連中に気付かれないように、アクア達は小声で会話を交わしている。

二人はすでに自分たちの足場にロープを結んでおり、いつでも下りる準備は万端だった。

あとは、そのタイミングを計るだけだ。


「―――じゃ、いきますよ。姫。」


ここでアクアが取り出したのは、導火線付きの一本の筒。

一見爆薬のように見えるそれだが、実は火薬の代わりに、とある植物などが詰め込まれている。

事前に乾燥させて燃えやすくしておいたその葉は、導火線の火で軽く燻してやるだけで、大量の煙を出す代物だった。

その効果は、まともに吸えば喉が辛くなり、一定時間激しく咳き込み続ける程度のもの。

ようは役人たちが驚いている間に、男を連れて逃げれさえすれば良いのだ。被害は少ない方が、後味も悪くない。


そして先程、侵入する前に役所の周りを下調べしておいたのだが、この建物の出入り口はここからさほど遠くはなく、外の見張りは、正面玄関前に立っている二人だけだった。

更に、事前に暇そうな娼婦さん達にお金を払って、しばらくの間見張りの注意を扉から放して貰えるよう頼んでおいてある。今頃は彼らも、酒が含まれた差し入れなどを飲み食いして、でれんとしている頃だろう。

これこそ、準備万端。―――ただ一つだけ心配なのが、先程から火を付ける道具がうまく点かないということだった。


(やっぱり、こうなるんだもんな…。)


自分では用意周到だと思っていても、わりかし最後の方でとちるというか。慎重と言えば慎重なのだが、全体を見ようとするから小さなことに気が回らないというか。

この辺りに、アクアの詰めの甘さが含まれているのかもしれない。


「…点けようか?」


今まで、文句ひとつ言うことなくその手元を見守っていたフレア姫だったが、一向に点く気配の無い火種に、アクアが困ってきた頃合いを見計らって声を掛けた。

そんな申し出に、アクアは一瞬戸惑うような様子を見せる。

フレア姫の言葉は「自分がその道具を使ってみようか?」という意味合いでは無く、「確実に点ける方法を自分が持っているから、それを使ってみようか。」という提案だった。


「姫…でもそれは…。」


「いいよ。こんな時じゃなきゃ、良い意味では役に立たないから…。」


炎をよく反射する、黒柘榴の実のようなフレア姫の瞳。その深すぎる赤が宿した悲しみの色は、アクアも良く知っている。

―――姫、あなたは、城を抜け出してきたんですか?

そんな、ふとした疑問が頭を掠めた刹那、薄暗い闇の中で姫の虹彩が煌めいた。

もしかしたらそれは、すでに一瞬先の光景を映し出していたのかもしれない。そう感じた時にはもう、ボッ!と激しい音を立てて、導火線に火が点いていた。


これこそが、かつて南の皇帝・グロッシュラーが遠ざけようとした、見えない力。

一族に、帝国に、やがて災厄を招くと予言された、呪われし皇家の秘密。

だからこそ、フレア姫は親である陛下の手によって、幽閉されていたのだ。


(まだ…もう少し…。)


火種はジリジリと導火線を焦がしていき、やがて本体に到達する。

しかし、投げるにはまだ早いと判断したアクアは、熱を持ち始めた筒を今だ手の中に置いていた。

一番良いのは、筒が煙を発した直後。それまで、この手がどれだけ耐えられるかが勝負の鍵だ。

今度からは、ちゃんとした着火装置と手袋を持ってこようと、そんなことを考えている間に、視界の端に煙がちらつく。

やがて筒の反対側に開いた穴から、今度は勢いよく、煙の噴き出る音がした。


(今だっ!!)


狙うのは、部屋の中央。

囚われた船長の周辺がうまく煙に包まれるようにと、気合いを込めて投げた筒は、なんとか思惑通りの場所に落ちてくれた。

その時を見計らって、二人は素早く床に降り立つ。

すでに視界が悪くなっていた周辺では、役人達がまともに煙を吸い込み、毒ガスではないかと動揺している最中だった。

「こっち!」


フレア姫が船長と思しき人物の手を引き、部屋の出入り口へと誘導する。

その間、真っ先にドアへと向かったアクアは、錠を外すことに専念していた。

―――思った通り、建物の警備も甘ければ、錠も大した作りの物ではない。

本当なら、役人の腰にでも鍵の束がぶら下がっていて、混乱に乗じてそれを奪い取れれば良かったのだが。役人も馬鹿ではないらしく、梁の上から見ていた時も部屋の鍵らしき物は見当たらなかった。

それでも、この部屋の鍵が外から掛けるタイプでは無かったことは幸いだろう。その場合はあの重そうな船長を梁の上に登らせ、元来たルートを戻る所だった。

アクアはものの数秒で鍵を開けると、フレア姫や〈船長〉と共に部屋の外へ出る。

出た瞬間に、そっと扉を閉め、出来るだけここから煙が逃げないようにしておいた。


「ゲホっ…!な、なんだっ!?」


「くそ、侵入…者、だ…!」


勿論、煙が生まれた瞬間から部屋を出るまで、二人は息を止めるか、布で口元を覆っている。

廊下を出てから、役人達がすぐに追ってはこないかと心配になったが、とりあえずそういうことはない様子だった。

恐らく彼らは今頃、激しく咳き込んで涙を零し、息もまともに吸えない状態なのだろう。それこそ、大声で人を呼ぶことすら出来ないほどに。

―――今横に居る小太りの男が、まさにそれを表していた。


「ゲホゲフゲホっ…!」


「(船長吸い過ぎ…。)こっちです!出口まで走ってください!」


訳が分からないという様子で咳き込み続ける〈船長〉は、しかも大きく突き出したお腹のせいで足取りも遅く、一番の足手まといになっている。

しかし放り出していく訳にもいかず、フレア姫が手を引き、アクアが後ろから押す形で、ようやく三人は出口付近まで辿り着くことが出来た。


「もー!ほんとに世話がかかるんだから。」


「アクア、ドアの外で話し声がする!どうする?」


「蹴倒しましょう!うまくドアが外れるように、祈ってて下さい。」


蹴倒す…というよりはアクアとフレア姫の二人分の脚力と、アクアによって盾にされた重量感のある〈船長〉の、体当たりを含めた合体技だ。

おまけに、能力…とまではいかないかもしれないが、それに姫の不思議な祈りが加わり、三人はなんとか、扉を破ることに成功したのだった。


その前倒しになった扉の下では、絵に描いたように見張り二人が下敷きになっている。


「お、かっこいいね~あんたら!こりゃ見事な逃亡劇だ。はっは!」


「おねーさん達も、とばっちり受けないように早く逃げてね~!」


見張りの気を緩める為に雇っておいた娼婦さん達に、声援を送られながら、女二人は気を失いかけた〈船長〉を引き摺るようにして夜の闇へと紛れ込んでいく。

この辺り一帯には外灯の類も無かったが、丘の下に広がる街灯りのおかげで道に迷う事は無かった。


「扉って、あんなに気持ちよく倒れるものなんだね。」


「いやぁ、前に一人で試した時は、べしゃって叩きつけられて終わりでしたけど…。今回は姫が居たからかな?」


「ひっ…ひぃ…!もう、ダメじゃあ…。」


どうやら先程の体当たりで、〈船長〉は相当のダメージを負ってしまったらしい。

最早足をばたつかせることもままならない状態だったので、三人は仕方なく近くの岩場に身を潜ませることにした。


「ひ~…!ひ~…!」


「なっさけないなあ。それでもあの幽霊船の船長なの?」


ようやく座ることのできた〈船長〉は、脂汗をだらだらと垂らしながら、荒い呼吸を繰り返している。

そんな状況でもちゃっかりとフレア姫の手を握りしめている所が、アクアには許し難い光景に見えた。


「…ねえ、アクア…。」


握られた手に苦笑いは零すものの、振り払うそぶりもないまま、フレア姫は落ち着いた表情でアクアを覗き込む。


「この人、本当に私たちが探してた船長なのかな。」


「へっ……?」


「なんか、手を握った瞬間に感じたものが、違うような…。」


ここで説明しておくと、フレア姫の力は、何も物に火を付けるだけでは無い。

不思議な力ということに変わりはないが、どこぞの国で言う"気"の力を使ったような、そんな様々な奇跡を起こすことのできる能力なのだ。例えば目で見える事といえば、火を起こす以外だと眼力でスプーン曲げとかだが。

それでもアクアは、自分の感よりも何よりも、フレア姫の力を信じていた。

いっそこの人が居れば、世界征服すら可能な気がしてしまうのだ。…まあ、そうは言っても実行するまでの興味は無いが。


「えぇ~!?おっさん、まさかでっかい幽霊船の船長、とかじゃないの!?」


「ひっ…!お、俺は、ただの"人売り"でさあ。そんな、大そうなもんじゃ…。」


「え。人売りって。それ…」


ただの、立派な犯罪者。―――そんな言葉がアクアの脳裏を掠めた。

これはもしかしなくても、人違い。しかも助ける価値も無いような、薄汚い商売おやじだったということではないか。

もしそれが本当なら、自分達はそんな輩を助けるために、罪のない役人たちを虐めたことになる。


「…行きましょう、姫!」


そう気付いた瞬間、アクアは男に握られていた姫の手を、奪い返さずにはいられなかった。

その白魚のような手が、何か妙な汁で濡れているのを感じ、すかさず自分の服で拭き取る。

ニセモノの方は、すでに喋る気力もなくなったのか、気絶したのか。岩に寄りかかりながらぐったりとしていたので、そのままここに転がしておくことにした。

出来れば、もう一度役人に突き出しておいた方が良いのかもしれないが、そうすると自分達まで危ない。

男の回復を待つことが無駄になった今、一刻も早くここから離れた方が良さそうだった。


「―――アクア?怒ってる?」


「え?…いや、怒ってませんよ。」


無言で姫の手を引き、ずんずんと進んでいくアクア。その背中から怖いオーラが立ち昇っている気がして、フレア姫はぽつりと聞いてみる。

しかし今、アクアが行き場の無い感情を向けていたのは、まったく別のものに対してだった。


「もしかしたら、奴らに一杯食わされたかもしれませんね。」


「奴らって、副船長の二人?…だって…。」


あの小太りの男が偽者だと分かった今、連中は初めから、自分達に偽の船長を助け出させることが狙いだったのではないかと、そう考える方が普通だった。何しろ相手は海賊だ。

事実この街で一つしかない役所に、他の人物が捕まっている気配は無く。奴らが丘の上の役所と言ったのも聞き間違いではないし、そういえば船長の外見すら、「行けば分かるから」と教えてはくれなかった。

―――アクアは妙な確信を覚え、自らが考えるままにその内容を話していく。


恐らく副船長の二人は、自分達と引き合わせる前に本物の船長に報告し、話し合っておきたかったのだろう。

そして必要とあらば、そのまま置いて行くことができるように。…だから猿芝居を打って、時間稼ぎをしたのかもしれない。


「…そう言われてみれば、そんな気がしてきた。」


「ですよね。あー、なんでもっと早く気付かなかったんだろう。まだ船あるかな…。」


行きの道のりでは、丘の上に着くまでがひたすら長く感じられたが、今回は下り坂なこともあってか、意外と早く町中まで戻ってくることが出来た。

ただ、その後の二人の会話は覇気が無く、ぽつりぽつりと続くだけだ。

今は、あの船に乗る者達が出した結論に祈るしかなかった。船が居なかったら、文句を言うことさえもできないのだから。


「でも、なんとなくだけど、居る気がする。」


「…姫がそう言うのなら、私も安心できますけど…。」


僅かな間でも、あの副船長コンビとは一緒の時を過ごし、笑い合ってきたのだ。このまま置いて行かれるような事になったら、やはり少し寂しい気がする。

裏切り、とまでは言えないだろうが、平気で嘘をつかれたことにも、どうしようもないやるせなさが残っていた。


―――これで、本物の船長がまだ捕まっていたら、笑うしかないのだが。








+++++



「あった…。」


「ありましたね。船…。」


二人の祈りが届いたのか、望んだ幽霊船の姿は先程とまったく同じ場所に存在していた。

しかも今後はご丁寧に、縄梯子までもが下ろされている。


「お~い!もう上がってきてもいいぞ~!」


甲板の上で能天気に手を振る副船長の姿が、アクアには「俺が話をつけてやったぞ~」と言わんばかりの様子に見えた。

これは二人の予想がより濃厚になったと考えるべきか。もし船長が何らかの入れ違いですでに帰っていたとしても、今更素直に信じることはできない気がする。

何か、もやもやっとした気持ちに苛まれながらも縄梯子を登って行くと、甲板に集まる生身の人間の数が増えている気がした。

おまけに船長が戻って来たことを示すように、今度は燃え盛る炎の松明がそこかしこに掲げられている。


「あんたらね~っ!!やっぱ騙してたんでしょ!!」


「ぐっ、ちょ、首、首~~!!」


「た、頼むから落ち着いてくれ。これには訳が…!」


船の甲板に上がると、まずアクアは、近くに居た副船長の首を締め上げにかかる。その隣では、慌てて説得を試みるもう一人の姿があった。

連中は最早、嘘をついたことを隠す気もないらしい。潔いといえばそうだが、せめてもう少し憎らしい態度で出てくれば、スカッとするまで暴れられるものを。


「私はともかく、姫まで騙すのは許せんっ!大体時間稼ぎにしても、他に方法があるでしょうが!」


「だ、だって、丘の上位までの距離を歩いて行かせるには、そんな方法しか思いつかなっ…ぐえ!」


大体、姫は何故こんな船なんかを選んだのだろう。他に、もっと良心的な商船なんかもある筈なのに。

そりゃあ、フレア姫が選んだのだから、何かお導き的な理由があるのは分かっている。それでも、本気でこんな連中に北へと連れてって貰うつもりなのかと、心配せずにはいられなかった。

そういえば、肝心の姫はどうしたのだろうか。先程甲板に上がった所までは見届けたのだが、それから声が聞こえない。


「あなたが、船長…?」


緩く締め上げた手元を放さないまま、アクアが首だけ動かすと、背後に居たフレア姫の視線は船橋(ブリッジ)の方に注がれていた。

私達が今居る所より、部屋一つ分は高くなっているその上甲板へは、普通階段で行き来をする。

最初は、階段を登った高い場所で仁王立ちでもしてるかと思い、その辺りに視線を走らせたが、どうやら上に人影は無いみたいだった。―――とここで、ようやく階段の中央に誰かが座っているのを発見する。

松明の灯りがギリギリ届くか届かないか位のそこは、アクア達の居る所よりも大分闇が濃い。

他の船員達の立ち位置からしても、恐らくこの男こそが船の船長なのだと思った。


「随分と楽しそうだけど、できればその位にしてやってくれない?」


穏やかな口調なのに、どこかヒヤリとした刺激が残る声。

その声の主は、相変わらずそこを動かないまま、結果的に副船長の首を絞めるアクアの腕を解かせていた。

…別にフレア姫のように、特殊な力を持っていそうには見えないのに。なんとなく、逆らえない。

そんな存在感を持った男は、微笑みだけは柔らかいものを湛えたまま、アクアとフレア姫に視線を走らせ、静まった場に声を響かせていた。


「とりあえず、話はうちの奴らから聞いたよ。異国のお嬢さん達。―――ようこそアトランティスの幽霊船へ。」


風が吹く。

大きく靡いた帆は、この船の挨拶だろうか。


闇と炎が混在する、夜の世界。

灯された火に輪郭を現していったのは、一人の海賊の長だった。









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