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紺碧の書 ~アトランティスの幽霊船~  作者: 蒼十海水
第一章【呪われし姫君と冥府の海賊団】
2/18

【Story.01】

先程まで燃えるような黄昏に染まっていた町も、すでに藍色の帳が色濃く掛かっている。

とはいえ大通りの人ごみは今だ減ることも無く、騒がしいほどの活気に包まれていた。

今も潮風に乗って運ばれてくるのは、夕日に蒸された建物の匂いと、町の至る所に飾られた甘い花の香りだ。


ここは南と西の境界線に近い、ウエストサイドの港町。

元々の温暖な気候に加え、植物も緑濃く生い茂る雨期に入ったばかりのこの一帯は、今の時期、新鮮な野菜や果物が市場に並ぶ為、海に出ている船乗り達が食料を調達するにも格好の場所となっている。

それは海賊も例外ではなく、特に近海に散る小さな島々を根城とする彼らにとっては、こうした港町に略奪以外で立ち寄ることも珍しくなかった。

今宵も港には大小様々な船が港に停泊している訳だが、この界隈で名の知れた海賊船もちらほらと見え、場所取りで幅を利かせている。


「さてさて、見張りがいない不用心な海賊船は~っと。」


港の中でも大通りに直結する賑やかな辺りではなく、ひっそりとした人通りの少ない一角で、妙な人影がひとつ。彼女は手にした中古のオペラグラスで、暗闇に乗じながら忙しなく周囲を窺っていた。

女性と呼ぶには女らしさが足りないような、少女と言うには歳が過ぎちゃったような。そんな中世的な雰囲気をもった女は、やたらと大きな船の影に身を隠し、鼻歌交じりに停泊した船の物色を続けている。

外見はそれだけ上等そうな黒いコートに、フリルのついた白いブラウス。片方が破れて短いズボンに黒革のロングブーツといった、旅人よりは海賊寄りの服装に身を包んでいた。

腰には一応、二丁の銃と細剣などといった武器の類が下げられている。

とはいえ片方の銃はどう見ても護身用程度。もう片方は銀製の、とっくに廃盤になったようなアンティーク製の…銃?のようなものだった。

しかも細剣(レイピア)に至っては、元々そんな物で海賊の剣など受けようものなら、剣もろとも胴なんか簡単にかっさばかれてしまいそうな、この界隈ではお飾りにしかならない類の物だと言える。

そんな危険な装備で女が何をしでかすのかは知らないが、もしこれを見守る第三者が居ようものなら、ハラハラすることうけあいな状況であった。


「やー、さすが治安の悪さで有名な港町!商船なんかほっとんどいないじゃんか。」


実際に声に出したか心の声かは放っておいて、そんな女の独り言は陽気な歌や音楽、それにやかましい男達の笑い声によってかき消されている。

むしろ大声で言っても誰にも気付かれはしないだろうが―――とにかく一応忍んでるつもりの本人は今、船の影をコソコソと移動していた。

この時刻、ここから少し離れた場所ではかなり賑やかなことになっている筈。だが、すでに満員御礼となっている船着き場周辺では人通りもまばらで、港に着いたらまずメシ!といった、わりと単純そうな海賊の思考が伺えるようだった。

それでも、いざ甲板に登ってみればほとんどの船が見張りを置いていることだろう。

何もお宝なんか積んでいなくても、最悪ボロ船だって盗まれる可能性はある。いわば犯罪者の巣窟なのだ、ここは。


しかし、まだ希望が無いわけではない。少なくとも女はそう考えていた。

時々居るのだ。「誰も名の売れたこの俺様の船になんか手、出さねえだろう。」っていう輩が。

まあ、普通の港なら海賊というだけで船に近寄りもされないだろうが、それが癖になっているとこんな所でも気を抜いてしまう事が実際起こりうるのだ。少しの可能性として。


(うーん…でも世知辛い世の中だねぇ。ほとんど見張りおいてやがる…ちぇ。)


今回もその少ない可能性とやらに賭けてみたのだが、どうも最近、こういう所では運がない気がする。

すでに一通りの船を物色し終えた女は、いかにもがっかりとした様子で肩を落とし、オペラグラスを仕舞い込んだ。

ここは諦めて、とりあえず宿に戻り夕食でも取った方が良さそうだ。―――そう思って身を翻そうとすると、頭の隅にひらめきのようなものがよぎる。


「ん、まてよ…この船…。」


ふと思ったことだが、先程から自分が物陰にしているこの船。

これ程人の気配が全く無い船も珍しいが、いかにも幽霊船といった風貌のこれは、ひょっとして…今ちまたに多いという、懐暖かくなった海賊団が買い替え時に乗り捨てたような、そんな希望のある帆船ではなかろうか。


(えーと…)


女は月灯りを背にでかでかと聳える船に、ぐっと目を凝らす。

なんだ。良く見たら帆が所々ボロボロなのと、船体部分がかなり古びているだけで、思ったよりはしっかりとした造りになっているではないか。

けれど―――それなら何故、最初にターゲットから外れるような印象を持ってしまったんだろう。

そう考えて、理由はすぐに思いついた。このえも言われぬ不気味さはなんなのか。

何か船全体から闇のオーラがどんよりと出ているような、そこだけ濃い霧が渦巻いているような。幽霊船と間違ったのもこの独特の雰囲気からだと思うが、確かにこれでは他の海賊たちも、そうそう襲うことはないだろう。

というかこんなのが海に浮かんでいたら、まぎれもなく本物の幽霊船か、すでにめぼしいものは強奪されて乗り捨てられた船のどちらかだと思う筈だ。

先入観、とはよく言ったものだ。改めて人の本能が「この船には関わるな。」と告げている。


「でもな~。…金貨の一枚くらい、落ちてないかなぁ。」


動物的危機回避本能、無視。

人はそもそも欲によって行動する生き物だと、昔誰かが言っていた。

こんな時だけは頭の回転がわりと早い女の思考は、今危険と金貨を天秤にかけている。

結果:幽霊船=誰も襲わない=安全。(心霊現象以外)それなら、多少怖かろうが何だろうが、金貨様の為に入ってみる価値はあるかもしれない。


(ま、なんとかなるさ。)


そう結論付けた女は、持ち前の明るさとおおらかさで船に進入することを決意したのだった。

すでに目は、完全に闇に慣れている。

あとは腰に括りつけておいた七つ道具の一つ、鉤縄を使って、目立たない辺りの甲板によじ上るだけだ。


しかし、実際にそれをやろうとした時に、もっと早く気付くべきだった問題点が浮上してくる。


「あれ?ちょっとまて。そもそも女の細腕であんな、遥か遠くの柵、届くわけないじゃん。 …ってあれれ?何かすでにロープ下りてますが。えっと、誰か降りたのかな?」


ああ、これはきっと、この船を放棄した誰かが下ろしたのね。と、これまた事態を都合の良い方へ解釈し、女はくじけかけた心をなんとか奮い立たせる。

もう、この際多少危ないことになっても、いつものことだ。その時は、早くはないが経験を積んだこの"必殺・逃げ足"で、風のように逃げるだけのこと。

たぶん、お腹がすいてきたせいで、多少緊張感が抜けているのだろう。女はそうこうしてるうちに、ちゃっかり船の甲板まで登って来ていた。

ぎし、と音を立てる柵に足を掛けると、決して身軽とは言えない体でそれを乗り越える。

甲板は意外にも綺麗で、ざっと見た所ほこりなどは積もっていなかった。

気になるのは、ここだけ異常なほど霧が濃いということだが、それでも女は恐る恐る先へと進んでいく。


「うへぇ…。やっぱ誰もいない…けど、こわいぃ!」


限りなく呟きに近い心の声を発しながら、いつでも点けれるのだがなるべく点けない方がいいランタンを片手に船の様子を探っていく。見張りや乗員の気配は、まったくと言っていいほど感じなかった。

それに安心した女は、大胆にもメインマストの方へ近寄ってみる。

途中、得体のしれない何かが足元の霧を横切っていったが、「気のせいだろう」と自分に言い聞かせるしかなく、女の視線はマストの輪郭に定められていた。

そのまま徐々に近づいていくと、やがて目が、マストの前に立った人影のようなものを捉える。


「っ!!!!」


心臓が飛び出そうになる、とはこのことだろう。

先程からピクリとも動かないから、ついマストの装飾品だと思っていたデコボコは、人が―――立っているのではなく、縄で簡単に括りつけられていたものだった。

そんな目の前の事実に警戒しながらも、女は手元のランタンに火を点ける。

ゆらゆらと、点けた傍から頼りなげに揺れる灯りは、それでも生贄のように縛りつけられた人物を照らし出し、その存在を伝えてきた。


それは幽霊船にありがちな白骨死体などではない。生きた人間。それもひらひらとした服装から、若い女であることを物語っている。

占い師か踊り子か、そんな職業を思わせる女性はぐったりと気を失ったまま、目覚める気配もない。

一歩一歩、ゆっくりでも確実に近づいていくその距離に、女は何か、胸騒ぎのようなものを感じ始めていた。

―――あれが知り合いだったら、どうしよう。

生死さえも定かではないのに、こんなこと考えたくはないが、俯いている彼女の顔に見覚えがある気がする。…もっと近くで確認した方がいいかもしれない。



「え……!?」



そして女は、驚愕する。


その人は知り合いとか、そんなレベルではなかった。

よりにもよってこんな状況で、こんな所で。知った顔に遭遇する可能性など、どれくらい僅かなことだろう。

今目の前に居るのは、懐かしくも、目を閉じれば声まで思い出せそうな、かつて近しい存在だった者。


「―――フレア姫―――っ!?」


ここが幽霊船であるかもしれないという事も忘れ、女は我を忘れてその人物に駆け寄るしかなかった。

無造作に宙に放り出されたランタンは、ガチャンと盛大に床に叩きつけられると、じゅっと音を立てて消えてしまう。

女の叫びは夜の霧に飲み込まれ、その背後にあたる霧の中では、鬼火のようにゆらゆらと―――二つの灯りが揺れていた。










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