【Story.13】
ギィンッ!と音を立てて受けた亡者の攻撃に、足元がぐらつく。さすがにこの都市の盾とはいえ、相手の攻撃の威力は消せないようだった。
徐々に追い詰められていった私はついに足を踏み外し、大階段の方へと転落していく。
ここからでは建物の二階程の高さとはいえ、打ちどころが悪ければ致命傷になり得るかもしれない。
出来れば脚から着地したい所だが、そんなことを考える間にもすでに、衝撃を覚悟する瞬間になっている。
(……あ、れ…?)
そのままぎゅっと目を瞑り、体を強張らせていると、思いがけずがっしりと受け止められる感触があった。
いや、意外にこれは、たまたま亡者を下敷きにして助かったとか、そういう展開かもしれない。
「っ…!! 大丈夫?アクア。」
「あれ、船長…。」
違った。人並み外れた怪力を持つレイス船長が、上手い具合に私を受け止めてくれたのだ。
今も眼帯で片目を隠した顔が、それでも心配そうに覗きこんでくる。
すぐさまお礼を言おうと思ったが、なんだかぼーっとしてしまって。しばらくそのまま青い目を見つめていると、段々と視界が霞んできた。
「もう止血はしてあるみたいだけど、大分血を流したみたいだね。…あの長剣もぬるぬるしてたよ。」
「ごめん…なさい…。でもこれは…。」
…言えない。実際には貧血だか寝不足だか分からないなんて。
昔っからそうだが、私の場合、ある程度緊張の場面が続くとぼんやりしてしまって、急激に眠くなるのだ。ただでさえ今回はろくに寝ていないことだし。
こうなると、なんだか都市のことすらどうでも良くなってくるのだが、ただ一つ―――フレア姫の安否だけは、どんな状況でも頭から拭い去ることはできない。
「戦わないなら行け! 邪魔だ。」
こうしてる間にもオーディンは、亡者達を相手に槍を奮っている。出来たら、ここは男二人に任せて行きたかったのだが…どうも今、私は体力も判断力も欠けているらしい。
なんとかレイス船長の肩を借りて立ったまではいいが、足元すらおぼつかない自分が居る。
少しだけ、数十分だけでも休めれば、多少は集中力も回復するのだが…そんなことをしている暇は無さそうだ。
「素直に言えばいいのに。フレアが心配だから見に行ってくれって。―――それとも、俺が残ろうか?」
「俺はそこの阿呆の面倒までは見てやれないからな。ここは一人で十分だ。早く行け。」
こんな大事な状況でフラフラしてしまって、非常に申し訳ない気持ちで一杯になる。けれど話は望む方向へまとまったらしく、私とレイス船長はこのまま姫を追うこととなった。
オーディンを一人で残していくのは心配だが、すでに怪我はほとんど回復しているし、彼の戦いぶりからしても、下手に私達がうろつかない方がやりやすそうだ。
「…私達が居る時、相撃ちしないように気い使っててくれたもんね…。」
「俺の性分だ。大勢相手に戦うのは慣れているが、大勢で戦うのは慣れてない。」
「それに、面倒ごとは嫌いだからな、」と付け足したオーディンは、次の瞬間には構えに入っている。その言葉は、もしかしたら彼なりの照れ隠しかもしれなかった。
その憎まれ口を除けば、…いや、それを含んでいても、オーディンは十分にいい奴なのだろう。
そして強い。この状況で一人戦うことを選べるのは、どれほどの死闘を潜りぬけてきた証なのか。
「じゃあ、悪いけど行かせてもらうよ。ごめんオーディン…!」
視界の端に、先程私が逃げるしかなかった敵が現れている。
私達ものんびりしている暇は無い。ここはオーディンに任せて、早めに戦線を離脱した方が良さそうだ。
―――姫に、きっと何かが起こっている。
それは都市の状況から見ても明らかで。今のところは、私達に分のある状況とも思えなかった。
嫌な予感がする。一刻も早く姫の所へ行き、都市の状況を把握せねば。
そう思って見上げた都市の中心に、半球体…卵の上半分に似たドーム状の建物が見え、それを抱える様に造られた、巨大な女神像の姿があった。
恐らくあれが、アトランティスの中枢に違いない。
+++++
黒い縁取りに、乳白色の硝子。遠くで見ると卵の上半分のように見えた建物は、近くで見ると花の蕾を模していたらしく、縁どりされた細工が目にも美しい不思議な建物だった。
それを腕で抱くようにして造られた女神像はもっと神秘的だが、こんな大きな像など見たことがないからそう思えるのだろうか。
蕾を抱き、座り込んだまま大事そうに建物を見守るその様は、どこか信仰めいていて。アトランティスが滅びていなかったら、ここは聖地などと呼ばれていたかもしれなかった。
「…アクア、起きてる?」
「寝てる…。」
「いいよ。あと十分くらいはかかりそうだから。」
ドーム状の建物の壁に寄りかかり、横目でぼんやりと女神像を見ていると、入り口を開ける為に奮闘中の船長が声を掛けてくる。
奮闘中、とは言っても、扉に乱暴な事をして開けようという訳ではない。扉に張り付けられた緑色のプレートに指で触れながら、何かをしているらしかった。
私にはどういう仕組みか分からないが、実際プレートの表面には文字やら図形やらが、代わる代わる映し出されている。
「―――で、さっきの続きだけど、なんでフレア姫かって話…。」
「ああ、そうだったね。どこまで話したっけ?」
「都市の〈管理者〉がどーたらこーたらで、それに姫がなろうとしてるんじゃないかって…。」
移動する間がてら、今の状況に対する船長の予想を聞いていたのだが、その言葉は難しいものが多く、私も大体しか理解してはいなかった。
それでも聞きたいと思うのは、それが姫に関係しているからだ。
「そう、都市を目覚めさせて、亡者達を含めた色々を制御するには、その〈管理者〉になる必要がある。そして〈認証〉…管理者として認めて貰うためには、証が必要なんだ。」
「それを、姫が持ってるの?」
「持ってる、っていうのは少し違うかな。正確に言うと、アトランティス人が使っていた"証"の元になるものが、フレア姫の体内にあるんだよ。」
羅針盤がどうとか証がどうとか。まったく、オーディンの言葉を借りるなら"面倒事"の多い都市だ。
それほど封鎖的でなければ、今の今まで歴史的な価値を守れなかったというのもあるかもしれないが。
それでもあと数十年もすれば、北の帝国アースガルズの圧倒的な文明力が、この都市に追い付くまでになるとの情報もある。
まあ、それは研究者達の希望的な見積もりも含まれるだろうが。そうなれば、ここの遺産など対して価値はなくなるんじゃないだろうか。
「船長が無くした"羅針盤"とは、また違うの?」
「違うよ。それがあれば都市に入ることはできるけど、管理者にはなれないからね。」
「島の方向は分かっても、私がそれにはなれないのと、一緒ってことだね。」
「そう。よくわかったね。」
偉い偉い。と続きそうなその口調は、大人が子供に言い聞かせるものに良く似ていたが、それが不快にならないのはレイス船長だからだろう。
見た目は青年でも、歳がいくつかなど想像もできないが。彼は年長者特有の豊富な知識と、どんな時でも冷静に対応できる落ち着きぶりを備えている。
そんな人がこの都市に来て、やりたいこととは何だろう。
ここまで来ても分からないのは、やはりそのことだった。
船の修理だけではないことは予想出来るが、姫を連れてくる所までも、計画的犯行な気がする。
ただ、これは漠然とそう思うだけだが、レイス船長はあくまで敵ではないような気がした。
ならば私は、この人に着いていくしかない。姫が―――皆が無事に、合流できるように。
それが私の、今の最大の目的だ。
武器や防具の類は装備せずに無造作に襲ってきた亡者達とは違い、白銀の鎧と剣を装備したかつての戦士達は、やはり強さのレベルが違った。
しかも時が経つごとに動きが良くなってきているのは、気のせいだろうか。
元来そういう職に就いていたということは、身体能力はそれなりに高い者達なのだろう。働き盛りの男を中心に集めたのかのように、その体格も大柄な者が多かった。
(このままだと、少し厄介だな。)
すでにある程度、亡者の数を減らしておいたのは幸いだが、今までの戦い方では戦士達に決定的なダメージは与えられそうにない。ここは一体ずつ確実に葬っていかなければならないと、そう判断した。
あの夕暮れの時のように、フレアが居てくれれば楽だったのだが―――いや、それに慣れてはいけないのだろう。これからも自分は、一人で戦っていかなければならないのだから。
それでも、思い出すのはあの時の高揚感だ。
誰かと共に闘って、あれほど呼吸が合ったことなどあっただろうか。
周囲の風の流れが違う。敵に対する勢いが違う。何より、場の支配感が違う。
戦いの場にこそ生きる意味を見いだせる自分にとって、あれはまさに感じたことの無い境地を垣間見た瞬間だった。
「…まったく、笑えてくるな。」
ぽつりと言いながら、手近に居た戦士の喉元に槍を突き刺す。けれどそれは甲冑に邪魔され、喉の浅い所で止まっている感触だった。
痛みを感じない相手は、そんな状況でも容赦なく剣を振り上げてくる。さすがに届く距離では無かったが、反動で槍が抜けそうになっているのが伝わってきた。
瞬間、添えた手から槍の先までを包み込むように気を集中させると、周りの空気がチリチリとした火花を帯びていく。
それは慣れた感覚で。自分の意志に応じて瞳の奥が熱くなっているのが分かった。
「―――こんな能力まで、一緒だとは。」
生まれた火花は空気を巻き込み、やがて炎の華となる。
轟々と槍を伝って戦士に辿り着いたそれは、乾いた体を容易く包み込んでいった。
丈夫すぎる鎧の中で橙色の光が燻ぶり、ぼろぼろと崩れていく。
その体が炭になっていくのを見届ける前に、すでにその槍は他の敵を貫いていた。
これならば、掠るだけで相手に致命傷を負わせることが出来る。
アンデッドや獣の類には火が有効なのは知っていたが、ここまでよく燃えるのは、相手が遥か昔の存在だからだろう。
干からびているのか風化しているのか。体の至る所が石の殻に包まれた亡者達は、人の形など見る影もない、動く木乃伊だ。
こんな自分でも、死者を冒涜することはご法度と教えられてきたが…。かつてその体に宿っていた意志は、今の状態を望んでいるのだろうか。
アトランティスが、すでに天からの炎で滅びたことになっているならば、自分はその方法に従い、焼くことによって亡者達を本来の運命に還すだけだ。
「…悪いな。静かに眠ってくれ。」
交差する炎の槍が、視界を紅蓮に染めていく。
これだけの破壊力を持ってしても、自らが操る炎を熱いと感じたことはない。
そもそも火というものに対して、自分は生まれつき異常に耐性が高かった。
いつもはフレキ達が周りにいることもあり、街や森などでは使うことも出来なかったが、この都市ならば存分に力を奮うことが可能だ。
今、自分の中で、かつて無いほどに血が滾るような感覚がある。
それは都市内に満ちる見えない力に関係しているのかもしれなかった。
レイス達には言わなかったが、本来ならばいつ自分がフレアのようになっても、おかしくはなかったのだ。
だからこそ、無事でいて欲しいと思う。
この呪われた血を持つ同胞に、焔竜の祝福を―――と。
+++++
『フランベルグ壊滅まで、残り50分00秒…』
「うるさいっ…!」
私の攻撃を受け流しながら、事あるごとに残りの時間を告げてくるガーディアンに、苛立ちは募っていく一方で、なんだか遊ばれている気すらしてきた。
いくら炎を生み出せるとは言っても、その力は無限ではない。先程から周囲の空気は悪いし、なんとなく息苦しい感じがする。
しかも剣を握るのは利き手ではなく、負傷した右手に至っては、血は止まったもののドクドクと鈍い痛みを伝えてくる。
今も無我夢中でガーディアンを牽制するは良いものの、これがフランベルク壊滅の阻止に繋がっているかは分からなかった。
状況的に考えて手詰まり、とでも言えば良いのだろうか。もう少し私に、アトランティスに関しての知識があれば良かったのだが。
今更ながら、こんな機械に惑わされて、船長達と別行動を取ってしまった自分が恨めしい。
「いいから、フランベルグに対する攻撃を止める手段は!?」
『先程あなたが攻撃を加えてきたせいで、電気系統に異常が生じているようです。今の言葉は正常に聞き取れませんでした。もう一度質問を要請します。』
「嘘つき!! ほんっと嫌な機械だね!!」
こんな感じのやり取りが、もう五分以上続いている。
まったく、人工物のくせに人工物らしくないというか。人間より性格が悪そうなのに、下手に機械ぶる所がどうにも手に負えない。
元々、人相手にもまともな口喧嘩すらしたことは無かったのに。これなら何も考えず戦っている時の方が、よほど性にあっている気がする。
『そろそろ、あなたの体力的にも限界かと判断いたします。ワタクシも自己修復に入りたいので、大人しくしていて貰えますか?』
「嫌。」
『ならば力づくで。』
歩行用に使っていた八本の脚を、六本に切り替えて、ガーディアンは他とは造りが違う鋭利な脚を、自らの前でガシャンと掲げた。
それは、実力行使の合図だろうか。今まで人の攻撃を受け流すことに徹していた蜘蛛人形は、今度は二本の前脚を積極的に繰り出してきた。
(早っ…! 何これ。)
冗談ではない。あんな鋭い前脚に貫かれたら、死んでしまいかねない。
しかも異様にスピードが速く、若干ではあるがリーチが伸びている気もする。これでは、今の私には避け続けるだけで精一杯だ。
「っ…!?」
どんっと背中に着いた壁が、最早満足に避ける場所すら無いことを伝えてくる。
こうなったら、なんとかあの前脚を潜り抜けて、蜘蛛の脚下に入り込めないだろうか。そう考えていると、そんな事すら見計らっていたかのように、攻撃を避けた拍子にぐいっと襟首の辺りが持ち上げられた。
引っかけられているのか貫き通されているのかは知らないが、服の端に全体重がかかり、布が軋む音がする。そのまま私は、蜘蛛人形の目線の高さまで持ち上げられ、ぶらりと宙吊りにされた。
服の襟元が首に食い込んで、これだけでもかなり苦しい。
『捕獲完了。』
人のことを、悪さする鼠か何かのように認識しているのだろうか。そう言う声に感情は籠っていなくとも、すごく嫌味めいた雰囲気を感じた。
咳き込む喉から容赦なく漏れていく空気に、危うさを感じた私は首元を抑える。食い込む布地の隙間に指を入れれば、少しでも圧迫感を軽減できる気がした。
苦しさに霞む視界に、状況を好転させる何かが見つからないかと目線を彷徨わせていれば、部屋の出入り口に目が留まる。
それは、勘のようなものだったかもしれない。
薄れていく意識の中で、今にも何かが起こりそうな気がして。その瞬間をじっと待っていると―――軽快な音で横にスライドしていったドアに、部屋の外からの灯りが眩しい位に広がっていった。
「ったく、この施設いくつ部屋あるのさ。今度こそ当たりだといいけど―――。」
おそらく、煌々と照明が照りつける通路側からすれば、薄暗いこちらは見辛いのだろう。ドアが開いてからそんな風に言っていたアクアはこちらに気付き、現状が飲み込めずに一瞬立ち尽くしていた。
見ればこの状況に、ガーディアンすら出入り口の方へ顔を向けている。
一々振り向く必要があるということは、やはり視覚的なものを捕えるのはあの頭部で行っているのだろう。
私は残りの気力を振り絞って、ありったけの炎を蜘蛛人形の頭部へ叩き込んでやった。
―――ギィィィッ…!!
金属を擦り合わせたような悲鳴が、耳に響く。
その時にはもう、滅茶苦茶に振り回された蜘蛛の前脚によって、私の体は宙に投げ出されていた。
燻ぶる炎の焦げた匂いが、鼻に届いてくる。ぼんやりと天井を見上げた視線に、意識はまだ、はっきりと回復してはいなかった。
「フレア姫!!」
どさりと受け止められる体に、それでも勢いは強すぎたらしい。私を受け止めた人物は床に叩きつけられるように尻もちをつき、この体の下敷きになってしまった。
間違いない。こんな無茶なことをして守ってくれるのは、アクアだろう。腰や脚に回された腕も、頼りないながらもしっかりと私を抱えてくれていた。
(ごめんね、アクア…。)
間近にある顔に謝ろうとすれば、へへ、と人懐こい笑みが返ってくる。
―――どうして、こんな時にも人に笑顔を向けることができるのだろう。
どうして、騎士ではない今も、こんな私を助けてくれるのだろう。
今更ながら、そんな彼女の表情に無性に安心する自分がいて。堪えることのできない涙で、じわりと視界が歪んでいった。
これまでの戦いで一番に擦り減っていたのは、心の部分なのかもしれない。
気付けば私は、近くにあった肩に腕を回し、アクアに強くしがみ付いていた。
「お二人さん。感動の再会もいいけど、ちょっとマズイ状況みたいだよ。」
「えー! 折角いいとこなのに。…フレア姫かわいい…。」
暗闇に、赤く光る眼が二つ。
先程まで、その体と同様に薄い白銀で覆われていた筈の目元は、今や私の炎によって表面だけが溶かされていた。
石像のように無表情だった顔が、今は赤い眼のせいで大分恐ろしい印象を受ける。
蜘蛛人形はこちらにギギッと顔を向けると、掠れた音声で呟いてきた。
『管理者、焼失。代わりに侵入者を発見。フランベルグ壊滅時刻まで、三名の排除にあたります。』
"管理者焼失"…ということは、蜘蛛人形の中では先程都市を復活させた〈管理者〉である私はいなくなり、代わりに三名の侵入者が現れたことにしたのだろう。
私が生きていることなど、たぶんあの知能なら予想もついたろうが、それよりも自らに都合の良い判断を取ろうと、ガーディアンとしての蜘蛛人形は、この状況をそう"処理"することに決めたのだ。
まったく、どこまでもたちの悪い人工知能だと思う。
「わー、怖い。」
シュンッ! と、その瞬間出入り口が封鎖される。
閉めたのは私を連れて通路側に出たアクアだったが、その後レイス船長は何やら壁の配線を引っこ抜き、あの部屋にガーディアンだけを閉じ込めていた。
そんな二人の行動に、私は茫然と見守ることしかできない。
相手はかなり物騒なことを言っていたが、ガーディアンを止めなくて良いのだろうか。
そう考えている間にも手を引かれ、私達はその場から全速力で離脱することとなった。
「ま、まって。私、あの機械を止めなきゃ。…でないと、フランベルグが…!」
「状況はともかく、今あんなのをまともに相手してたら時間と体力の無駄ですよ。ここは一旦離れて、作戦会議をおすすめします。」
「俺もそう思うよ。とりあえず、タイムリミットだけは見ておいたから。その時間内になんとかしよう。」
走りながらと混乱のせいで、ちぐはぐにしか言葉を発することのできない私に、二人はしっかりとした意志を持ってそう返してくれる。
…そうか。現状への危機感からくる動揺で、ただがむしゃらに向かって行くことを考えていた私だが―――
もう、三人も居るのだ。もしかしたらあの蜘蛛人形と戦わずに、フランベルグ壊滅を阻止できるかもしれない。
(まだ、望みが…あるんだ。)
本当のことを言うと、つい先程まで、怖くて怖くて堪らなかった。
もう間に合わない。私には何もできないと、負の感情に押し潰されそうになっていたのだ。
いや、今もどうしようもない位の恐怖が襲ってくるが、それでも、先ほどとは違う微かな救いがある。
この二人が、私にとっての最後の希望だ。
「…あ、姫!」
おぼつかない足取りで走っていたせいか、躓いて床に膝を着いてしまった私に、すかさずアクアが手を差し伸べてくれる。
けれど一旦立ち止まってしまった足に、俯く顔を伝う涙が、ぽたぽたと床に零れていった。
「全部、私のせいなんだ…。」
胸に湧いたどろどろとした不安が、喉元まで込み上がってきて苦しい。
吐き出さねば前に進めないほど、すでに私の心は疲れきっていたのかもしれない。
「フレア姫…。」
見上げた二人の視線が、まっすぐ私に注がれているのが分かる。
けれどその表情ははっきりと見えなくて。私は衝動のままに、思う言葉を吐き出していた。
「都市の管理者になれば、皆を助けられるって、…あんなガーディアンなんかに騙されて。…でも、何も良くならなくて、…前任者の恨みのせいで、フランベルグが…!!」
嗚咽混じりの言葉は、きっと二人には聞き取り辛かったに違いない。
おまけに今、自分でも何を言っているのかは分からなくて。ぐちゃぐちゃに溢れだした感情が抑えきれず、壊れそうなくらい辛かった。
「分からないの…! 私、何の方法も知らなくて…!」
フランベルグを守る為なら、何でもする。
この命すら、捧げて貰っても構わない。 それが私の罪なのだから。
―――― 頑張るから、もう負けないから…!
「お願い、助けて下さい……!」
―――― だから、言って。――――
「 大丈夫ですよ。」
真新しく零れた涙に、開けた視界の中で、アクアの表情は優しい戦士のようだった。
差し出された手をおずおずと掴んで、視線だけをレイス船長に移せば、彼もまた、いつもの笑顔でこっくりと頷いてくれる。
この時の私には、二人がすべてを知ったような存在に思えて。無条件に信じることさえ、少しも躊躇いを感じなかった。
暗かった世界に、光が差すように。
目をはっきりと見開いて見つめた光景は、眩しかった。
「俺は、その為にアトランティスに来たんだ。いつかは発動される予定だった"断罪の光砲"を、今止める為に。」




