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紺碧の書 ~アトランティスの幽霊船~  作者: 蒼十海水
第四章【古代都市アトランティス】
13/18

【Story.12】

「おい、起きろ。」


無愛想な声が近くで聞こえ、続けて何か棒のようなもので、横腹をつつかれる感覚。

それを頭の中で認識したはいいが、まだ体が起きようとしていないせいか、瞼がすごく重たかった。

たぶん、疲れが溜まっていたのだろう。起きるどころか、金縛りのように指一本動かすのも億劫な自分がいる。


「アクア…置いてっちゃうよ?」


「早くしろ。フレアが居なくなった。」


レイス船長とオーディンの声が聞こえる。聞こえるのだが、どうにも頭がそれを拒否するというか。正直言うと、今寝ていられるなら置いてかれてもいいような気が―――…

フレア姫が、いなくなった!?


「なんですとっ!!フレア姫がいないっ!?」


「そ。だから早く起きて。追うよ。」


その瞬間、今までの体の抵抗が嘘のように、がばっと飛び起きる。すでに男達は、今にも窓から出ようとしていた。

こうしてはいられないと、私は男達の後に続き、纏めてあった自分の荷物を背負う。

途中、ソファーに躓いて足の小指をぶつけるというハプニングもあったが、問題無い。むしろ目が覚めた位だ。


「アクア、面白い寝癖だね。触角生えてるみたいだよ。」


「う、うっさいですよせんちょー。自分ばっかすっきりした顔して。私なんかまだ、寝たばっかのような…。」


おぼろげな頭で、移動しつつも手持ちの懐中時計を開く。時刻はそろそろ日付が変わるくらいだ。私が寝たのはこの一時間前。そう考えると、フレア姫と見張りを交代してからそれほど経っていないことになる。

そんな間に、姫に何があったというのか。


「あいつが出ていったのは、ついさっきだ。まだ追い付けるかもしれない。」


「てことは、その時起きてたんだね? 人が悪いなあ、オーディンも。」


「それはお前も同じだろう。」


オーディンの指示で、罠が掛かっていた橋を無事に渡りきり、私達は屋敷から離れて行く。

何も言わずとも、すでに向かう方向が分かっているような二人に、私は一瞬遅れてその意味を理解していた。


「ちょっと待って。何それ!! 二人ともワザと姫を行かせたってこと!?」


今の段階で、姫が黙ってどこかへ行ってしまったのか、何かあったのかは分かっていないが、何にせよ、この男達も起きていたならひと声かけるとか、皆を起こしてくれれば良いのに。やることが一々回りくどいというか、気に入らない。

姫だって、理由もなしにこんなことをする人では無い。きっと、やむを得ない事情があるのだ。


「だって、無言で出てくには何か裏があるってことでしょ?」


「俺達に知られたくない都市の秘密があるかもしれん。」


「でも、なんか囮みたい…。結局あとをつけるわけだし。」


この二人と会話していると私の方が常識外れのようだが、賢いやり方であれどうであれ、それは人情的には頂けない気がする。

というより―――


「姫に何かあったら、二人がどんなに強くてもタダじゃおかないから。」


これが本音だ。やっと仲間として行動し始めた矢先に、こんなことをするなんて。

正直、二人の事が信じられなくなりそうになる。そんな自分の感情も嫌なのに。

以前から思っていたが、レイス船長といいオーディンといい、思いやりとか優しさの類が欠けてる気がするのだ。


「(…あの女が、これしきのことで"何か"あるようなタマか。)」


「(しっ! 今アクアにごねられると困るから。)」


(聞こえてるっつーの!)


小声で話してるつもりかどうかは知らないが、二人のそんな声が聞こえて、思わずその辺の小石でも投げつけてやろうかと考えてしまった。今は時間の無駄なのでやめておくが。

それでも一応、あれは姫の強さや度胸などは信頼しているという事だろう。

海賊や傭兵の中には、そういった仲間意識を嫌う者達も居るが、結束力や協調性なんかも、何かを成し遂げるには重要なことなのだ。

そういうものが欠けている集まりほど、裏切りや何かがきっかけで脆く崩れていくことが多いのだから。


(裏切り…。)


忘れようとしていた言葉に、チクリと胸が痛む。断わっておくが、これはフレア姫に対するものではない。

姫は真面目で、いつも自分で何かを抱え込もうとするからこそ、秘密を持ってしまうだけであって。自分の欲望だけで単独行動を取るような人ではないと、私は信じている。

この心の傷は、まったく違う所で出来たものだ。今尚私は、それに捕らわれているのかもしれない。

フレア姫に出会ってから、とっくにそのことはどうでも良くなったと思っていたのに。


「アクア? 眠い?」


「寝ぼけてないで、都市の中心に向かうように方角を調べろ。この辺りは視界が悪い。」


「眠くないし。都市の中心逆方向だし。…もう、仕方ないなあ…。」


なんだかんだ言いつつ、男二人の言葉を聞いていると、もやもやした気持ちが薄れていくのに気付く。

結局のところ、私はレイス船長やオーディンのことが憎めないのだ。








+++++



聞き慣れた声がいくつか耳に届き、ぼんやりとした頭に響いてきた。

閉じた瞼の向こうが眩しく感じ、目を覚ませば、そこには床に反射した光がゆらめいている。

顔を上げると、その元となる映像は近くにあった。どういう原理かは知らないが、ここではない複数の映像が壁に映し出されている。


「これは…。」


真っ先に目に着いたのは、亡者達に囲まれて戦う、レイス船長とオーディンの姿。珍しくアクアまでもが、手持ちのレイピアで応戦している。

その別の映像では、副船長と仲間の男一人。また別の映像では、他の3人…と、共にこの島へ降り立った者達の行動が、その映像のひとつひとつで把握できるようになっていた。

皆状況は違えど、襲い来る亡者達に苦戦している。中には負傷し、仲間に背負われる者もいた。


『旧人類の"進化"が失敗に終わったようですね。あれでは都市に住み着く鼠共と何ら変わりはありません。』


「何とか出来ないの!? この都市のせいなんでしょう!!」


壁に拳を叩きつけ、つい感情を露わにしてしまう。背後から聞こえる感情の籠っていない声は、先程投影されていた少女のものに近かった。

まるで人の声を組み替えて発しているような、機械的な声。けれどその声色に嘲りの様子を感じてしまうのは、こういう状況だからだろうか。

その前に、人の意識を無理やり封じてここに連れてきた相手のやり方も、忘れてはいけない。

だから私も、今回だけは遠慮なんかするもんかと、心に決めていた。


『アトランティス・システムが正常に起動さえすれば、あれらはあなたの意志のままに動かせるでしょう。都市の再起動を行いますか?』


「言ってることが半分も分からないけど…。それ大丈夫なの?」


『詳しい説明をお望みならば、百三分四十秒程のお時間を頂き、説明いたします。』


「…いらない。そんな時間無いよ。どうせその為に私を呼んだんでしょ。」


会話が流暢なのは認めよう。しかし、この相手のテンポはどうにも馴染めない。

時は一刻を争うと言ってもいいのに。こんな敵か味方かもわからないような物体の言うことを聞いても良いものだろうかと、不安になる自分もいた。

しばし、思考を巡らせる間に、周囲の状況を探る。

どうやら私が居るのは、ホール程の大きさを持つ角ばった部屋のようだ。そのすべての壁には何かしらの文字や映像が映されており、これだけでも現代の技術ではかなり高レベルに属する光景だ。

中央にある血の色をした柱は、私達が乗ってきたアトラス号にあったものと同じだろうか。大きさはその比ではないが、見たところ造りも似ている気がした。


「あれの説明を分かりやすく。かつ手短に。」


『了解しました。―――あの柱はこの都市の動力となる液体で満たされております。動力と言いましても、減ったり増えたりはしません。あれは世界に流れる"見えざる力"を吸収しています。』


「それって、"竜脈"のこと?」


『おそらく、そう推測されます。』


背後の暗闇を見据えていると、慣れてきた目が、相手の巨大な輪郭を徐々に捉えていく。

その形態のすべてだと思っていた蜘蛛の脚は、どうやら全体の一部分でしかなかったらしく、八本の脚を支える胴体部分から、女性の上半身を模したものが生えていた。先程の声も、その辺りから発せられていた気がする。

やはり、これは人間ではなかった。ここまで高度な人工知能を持つとなると、おそらくロストテクノロジーの産物か何かだろう。


「じゃあ、次にあなたの説明を。これも短く。」


『了解しました。―――ワタクシは"ガーディアン"と呼ばれるアトランティス・システムの端末部分。"資格ある者"を導き、都市に記憶された意志を実行する役割を担っております。』


〈ガーディアン〉。守護者や守り神などの意味を持つ名前からしても、大体役割が分かってきそうだが…。

ならば都市に記憶された意志とやらは、私に何をさせようとしているのだろうか。

ガーディアンである〈彼女〉が、私をここへ連れてきた意味は―――


(って、じっくり調べたい所だけど、どうしよう。)


本来なら納得がいくまで説明を聞きたい所だが、こうしている間にも、皆の状況はどんどん悪くなるばかりだ。こんな悪趣味な映像を前に、落ち着いて判断しろと言う方が間違っている。

ひょっとしたら、こんなことですら都市に"操作"されているかと思うと、気分が悪い事この上なかった。それでも、今は素直に従うしかないのだろうか。


「この都市を再起動させれば、皆は無事に帰れる?」


『はい。新しい都市の管理者がそう望むのであれば、可能です。都市を再起動させた段階で、あなたが次の管理者となります。』


その場合、私の身柄がどうなるのかも聞いてみたかったが、それを知ってしまえば、皆を助けるまでの行動に迷いが出てしまうかもしれない。

今は何も考えずに、目の前に広がる光景を何とかする方が優先だ。


「じゃあ、都市の再起動の仕方を教えて。」


『了解しました。それでは認証装置に手で触れて頂きます。』


ガーディアンがそう口にした瞬間、映像の端に文字列の動きがあった。今まで点滅していた文字が、はっきりと浮かび上がっていく。と同時に、地鳴りのような音が響いたかと思うと、壁から傾斜のついた台が突き出てきた。

その表面は網目状に光る緑色のプレートが埋め込まれ、細かな陣がいくつも描きこまれている。

一番手前にある陣が、丁度人の手が入る位の大きさで。そこだけ他の場所以上に眩しく輝いていた。


『さあ、そこに手を置いて下さい。』


感情の無い声が、それでもほくそ笑んでいるように聞こえたのは、私の気のせいだろうか。

何故だか無性にどくどくと脈打つ心臓に、緊張にも似た気持ちに支配されていく。本当にこれでいいのだろうかと、震える手を翳しながら戸惑っていると、向こうの壁際からアクアの悲鳴が聞こえた。

私の目の前に位置する出力表示装置(ディスプレイ)は、この都市の地図を映すだけのものらしく、この角度からでは肝心の映像は見えない。それ故、何が起こっているかなど詳しくは分からなかった。

ただ、その画面の端に血飛沫が上がった気がして。私はその瞬間、今度は躊躇(ためら)わずに手を置いた。


―――暖かい。手の平に、私のものとは違う鼓動を感じる。


まるで私の中に流れ込んでくるような、いくつもの意識の欠片。それに取りこまれないよう必死で耐えていると、部屋中が深紅の光で包まれていった。

今度は背中側から、暖かい力の流れを感じる。恐らくこの光も、部屋の中心にある柱が発しているのだろう。

キィィィィィン…!と、島中から呼応するような金属音に、壁に散っていた光の文字列が、とうとう床の方にまで広がっていった。


古代都市アトランティスに、私の意識が繋がっていく。

失われた文明の結晶が、今にも復活しようとしている。


それはきっと、神をも恐れぬ力。

人の業と罪、そのものを具現化した兵器なのだ。








+++++



先程までまるで統率のとれていなかった亡者達が、ここへ来て行動に纏まりを持つようになってきた。

あの屋敷に逃げ込むまでは、見つかったり大声を出したりすれば追ってはきたものの、ある程度まで逃げてしまえば人数は少なくなっていったし、ぶつかり合って亡者同士で邪魔し合うこともあった。

それが今や、どうだろうこの連携。奴らは本能だけで動いているかと思えば、中々うまいこと私達を追いこんでくる。

まるで都市の中に居る私達の位置情報が、すべて筒抜けになっている感じだ。奴らの人数は先程の比では無く、道はほぼ亡者達の体積で塞がっている。

仮に都市内に響き渡るほどの声で、誰かが「侵入者を掴まえろ」とか細かい指示でも出していれば、この状況は成り立つかもしれないが、そんなものは一向に聞こえてこない。何か、亡者たちだけの特別なネットワークがあるのだろうか。例えば見えない糸電話や伝声管のような。

しかしこれらも、先程までは間違いなく機能していなかっただろう。一体この数時間の間に、何が起こったというのか。

私達は今、都市の中央へ続く大階段の手前に居る。ここまではなんとか来れたのだが、背後から押し寄せる大群のせいで、上には上れずにいた。

もしもこの先が行き止まりだった場合、囲まれて危機的状況になってしまう訳だが。階段は一見、一本道のように見えて横道が無数にあり、それぞれが傾斜の途中にある施設に繋がっている。恐らく無警戒で進んでいけば、横道からまばらに亡者がコンニチハしてくるだろう。後ろからの追手もあるのに、そうそう新たな敵と遭遇する訳にもいかなかった。

今のところ大階段には不思議と人気も無いが、これも罠だったりしたら非常に困る。


(この先に姫が居るかもしれないのに…!)


ここで持ちこたえて、そのうち亡者の数が減ってくれれば何も言う事は無い。だが船長やオーディンがいかにハイペースで人口密度を減らそうと、今現在、私達の状況はあまり好転してはいなかった。

そういう私も、今は手持ちの武器で精一杯戦っている。

が、いかんせんレイピアは突く攻撃を主に造られているので、頭部を両断したり、一撃でアンデッドの致命傷になり得る傷を負わせたりするには向かないのだ。

この場合、ノコギリや肉切り包丁の方が戦闘に向いているだろうが、できればそんなものを振り回して戦いたくは無い。


「船長っ! この近くに武器屋とか無いわけ!?」


「この階段から派生した小道のどっかに、武器庫があった気がするけど…使える物があるかどうか。」


「あるに決まってるだろう。この都市では腐食した金属の方が少ない。アクア、もっと中距離戦に通用しそうな武器を持ってこい! ありったけだ!」


「了解っ!!」


珍しく歯切れの悪い船長の言葉に、オーディンが真面目に反論する。けれど、この時ばかりは私もオーディンに賛成し、一人で近くの武器庫を探すことになった。

二人の側を離れる時、一瞬だがレイス船長に心配そうな視線を投げかけられる。

もしや、船長は私に単独行動をさせたくなかったんだろうか。…いや、これも気のせいかもしれない。


「も~、退いてってば!」


立ち塞がる亡者達を勢いだけでなぎ倒し、そのまま先へと進んでいく。

途中、地面の感触がふかっとしたものに変わり、踊り場に造られた小さな庭園に出た。

そこを通り抜け、一段上のゾーンまで駆け上がった先に、再び見慣れた光景が広がる。いつの間にか足の裏の感触も硬い感じに戻っていた。シミひとつない、純白の壁と道だ。一段下の通りから見れば、ここも建物の上に位置するのだろうか。


(この辺、何か嫌な感じがする…。)


どこが違う、と聞かれれば明確には答えられないのだが、言うなればここは、街中とはまるで違う空気を醸し出していた。静かすぎる、清浄すぎる不気味さ。白い建物尽くしの周辺は、まるで夢の中の世界だ。

そしてこの辺りに重要な施設があることを裏付けるように、向かってくる亡者達はどれも白銀の鎧で武装しており、腕と半分同化したような剣も持ち合わせていた。

生きていた時はどうだか知らないが、今の彼らに剣術などという言葉は無く、まるでこん棒でも振り回しているかのように剣を扱っている。

手練れの剣士などが生き残っていないのは幸いだが、この足場の悪い横道で剣をぶん回されると、やりにくい事この上なかった。

避ける時に、耳のすぐ傍でぶんっ!という風を切る音がして、思わず嫌な汗が滲んでくる。


「こ、こわっ…!」


試しに護身用の銃を撃ってみるが、やはり、あっけなく敵の鎧に弾かれてしまう。このまま下手に撃ち込んでこちらに飛んできても悲惨なので、もう銃は使わないことにした。

とはいえ、あれだけ力任せに奮われている剣を、このレイピアで受けるわけにもいかない。今回は避けられる状況でもなさそうだし、できれば回り道もしたくない。

―――さあ、どうしたものだろうか。

仕方なく、私は泥棒時に愛用していた縄付きの鉤爪を取り出すと、奴らの鎧か体にひっついた殻か、とにかくそんな物に引っかけ、バランスを崩させて下に落としていくことにした。建物の一階分は高低差があるので、少しはダメージも追ってくれるかもしれない。

これがまた、中々うまい具合に落ちてくれて。しかも一度落ちた亡者は這い上がってこれないらしく、下の方でガチャガチャしていた。

できれば、こんな時に重い物でも投げてとどめを刺しておきたい所だが、今はそんな余裕がある筈もない。私は意識を切り替え、急いで武器探しに専念することにした。

この辺りは元々、貯蔵庫や倉庫が密集している場所だったらしく、開け放たれた扉の奥には様々な備品が蓄えられている。

おそらく、最後は混乱の中で滅びていったのだろう。そのほとんどが鍵も掛けられておらず、無造作に床に散らばっていた。

さすがに食料などの類は残されていないが、おそらく古代…に栄えた後にも、誰か住んでいたのだろう。アトランティス製ではなさそうな物の中にも、まだ原形を留めている物があった。

元々、時が止まったような都市だとは思っていたが、ここまでくると、人は時間すらも操れるようになっていたのかと、本気でそんなことも考えてしまう。


(あった!武器!!)


得意な金属の輝きに目を光らせ、ある建物の前で立ち止まると、私は迷わずその中へ足を踏み入れていった。

辺りはうす暗いが、建物自体がほのかに灯りを放っているようで、このままでも物色出来そうだ。

とりあえずざっと見回すと、まずは使えそうな武器を片っぱしからかき集めていくことにした。

それらの武器はほとんどが似たような剣と鎧だったが、鏡のように磨かれた盾や篭手、その他使えそうな剣や槍も数本見つかる。その中で、船長やオーディンに合った物、更には状態が良い物を手早く厳選していった。

弓や銃の類は別の所にあるのだろうか。ここでは見当たらなかったが、今回はこれで十分だろう。

私は逸る気持ちを押さえつつ、だいぶ重くなった体で武器庫の出口へと向かって行った。

まさか、その視角に位置する場所に、亡者の兵が居るとは知らずに。


「っ…!!」


待ち伏せか。―――いや、そんなことはないだろう。

ただ不運だったとしか言いようがないタイミングで、亡者の剣の切っ先に左肩を抉られた私は、声無き悲鳴を上げた。

マズイ。知能が低いと思って奴らを侮っていた。偶然にしろ何にしろ、出入り口を通る時はもう少し警戒するべきだったのだ。

ぱたぱたと、石の通路に不揃いな水玉が出来る。それでも、腕が千切れようとこの武器だけは、離すわけにはいかなかった。

そう自らを奮い立たせ、敵を避ける為に咄嗟に下の段差へと飛び降りる。ワンクッションで壁のでっぱりを蹴り上げ、着地した足がじんと痺れたが、それもおかまいなしに走り続けた。

途中で先程落とした亡者達と遭遇するが、奴らがこちらに気付き、攻撃するまでの僅かな間になんとか横をすり抜けていく。危険な賭けだが、一度目はなんなく成功した。このまま二度目も…

そう思ったが、焦る気持ちでタイミングを見誤ったか、先程と同じ位置にがつんと殴られたような衝撃を受けた。


「うあっ!!」


両手に抱えていた防具のおかげで、その刃が届くことはなかったが、我慢していた傷口を打ちのめされ、今度はまともに声が上がる。

それでも腕の中の物を手放さなかったのは、痛みで腕自体が硬直していたからだろうか。いや、こんな時ばかりは、自分のちょっとした根性を見直してやってもいいかもしれない。

これは、自分の欲の為に盗んだ物より、よほど価値がある物なのだ。

それは私みたいな者でも分かる。金目当てだけの財宝ならば、とっくに投げ出していた。

例えば腕に抱える槍を振り回し、奴らの脳天に突き刺してやれば、この場は楽に切り抜けられるだろう。でも―――


「今は、あんた達の相手してる場合じゃないっての!!」


やけくそ気味に手近にいた亡者を蹴飛ばし、私は元来た大階段だけを目指して走り続ける。

途中、視界の端に映った都市の中央部が妙に光り輝いていた気もするが、あの方向へ行った姫は無事だろうか。一刻も早く追い付きたいのに。本当に今日は厄日だ。

こんな面倒事は早く片付けて、安全な船に戻りたい。…戻ったら、まず姫にこの腕を手当てして貰おう。私はそれだけで十分な気がする。皆は、何を求めてこの都市に来たというのか。


「引き際ってのも、大事だと思うんだけどな。もーこんな都市二度とヤダ!」


逃げているうちに、階段というよりは建物の屋上みたいな所に出てしまったが、あの二人に手早く武器を届けるにはこちらの方が好都合だろう。


「オーディン!!」


私が勢いをつけて投げると、二本の槍は弧を描くように空を渡り、大柄な亡者の背中を"殻"ごと貫いた。同時に、すぐ近くで交戦中だったオーディンが動き出す。

彼は自分の身長ほどもある白銀の槍を引き抜くと、くるくると器用に操り、それらを腕に構えた。


(おお、まるで体の一部みたい。これも相当手慣れてるんだなあ。)


オーディンが槍を交差させるように突き出すと、それだけで前方の亡者達はまとめて薙ぎ倒されていく。

元々、その剣術は相当のものだと思っていたが、彼の格闘センスは留まることを知らないらしい。今も水を得た魚のように、先程の剣とはまた違った戦い方を見せている。


「船長!! 避けてね!!」


勢い付いたオーディンから距離を取っていた船長の方にも、新しい武器を投げる。それはひしめいていた亡者に容易く突き刺さり、その動きを完全に止めさせていた。

やはり、並みの武器とは強度も切れ味も違う。この白銀の武器ならば、硬さはあれど単調な動きの亡者達には有効だろう。

おまけに船長の方に投げたのは、槍を構えた敵の陣形をも打ち崩すと言われているツーハンデッドソード。人の身長以上もある長剣だ。

扱うのは難しそうだが、船長の力と戦い方なら、集団相手には槍以上の効果を発揮するだろう。

こちらは一本しかなかったので、両刀傾向のあるオーディンには槍二本でいって貰ったが、そんなことは気にするまでもなく、彼らは驚異の勢いで亡者の列を突き崩していた。


「すごい、二人とも…。」


あとは、この二人に任せていれば亡者達を食い止められるだろうか。それならば、私はこの戦線を離脱して姫の所へ行きたい。

そう考えながらも、とりあえず余った防具の紐で肩を止血していると、余裕の出来たレイス船長と目が合った。

それは一瞬のことだったが、怪我をしていることは気付かれたかもしれない。今は変に庇われたりするのも、足手まといになるのも嫌なのに。


「―――!?」


そんなことを考えていた時だ。突然、暗かった都市全体が、眩いばかりの光に包まれたのは。


「何これ…!?」


「っ…!」


「なんだ。何が起こってる。」


よく見ると、光に包まれたというのは正確ではない。ほとんどが白で統一されていた建物や石畳の道に、黄金色の文字やら図形やらが、流れるように浮かび上がっていったのだ。

どくん、どくん…と、鼓動と同じリズムで瞬く金色の煌めきが目に眩しいが、それよりも都市の中心部に開けた月明かりが、光の柱のようにも見えて戸惑ってしまう。分厚く都市を覆っていた雲が、そこだけくっきりと晴れているのだ。

上空に輝く月はその正体を見せぬまま、今や天へと続く道さながらに光を下ろしている。

―――いや、それは塔とも呼べないだろうか。

都市の中心から果て無き天空へと続くそれは、神々が地上に降り立つ道筋のような威厳すらも漂わせている。

これが、古代に栄えたとされる文明都市・アトランティスの正体か。


(フレア姫…!)


もしもこんな強大なものが相手だとしたら、残された逃げ道は僅かなものだろう。

よくある占いに隠された"塔"の意味を読み解くとしたら―――それは神の怒り。崩壊、災害、悲劇を意味している。

一体、この島で何が起ころうとしているのだろうか。

私達は、とんでもないものを呼び起こしてしまったのかもしれない。








+++++



感じた意識の集合体に、恐ろしくなって手を離そうとすれば、ダンッ!と響く音と共に手の甲に激痛が走る。

そうはさせまいとする〈蜘蛛(ガーディアン)〉の脚によって、右手が上から抑え込まれたのだ。

―――なんて強い力。動かそうとしても、びくともしない。

しかもこれだけの衝撃を受けても、手の下のプレートにはヒビ一つ入らなかった。

やはりこれも、ガラスとは違う特別な鉱物で造られているのだろう。エメラルド色のプレートは先程と何も変わらぬまま、私の手の平に生き物のような熱を伝えていた。


『"さあ、目覚めよ…! 世界を制する力よ! 天に届く怒りの焔よ!!"』


「何、言って…。」


声が発せられている場所は先程と同じ筈なのに。少女の声とも女性の声とも違うそれは、どこか異常さを含んだ男のものだった。

今や明るくなった室内に、私は睨むようにしてガーディアンを見上げる。すると蜘蛛の背から突き出した女性の上半身が、両手を広げて歓喜の様子を表していた。

その頭部には髪も無く、石像のように瞳の部分までもが真っ白だが、球体関節に似た腕はなめらかに動き、人間と同じ仕草を可能にしている。


『これより、前システム終了時に中断されたプログラムを実行します。"断罪の光砲"起動準備。攻撃目標はサザンクロス帝国首都・フランベルグ。』


「っ――――!?」


再びガーディアンから聞こえたのは、機械的な女性の声。淡々と告げられたその言葉に、私はまともに驚愕していた。

息が詰まったような声なき悲鳴が喉を突き、ゾクリと背筋が凍りつく。


(うそ…、だって、フランベルグは……私の……。)


その言葉が本当だとしたら、生まれてからこれまで過ごしてきた故郷が。家族同然の皆が居る場所が。こんな得体のしれない強大な力によって、壊されてしまうことになる。

最初はまさかとも思ったが、私は今、実際に滅びた都市の中心に居るのだ。それも、古の巨大兵器がいくつも眠るとされる、このアトランティスに―――。


「そんな…!! やめ、…やめてよ!!」


こんな静かな破壊宣告があっていいものかと、じわじわと負の感情が押し寄せてくる。ようやく思う言葉が口をついて出たのは、全身が震え始めた時だった。


『この件を分かりやすく(・・・・・・)説明いたしますと、あなたの管理者権限が優先されるのは、フランべルグ壊滅後になります。攻撃準備完了まで、あと69分45秒。』


明らかに悪意のある言葉の羅列に、相手が人では無いことに酷く怒りを覚えた。

ガーディアンの顔が笑みの形を作っているわけでもない。ただ私には、嘲りの笑みを浮かべているように見える。

この蜘蛛人形は自分が人の上に立てる機械だと、知っているのだ。だからこそ、こんなことができるに違いない。


「―――なんで、フランべルグなの…!」


項垂れる私。その声は自分でも情けないほどに、涙の色が濃かった。皆が映る壁際の映像も、もう見ることすらできない。

…こんな機械に踊らされて、私はなんて馬鹿なんだろう。

人の造り出した物が人を超えることは無いと、心のどこかで思っていたのかもしれない。

そんな傲慢さが、こんな結果を招くことになるとは知らずに。


『前管理者の声を再生します。回答はそこから得て下さい。』


カシャ、カシャ…と、二回ほどガーディアンの喉元が鳴り、やがて表情の無い顔がぐるりとこちらを向いた。


『呪われし王の民よ!我が同胞たちを虐殺した痛みを、今こそその身に味わうが良い!!』


(……あぁ……。)

 

未だ押さえつけられている手の痛み以上に、ガツンと殴られたような衝撃が襲う。その言葉に何も反論できない自分が、酷く虚しい存在にすら思えてしまった。

―――言わなければ。サザンクロスの民には何の罪も無いと。

言わなければ。あれは虐殺では無いと。この都市に根付く思想を残しておくことがどれほど危険だったかを、今まさに証明しているではないかと。


「…復讐なら、私一人にして…。」


『残念ながら、私は前管理者の残した"意志"を実行しているに限りません。』


私達は、いつまで滅びた都市に振り回され続ければよいのか。

思想を受け継がないよう知識を封じた結果、その対策さえも私は知らない。


止められない―――のだろうか。


「前管理者は、アトランティスの生き残りの血統だったの…?」


『いえ。自分こそが神聖なるアトランティス人の生まれ変わりだと信じている、ただの歴史学者です。アトランティスの血は遥か昔、この都市が"神の火柱"によって焼かれた時にすべて滅びました。―――あの物言わぬ死霊達を生き残りと呼ぶなら、話は違ってきますが。』


やはり、国の歴史が記す"第二期"は、アトランティス人による都市の再生では無く、思想だけを受け継いだ者達の拠点づくりに過ぎなかったか。

当時のサザンクロス皇帝が根絶やしにしたかったのは、その危険思想と研究成果だったのかもしれない。

今となっては、その意志すら知る由も無く。その行いを一部しか知らない私が、どうこう言えることではないが…。

それでも、そうやって歴代の王達が必死に守り上げてきた国が…こんな簡単に、私達の代で滅ぼされてしまうなんて。


「…そんなこと、させるわけにはいかない。」


『残り、65分12秒。』


最早私のことなど気にも留めようとしないガーディアンに、引き抜いたサーベルを渾身の力でその脚に突き立てる。

けれどそれは、火花と甲高い金属音だけを残して弾け飛び、私は腕の一本すら解放しては貰えなかった。

蜘蛛の脚に抑えられた手の甲に、血が滲んでいる。それが効き手であることが、状況の悪化に拍車を掛けていた。

もう、手段なんか選んではいられない。


「"…我が内に宿る竜の力よ…"」


ざわりと、辺りの空気が騒ぎ始める。

竜脈のせいかいつもより熱気を帯びた風は、真下から吹き荒れ、私の服や髪を揺らしていた。

チリッと生まれた火種が、風に煽られて炎となる。

都が焼かれても壊れなかったこの蜘蛛人形に、どれほどの効果があるのかは分からないが、とにかく今は出来る限りのことをやってみるしかない。


「"この身に流れし血と王家の紋を媒体に、その片鱗を見せよ…!"」


ほとんど感覚が無くなってきている指の先で、血文字のように紋を描くと、いつもと比べてより強力になった炎が生まれ、蜘蛛の脚先を包んでいく。

それでも、表面の白銀には何の変化もなく、ガーディアンもしばらくは平然としていたが―――やがて装甲の内側の金属が溶け始め、バチッ!と青白い火花が散った。


『認証はすでに終わっています。こちらに何も影響はありません。』


そう言いながらも、ようやく脚を引いたガーディアンに、私は浅い呼吸を繰り返しながら、自由になった腕を自分の方へと引き寄せた。

―――やはり、この蜘蛛人形は性格が悪い。

認証などとっくに終わっていたのに、私の利き手を使い物にならなくする為に、じわじわと力を加え続けていたのだ。

もう、右手で武器は握れない。指の先から、痺れたように感覚が無くなっていくのが分かる。


「これで、おあいこでしょ?」


『ワタクシに痛覚はありません。また元通りに修理も可能です。』


自分にこれ程の闘争本能があるなんて、思いもよらなかった。

ただ強がっていなければ、前向きな意志を保っていられないのも事実で。こうしている間にも潰された手の甲から、どくどくと真新しい血が溢れ出てくる。

本来なら早く止血したい所だが、感情にも似たものがあるこのガーディアンが、それを許してくれるかどうか。

それなら、まずはこの蜘蛛人形をガラクタにしてやると、強く心に決めるしかなかった。


―――フランべルグは絶対に、守りきってみせる。









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