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ある投獄された親子のおはなし …世界観

"強く求める者の前に、必ず現れる"

それは冥府からの使者。望む者に、力と死を与える海賊団。

彼らは闇の海に存在し、今尚―――世界の行方を見届ける。


~ アトランティスの幽霊船 ~





ぴとん…ぴとん…と規則的に聞こえるのは、大粒の雫が岩に落ちる音だった。


普通ならそんなことは誰も気には留めないのだろうが、暗く湿った洞窟内では、あたかも人の恐怖を煽るように聞こえてしまう。

それは、この場所が地下牢という施設として使われているからだろうか。

自然の岩肌に木製の柵が埋め込まれている、一見簡素な造りに見えるそれは、けれど職人が良い仕事をしたらしく、大の男がどんなに力を入れた所で開く物でもなかった。


まったく。こんな所で良い仕事をしなくてもいいのに。と心の中で呟く囚人だが、それでも通常の用途として使われるのであれば、それは当り前のことだ。

通常の用途。―――即ち、罪を犯した凶悪犯を閉じ込める為のものであるのならば、の話だが。


「ねえ、おとうちゃん。ぼくたちいつまでここにいなきゃいけないの?」


地下空洞にさらさらと流れる小川の冷たげなせせらぎと、滴る水の音だけが響いていた牢獄に、場に不適切な声が響く。

その子供の問いは不安げながらも無邪気で、他の囚人たちの暗い思考を遮るには好都合だったかもしれない。

しかし、冷静にその意味を考え直した者であれば、再び暗い思考に囚われてしまうことは明らかだった。


「いつまで…だろうなぁ。そうだな、セイギのミカタってやつが現れるまで、かな。」


「せいぎのみかた?」


聞く者によっては何故か、子供よりほがらかに感じる男の声。

それは落ち着いていると言えば聞こえはいいが、こんな絶望的な状況下では、周囲にとっては酷なものだったかもしれない。

それでも誰一人として男を咎めないのは、皆その気力も尽きていたから―――とは別に、ここに居る囚人たちが一様に男の知り合いだったからでもある。


「そう。悪い王様をやっつけてくれるような、つよーい戦士だ。」


「えー!ほんとう!そしたらぼくたち、おかあさんのところに帰れる?」


んなもん、この世知辛いご時世にいるわけねえだろ。と心の中で反論した者は数知れず。

けれど聞きようによっては、この親子の会話は退屈しのぎにはなるかもしれないと。希望を捨てた者でなければそうやって耳を傾けることも出来るような、他愛ない親子の会話だった。

中には、「まだあの男は諦めていないのか。」と苦笑をこぼす者もいる。


「じゃあ、そしたらね。あの魚のおねえさんもいっしょに帰れる?」


だが、続けた子供の言葉に、何人かの男達がピクリと反応していた。

中では亡霊のように暗い表情で俯いていた者でさえ、顔を上げたほどだ。

一方、子供に問われた父親はというと、その事に関しては滅多な物言いはできず、困った顔をして固まってしまう。

純粋そうな目をキラキラと輝かせてくる息子と、一部の希望を持った囚人たちに、まさかこの場しのぎの嘘をつくわけにもいかなかったのだ。


「うーんと、それはだな…。」


散々目を泳がせた揚句、父親は隣の牢に入っている仲間に助けを求めるが、これは先に予想されていたのか、すでにその男は狸寝入りの真っ最中だ。

薄情もん。と思わず心の中で呟いてしまうが、誰だってこの状況でうまいことはそうそう考えつかないとも、分かっていた。

仕方なく、父親は少し考えたフリをして「どうだろうなぁ。」とはぐらかすような言葉を残し、他の方向へ話を持っていこうとする。

しかし向こう(・・・)には聞こえていない筈の会話に、まさかのタイムリーな現象が起こり始めていた。


「あ、おねえちゃんの歌だ。」


地下空洞の奥深くから、しんっと響き渡るように。

美しくも神聖に感じるアカペラの声は、押し黙る囚人たちの元へ届けられていく。

それは人為的なものと言うよりは大自然が奏でる奇跡の音に近く、こんな時ばかりは洞窟の反響ですら、彼女の為の楽器のようにさえ感じてしまう。

うっとりと聞き惚れる者たちの中には、知らずうちに涙を零す者もいた。


一日一回、時間帯も長さも不規則なまま流れてくるこの歌声は、ここに無実の罪で収監された者たちにとっては唯一の慰めで。この歌を聞いていればすべて嫌なことも忘れてしまえそうな、そんな色があった。

ただ一人、先ほど子供の応対に困っていた父親だけは、難しい顔をして洞窟の奥をじっと見つめている。

本当に心の内に強い希望を持つ者ならば、気付くだろう。この天使のような歌声が、人々の"抗いながら生きる気力"というものを奪ってしまうことを。


(こんな声に酔いしれて、現実逃避するのは楽だろうさ。大体、聞き終わった奴らが眠りについてしまうってのも、この歌のやばさを物語ってる。)


そして男の考えの中で、一番やっかいなのは声の主がこの歌の危険性について無自覚、という点についてだった。

ここに居る者たちは、その歌声の主を知っている。

声だけでなく、外見でも人を惹きつけてやまない、幻想世界の住人を。


「あれ、おわっちゃった。…今日はみじかかったね?」


「魚のおねえちゃんも、きっと疲れちゃったんだろうな。」


無邪気な心には、まだこの歌の影響はないのか。子供は父親と同じく歌を聴く前と変わらぬ様子で、今は残念そうにしている。

皆が深く寝静まったこの場所で、最早無事なのはこの親子二人だけだった。


「ねえおとうちゃん。あの歌は、なんて言ってるの?どんなお話なの?」


先程からの、好奇心に満ちた子供特有の質問攻めに、けれど時間だけはたっぷりとある父親は、嫌な顔ひとつせず質問に答えていく。

あれは、この世界に伝わるおはなしを歌にしたものだよ。と言ってやると、案の定「どんな?」という言葉を返され、父親は仕方なく古い記憶を呼び覚ました。



海に囲まれた、この世界のはじまりの唄。

太古の昔に存在した、二匹の大きな魚の物語。



「ジルは、二匹の竜神さまの話を知ってるか?」


「赤いお魚と、青いお魚のお話?前におかあさんに絵本読んでもらったけど、あんまりよくわかんなかったから、もう一回!」


「はいはい。じゃあそこからだな。

―――むかしむかし、まだ人間が創られていなかった、遠い過去のことだ。」



これは長い話になりそうだな。と心の中でそっとため息をつき、男は一言一句聞き逃すまいと真剣に耳を傾ける息子の頭を撫でながら、ぽつりぽつりと…語りはじめた。



「この世界を創った一番偉い神様は次に、海に二匹の大きな魚を放しました。」



一匹は、火のように眩しく、血のように赤い鱗を持った魚。

もう一匹は、水のように透明で、海のように青い鱗を持った魚。


この二匹はとても仲が良く、永い時をただ、海でたゆたうことで過ごしたのです。



「けれど、その魚たちの本当のお仕事は、出来たばかりの海と陸を、それぞれ守り導くことでした。」



片時も離れたくない二匹は、神様との約束を破って、いつまでもいつまでも傍に居続けようとします。


やがて怒った神様は、赤い魚を水の中で呼吸できないように創り変え、代わりに手足と翼を与えて、遠くの陸に上がらせてしまいました。



「えぇー!青い魚さん、かわいそう!!」


「うん?この場合寂しいのは両方だろ。」


「だって、赤い魚さんはお空が飛べるから、楽しいよね?」


「でも、かわりに海には還れないんだぞ。」



もう、青い魚と一緒に泳ぐことが出来なくなってしまった赤い魚は、悲しくて寂しくて、声を上げて泣いてばかりいました。


例え声が枯れようと、それでもまだまだ泣くことはやめず、やがて喉がガラガラに乾ききった頃に、赤い魚はあることに気付きました。


なんと、神様に訴えかけるように天に向かって吠えると、その声が燃え盛る炎となって出てくるのです。



「あ、ぼくそれ知ってる!ドラゴンだよね。」


「そう。赤い魚は時が経つにつれ、"焔竜"と呼ばれるようになっていったのです。」



―――神様が初めに創った大陸は、たったの一つ。

後に東西南北とそれぞれに分かれていった大陸は、やがて焔竜の涙で潤い、豊かな緑で覆われていきます。


ここにきて、ようやく増えた植物達や、天に栄える神の都を焼かれてしまっては困ると。神様は海に生まれ始めていた他の生物もいくつか陸に上げ、焔竜の気が紛れるようにしました。



「前に、南の大国には行ったことあるよな。サザンクロス帝国、覚えてるか?」


「うん。赤い竜と、とげとげの花の旗、すごかったねぇ。」



一方、海に残された青い魚は、もっと早く泳げるようにと、神様に大きな鰭とうねる体を与えられ。

次々と母なる海から生まれていく新しい命たちに、"海龍さま"と呼ばれる存在になっていきました。


それでも、青い魚の方も、決して赤い魚のことは忘れられません。


たとえ涙を流しても、海の泡となってしまうので、誰にも気付いて貰えず。

海龍となった魚は、神様に悲しみを伝えるために、涙を結晶化して流すようになりました。



「―――それって、しんじゅのこと?」


「そう、だから海龍さまの子供たちである人魚は、涙が真珠になるっていうんだ。」


「うん。あのおねえちゃんも、沢山零してたよね。」


「……。」



しかし逆に、神様はそれを海龍からの贈り物だと思い、喜んで受け取ってしまいます。

ショックを受けた海龍は、今度は泣くことをやめ、赤い魚に届くように歌を歌い始めました。


するとその歌の効果は絶大で、世界中の生き物は皆、安らかで心地の良い眠りについてしまいます。

困った神様は仕方なく、満月の晩だけ海龍に脚を持つ姿を与え、焔竜に会えるようにしてあげました。



「なんだか、神様って海龍びいきだね、おとうさん。」


「おお、難しい言葉知ってるなあ、ジル。

 …そうだなあ。でも、火を吐く竜と涙が真珠になる龍だったら、父さんも海龍のほう可愛がるなぁ…。」


「…おとなって、きたないね…。」


「なっ…!なんてこと言うんだ!

 じゃあジルは、なんで焔竜の方がいいんだ?」


「かっこいいし、強いから。」



まあ、そんなもんだろうな。と、父親は男の子らしい理由に納得する。


そして改めて考え直すと、こんな子供に聞かせるような他愛ない伝承でも、意外と信憑性が高いことに気付いた。

こうして人魚の歌を聞いた者達が眠りに着くのは、そういったことが元となっているのかもしれない。


ならばあの人魚が歌う理由もまた―――誰かを呼んでいるのだろうか。



「ねえ、つづきは?」


「ん…?」



物想いに耽っていると、横からねだる様な息子の声が聞こえる。父親はぼんやりと続きを思いだそうとするが、すでにこれ以上は話のネタも無いことに気付いた。

聞いたけど忘れのたか、元々伝承はそこまでなのかも、あやふやな感じだ。

それは以前妻の話を聞いた時も同じで。地域によって多少細部は異なるらしいが、皆最後の方だけは、どうしても尻すぼみな内容になるらしかった。


仕方なく語り手である父親は簡単な後付けを加え、「めでたしめでたし。」と都合のいい終わらせ方で締めくくることにする。

結局、焔竜と海龍は無事に会えるようになったのだし。ハッピーエンドということで終わっておけば、息子に語るにも都合が良いように思えたのだ。



(案外この話を作った人も、そうやって結末を自由に考えて欲しかったのかもしれないな。ま、ほんとのことなんて今はもう、誰にも分かんないだろうし。)







―――その伝承に、隠された続きがあるとは知らずに。









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