生死のゲーム
街を歩く。見慣れた町の風景だ。仕事についた10年前から、ほぼいつも、同じ帰路を通るから、もう何千回と通っているんだ。
しがないサラリーマン。何の特徴もない、何の変哲もない、しがないサラリーマン。
普通に結婚して、普通に昇進して、普通に仕事をしていた。……はずだった。
キキキーッ、という音とともに、目の前から車が向かってくる。とっさの出来事で、よけることができない。
その間にも、車は近づいてくる。俺は、もう逃げられないと判断し、覚悟をする。
――ドン、と音をたて、俺の体は吹っ飛んだ。
目が覚める。一体何があったんだ?
たしか……会社から帰っていて、そうだ、車に轢かれたんだ。それで……、ここどこだ?
周りにはススキが生えている。雲1つない青空は、まさに快晴という言葉が似合う。
「あ、お気づきになりましたか」
空から声が聞こえる。おかしいな、怪我して頭が狂ったか?混乱する俺をよそに、空の声は続ける。
「あなたは、今、生の世界と死の世界を彷徨っています。あなたが生に戻るには、意識を取り戻すには、これからのRPGをクリアしなければいけません」
何を言ってるんだ?生と死を彷徨っっている?ていうか、RPGをする?あのゲームのか?
「えぇ、その通りです。あなた方の世代なら、ドラクエみたいなものですね」
俺が心の中で問うたのに、返答してきやがった。なんだ、こいつ。心の声も聞こえるのか。気味の悪い奴だ。
ドラクエか。何年やってないだろう。子供は2人とも女の子だし。ドラクエなんてやってない。
「簡単に言えば、これからの闘いで、死ねば死の世界へ、勝ち、クリアできれば、意識を取り戻すことができるのです」
ふむ、なるほど。信じてはないが、まぁやってみるか。
「では、幸運をお祈りします」
その言葉を最後に、声が途絶える。服を見ると、なにやら腰には刀が。本当にRPGでもするらしい。でもやっぱ俺も男だな。興奮してきやがった。
スッと立ち上がり、ススキを掻き分け前に進む。30歩ほど進んだところで、やっとススキがなくなった。前を見ると、そこには山が。それも、とてつもなく大きな。
前に建っている看板には、意識の山、と書いている。意識の山、ってことは、頂上に行けばいくほど、意識がよみがえってくるってか?
ふぅ、と息を吐き、山へ登る決意をすると、山へ登り始める。富士山とどっちが高いかなー、とか考えながら、少しずつ登っていく。まぁ、富士山は登ったことがないのだが。
少し上ったところで、何か物音が聞こえた。ガサガサ、という音がする。
気になって近づくと、そこからなにやら奇妙なものが出てきた。
――骸骨。
その骸骨は、地面に倒れている、とかではない。白い、骨だけの骸骨が、素手でこちらへ走ってくる。こりゃ、穏やかじゃないな。
なんとか骸骨の攻撃をよけ、刀を抜く。そこから体制を整え、一気に骸骨へ走る。
骸骨も、同じように攻撃しようと向かってきた。その骸骨へ、刀を左から右へ振りぬく。骸骨に当たった刀は、そのまま骸骨の骨を切り裂き、骨をバラバラにさせた。
何とか倒せたが、息切れが激しい。もうおっさんだな。さすがに厳しい。
膝に手をつき、少し休憩する。息切れが治ると、また頂上を目指して歩き出す。
少し歩くと、また骸骨やら、血だらけのおっさんやらが出てくる。だが、相手は素手で、何も武器を持ってないので、正直弱い。
集団で襲ってこない限り、かなり楽に倒すことができる。このままなら、生き返ることもできるだろう、そうとさえ思えた。
山を登り始めて、何時間たっただろうか。足がしんどい。でも、休んでる間に襲われたら……そう思うと、うかつに休んでいられない。
さっきまでは、敵も余裕で倒せていたため、意識を取り戻すのは簡単、と思っていた。だが、それ以上に、山を登るのはしんどいんだな。
大体山の半分ぐらい着たであろう時、またガサガサ、と音がする。どうせ雑魚か、と思っていたが、今度出てきたのは、今までのそれとは違った。
髪が白く、痩せこけたおばあさんに見える。だが、そのおばあさんは、いきなりその白い髪を伸ばし、こちらへ発射してきた。
何とかよけるものの、これではうかつに近づけない。何度も髪で攻撃してくる。よけるしかできない俺。誰がどう見ても、優位的立場なのは相手だ。
何をすればいいか、よけながら悩む。その間にも、どんどんと攻撃してくる。と、そこで1つの案が浮かぶ。
その案を試すべく、刀を構え、相手の攻撃を待つ。
「死ぬのじゃ」
今までよりも多い量の髪で攻撃してくる。その髪がくるのをまち、目の前へきたとき。その髪にめがけて刀を振り下ろす。
すると、バサッと音をたて、髪が切れていく。よし、成功だ!
さらにやってくる髪も斬りながら、前へ進んでいく。1歩、2歩と進むにつれて、相手との距離も短くなる。
相手の本体が目の前に来たとき、一瞬体制を低くし、そこから上へと刀を振り上げた。
斬られた相手の体が、どす黒い血を流しながら地面に落ちる。悲鳴を上げるまもなく、地面に崩れ落ちるおばあさん。
ふぅ、何とか倒せたようだ。
だが、まだ真ん中。早く上って、意識を取り戻さないとな。
でも、もしここで死んでしまったら?という不安が、突如芽生える。そうだ、ここで死ねば、もう生き返れないんだ。
怖い――死が。でも、絶対生き返れる自信もない。不安な気持ちを抱いたまま、上へと上っていった。
だが、体力は著しく低下しているのが分かる。まだ半分。上までいけるだろうか、と疑問でさえ抱いていた。
それでも、生きるために歩く、登る。ただひたすらに。
さらに登った頃、何故か敵がまったく出てこなくなる。そう、まったく。
いや、それに越したことはない。一々戦ってると、体力がやばくなってくる。今はだいぶ体力が少なくなっている。
ゲームで言うなら、HP20ぐらいだろうか。本当にヤバイ。が、それでも、妻、そして子供のことを思い出し、気力で登っていた。
だから、今の俺にとっては、闘わない、というのはとてもうれしいことだ。
しかし、敵がまったく出てこないのは不気味だ。ただより高いものはない、というように、0より怖いものはない気がする。
それから10分後、その答えが正しかったことを、俺は知ることになった。
10分歩くと、頂上付近についた。もう少しで頂上だ。やった、意識を取り戻せる!そう思い、笑みを浮かべながら登る。
だが、あと少しのところで、何故か鉄鋼がしている。上へは果てしなく伸びているように見える。
そして、右には穴が。そこに入れ、といっているようだ。
そう簡単には終わらしてくれないか、と思いつつ、ゆっくりと穴へと入っていった。
穴の中は、想像以上に暗い。結構暗いから、目が慣れるまでは、細かいものは見えないだろう。
3分ほど歩くと、小さな広場が顔をのぞかせた。遊具のある、少し大きめの公園と変わらない広さだ。
「来たか……」
その広場の真ん中に立つ男が、ふとつぶやいた。
暗くてよく見えないが、大きい、ということは確認できた。推定身長200cm以上と、かなりの巨漢だ。
「なぁお前、なんでこんなことさせられてるか、知ってるか?」
巨漢の男は、不意に俺に話しかけた。一瞬驚きながらも、その問いに答えた。
「意識を取り戻すため、じゃないのか?」
自分はそう思っているため、そう答えたが、男はそれが違うかのように笑い、そして答えを言った。
「まぁ、そんなところだ。だが、何故ここを登りきると意識が取り戻せるか――分かるか?」
そういえば、それが良くわからない。自分の中では、ゲームに勝ったら、すなわち登りきったらご褒美として生の世界へと戻れるのかと思ってたけど、違うのか?
俺の表情を見て、分からないのだろうと察知した男は、答えを語り始めた。
「それはな……、この世界が、そういう構造になってるからなんだ。
お前らがいる生の世界。その下には、死の世界がある。が、その2つの世界は直結していないんだ」
「えっ?じゃぁ、どうなってるんだよ……」
「その2つの間に、ここ、生と死の狭間があるってわけさ。登りきったら、生の世界へと入れる。逆に、途中で死ねば、狭間で永遠に過ごすか、死の世界へつれられる。
だから、登りきれば、生の世界へいけるってこった。……そして、俺は、お前と同じようここの山を登った。で、途中で死んでしまい、永遠にここにいるってわけだよ」
そうだったのか……。ご褒美でもなんでもない。ただ、生の世界が上にあるから上へ進む、それだけのことだったのか。
と、話を終えると、男は突如戦闘体制にはいる。やっぱ、簡単には通らしてくれないか。
「生きるってのは、自分で掴むものだぜ。生きたいなら、どうにかして生にしがみつけよ!さぁ、いくぞ」
男は、いきなりこっちへ向かって何かを投げてくる。何とかよけ、投げられたものを見ると、岩だった。
近くにある岩を、こちらへどんどん投げてきているようだ。
「さぁ、倒してみろ!生きたいならな!ハッハッハ」
さっきまでとは、真逆の態度を見せる男。おもしれぇ、なら、ぜってぇ生きてやるよ。
推定HP20の俺は、もう動くことも困難だった。いや、HP20から、今よけているだけで5ぐらいまで減っているだろう。
ついによけることができず、もろに岩に当たってしまう。
「ぐわぁっ!」
倒れたまま、痛みを感じ立ち上がれない俺。そこに男が近づいてくる。
近くで見ると、さらにでかい。そして、筋肉もすごい。
その男のパンチが、俺の顔、腹へと入ってくる。一発一発がものすごい威力なのに、それが何度も入ってくる。
次第に、俺の意識もなくなってきたような気がする。目の前がぼやけて見えてきた。
あれ?俺はどうしてここにいるんだ?いや、俺は誰だ?記憶がない。
何がなんだか分からない俺。ただ、ぼやけている目の前と、存在意義の分からない俺がいるだけ。
「……さ…。…うさ…」
何か声が聞こえる。何だ?一体何を言っている。
「…うさん。…うさん」
駄目だ、聞き取れない。あぁ、もういいや、どうにでもなれ……。あぁ、一体どこへ行くんだろ。意識がなくなって……。
「お父さん!お父さん!」
声が聞き取れた。お父さん?ってことは、しゃべってるのは俺の子供?
「ねぇ、お父さん。お父さん。意識を取り戻して!」
えらく熱心になぁ。どうしたんだろう。お父さんってのは俺で、俺には意識がないのか?
――意識?
そのとき、ぼやけていた視界が、一気に鮮明になっていくのが分かった。
そうだ、意識だ。俺は事故にあって、今、生死をさまよってるんだ。意識を取り戻すには、この戦いに勝たなきゃいけないんだ!
相手のパンチをぎりぎりで止め、力を振り絞って立ち上がる。
不思議だな。さっきまではよけてばっかで、勝てないと思ってた。なのに、今じゃこうしてパンチを受け止め、立ち上がれてる。
「お、お前。どこからその力が……。っ!」
相手は気づいたようだ。俺の力の出所に。
「なるほど。ここは意識の山で、かなり現世に近い場所。意識も高くなってきている。そのため、現世の声でも聞こえたってか」
「イエスッ。正解さ」
顔に小さな笑みを浮かべ、男をみる。本当だったんだな。極限の状態に達すると、笑みを浮かべるってのは。
「だが残念だったな。これで終わりだ!」
そういうとともに、向こうから、全速力で男が走っている。右手は、パンチの威力を高めるかのように、高く振り上げている。
「あぁ、終わりさ。俺の勝ちで終わる――」
俺の近くへ来たとき、男のパンチが俺を襲う。
頭に向かって一直線へ伸びる男の右腕。その右腕があたる寸前に、頭を右に移動させ、パンチをよける。
それと同時に、下から俺の右手を出す。パンチがはずれ、バランスの崩れた相手の腹に、一撃をいれた。
さらに攻撃の手を緩めることなく、左手で相手の顔面にめがけてパンチをうつ。一直線に伸びたその手は、見事に顔面へと当たっていった。
「ぐぁらぁ」
声をあげ、地面へと倒れる男。地面で倒れながら男は、小さな声で何かをつぶやいていた。
――よく、掴み取ったな、自分の生を。
その言葉を聞き取った時、思わず涙ぐんでしまった。それを必死にこらえながら、穴から出るために来た道を帰っていった。
すでに限界を超えている体。正直ヤバイ。だが、もうすぐで、もうすぐで意識を取り戻せる。それだけを思い、ただただ進んでいった。
穴から出ると、さきほどの道を見る。すると、来たときにはあった鉄鋼がなくなっているのが分かった。
「よし……」
ゆっくりと、上へと登っていく。もう急ぐ必要はないはずだ。また敵が、とかだったら、さすがに終わっちまうけどな。
そして、ついに頂上へとつく。富士山に登ったことがないから分からないが、おそらくそこからの風景は、とても素晴らしいものなんだろう、と思った。
ふと空を見ると、何故か自分の街が空に映っている。あぁ、そうか、もう生の世界の地面がすぐ底なんだ。
「さぁ、では、後ろのはしごを上って」
突如発せられた声。最初に聞いた声だ。
後ろを振り向くと、そこにははしごが。1本ずつ握り締めながら、ゆっくりと上へと登っていった。すると、1つの穴が上に。穴からは、真っ白い光が、こちらへ流れ込んでくる。
その光の中へ、俺は身を投じた。生の世界へと身を――。
目が覚める。一体何があったんだ?
たしか……会社から帰っていて、そうだ、車に轢かれたんだ。それで……、ここどこだ?
「お父さん!」
目を開けると、娘の姿が。そして、妻の姿が。
そうか、ここは病室だ。運ばれて、ここにいるんだ。
「よかった……。本当よかった……」
涙を流し、喜ぶ妻。あぁ、ごめんよ。心配かけて。
そういや、何かあったような気がするけど……気のせいか。
それより、こんなにも心配してくれる家族がいるんだ。これからは、もっと家族を大事に生きないとな!
本当に、生きててよかったなぁ。
ふと窓の方を見ると、残り1枚になった紅葉が、飛ばされまいと、必死に喰らいついていた。
まるで、生にしがみつく人間のように――。
あるサイトでのグランプリというか、そういうのに投稿した作品です。
自分の中では気に入ってたりします。