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第1話 ゴーストタクシーにうってつけの夜 その3

「僕はみっちゃんに、『イエスタディの話、OKだよ。トゥモローの朝九時に、大学の門で待ってる』とメールしました。するとすぐに返事が来て、『何の話ですか』と……。僕はみっちゃんはなんてうぶで恥ずかしがりやな女性なのかと、感激する思いでした。これが本当の奥ゆかしさ、ナイーヴさなのか、と。

 当日みっちゃんは来ませんでした。おそらくあまりにシャイな性格だったんでしょう、僕と顔を合わせるのも怖れるくらいなんですから。僕はみっちゃんがますます気に入りました。そこで彼女の家を直接訪ね、『レッツ、お化け屋敷!』と掛け声をかけ、彼女を自慢の愛車に乗せました(本当は親の車だったのですが、格好をつけたかったので彼女にそのことは黙っていました)。みっちゃんははじめきょとんとした顔をしていましたが、すぐにアイスブレイク、打ち解けて、僕とホラー映画や小説の話をはじめました。いいものですね、女の子と話をするということは。彼女はスプラッタ映画が大好きで、特に内臓や血肉が飛び散るベリーハードな作品を見るとたまらなくすかっとすると言っていました。正直僕よりアブノーマルな趣味です! ワァオ!

 そして僕と彼女は、遊園地を楽しみました。とはいってもお化け屋敷に十回入っただけで、他のアトラクションは見ませんでしたけど。ベリー最高でしたね、あそこのお化け屋敷は。トロッコ式だったんですが、出てくるお化けたちの容姿のグロテスクなこと! すっかり彼女はお化けたちの虜です。僕はヘッドバンギングをしながらはしゃぐ喜ぶ彼女の姿を見て、ああ、連れてきて良かったなぁ、と心から思ったものです。

 しかし、その帰り道のことです。彼女は僕の運転する車のサイドシートで、ぼそりとこう呟きました。『普段からあんな風な車に乗れればなぁ』と。

 それからは、僕にとってはインベント、工夫に工夫を重ねる、いわば戦いの日々でした。どうすれば彼女を満足させられるか。どんなグロテスクな幽霊を用意すれば、彼女を喜ばすことができるか。それだけを考えながら、僕は(親の)車の改造を続けました。あの日、彼女が車のサイドシートに置いたまま忘れていった、遊園地で買ったゾンビのストラップ……、それを見るたびに、僕は彼女の笑顔を思い出し、自分を奮い立たせることができました。

 そしてそれから一年の月日が経ちました。僕はついに、走行しているだけでお化け屋敷のようなスリルが味わえる、『スリラーカー』を開発することに成功。親は『そんな車もういらん』と快く僕に譲ってくれたので、晴れて僕は思いのままにデザインした自分の車を手に入れた、というわけです。ちなみに、車体に描かれている悪魔の女の子は、当然みっちゃんをモデルにしてイラストレイターさんに描いてもらったものです。

 さて、こうして僕は満を持して彼女を迎えに行きました。そのときの僕の心境は、さながらペガサス、白馬に乗ってプリンセスを迎えに行く、一国のプリンスとでも申しましょうか。僕は問題なくシステム通りに現れるお化けたちを見て満足しながら、ゆっくりと彼女の家に向かいました。楽しみはなるべく焦らした方が大きくなるというのが僕の美学でして、その日も僕はあえて遠回りをして彼女の家に向かったんです。

 しかし僕の車は、運悪く途中でコップに見とがめられ、それどころか僕は職務質問までされました。さすが東京のコップは違う、ロボコップばりの働きぶりだと感心したものです。僕はそこで『友人の車だ』という嘘をつき通し、なんとかお目こぼしをいただきました。東京のコップにも優しいところはありました。

 で、ほうほうのていで彼女の家の前まで着いたとき、偶然にも彼女、お出かけから帰ってくる途中で、道の向こう側にいたわけです。で、僕の車をひと目見たらすっかり目を輝かせてしまって。今思うと不用心な話ですが、興奮していたのでしょう。右も左も見ずに、僕の車に向かって突っ込んできたんです。僕は思わず『デンジャラス、スタップ!』と叫んだのですが、そこに運悪くトラックが……。

 僕は彼女の体が吹っ飛ぶところを見てしまいました。人間の体ってこんなに軽くて小さいんだって、頭のどこかではそんな場違いな事を考えていました。だけど、僕にはどうすることもできなかった。僕はすぐに彼女に駆け寄りましたが……、そのときには、もう……。

 僕は悔やみました。もっと早く僕が彼女の家に着いていたら、あのときコップにつかまりさえしなければ、いや、そもそもあんな遠回りなんてしていなければ、あのタイミングで彼女と会うことはなかったというのに……。

 それ以来、僕は彼女に見せたくて造ったこの車で夜の街を走り続けました。また彼女が出てきてくれるように、『まあなんてステキでクレイジーな車、ぜひ私を乗せて』って言って、サイドシートに滑り込んできてくれるように……。彼女を隣に乗せてドライブするその日を、ただひたすら夢見ながら走りました。

 そんなある日、ついに彼女は出ました。僕がたまたま彼女の家の近くを走っていたとき、青白い影が見えたので、何ごと? と思って近づいてみたら……、それは紛れもなく、あの日と同じ輝いた目をした、彼女でした。

 僕は夢見ごこちで彼女をサイドシートに乗せました。『ステキな車ですね』。彼女は第一声にそう言ってくれました。それは僕がドリームの中で何度も聞いたセリフで、思わずその幸せさに頭がクラクラしたのを覚えています。僕は早速車を発信させ、アトラクションを彼女に見せてあげました。もちろん、彼女はきゃあきゃあ言って喜んでくれました。

 それ以来彼女は、夜な夜な僕のドライブコースに現れては、青白い顔でそっと手を挙げて、車に乗りこんでくるようになりました。その頃から、僕はこの車を運転する、ということを一生の仕事にしようと考えていました。もっともっとステキなアトラクションを作り、もっともっとステキなドライビングテクニックを見せて、彼女を楽しませようと。

 実はこの車をタクシーにしようと言い出したのも彼女です。タクシーの乗客にはさまざまな人種がおり、当然さまざまなバックグラウンド、さまざまな人生のシーンがありますからねぇ。彼女は僕の口から語られる、そんな人々のストーリーを聞くのを楽しみにしていました。何しろ彼女は、生きているほとんどの人間と直接話すことができないんですから。そんなわけでこの車は、昼は普通のタクシー、夜は彼女専用のリムジンと化したわけです。そして僕は、言わば彼女専属のドライバーです。

 僕と彼女は、幽霊たちの飛び交う車内で、色々な話をしました。彼女がホラー小説を書くのが好きだったことは先ほどお話ししたとおりですが、彼女は僕にも『ホラー小説を書いてみてほしい』と持ちかけたわけです。そんなわけで、今でも僕は彼女にアイデアをもらいながらホラー小説を書いている、というわけです。この車内で、毎夜毎夜、彼女は僕に、自分の書きたかった小説のネタを提供するというわけです。彼女がこの世から消え去る時は、そのネタが全て尽きたときだ、って言ってました。

 これで僕の話は終わりです。ベリーロングな時間付き合わせてしまって、申し訳ありません。この話をしたのはお二人が初めてですよ。聞いてもらえてハッピーでした、ありがとう」


(……おい、どうすんだこの空気。ちゃんと最後まで聞けって言ったのはのんちゃんだろ、責任取れよ)

(そんなこと言っても、こんなに重い話だとは思わなかったのよ……。ていうか、死んだ彼女と毎晩会ってるとか予想以上にまー君ってヤバい人だったね。これは、明らかに逃げるタイミングを逃したとしか。どうする?)

(まあちょっと変なモンが見えるくらいなら無害だから、今まで通り普通に付き合えばいいと思うんだけど……。話の出だしからして勘違いっぷりがやばいからな、彼女の死に関しても言っていることが真実かどうかわからん。万が一ということもある。とりあえず、その辺で降ろしてもらって、その後は全力で逃げよう)

(うん、それがいいね。さわらぬ神にはたたりナッシング)

(だから変な英語移ってるぞ……)

「うん? どうしました?」

((ななななんでもっ!))

 突然呼ばれて、思い切り不自然な反応を返してしまった。まずい、疑われると思いつつ、ふたたび額を寄せ合う僕たち。いやほんと、どうすればいいの。

「あっ! そんなところにいたの、みっちゃん!」

「ひいいっ!?」

 まー君が僕の座っている助手席の足下を見てそんなことを叫ぶものだから、僕は思わずその場から勢いよく立ち上がって頭を天井にしたたか打ちつけた。足下にはもちろん誰もいないし、何もない(備品のドクロ型ダストボックスは置いてあるけど)。彼は「ははは、冗談ですよ」と笑ったが、目が笑っていない気がする。僕は居心地が悪くなり、一刻も早く車から降りたい気分だった。おいおい、なんだよこの状況。なんだかんだでまー君自身が一番ホラーだったってオチかい。

「ま、まー君? 僕たち、そ、そろそろ……」

「おっと、そろそろ時間だ」

 まー君は僕に最後まで言わせず、ぐんっと勢いよくアクセルを踏み込んだ。止まっていた車が急発進する。「ひょええっ!?」後部座席でのんちゃんが激しくバウンドした。さながらバランスボールである。

「まー君! どこに行くつもりだ? そろそろ降ろしてほしいんだけど」

「あー、もうちょっとだけ付き合ってくださいよー。もうすぐ夜の十一時でしょう、そろそろみっちゃんが出てくる頃なんです。お二人にも紹介しますよ、綺麗な子なんですよー」

「ひえええっ、棒読みが怖い!!」

 まー君はどんどん車のスピードを上げた。僕はまー君の顔を見る。やばい、目がイッちゃってるぞう。どうする、どうする……。

「みっちゃんの発想力は凄いんですよ。きっとお二人もワナビとして気に入ると思います。なにしろ、すっごくエグいこと、次から次に思いつきますからねえ、ふふふ。そうだ、きっと彼女もお二人を見て何か凄いことを思いつくかも。これは面白いことになりそうだなぁ……」

「ぎゃーっ! やめてえ、怖いいいいい! 出してええええ!! ぐおおおおお」

 のんちゃん、顔面を崩壊させてのマジ泣きである。正直僕も途中まで怖がっていたが、彼女の泣き声を聞くと正直ドン引きの気持ちの方が勝ってしまった。「おごおおおおお」などと鶏の首でも絞めたような声を出されると、むしろまー君よりのんちゃんの方が怖くなってくるぞ。少なくともこの車内に出てくるお化けの中ではダントツの一位だ。

 いやはや、僕が漫画家でなくて本当に良かった。漫画でこの状況を再現するならば、ならばのんちゃんの壮絶な表情を仔細に描かねばならないんだからな、きっと苦労するだろう。いや、あるいはここでほぼ確実に笑いを取れるからむしろお得なんだろうか?

 まあ、そんな彼女の表情である。年頃の女の子に向かってひどい言いぐさではあるが、まあここがたぶんこの話の中で一番面白い部分だからあえて詳細に描写させていただいた。え、ここが一番面白いとか本気か、って? 申し訳ないが本気である。そもそも僕はのんちゃんが世界で一番可愛くて面白いと思ってるから、その比較精度のほどは定かなものではないが。まったく、本当にひどい言いぐさである(棒読み)。

「もうすぐですよ。そこの角を曲がれば、そこはすぐ彼女の家です。今日も僕のことを待っててくれるかなぁ、みっちゃん」

「やめてえええ、うおおおお」

 カーブを曲がる際、巨大なお化けの映像が迫ってきたが、今はCGのお化けより現実に現れる幽霊の方が恐ろしい(のんちゃんはもっと恐ろしい)。僕は深夜の薄暗い住宅街、その歩道に本当に誰かがいるのか、じっと窓の外を注視した。

 そしてはっと息を飲む。そこには--、たしかに青白い顔をした若くて美しい女性が立っていたのである。

「マジかよ……」

「ひ、ひいいい……」

 ドタリ。後部座席ののんちゃんが泡を吹いて倒れ込んだ音である。静かになって良かった。僕は暗闇の中に立ち尽くす女性をじっと睨み続ける。ここで目を逸らしたら、魂とかなんとか、よくわからないけど大事なものを抜き取られてしまいそうな気がした。

「く、来るなら来ぉい……」

 僕はわなわなと震えていたと思う。まー君の車は女性の隣にちょうど駐車した。彼女の細くてしなやかな、白い腕がドアにかかる。僕はゴクリと唾を飲み下した。

 しかし、ドアが開くよりサイドウィンドウの方が先に開いた。まー君が開けたのだ。そして、女性は僕の顔を覗き込んで、一言、こう告げたのである。

「ごめんなさい、そこは私の指定席なんです。幽霊は、自分の居場所にこだわるんですよ」

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