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第5話 おやすみDJ。 その3

「望月先輩、すみませんっした。ちょっと自分、調子に乗ってたところあったッス。許してっさい」

 その夜ワナビ荘に帰った僕は(と、のんちゃんの家に行った場面を華麗にスルーしつつ)、突然謝ってきた黒川に面食らってしまった。

「あ、ああ……。あのときは僕も悪かったよ、反省してる」

 言いつつ、DJにこってりしぼられたのかなぁ、と想像したりした。しゅんとしょげており、いつもの覇気がない。帰ったらしっかり目前の相手に立ち向かうぞお、なんて気合を入れていた僕からすれば、なんだか拍子抜けな心持ちにもなる。

「まあ、もうちょっと君の話をちゃんと聞いてあげればよかったなぁ、なんていう風にも思ってる。そんなわけで、なんなりと話してくれ、黒川君。僕が君の話の良い聞き役になろう。どんな意見でも、突っぱねたりはしないつもりだ」

「え、い、いや、そういうのはいいス。別に」

 困った顔で僕の申し出を断る黒川であった。ううん、せっかく歩み寄るチャンスだと思ったのに。僕が残念そうにしていると、仁科が頭に手をやって溜め息をついていた。彼女の反応を見るに、なんだか僕自身が残念なヤツになっているようだった。

「あらあら、帰ってたの? もっちー。ただいまくら言いなさいよ」

 そう言いながらエプロン姿で、おたまを持つという伝統的スタイルでキッチンから登場するDJ。その脇には、今日の食事当番の東田が――、げっ、なんかDJの服のすそを掴んでるし。

「あらあ、東田くん。服を掴まないで、っていつも言ってるのにぃ。もう、本当に甘えん坊なんだからぁ」

 ぞわぞわと嫌な感じに全身が粟立つ僕である。……ま、まぁ、DJはDJで新しい住人と仲良くなっているようで、よかった、よかった。

「そうだ、もっちーにお土産があるのよ。見て驚かないでよ、じゃーん!」

「あっ、それは……」

 それは二冊の本だった。一冊は、ついに出版されたまー君とみちるさんの小説。そしてもう一冊は、ハル☆リョーコの手からなる、初の単行本であった。

「DJ、それって何? 道塚魔太郎にハル☆リョーコ……。誰?」

「ここの、前の住人たちよ」

 DJはとても嬉しそうな笑みを浮かべていた。僕はDJの手からそれを受け取ると、なんだかとても愛おしいものを手にしたような気がして、その表紙を思わず手で撫ぜてしまうのだった。タイトルは「ゴーストタクシーにうってつけの夜」。夜道を走るタクシーを中央に据え、その窓に驚いた女の顔が写っている、そんなホラー小説らしい構図の表紙だった。

 ハル☆リョーコの作品は「マリーゴールドの少女」。あの日、ワナビ荘スタッフ総出で描いた例の作品を連載用に描き直したものだった。マリーゴールドの花言葉は「嫉妬」や「可憐な愛情」だったな、などと僕はリョーコの話を思い出す。

「……やたらと嬉しそうな顔をするんっすね」

「ん? ああ」

 僕は黒川が怪訝そうな顔をしているのに気付いた。

「普通、こういうときって、確かに嬉しいかもしれないけど、同時に嫉妬して、『くっそー、俺も!』って感じになると思うんスけど……。望月先輩の場合、それがないんスか」

「もちろん、ないわけじゃないよ。だけど、正味な話、あいつらに嫉妬してもしょうがないんだ。あいつらは嫉妬するのも馬鹿らしくなるくらい、ぶっ飛んだ奴らだった」

「へえ……」

 興味ありそうな表情で返事をする黒川。僕はリビングのソファに座り、本をパラパラとめくる。彼らによって丁寧に綴られた文字、絵、それらが僕の視界を、撫でるかのように優雅に通過していく。一ページ一ページに、彼らの息遣いが籠っているような気がした。なんだか、すぐ近くに彼らがいるかのような錯覚すら覚えるほどに。

「そうねえ。あの子たちは確かにぶっ飛んでたわぁ。私が今まで出会ってきた歴代のワナビ荘住人たちの中でも、ぶっちぎりだったかもね」

「へえ。DJがそう言うほどにねぇ……。どんな人たちだったんですか」

 ハル☆リョーコの漫画をめくりながら尋ねる仁科。そういえば、彼女は少女漫画が好きだとか、いつか聞いた気がする。

「そう言えば、僕も、DJがここの大家始めてから、どんな人たちが出入りしてきたのか、あまりちゃんと聞いたことがなかったなぁ」

「これまでにどのくらいの人数が出入りしてきたんですか?」

「そうねえ、あなたたちを含めれば、ざっと五十人ってところかしら」

「五十人!?」

 これには僕もびっくりした。そんなにもの人々がここに……。ということは、あれほど長い間一緒にいたかのように思っていた僕たちメンバーも、DJからすれば、ほんの一時期一緒に住んだ入居者たちの一部にすぎなかった、ということか。

「今までどんな人がいたんです? 一番凄かった人はどんな人ですか? その人たちって今ではなにやってるんです?」

 昨日まであんなに機嫌が悪かった黒川が、今では興味津々である。人の心というのはわからないものだ。

「ふうむ。そうねえ、どこから話そうかしら」

 ソファにどっかりと腰かけるDJ。そして彼につき従ってすぐ隣に座る東田。いつの間にか、仲の悪かったはずのワナビ荘の住人たちは、DJを中心に、輪を作りつつあるのだった。DJおそるべし。

「これは、遠い遠い昔のお話。まだ私も若くて、右も左もわからない、世間知らずのころだったわ。私は突如事故で亡くなった叔父の土地を譲り受け、このワナビ荘の経営を始めたの」

 DJは語り始めた。その、優しく、聞くものを安心させるような語り口で。

「眠くなった人は自由に部屋に帰って寝てくれていいわ。でも、今から話すことは、とっても面白いわよ。このワナビ荘に住んだ中でも、とびっきりおかしな子だとか、天才肌の子だとか、はたまたとんでもないトラブルメーカーの子だとか、そういう話がいっぱいあるんだから。もし良ければ、ゆっくり腰を据えてお聞きなさい、我が子たち。あたしがこんな話をすることなんて、本当に滅多にないんだからね」

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