第1話 ゴーストタクシーにうってつけの夜 その2
で、案の定、泣かれた。
子どもに。
「うわああ~~ん、お化け怖いよ~、怖いよ~!」
「すいません、そこでもう降ろしてもらえますか。お金は払いますんで」
「も、申し訳ないです……」
ぎゃんぎゃん泣きわめく子どもの手を引っぱりながら、母親が一刻も早くタクシーから離れようとしている、そんな様子がサイドミラーから嫌というほど良く見えた。車両の中で三人は、誰からともなく悩ましい溜息をつくのだった。
「ほらね。こんな感じでフィニッシュ、一丁上がりです」
「なんでしてやったりみたいなセリフなんだよ! 何かをやり遂げたような顔をするな! 嫌な奴だなホントにもうっ!」
「もっちーがぎゃあぎゃあうるさかったのも、子どもをおびえさせた原因の一つかと思うよ……」
「仕方ないだろ、怖かったんだから!」
まー君製作の『ゴーストタクシー』は走行中四方八方の窓ガラスに妖怪やら幽霊のCGが浮かび上がり、乗客を脅かすというものなのだが、実際に目の当たりにするとその無駄なリアルさに心底驚かされた。頭が割れていたり、目玉がこぼれていたり、血しぶきが飛んできたり、そういうギミックに力入れるか、普通? どこがファミリー向けだ。大人でもトラウマになるぞ。
僕たちはあの後、街に出て乗ってくれそうなお客を探していたのだが、案の定誰も彼もがゴーストタクシーを目にした瞬間に、クモの子を散らすようにさーっとその場からいなくなってしまい、とても商売どころではない状況であった。仕方なく僕がその辺の親子に声をかけ、頭を下げ下げ、やっとの思いで乗ってもらったのだが……。
「せっかくの僕の努力をフイにしやがって……。確かに凝った作りだし、ごく一部のマニアには受けそうだけど、一般人はどう考えても乗らないぞ。こんなもの」
「じゃあそのマニアをロックオン、狙い撃ちすればいいわけです。きっと今の日本にはホラーファンは六千万人くらいいますから、広告を新聞などに載せれば注文が殺到するはず。寝る暇もありません」
「人口の半分がホラーファンかよ。どんな計算だ……」
「まさにどんな判断だ、金をドブにすてる気か、ですね」
金はもう相当額ドブに捨てていそうだけどな……。
「そもそも、なんでこんな怖いタクシー作ったんですか? ホラーファンなのはわかりますけど、ここまでお金をかける情熱はちょっと、普通じゃない、っていうか……」
「確かに。どういう経緯でこんなものを造ろうと思い至ったのか知りたいね」
「…………話せば長くなります」
長くなんのか。それじゃやっぱりいいや、と言おうとしたが、まー君はすでに語り口調で話し始めていた。失敗した、余計な事言うんじゃなかった。激しく後悔。
「あれは、僕が東京に飛び出してきたばかりの、まだピカピカのルーキー、大学新入生の頃でした。桜咲くフレッシュな季節、長くつらかった受験勉強から解放された僕は、さっそくホラー作品を愛好するサークルに入り、そこであるキュートでミステリアスな女性と出会いました」
(語り口調が気持ち悪いな。今のうちに逃げとくか)
(知りたいっていったのはもっちーだよ。責任持って最後まで聞くべきだよ。……だけど私は先に帰らせてもらうけど)
(あっ、バカヤロ、逃げんじゃねえ)
(私は無関係、ナッシントゥドゥだよ! これにてドロンさせていただくでござるよ、ニンニン)
(まー君のなんちゃって英語が移ってる!? そしてドロンするって古いな! 何時代から来た古代人だよお前は。カンブリア期か)
(前から思ってたけど、もっちーは私を女扱いする気が皆無だね……)
「彼女は名前を――仮にみっちゃんとしておきましょう。みっちゃんはサークルの談笑の輪にも入らず、いつもサイレント無口で、部屋の片隅で本を読んでいるような女性でした。自分でホラー小説を書いているようでしたが、性格ははっきり言って暗く、周りのメンバーたちからはちょっと距離を置かれていたというのが実のところです。ひょんな時に僕は彼女と二人きりになって話す機会を得ました。そこで、僕は彼女のサプライジング、思わぬ一面を目にすることになります」
(おいおい、そんなクールのテンプレートみたいな女は三次元の現実世界には存在しないって誰かこいつに教えてやれよ。手遅れになるぞ)
(いや、だから彼は三次元の話をしてるんだと思うんだけど)
(とりあえず帰ろう。もうなんかほっといても大丈夫だと思うぞこいつ、自分の世界入ってるし)
(ああ、だめだめ。もっちーはまー君を怒らせたことないの? 正直、あとあと怖いよぉ)
(な……なんだよ、どうなるってんだ)
(一週間くらい顔を合わせるたびに口の中でもごもご文句らしきものを呟いたり、会ったときに目を逸らしたり、私物の位置を微妙にずらしてきたりするの)
(うわっ、めんどくせぇ~……)
「みっちゃんはこう言いました、『ホラーの世界って、文章で読んだり映画で見たりするより、実際に体験してみたいですよね』って。僕はすぐにピンときました。そう、彼女は僕をお化け屋敷デートに誘っていると! 彼女がこんなに積極的な女性だとは僕は気付かなかった。さっそく僕はその週末の遊園地のチケットを二枚手に入れました」
ひそひそ話す僕たちに構わず話し続けるまー君。この自己陶酔っぷりもそうだが、話の内容がすでにホラーである。主にそのみっちゃんという女性にとって。
以下、なるべく臨場感が伝わるように、まー君の語り口でお送りする。臨場感が伝わると何かいいことがあるかと聞かれると疑問符が残るのだが。彼の話を伝える上で、突っ込みを入れるのが面倒くさくなったということもある。いや、そもそもこの話を伝える必要もあるのか?