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第4話 うらぶれ案山子は月夜に吠える その2

「のんちゃーん、見て見て! あなたに朗報があるのよ、これを見てごらんなさい。ほら、あなたにぴったりじゃないかしら」

「うわっ、DJがテンション高い。こういうときはろくなことがないのよねえ」

「なーに行ってるの、のんちゃんがメジャーデビューするチャンスなのよ、そりゃあハイテンションにもなるわよ。うふふふ」

「な、なんです……?」

 DJが手に持っていたのは、「声優の卵集まれ! プロのスカウトもやってくる 新スターマル秘オーディション」という企画のチラシであった。

「今度そこのイベント会場でやるそうよ。ここで優勝すれば、来年放映のアニメの主役が約束されるって話よ! ねえ、ぜひのんちゃんに見せてみるべきじゃない?」

「ああ……、その話は専門学校の方で出回ってるから、もう知ってました。あまり私には関係ない話だと思っていますけど」

「あらら」

「えーっ、千載一遇のチャンスなのに、もったいないわよ! ぜひ出るべきよ、いえ、出ないとダメよ! 自分の可能性を試すためにっ!」

「DJの方がのんちゃん本人より熱くなってますねぇ……」

 目を丸くしているハルさんである。

 ちなみに漫画家ユニット「ハル☆リョーコ」は先日の光玄社での受賞以降、雑誌の増刊号に読み切り作品が掲載されることになり、現在原稿の描き直しに大忙しなのである。まー君とみちるさんの方も出版に向けて打ち合わせ中だ。二組の作家がいよいよメジャーデビューということで、このところDJはやたらと張り切っているのである。「この調子で、ウチの子全員を業界入りさせるわよ!」と啖呵を切った。いや、その前に自分の作品を書いた方がいいと思うのだけど……。

「うーん、でも私、コンテストみたいに大勢の前で話すの苦手ですし……。その、まだうまくやれる自信が無いっていうか……」

「こやつはなぜ声優になろうと思ったのか、理解に苦しむ……」

 頭を抱えているリョーコである。

「あーっ! とか言ってる間にまたあたしのカステラ食べられてる! 許すまじ、ハルちゃん。食べものの恨みは怖ろしいんですよ!」

「きゃーっ、私じゃないですもっちー先輩がいいって言ったんです! 文句ならもっちー先輩に入ってくださーい、それはそうとおいしかったです! カステラ」

「あっちゃあ、あれってのんちゃんのだったのかー。てっきりDJのかと思ってみんなで食っちゃったよ。ごめんな」

「ちょっと待ちなさい、なんであたしのだったら平気でみんなで食べる流れなのよ? 食いものの恨みの恐ろしさをその体にわからせてあげなきゃいけないかしら?」

「ひえーっ、DJが言うとシャレにきこえないねぇー。あっはっは」

 リビングでお菓子を食べながら談笑する私、ハルさん、リョーコさん、もっちー、そしてDJである。

 今でこそこんな風に、見事にやかましい(失礼)集団に溶け込んでいる私だけど、ちょっと前までは、私は談笑の輪に馴染むようなキャラではなかったのだ。私は、ワナビ荘に引っ越して間もないころのことを今でも思い出す。


 私は、何かを言い出そうとして、すぐにどもるような人間だった。伏し目がちで、猫背。何をやらせても不器用で、よく食器を壊したり料理に失敗したりしてDJの手を焼かせた。何かをしてもらったときのお礼や謝罪の言葉すら出てこない。ずっと友だちとおしゃべりなんかしていない、それどころか友だちらしい友だちも作らずにここまできてしまった、ともっちーやDJに告白したときも、ああ、確かにそうなんだろうなぁ、と簡単に納得されてしまったほどだ。

 そんなことでよく声優なんか目指しているなぁ、と思わず言われたとき、「想像の世界の中では私は流暢にしゃべれるんです。声優はどちらかと言えば『あちら側』の世界に声を吹き込む仕事ですから」と、わかるようなわからないような返答を返してしまったことを今でも覚えている。

 でも、それを聞いたからといってもっちーやDJが、私の日常生活に支障がないように会話の訓練をしてくれたり、友達づくりに手を貸してくれたりしたかというと、そんなことはなかった。たまに誤解されるのだが、DJという人は、自ら向上心を持って努力するような若者にとってはとても心強い頼れる味方だが、自分の可能性に見切りをつけ、独力で問題を解決したり、道を切り開こうとしなくなった者には大変冷たいのである。そのため、変わることに消極的だった頃の私にも、強いて何か手を貸そうとはしなかった。

「もちろん、頼まれれば何でもやるわよ。あなただってワナビ荘の住人、あたしのかわいい妹分のひとりだものね。だけど、あたしは決して『おせっかい』ではないのよ」

 ……今まで私の周りにいた人々と比べれば、十分おせっかいで甘いDJだが、そういうところの線引きはきちんとしていた。一方のもっちーは、歳も近いせいもあって、私のことを妹か何かのようにかわいがってくれるようになった。しかしそこには「友だちになってあげよう」だとか、「会話の相手になってあげよう」などという(誤解を恐れずに言うなら)高慢な態度はなく、ただ、もっちーにとっても私が話しやすく、また気の合うタイプだったというだけのことだ。たぶん。

 ある夜、私はもっちーに連れられてDJの経営するクラブを訪れた。

 私がDJが本当にDJディスクジョッキーをやっているシーンを見たのは、この日が初めてであった。普段はただのヒゲのオジさんだが(失礼)、ステージ上で皿を回している時のDJはやたらかっこいい。名物の超早口MCは聞く者を痺れさせるし、たまに見せてくれるステージ上でのブレイクダンス、あれは絶品だ。若い女の子たちもキャーキャー言って見ている。今度のダンスはいつやるんですか、また見せて下さいなんて問い合わせがワナビ荘までかかってくるくらいだ。それくらい、クラブでのDJはアツい。

 クラブの雰囲気に最初はとまどっていた私だったが、DJのパフォーマンスを見た途端に、自分でもびっくりするくらい、別人のようにはしゃぎ始めたのだ。あの日のことは今でも昨日のことのように思い出せる。それまでは伏し目がちで腰も曲がっていた自分が、腕を振り挙げて、DJの名前を大声で呼んでリズムを取っている。もっちーも、ちょっと目を疑う光景だった、と言っていた。

「DJ! マジカッコいい、ステキー! こっち向いて! おおっ、ブレイクダンスもすっごい! いやっほーう!」

 突然私が叫び出した異様なテンションに、……今思うともっちーはドン引きしてしまったことだろう。だが、それでもよかった。どうやら、自分は元気も好きなものもちゃんとある、普通の女の子らしいことが確認できたのだ。そう、それに。

「あれだけ絶叫して声が枯れないようなら、声優としての素質もあるようだしね……」

 というのはもっちーの言である。きっかけというのは実にささいなものだ。その日から、私はワナビ荘内においては、自分を解放することができるようになったのである。

 好きなアニメ、好きな漫画、好きな映画、好きな音楽……、私と、ワナビ荘のみんなとの話は尽きなかった。私は目をキラキラさせながら途切れなく趣味について語るみんなの姿に――特にもっちーの姿に、私は惹かれていった。ちょうどリョーコさんがワナビ荘に入ってきたのもそのころだった。

 今でこそハルさんがいるが、当時のリョーコさんともっちーは本当にいいコンビだった。一緒に同人誌を作ったり、人気声優のことについて夜を徹して語り合ったり……。青春してるなぁ、と見ていて微笑ましかったものだ。……というのはちょっぴり嘘。本当は、それだけ仲の良い二人に、けっこう嫉妬したりしていたものだった。ずきずき。

 まあ、そんなこんなで、それまでの自分とがらりと変わって楽しい生活を送れている私――の姿を目の当たりにしていたため、もっちーは、「これからのんちゃんは外でも、つまり専門学校においてものんちゃんは変わっていくのだろう、もう友だちのいないひとりぼっちではない、普通の明るい生徒として、楽しくやっていくに違いない」、そう確信してくれるようになった。もう、これで自分たちの役割は終わりだ、と。

 それまで私の保護者になってくれてたもっちーが私から離れてしまうことは、それは少し、ほんの少しだけ、寂しい気もするのだった。

 だけど事実、私は専門学校でも少しずつ友だちができ始めた。もっちーたち以外とも笑顔で話すことができるようになったし、人づきあいということも、できるようになっていった。そうやって笑顔が増えて演技にも熱が入ったためか、スカウトの方が目をつけてよく話しかけてくれるようにもなった。私の道は順風満帆に思えた。これから私はきっと声優になって成功をおさめ、だんだんと人気者になっていくこともできるかもしれない、と夢想したりもした。実におめでたいというか、ある意味夢見る小学生のような、思考停止状態であったと今では思えるが……、それはある意味で、とても幸せな時間でもあった。

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