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第4話 うらぶれ案山子は月夜に吠える その1

 のんちゃんという人物について紹介しよう。

 本名、北原乃梨恵。十八歳。四月二十五日生まれ。血液型A型。

 声優志望。声優専門学校に在籍二年目。出演歴なし。

 住所・都内某所、ワナビ荘201号室。

 アルバイト、コンビニ店員。時給八五〇円。転職を考え中。

 特徴、アニメ声、おかっぱ頭、メガネ。

 好きなもの、アニメ、ハリウッド映画、ゲーム(特にファンタジーRPG)、落語、音楽鑑賞。

 苦手なもの、いじめ、集団行動、噂話、その他自分を不安にするものすべて。

 自分を脅かす存在、すべて。


 さて、今回の話についてはあえてのんちゃんの視点を交えて描かせてもらうとしよう。実際に物語の観測者はこれまで通り「僕」こと望月であるし、そうである以上彼女の心情については想像や後から聞いて辻褄を合わせた部分が多々あるため、完全に正確とは言えない。だが、今回に限っては完全に彼女が主役であるし、彼女の視点で語ることでしか出ない臨場感というものもあろう。そうした理由から、僕は強いてこの物語の一登場人物としての立ち位置を守りつつ、進行を勤めさせていただこうと思う。

 そろそろ読者諸兄も僕一人の語り口に飽きてしまわないかと心配であった頃合いであるし、そういった意味でもちょうど良いタイミングである。


 案山子、と書いて何と読むかご存じだろうか。

 そう、「かかし」である。

 そもそもかかしという言葉は「嗅がし」から来ているのだという。その昔、作物を狙う鳥や獣を追い払うために、髪の毛や魚を焦がして串に刺して畑に立て、その悪臭を利用したのだという。

 私は、この案山子に似ている、と自負している。

 もちろん、私から悪臭がするというわけではない(と思う)。お風呂には毎日欠かさず入るし、人と会う前にはエチケットスプレーは欠かさない。そういったところには気を使う北原乃梨恵である。

 そうではなくて、人を寄せつけない、追い払ってしまう、そうしたところに私と案山子の共通点がある。

 言うなれば、存在自体が悪臭、なのである。

 加えて、人形のようなもの、という点も一致している。どうも私は人形程度にしか認識されていない、一個人として見られていない――、そう気付いたのは中学校に入学して間もない頃だった。

 表立っていじめられたわけではない。たとえば校舎の裏に呼び出されて殴る蹴るの暴行を受けただとか、昼休みごとにパシリをさせられただとか――、そういう目に見える何かをされたという事実はない。

 ただ。

 なんとなくみんなから無視されて――、なんとなく周りに人を寄せつけず、なんとなく孤立したままの人生を過ごす。それが私だった。

 小学生くらいの頃は友だちもいたのだが、中学、高校と、自分も周りも精神年齢がそれなりに上がってくるにつれ、私がそういうタイプの、言うなれば一人になりやすい人間であるということはよりはっきりとわかってきた。そこでそうした自分のあり方に不満を抱き、努力して友だちを作るようならばまだ良かったというものだが、残念ながら私にはその気力もモチベーションもなかった。

 苦手意識を克服し、身を削る努力をしてまで友だちを作ることに、魅力を見出せなかったのである。

 そしてそうした状態は、私が専門学校にいる今も全く変わらない。学内には顔見知りはそれなりの数いるし、会話をしたり、一緒に訓練をしているときなどに特別な扱いを受けているわけではない。ただ、彼らと友達と呼べる距離にいるかというと、否定せざるを得ないのである。

 そんな風にして私は一年を過ごした。それで別段困ることもなかったし、気にすることもなかった。こんな風にして、誰とも深くかかわらずに、自分は一生過ごしてゆくんだろう。心のどこかでそう思っていた。


 では、どうして私は声優になろうと思ったのか――、これは、笑われてしまうかもしれないが、かなり単純な理由である。

 「アイルビーバック」と最後に言う、あの映画――、あの映画の主人公に、……特にその声に、恋をしてしまったからである。

 幼い日の私は、もう、あの格好いいオジサマに夢中になり、自分だけの夢の世界の中で、何度も彼と冒険をする少年になりきっていたっけ……。もうあれは、本当に、恋と言っていい感情だったと思う。そんなこんなで、私の将来の夢は、いつの間にか「声優」となっていた。もう、なれるなれないの問題ではない、なる、と決めていたのだ。あの「アイルビーバック」の超人気声優様と共演したいだとか、さすがにそこまでは思っていないけれど。


 さて、私は年度の変わり目に引越しをした。それまでは実家暮らしだったのだが、それまでずっと一人暮らしをしてみたかったのと、ちょうど安く入居できる物件を見つけたことがきっかけだ。もちろんそれまで通りの実家暮らしで特に問題があったわけではないし、両親との仲も悪いわけではないのだが――、要はタイミングである。

 世の中には、不思議な縁というものがある。そんな風に、ある意味気まぐれで入った先のアパートが、ちょっと特別な集団生活の場で、――そこではこれまでの人生ではとても測れないような、まったく思わぬ出会いが待っていたのだから。

 春から私が入居したアパートの名は、「ワナビ荘」。

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