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第1話 ゴーストタクシーにうってつけの夜 その1

「それにしても、これ、タクシー?」

 僕は思わず素で訪ねてしまった。僕の中の「タクシー」という普通名詞の指す概念が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくような感覚だ(これ、実に陳腐な表現だが僕は気に入っている。最初に考えた奴は天才だ)。

「よく暴走車と間違われますよ。コップに追いかけられることもあります。何が何でもタクシーです、の一言で押し通してますけど」

「コップ? ああ、警察のことね……」

 ワナビ荘の、身を屈めないと入れないほど狭くて暗い車庫の中である。狭さゆえかDJはここを「ケツの穴」と呼ぶ。まったくもって下品な男だ。

 僕はまー君お気に入りのタクシーを見せてもらっていた。黒を基調とした車体には数えきれないドクロ、血しぶき、コウモリが描かれており、ボンネットとドアパネルに、大鎌を持った半裸の悪魔っぽい女の子が鎮座している。街中でこれが走っているのを見たらと思うと、軽くホラーである。

 分類上は痛車なんだろうが、その、何というか、方向性が違う。

 何と違うのかわからないけど。

「こっちに来てからびっくりしました。彼らはちゃんとジョブをこなしますからね」

「四国の方ではこなさないの?」

「こなさないですねえ。向こうには悪意のない奴なら見逃す文化があります」

 日本語のイントネーションがおかしいが、別にまー君は帰国子女とかではない。純血の高知生まれ四国男児である。しかし彼は話を盛るクセがあるので、彼の言うことは話半分に聞いておいた方が無難だ。

「東京のコップは偉いですよ。ワナビと同じくらい偉いです」

「ワナビって偉いの?」

「はい、コップと同じくらい偉いです」

「……はぁ……」

「ぶふっ」

 先ほどから運転席に座って、ハンドルを掴みながら運転ごっこをしていたのんちゃんが吹き出した。見ると、肩を震わせて口元を抑え、すっかりツボにはまった様子であった。今の会話のどこに面白いところがあったのか甚だ疑問である。

 僕はふと目についた、フェンダーミラーにぶら下がっている、目玉の飛び出たゾンビストラップを手に持ってみた。ころころと掌で転がしてみる。悪趣味なアクセサリーだ。運転中に何かの間違いで紐が切れ、目の前に落ちてきたらと思うとぞっとする。

「『ゴーストタクシー』は全く新しいビジネスモデルです。そもそも、タクシー業界にはいま一つ遊び心がない。街を走っているタクシーはみんな地味です。もっと面白味のある、パトカーや救急車のようなデザインのタクシーが走っていてもいいと思うのですが」

「紛らわし過ぎるだろそれは……」

「そこで、移動する必要はなくとも、思わずみんなが乗りたくなるようなタクシーを作ろうと思い至ったわけです。ファミリー、カップル、おじいちゃんおばあちゃん、みんなが気軽に使えるような」

「そのターゲットを想定してなぜこのデザインになる!?」

「お化け屋敷はみんな大好きです」

「おじいちゃんおばあちゃんを脅かしてどうする。びっくりしすぎてポックリ逝っちゃったら、お化けが一体増えることになるぞ」

「さらに、走行中にもさまざまなアトラクションが車内で展開します。車がカーブを曲がると、CGで窓の外からお化けが襲ってくる映像が流れます」

「走行中に脅かすのかよ! 危な過ぎるだろそれは!」

「とても良い出来ですよ。僕もときどきびっくりします」

「フロントウィンドウにも出てくるのかよ! もうちょっと乗客の安全とか考えてくれ! その企画自体がホラーだよ!」

「発想はなかなかいいと思うんですが、いま一つ集客率が良くないですねえ。まず誰もタクシーだと認識してくれないんですよ。で、タクシーを待っていそうな人の前に停車すると逃げられる。子どもになら受けると思って、しょっちゅう道行く親子に声をかけてるんですが、子どもには泣き出されてしまうし、親には通報されてしまうし、散々です。最近は暇だから女子中学生を追い回したりしてます」

「実は申し開きのできない状況まで行ってるんじゃねえかお前……」

「いいなあ、かっこいいなあ。運転したいです」

 僕たちの話なんてまるで聞いていなかったかのように目を輝かしながらプップーとクラクションを鳴らし、タクシーを発信させようとするのんちゃん。能天気というか、マイペースな奴なのである。僕はまー君との会話で荒んでいた心がほんの少しだけ癒された。

「ああ、ちょっとちょっと。やめてくださいよ、キー差したままなんですから、本当に動いちゃいます」

「というかのんちゃん、あんた免許持ってなかっただろ。いまどき無免許運転とか飲酒運転とかやったら、『ついったあ』っていう怖いサイトで捕捉されて、さらに『まとめさいと』っていうもっと怖いサイトで晒されて全国的に有名になるんだぞ。知ってるか?」

「コップも動き出しますよ。ちょっとでも逃げようとしたらバキューンって、フロントガラスに穴が開きます」

「東京の警官はそんな簡単に発砲しねえよ。というか、四国でもしねえだろ」

「します。僕も仮免中に四発撃ち込まれました。今でも痕が残っています」

 絶対に嘘だ。

「そうだ、せっかくだから今日は僕の営業についてきますか。『ゴーストタクシー』というアトラクションの素晴らしさを目の当たりにすれば、きっとみなさんの考えも変わると思います」

「僕たちが乗ってたら他のお客が乗れないだろ。そもそも、君の仲間だと思われること自体が怖いんだけどな、僕としては」

「まあまあそう言わずに。のんちゃんが一緒に乗ってればそれだけでホラー要素も増しますし」

「失礼千万です! こう見えてもわたくし、花も恥じらう乙女でござりましてよ!」

 しゃべり方が変だ。

「いざ乗れって言われると、確かにすっごく乗りたくないな、痛車って……。道行く人々と目が合っただけで恥ずかしくて憤死しそうだ」

「それがだんだん快感になってくるんですよ」

 ああっ、僕の恥ずかしい姿をもっと見て……、という感じだろうか。とりあえず、ハマると怖そうなことだけはわかる。ぜひとも遠慮させていただきたい。

「一晩くらいいじゃないですか。今なら友人待遇ということで十パーセントオフにしておきますよ」

「金とるんかい!」

「あ、いいこと思いつきました。もの凄いスピードで料金メーターの数値が上がっていくタクシー。これが一番スリルがあってドキドキするんじゃないでしょうか?」

 というか普通にホラーだ。

 早くも小説だとか創作だとかから話が逸れまくっており、読んでいてだんだん不安になる展開かとお察しする。「あれ? これ、小説家になりたい人の話だよね? ちゃんと本筋に戻るの?」という声が聞こえてきそうだ。僕だってそう思う。

 ご安心召されよ、不安なのは語っている僕とて同じである。無責任だとお思いになるかもしれないが、まあこの不安に揺られながらページをめくり続けるのも、ホラー小説としてはまた一興。

 物語にしてもタクシーにしても、行きつく先がわからない乗り物ほど恐ろしいものはない。

 あなたもそう思うだろう?

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