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第3話 我が名はシメキリ・クイーン その8

 その後のことを少しだけ書いておこうと思う。

 僕はとりあえずよく寝た。ハルもよく寝た。

 あの後、実に迷惑な事にエントランスで眠りこけてしまった僕たちを、後から追いついたまー君とリョーコが引き取ってくれた(らしい)。そして僕たちはワナビ荘で丸一日眠りこけた。全員が全員疲れていたから、起こしてくれるものは誰もいなかった。その日一日、珍しくワナビ荘はずっと静かだったことになる。とるものもとりあえず、僕たちはリビングで、自室で、ソファの上で、思い思いの場所でつかの間の休息をとった。

 そして僕が目を覚ましたとき、すでに世界は一変していた――というわけもなく、またいつも通りの日常が帰ってきた。大学へ行き、夜は当番がご飯を作り、みんなでワイワイ食べて、夜は眠りにつく。皆、各々自分の作品を描いたり書いたりしながら、それぞれの夢を追いかける。そんないつものワナビ荘が、帰ってきたのだ。

 ハルはというと、あの後一度だけ光玄社へ行った。今度は一人で、である。おそらくトモエさんと、作品について、今度こそ一対一の決戦をしに行ったのだろう。もっとも、その内容に関してはいちいち書き記すのも無粋だし、そもそも僕は行っていないのだから彼女たちが一体どんな言葉を交わしたのかも知らない。ただ、その日光玄社から帰ってきたハルは、とてもすっきりした、いい顔をしていたことは確かだ。

「母親ってさー、特に恨みとか憎しみの原因があるわけじゃないんだけど、ケリをつけるっていうかー、しっかりどこかで勝負しないといけないときってあるよね」

 ある日のこと、いつかのようにリビングで二人でくつろいでいるときに、リョーコがぼそりと言った。

「そういうもん? エディプスコンプレックスか何かに近いんじゃないのかね。まあ、僕も親に意味もなく反抗したことの一度や二度はあるけど……。リョーコにも親との確執とかあんのかね」

「あたしも『漫画家になる』って言ったときはねー、親に大反対されたもんよ。まあ、気持ちはわかるっつーか、あたしが親でも不安だけどね。子どもがそう言い出したら。ま、見返すチャンスを与えられてるだけありがたいって言えるけどね」

 テレビはさっきからずっと、日曜の夕方に定番のアニメを流している。ずっと変わらず、多くの人々に愛され、親から子へと受け継がれてゆく漫画。時代の流行に流されず、自分のスタイルを確立した作品。

「なんて言われたか気にならないの? あの作品。ハルとリョーコの合作なわけだから、リョーコの漫画家生命にも関わってくるんじゃない」

「ん……。そりゃあ、まあ」

 リョーコはコーヒーをゴクリと飲み干し、ほうっと溜め息をつくと、……バンッ! と机を勢いよく叩いた。

「気にならないわけないでしょおお! 今までさんざん応募してきて、大量に没を食らったあたしだよ! 特に今回の作品にかけた情熱はすごいの! もー、気になって気になって夜も眠れないッ!」

「な、なら一緒にリョーコもトモエさんのところへ行けばよかったんじゃ……」

「それはできないっ! そこはハルのために譲らないといけない一線! なにとぞカンニンっ!」

 顔を隠して悶えるリョーコである。……まったく、大したセンセイがいたものである。だが、まあ、彼女のハルに対する優しさには頭が下がる思いである。二人のためにも、今回の作品が、いい結果になればいいと思った。

 不思議な感覚であった。まー君たちが受賞したときはあれほど嫉妬し、身を焦がすような悔しさに包まれたというのに、今はまー君たちの受賞も素直に祝福できるし、ハルとリョーコにも結果を残してほしいと心から思っている。これが、本当に頑張った者の心境なのか、と僕は一人ごちたりした。

「リョーコさん、もっちー先輩! アイス買ってきました。一緒に食べましょー」

 窓からひょいと顔を出したのは相変わらず元気なハルである。両手にガリガリ君を携えていた。外ではそろそろ盛りを終える蝉が、有終の美と言わんばかりに力いっぱい鳴いている。もう夏が終わる、と僕は感じた。

 部屋にひょこっと入ってくるハル。彼女は今でもリョーコと仲良く漫画を描いている。さすがにあの夜のような悪夢が繰り返されることはあれ以来ないが、今回の原稿がダメだった時に備え、早くも次の作品の製作に取り掛かっているようだ。まったく、つくづく大したものである。いや、ワナビは普通こうあるべきなのか。

 やっぱり、ワナビってのは大変な生き物である。僕も見習わねばならない。アイスをガリガリかじりつつ、リョーコとハルがアイスを使ってポッキーゲームのようなことをしているのを横目で見ながら僕は思った。

 

 ――二人の作品が光玄社漫画賞の特別賞を受賞したという知らせを聞くのは、それから二カ月後のことになる。


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