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第3話 我が名はシメキリ・クイーン その6

 腐女子だっていいじゃない!

 BL好きでもいいじゃない!

 おかげで青春取り逃がし♪ 恋愛も知らず黙々ペンを動かす♪

 イェイイェーイ! 腐女子バンザイ!


 ワナビだっていいじゃない!

 叩かれたっていいじゃない!

 だって今私輝いてるし♪ インクとトーンにまみれても♪

 好きな事を全力でやるってステキ!

 イェイイェーイ! ワナビバンザイ!


「あんたたち、何時までやっとるつもりじゃクラァ! ご近所迷惑だから大声で歌うんじゃねえっつってんだろが! おん出すぞ腐れワナビども!」

 DJが鬼の形相で入ってくるまで気付かずに大声で歌いながら作業をしていた僕、リョーコ、ハルの三人である。もちろん作業場は僕の部屋。おそろしいほどの急ピッチでの原稿だったので、全員ありえないテンションになっていたのだ。

 インクが僕にこぼれたりペン先が僕に突き刺さったり、むしゃくしゃした二人が僕をとりあえず引っぱたいたりと(これはさすがに理不尽だと思った)ハプニングも続出、部屋には一生かかっても抜けないくらいにインクの匂いが染み付いてしまった。

 さらに、前回とは打って変わってリョーコのハルに対する態度が厳しくなった。

「こんな演出で読者がびっくりすると思ってんのあんたは! 読者なめんな! 十年古いのよあんたの頭の中は!」

「短編でキャラを崩壊させない! キャラ崩壊は長編でファンがついてこそおいしい企画であって、読みきりでやられても読者がとまどうだけ! もっと読み手を意識しな!」

「構図が単純すぎて四コマ漫画みたいになってる! いいえ、今日び四コマでももっと挑戦的な構図を使ってくるわ、新人が安定目指してどうするの! 攻めよ、攻めあるのみ! どあああーっ!」

 途中からよくわからない精神論になっていたが、僕は女性二人が怖ろしい勢いで上げてくる原稿にベタを塗ったりトーンを貼るだけで精一杯だった。漫画を描くというのはおそろしく精神が削られる作業であった。漫画家はみんなこんなことを毎日やっているのか、と思うと気が遠くなりそうだった。僕なら絶対途中で死んでるぞ。

 そうして僕らが命を削って原稿を上げている間にも、日は昇り、沈み、昇り、沈み……、アレから何日が経過したかよくわからない。もはや時間の感覚も日にちの感覚も、腹がいっぱいなのか減っているのか、眠いのか眠くないのかもよくわからない(こうして文字にすると非常にやばいことがわかる)状態に僕はなっていた。はっ、と僕が気付いたのは何日目かの夜のこと、気を失う前は確か窓から光が差していたから、どれくらい寝たのか――、朦朧とした頭で僕が携帯電話の日時表示を見たとき、思わず声にならない悲鳴をあげてしまった。

「ひょええええーっ! も、もう八月三十日の午後八時であります隊長! 明日には原稿を提出しないといけません! しかしまだ十枚くらい原稿が上がってきてませんよ! ほら、ハル隊員も白目向いて泡吹いてるし! こんなのとてもじゃないけど間に合いかねます、お先に離脱しますどうかご無事で」

「慌てるな望月隊員! 状況は切迫してはいるが、絶望ではない! 途中で舟を降りることは許さぬぞ!」

 そのときの僕たちはワナビ号に乗船した宇宙警備隊という設定だったので(つまりそういうテンションだったのである)このような口調だが、実際締め切り前日に白紙の原稿があるという状況がどのくらいまずいのかは、原稿やった人ならわかっていただけると思う。つまり、そのくらいヤバいのだ!

「嫌だ嫌だ死にたくない! もうこんな生活やめてやるー故郷に帰ります! 真夏の夜に腐女子二人と狭い部屋の中で汗を流したのも今は良き思い出、あんなやんちゃしてたころもあったなぁって会社帰りにしみじみと思い出すそんな普通の生活に帰ってやるんだい! さらばっ隊長あなたのことは忘れません!」

「ふざけるな、途中下車は許されないと言っておろうが! 待てっ、おいこら窓から逃げようとするな、ココは二階だ!」

「構いません! こんな生活が続くんなら死んだ方がマシだァっ。うわああん、死ぬ前に女の子のおっぱい触ってみたかったよォ」

「ええい、かくなる上は死なばもろともだあッ、一緒に飛び降りるぞ望月隊員! 私だって死にたくなる時はあるんだ、うわあああん、死ぬ前にイケメンの彼氏とイチャイチャしてみたかったよぉ! ふえええ~~ん」

「うわあああ~~~~ん!」

 感極まって大の大人二人が月に向かって絶叫、号泣の図である。つまりこのくらいヤバいのだ!

「わ、私だって死ぬ前にお母さんに一泡吹かせてみたかったんですぅ! うわあーん、締め切りなんて死ねばいいのに! 締め切りなんて死ねばいいのに! ひいいいいいいん」

 いつの間にか気絶していたはずのハルも参加していた。こうなるともう手をつけられない、三人揃って夜の住宅街に向かって大合唱である。

「てめえら何度言ったらわかるんじゃボケェ! 二度とお天道様見れないところにぶち込むぞ若造共!」

 DJが部屋に乱入してさらにうるさくなる。明日からご近所さまには顔向けできないかもしれない。

 と……、そこで僕はようやく気付いた。部屋の中にはDJだけでなく、のんちゃん、まー君、みちるさんまでもが来ていた。全員、ペンやカッター、トーンなど思い思いの画材を手に持っている。

「あたしらが手伝ってやるからもう騒ぐんじゃない! ほら、どこやればいいの!? さっさと原稿出しなさいハルちゃん」

「僕たちも拙い腕だけどアシストさせていただきますよ、ハルさん。あなたの戦い、最後まで見守らせていただきます」

「まったく、仲間なのに水臭いです! みんなで最初からやってればもっと早く終わったかもしれないのに。もおう」

「み、みなさん……」

 疲労がピークに達していたせいもあるだろう、ハルは感極まってボロボロと泣き出してしまった。しかし、そこにすかさずリョーコが、

「かぁつ!」

 気合を入れながらバシン、とハルの背中を叩く。おえっ、とハルがえづいた。ゴホゴホと咳をする。鼻水と涙で顔はぐしゃぐしゃだ。

「泣いてる場合じゃないでしょー。いい? ワナビの涙ってもんは、原稿が完成してお母さんの元へ届けて、さらにそれが認められて賞を受賞して連載が決定して――、そのくらいまでとっておきなさい! 今は一刻も泣いてる暇なんてないの。前進あるのみ! さあ、みんなが手伝ってくれるんだからその分早くペン入れを終わらせないと! ここから完成までノンストップだよ!」

 かくして、リビングで全員が黙々と原稿に向かうこととあいなって、ワナビ荘の眠らない夜は更けてゆくのである。その日のワナビ荘は爆発的なやかましさの後、今度は気持ち悪いほど静かになり、ただひたすら複数のカリカリというペン入れの音だけが夜の道に響き渡っていたという。のちのちまで語られるワナビ荘近辺の伝説である。外まで響くペンの音なんて、信じていただけるだろうか。

 「妖怪Gペン女」なんてのもいていいかもしれない。「一枚、二枚……原稿が足りなぁい」と言って締め切りが過ぎたとも知らずに原稿を描き続ける妖怪である。近所を通る人がいたらアシスタントとして引きずり込み、ベタ塗りの永久地獄へといざなうことであろう。あなたも、カリカリ、カリカリというペンの音が誰もいない夜道に響き渡っていたらご用心である。

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