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第3話 我が名はシメキリ・クイーン その3

 さて、翌日。

 光玄社を訪れた僕たちは面談スペースに通され、お茶などご馳走になっていた。窓の無い小奇麗な部屋で、壁は絵もポスターもかかっておらず、一面の白。その眩しさが嫌が応にも僕を緊張させた。

「お待たせしました」

 十分ほど待たされたのち、部屋にトモエさんが現れた。相変わらず背筋が恐ろしく綺麗に伸びて、凛々しいばかりの表情である。

「お、お母さん」

 待ちかねたように身を乗り出して呼びかけるハルを、トモエさんはじろりと睨みつける。

「ここではその呼び方はやめてください。あくまで私たちは、担当編集者と作家という関係です」

 ぴしゃりと言い切る。トモエさんは公私をきっちり分けるタイプの人のようだ。ハルは出鼻をくじかれたように、ぐっと次の言葉を呑みこんで、視線を下に向けてしまった。「と、……トモエさん」そう苦しげに呼びながら、がさがさとカバンから原稿を取り出す。

「あなたは『ワナビ荘』の望月さんでしたね。わざわざご苦労様です」

「い、いえ」

 トモエさんは一応僕にも労いの言葉をかけてくれたが、もうその頃の僕はがちがちに緊張していたのでろくな返事もできなかった。実に情けない。結局ハルの読みは間違っていなかったことになる。

「こ、これ、私と江ノ島リョーコさんで描いた漫画です。見て下さい!」

 ハルはトモエさんに向かって勢いよく原稿を差し出す。ざっと見て四十枚はある。いや、あの短い期間で本当によく描いたものだ。僕は心の中であらためてリョーコに賞賛を送った。

「拝見します」

 そう言ってトモエさんは原稿を受け取ると、さくさくと読み進め始めた。よく「編集者は原稿を読むのが早い」というが、実際にトモエさんはかなりのスピードでページをめくった。目が実に真剣である。思わずこっちが申し訳なくなるくらいに(何に対してかはわからない。僕は何しに来たのだろう)。

 トモエさんが一通り読み終わるまでに五分とかからなかっただろう。とん、とんと原稿をまとめ、トモエさんはふうっと一つ溜め息をついた。

 僕たちはさながら裁判長の判決を待つ被告人の心境だった(と、ハルの気持ちも代弁してみた)。もっとも、僕の作品ではないので別に何を言われたところで僕が気にする必要はないわけで、そう考えると今この瞬間も僕はどんな顔をしているべきなのかさっぱりわからなくなり、眉をひそめているようなゆったりとした笑みを浮かべているような、それでいて頬のピクピク引きつっているという何とも間の抜けた表情をしていたことだろうと思う。本当に僕は何しに来たのだろう。死にたくなってきた。

「絵は、大変綺麗ですね」

 開口一番。ハルはうっ、と声にならないうめき声を出す。「絵は」。当然、絵を描いたのはリョーコであり、ハルがメインで担当した部分ではない。

「さて、ストーリー、コマ割り、セリフ等に関してですが、もう少し漫画について勉強してから描かれた方がいいのではないかと思います」

「は、はい」

 淡々と告げるトモエさんと、かちかちになってひたすらに頷くハル。とても親の子の会話とは思えなかった。

「まず一ページ目から説明セリフが多すぎますね。これでは読者はいきなりこの作品を飛ばしてしまいます。序盤にはもう少しインパクトのある画を。それと、短編にしてはキャラクターが多すぎます。誰が重要キャラで誰がそうでないか見分けがつかない。それなりに重要なキャラの名前が十ページを超えてから明かされるのも不親切な設計です」

「す、すみません」

「謝る必要はありません。あと、構成ももう少し練る必要があります。そもそも存在意義自体に疑問を感じるシーンがいくつか。恋愛ものなら、たとえばここの料理のシーン、ここを削って心理描写にもう少しページを割くべきでは? 結末も意外性がほとんどないため、この物語が何を伝えたかったのか、テーマがぼやけてしまっています。ただのそれっぽい『物語』では、読者はついて来ません」

「は、はい。すみません」

「謝らなくていいと言っています」

 その後も厳しい批評が続いた。部分的に褒めてくれることもあったが、ほんの申し訳程度であり、総合して見ると「まだまだ全然ダメ」と言われていることは僕でもはっきり理解できた。

「以上です。今回の原稿は一応弊社の漫画賞へ応募することは可能ですが、私個人としてはお薦めしません。いかがいたしますか?」

「い、いい、です……」

 面会が終わる頃にはハルは涙目になっていた。まあ、こういう言い方をされるとさすがに「出します」とは言えないだろう。それにしても、少しばかり言い方がきつすぎる気もした。

「それでは、次回の作品に期待しております。原稿が上がりましたら、ぜひ弊社まで。光玄社漫画大賞の応募締め切りは今月末日までとなっていますので、よろしければ併せてお考えください」

「あ、ありがとうございました」

 かなりへこんでいるであろうに、殊勝にもぺこりと頭を下げるハル。僕も合わせて頭を下げた。目の前のトモエさんが、初めて会ったときより一周りくらいは背が高く見えた。

「トモエさん」

 僕は部屋を出たところで、彼女を背後からそっと呼び止めた。ハルが聞いていないことを確認しながら、小さな声で尋ねてみる。

「不躾な質問で申し訳ないんですが……、先ほどの対応、あれは自分の娘だからこそのものですか、それとも作家さんにはみんなああなんでしょうか。少しばかり言い方がきつすぎた気も……」

「あのくらいできついと感じるならば、あの子もあなたも作家には向いていないでしょうね」

 トモエさんはバッサリと切り捨てる。やはりこの人は、手強い。僕は思わずたじろいでしまう。

「……しかし、私も人間です。完全に私情を排す、ということは実質不可能なことは申し上げなくてもご理解いただけるかと思います。もちろん、できるだけそう努めてはいるつもりですが」

 そこで、トモエさんはようやく笑顔を見せた。

「次はあなたの作品も読んでみたいですね。完成したらぜひ弊社にお寄せ下さい。若い方々の挑戦を、私たちはいつでも受け付けていますよ」

「いやあ、はは、お恥ずかしい……」

 もし持ち込むにしても、できればこの人以外が担当ならいいなあ、と思う僕であった。

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