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第3話 我が名はシメキリ・クイーン その2

「なるほど~。で、そのお母さんっていうのはどんな人なの?」

「光玄社の薬師寺トモエさんって人らしいよ。社内でも有名なカリスマ編集者、別名『赤鬼』。どんな新人の原稿にも容赦なく赤を入れまくることで怖れられているんだってさ」

 僕はのんちゃんの通う声優の専門学校に来ていた。今は休憩時間で、廊下でジュースを飲みながら話し合っている途中である。

 ちなみに僕はのんちゃんの学校へはよく来るし、ときにはお昼を一緒に食べる。彼女は気真面目で頑張り屋なので、時間を延長して練習していることが多い。そうした場面をよく目にする。

 のんちゃんは、僕が見ている間だけでも、かなり上達したと思う。もっとも、僕が彼女を気に入り過ぎているため、ひいき目もあるのかもしれないけど。

 がらりと目の前の扉が開き、別のクラスの生徒たちがぞろぞろと出てきた。みんな上下のジャージ姿で、びっしょりと汗をかいている。声のトレーニングでは肺活を鍛えるとかで運動をするとは聞いていたが、想像以上にきつそうだ。

「あー、その人なら今ちょうどこの学校に来てるよ。っていうか、わりとちょくちょく来てる」

「え、マジ? この声優学校に……? どういうつながりがあるの」

「光玄社さんはアニメ化とかドラマCDとかいろいろ企画をやってるから、そのスカウトにね……。ちょうど高校野球の練習場にグラサンをかけたスカウトマンがやってくるかのように」

「なるほど。それじゃのんちゃんアピールするチャンスじゃん」

「も、もちろん精一杯やってるよ! だけど、まだ……」

 しゅんとするのんちゃん。声をかけてもらうには至っていない、というところか。

「大丈夫だよ、これからだよのんちゃんは。きっと芽が出るって」

「ほ、ホントかな……?」

「僕はお世辞は言えない」

 そのとき、ちょうど先ほどの部屋から誰かが出てくるのが見えた。のんちゃんはハッとした表情になり、慌てて耳打ちしてくる。

「あ、あの人が噂の薬師寺トモエさんだよ! ちょうど今日も来てたんだ、凄い偶然!」

「あの人が……」

 コツリ、コツリと靴音を立てながら近づいてくる、中年ながらもきりりと背筋の通った女性。三十代くらいに見える。のんちゃんの言うとおり、スカウトマンらしくサングラスをかけていたため目は見えない。が、口元がどこかハルに似ているような気もする。

 彼女はまっすぐ僕に近づいてきた。僕はゴクリと唾を呑みこむ。

「あなたたち、ハルの出入りしている『ワナビ荘』の人よね」

「は、はい。その通りです」

 先方は、僕たちの顔を知っているらしい。ハルが教えたのか、どこかから聞きつけたのか……。いずれにせよ、ひどく緊張させられた瞬間であった。

「うちのハルがお世話になってるわ。あの子、ご迷惑をおかけしていないかしら」

「い、いえいえ、迷惑なんてそんな! こっちこそ、大したおもてなしもできずに」

「もてなしなんてしなくて結構よ。あの子、本当に自分勝手なんだから、自分ひとりの力じゃ何にもできないクセに……。勝手に家を飛び出して、勝手にあなたがたのところに居ついちゃって。まだまだ自分が子どもだってことが自覚できてないのね」

 トモエさんは不愉快そうに言う。僕は彼女の言葉に少しだけむっとして、

「お言葉ですが、ハルさんはもう子どもではないと思います。今だって、必死に努力して漫画を描いていますし」

「努力ならサルだってできます。世の中、結果を出さないと意味がない。結果が出ない限り、私はあの子を認めることはできませんし、またそうすべきではないと思っています」

「と、いうことは、逆に言えば結果を出せば認めるということですか」

「それはもちろん」

 はっきりとトモエさんは頷いた。

「私は別にあの子を認めたくないわけじゃありませんので」

「それじゃ、見ててあげて下さい。あいつを」

 僕は言う。こちらを見据えてくるトモエさんの目を、しっかりと見据え返しながら。

「ハルはいずれきっと結果を出します。その時、しっかり褒めてあげて下さい、認めてあげて下さい。僕からのお願いです」

「言われるまでもありません。……今後もご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうかご容赦ください。何かありましたらすぐにご連絡を。無理にでも連れ帰りますので」

 そう言って僕に名刺を手渡すと、相変わらず服の中に定規でも入っているのではないかというくらいシャキッと伸びた背筋のまま、スタスタと廊下を後にするトモエさんである。

「なんというか、凄い人だね……。ハルちゃんからは想像できないくらい厳しそうな人……」

「だからこそ、反りが合わないってことなんだろうな」

 僕は呟いた。帰ったらハルにこのことを話してやるべきか、話さないべきか……。少し考えた末、やめることにした。これはあくまで親子の問題、僕が口を出すべきではないだろう。放っておいて、勝手に彼女たちに解決させればいい問題だろう。僕はそう結論付けた。

 しかし、意外な事に当事者自身はそうは思っていなかったのである。


「も、もっちー先輩、一緒にお母さんのところに来てくれませんかっ!?」

 僕がトモエさんに会った一週間後のことである。ハルが鬼気迫った表情で僕にお願いしてきたのである。

「お母さんのところ? なに、僕と結婚したいの? 悪いけど僕にはのんちゃんがいるんだけど」

「さらっとすごいこと言いますね」

 まあどうせ本人は聞いてないしな。

「実は、リョーコさんとの合作漫画が完成したのでお母さんのところに持って行こうと思ってるんです。編集者としてのお母さんに、見てほしくて。だけど、その、一人じゃ怖くて、腰が引けちゃって……」

「もう完成したの? はやっ!」

 まあ、リョーコのペンの速さは今に始まったことではないが……。

 ハルも初心者だといのに、相当な速さでネームを上げたということになる。僕は少なからず焦りを感じた。顔には出さなかったけれど。

「それならリョーコにお願いすりゃいいじゃん。あいつあちこちの編集者と顔見知りだし、そういう場にも慣れてるんじゃね―の」

「そ、それはそうなんですけど……」

「……ああ」

 そういうことか。確かに圧倒的に実力も経験もあるリョーコが一緒だと、母親と一対一で向き合うことにはならないかもしれないな。たとえ黙っていてもらっても、どこかでリョーコに甘える気持ちが出てきてしまう。あくまで、自分の力で母親と決着をつけたい、ということなのだろう。

「もっちー先輩なら私が困っても助けてくれなさそうだし、お母さんに簡単に黙らせられそうなので私一人の力でお母さんに立ち向かうには最適だと思いまして」

「お前もさらっと失礼な事を言うな」

 まあ親子のギスギスした所を見せつけられるなんて、正直迷惑な話ではあったが、お願いされたら断れないもっちーさんである。それに、ここで僕が行かないとそこでどんな会話が交わされたのか皆さんにお伝えすることができない(誰に言っているのかはわからない)。

 そんなわけでハルのかように失礼なお願いにも、僕は二つ返事で承諾した。

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