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第3話 我が名はシメキリ・クイーン その1

 この辺で少し、僕の書いている小説についても触れた方がいいだろうと思う。

 前述したように、僕は「城島ダイヤ」という名前の作家に憧れて小説を書き始めた。

 ダイヤ氏は各ジャンルにおいて、いずれも素晴らしい作品を残しているが、特に氏の作品の中でも強烈に指示を集めているのが、「ライトミステリ」であった。

 ダイヤ氏の描くトリック、ストーリー、そして人間ドラマは読む者を夢中にさせずにはおかない。氏の作品に影響されて、創作を始めたという人も多いことだろう。

 そして僕もそんな中の一人。現在書いているのはそのライトミステリというジャンルである。正直言うと僕にはそれほどミステリの素養がないのだが、だからといってミステリを書いてはいけない、ということにはならない。というわけで、なんとか「それっぽく」書こうと努力をしている。実現可能そうなトリックと派手な展開が売りである。

 僕は、実のところ、かなりの遅筆だ。何カ月も前から書いているはずなのに、なかなか規定枚数に達することができない。というか、一日に何時間もパソコンの前に座っていられない。集中力が根本的に足りていないのである。

「もっちーは、頭はいいんだけど、落ち着きがないのよねえ」

 小学生の息子を見る母親のように、DJは僕のことをそう評して溜め息をついてくれるのだが、できないものはできないのだから仕方がない。アイデアはそれなりにあるし書いている時は楽しいのだが、一度詰まると一週間くらい執筆を中断するときもある。

「なーにもっちー、またスランプ~?」

 リョーコはそんな僕の様子を見てけらけらと笑う。けっ、笑いたければ笑うがいい。スランプなんかじゃない、頭の中で文章を組み立てて推敲しているところなんだ。全ての行程が終われば、あとはその出来上がった文章を原稿という名の白いキャンバスに描き出すだけさ。

「何をえぐり出すんですか?」

「うわあっ! ハル、いたのか!?」

 ワナビ荘の中をちょこまかと動き周り、僕の行く手に突然現れては驚かしてくる薬師寺ハルである。どうやら、僕は知らないうちに自分の心の中の声を口に出していたらしい。

「ちょうどリョーコさんに漫画のコマ割のコツを教えてもらっていたところです。漫画って奥が深いですねー、私、ワナビになって本当に良かったです!」

「あ、そ……」

「あれ? どうしました? ご機嫌が悪そうですねえ。ひょっとして冷蔵庫に入っていたプリンを勝手に食べられたりしたんですか?」

「なんだそのベタな展開は……。ひょっとしてそれもリョーコの影響か」

「ええ。プリンを食べてしまい喧嘩になった男同士が、仕方なく残った一つのプリンを口移しで食べさせあうという物語です」

「なんでそうなるんだよ! 食べちゃった奴が普通にプリンをあげればいいだけの話だろ!」

「まったく、野暮な事言いなさんな兄さん。そこに愛があれば過程なんて関係ねえんだィ」

「変なしゃべり方まで教えやがって、あいつは完全に悪影響だな……。 あーどけどけ、僕は今作品のことで悩んでいるのだ。お子様と遊んでいる暇はない」

「作品のこと、ですか」

「そ。僕が今書いてるのはライトミステリなんだけどね、トリックがどうしても。まったく、読者はいいよなー、何も考えずに読んで、あとからこのトリックはいまいちだの実行不可能だのと難癖つければいいんだからさ。作り手の苦労を少しは慮れっつーの」

「もっちーさん。私はそれは違うと思います」

「ん? 何が?」

 僕は気のない返事を返したが、意外に真剣なハルのまなざしに気付き、内心ちょっとだけ動揺した。

「筆者が読者に、創作の苦労をわかってほしいなんて言うべきではないと思います。読者の方は、何も考えずに楽しんでくれればそれでいいのです」

「な、何だよ急に……」

「少なくとも私はそうです」

 ハルは自分の手をじっと見た。その手にはここ数日でついた漫画用インクやトーンカスの他に、ペンだこ、トーンの切り貼りのときにでもできたであろう切り傷がいくつもできていた。どれだけ仲良くしていようと、漫画にかけてのリョーコのしごきは半端なものではない。それは僕がよく知っていた。

「私、ここへきてまだまだ日が浅いですけど、漫画だってリョーコさんに教えてもらって、描き始めたのはホントについこないだですけど……。だけど、思うんです。ココのトーンは大変だっただろうなとか、線の引き方が上手いとか下手とか、そういうことを思われたくないな、って。そうじゃなくて、このキャラはこんな気持ちなんだろうな、とか、うわっこれからどうなるんだろうとか、もっと作品の世界に入ってほしいって言うか……。夢とか、楽しみとか、そういうものを見せる仕事じゃないですか。作家って」

「あ、ああ……」

 いつになく必死なまなざしで語るハル。言葉は拙いが、言いたいことははっきりと伝わってくる。

「そこに、作者の苦労だとか、辛さだとか、そういうものを入り込ませようとすると、なんだか凄く興冷めな気がするんです。確かに苦労はしてるとは思うんですけど、それを感じさせない、というか、そういうことに頭を回す隙も与えないような、とっても素敵な世界を描いて、読者を魅了してあげるのが作家の仕事なんじゃないか……って、そう思うんです」

「なるほど。ワンダフルです、ハルさん」

 パチパチパチ、と拍手をしながら、芝居がかった動作で階段をゆっくりと降りてくるまー君。実にキザなしぐさである。足をひっかけてやりたい。

「そうですね、作家は夢を与える仕事。そこに苦労だの辛さだの、たとえほんのかけらだとしても、見せてはいけないのかもしれません」

「だからってなぁ、お前……」

「ホラー小説だって、『書いている途中に勝手にお茶碗が割れました』とかなら怖いエピソードになってハクがつきますけど、『書いている途中ぎっくり腰になりました』だと台無しです。一気にギャグ小説になってしまいます」

「まあ言ってることはわかるけどな……」

 全国のぎっくり腰に悩む方々にとっては笑いごとではあるまい。

「エンターテイナーは底を見せてはいけないのです。いつでも余裕で笑ってないと。こっちの苦労も理解してほしいなんて言っていいのは、よちよち歩きの子どもだけなのです」

「なるほどねぇ、厳しいお言葉だなぁ」

 僕は少しだけ自分が恥ずかしくなる。こんなに若くて何も考えてなさそうに見えるハルでも、きちんとした作家としての気構えがある。多いに見習うべき部分はあるということか。

 そこまで言うと、ハルはぺろりと舌を出して頭を下げた。

「すいません、これ実は全部母の受け売りなんです。母は出版社で漫画の編集者をやっておりまして」

「母? ってあの、例の腐女子の」

「はい、そうです。母は趣味嗜好に関してはかなりフリーダムな人ですが、仕事に関してはとてもシビアです。そんな母が口ぐせのように言っているんです。最近は、特に若い人に軟弱な作家が多いと」

「ははあ、そういう……」

 ハルはもとはと言えば、母親とケンカをし、衝動的に家出をしたことが原因でここに居ついている。今でも遅くなるまであまり家に帰りたがらない。

「……昔から漫画が好きで、編集者である母によく見せていました。母は忙しい人で、なかなか家にはいてくれなくて、そのせいで学校の友達みたいに母の手料理が食べられなかったり、一緒に旅行に行けなかったり、寂しいって思うことも多くて……でも、私が描いた漫画はいつだってちゃんと見てくれました。私が小さい頃は、どんなに下手くそでも褒めてくれていたんです。だけど成長するにつれ、アドバイスらしきものをしてくれるようになりました。それは良かったんですが、どんどん指摘が厳しくなっていき、最近は『あなたにはプロになるだけの才能はない』とはっきり言うようになりました」

 ハルはぐっと握りこぶしを作る。

「……だから、私は、漫画で母を見返してやりたいんです。ここワナビ荘で、皆さんと一緒に腕を磨いて。母に、ぎゃふんと言わせるような漫画を描いてみたいんです」

「そっか。本気でプロになりたいの、あんた」

 突然、新しい声が割り込んできた。振り返ると、すぐそこにリョーコが歩み寄ってきていた。今までの話もちゃっかり聞いていたらしい。

「あんたのお母さんの指摘、間違ってはいないよ。あんたは確かにあの日以来、あたしの教えた通りにしっかり努力したし、それだけ手にマメも切り傷も作った」

 言われてハルは自分の手をじっと見る。すっかり汚れた、漫画描きの手だ。

「……だけどね、残念ながらあんたに絵の才能はない。あたしが保証してあげる。その上達速度では、プロとしては通用しない」

 はっきり言われて、目に見えて落ち込むハル。ずぅーんと雁首を地面に着きそうなほど垂れる。セミプロと言っていいほどの腕を持つリョーコに言われたのだから、余計に堪えたのだろう。

「ただ、その一方で、あたし、気付いたの」

 リョーコはにっこり笑って付け加える。

「あんた、原作の才能はすっごくある。お話し作り、とってもうまいもん。展開のアップダウンとか、間の取り方とか、基本がよくできてる。今まで何冊ぐらい漫画を読んできた?」

「え、……っと、母の仕事の関係で家には少女漫画が千冊近くありましたから……。それと、自分でも描くようになってからは他のジャンルのものも色々……」

 それだっ、とリョーコはぱちんと指を鳴らした。

「それだけの漫画読書量があれだけ綺麗なネームを切らせていたのね。いーわ、それじゃハル、あんたあたしと組みなさい!」

「えっ……」

 ハルは絶句していた。突然のユニットへのお誘いに呆然としている様子である。しかし、リョーコは構わず高らかに宣言する。

「ここに奇跡の作家カップル、『ハル☆リョーコ』誕生よ! はっはっは!」

 まー君はそんなリョーコを呆れて見ている。ハルも言葉が出ない様子だったが、やがてすっくと立ち上がり、がっしとばかりにリョーコの手を掴み、意外なほどのハイテンションでまくしたてた。

「や、やります! 私、リョーコさんと、『ハル☆リョーコ』やらせていただきます! とってもステキです、そのアイデア! きっと、名前に負けないとってもステキな作品を仕上げて見せます!」

「お、おいおい……」

 すっかり舞い上がってしまっている二人であった。

 かくして、百合百合腐女子漫画家ユニットの(なんつう響きだ)、『ハル☆リョーコ』は結成された。そしてその日から、彼女たちは猛烈な創作活動に没頭することになる。

 夜中までいやんだのうふんだの実に楽しそうな声が二人の部屋から聞こえてくる。まったく、一体何をやってるんだか。

 ともかく、最初はあれだけ険悪だった二人が手を取り合って創作だなんて、嬉しいやら呆れるやらで、何とも複雑な心境である。

 やはり腐女子同士は通じ合うものがあるのかもしれない。

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