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第2話 腐女子よ、マリーゴールドを抱け その5

 ハルは意外にもすぐそばにいた。というか、じゃんけんイベントに参加していた。

「あれぇ!? 出ていけって言われたから落ち込んで出ていったかと思ってたのに……、ちゃっかり楽しんでるとは。意外と図太いのな、お前」

「それはそれ、これはこれです。落ち込むのは後でもできますから後回しとして、とりあえず今やることを力いっぱいやることの方が多いです」

「んで、その結果何に落ち込むべきだったかすら忘れてしまう、と」

「まあ、そんなところですね」

 けろりと言い放つハル。うーん、こいつは僕が思っていた以上に大物かもしれない。

「まあいいや、それじゃお前は向こうのイベントに行ってBL作家のサイン色紙をゲットしてくれ。リョーコが欲しがってたものなんだ。僕はユウジ君が欲しがってるっていうミットを手に入れる」

「あー、でもそのサイン色紙実は私も欲しいんですよねー」

「そこであえて私利私欲を取るか!」

「じょーだんですよ、私は同人誌は好きですがサインにはあまり興味が無いです。しかし、じゃんけんですから結局運の勝負ですよね。出たところで勝算はあるんですか?」

「正直、無い。だけどあいつにあそこまで啖呵を切っちまったんだ、それなりに健闘しない限り顔向けできないだろ」

「別にそうでもないと思いますが……。まあいいや、それじゃ私は向こうへ行ってきます」

 飄々とした様子でじゃんけんイベントに参加するハルの背中を見送りながら、うーん、女ってわからん、と首を捻る僕であった。

 で、そのじゃんけん大会。

 念願の、ミットが賞品のターン。

 向こう側のゲームでは、作家のサインが賞品のターン。

 なんと、僕もハルも、けっこういいところまで勝ち残っていた。

 こっちは残り十人、向こうは残り十五人、といったところか。

 負けた参加者は悔しそうにしながら次々としゃがんでゆく。僕は、自分がまだ立っていることが信じられないような気もちだった。普段は、じゃんけんで連勝した記憶なんて殆どなかったし。

 しかしその緊迫したゲームの最中、携帯に電話がかかってきた。リョーコからだ。他の人物からなら無視したかもしれないが、こればっかりは取らないわけにはいかない。僕は片手を高く上げながらもう一方の手で通話ボタンを押した。

「もしもし、リョーコか? どうした」

「も、もっちー……。ユウジが、ユウジが、大変なのぉ」

 なんと、リョーコが泣いている。鼻をぐずぐず言わせ、息も絶え絶えに、かすれた声で僕に助けを求めている。そのあまりに意外な彼女の様子に、僕は思わずパーを出した。

「おおっとぉ! ここで五名に絞られました!」

 知らないうちに僕はベスト5に絞られていたが、今はリョーコの話を確認する方が先決だった。「どうした? 何があった!」僕が尋ねると、リョーコはしゃくりあげながら、

「ユウジの容体が急変して、いま、緊急治療してるけど、い、息がちゃんとできてないって、急に人が多い所に行って、緊張したんだろうって。あ、あたし、ユウジが苦しんでたのに、気付いてあげられなくて、じゃんけんなんかに、夢中になってて。イベントなんて、連れていかなければ、よかったぁ。あ、あたし、あたし、姉失格だよぉ……」

 そしてわっと大きな泣き声を上げた。参った、彼がそんな状況になっていたとは……。僕は心からの無念さを表現してグーを出した。

「おおっ、ここでラスト二名だ! まさかの一騎撃ちです、果たしてどっちが勝つのかー!」

「馬鹿野郎、お前がしっかりしなくてどうすんだ!」

 僕は受話器に向かって怒鳴った。これにはさすがに周りの参加者もしんとなり、となりのイベントでいつの間にかちゃっかりベスト3に残っていたハルも振り向いた。

「楽しそうだったじゃねえか、ユウジ君。あんなに笑顔で喜んでたじゃねえか! 連れて来なければ良かったなんて言うんじゃねえよ! それに、お前は姉失格なんかじゃない」

 しゃがんでいる参加者は皆、じゃんけんしながら通話する僕をポカンと見上げている。僕は彼らの視線も気にせずに続ける。

「ちょっと失敗はしたかもしれないけど、毎日ユウジ君のお見舞いに行って、ユウジ君のためにミットをゲットしようとしてあげて……、これが姉じゃなくて何が姉だってんだ。じゃんけんなんかだぁ? そのじゃんけんをユウジ君は楽しみにしてたんだろ、じゃあいいじゃねえか。今から最後の勝負だ。さあ、何を出す。ユウジ君に聞いてみろ」

「……うん。ごめん、そうだね」

 いつの間にかリョーコは泣きやんで、僕にはっきりとした声で返事ができるようになっていた。僕はにやっと笑う。「あ、あのう。勝負、始めてもOKですか?」司会者がおずおずと尋ねる。僕は力強く頷いてやった。

 隣の会場では、ハルが僕と同じように一騎撃ちになっている。彼女も僕を見ていたので、同じように頷いてやる。するとハルも不敵な笑顔で頷き返してきた。もとい、腐的な、と言った方がいいか。

「ユウジに聞くまでもないよ。あの子なら絶対にあの手を出す。今までもずっとそうだったもん。……野球の試合で勝ったら必ずやってた、勝利の、」

「それでは覚悟はいいですか! じゃーんけーん!」

 司会の声が重なる。僕は思い切り右手を振り挙げて、その手を出した。

 もちろん、ハルも、同じ手。

 相子はなかった。それで、二人の勝負は決まった。

 拍手が起こった。ぱちぱちぱちぱち。何に対しての拍手なのかわからないけど、おそらくみんな、そこで「何か」が起きたことだけは察しているようだった。

 僕は、いつの間にか自分が息切れしていたことに気付いた。どうやら相当集中していたらしい。そこで僕は唐突に気付く、「はっ、そういえばサークルのブース……」しまった! 僕はすっかり放置してしまっていたブースの方を振り向いた。

 しかしそこには、思わぬ人物――まー君とみちるさんとのんちゃんと、それと――なんとDJまでもが揃って、僕たちに拍手を送ってくれていた。みんな、結局来てくれていたのだ。

「よかった……」

 僕は全身の力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。

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