表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/37

プロローグという名の登場人物紹介

「お兄ちゃん! 起きて、お兄ちゃん! 早くしないと遅刻しちゃうよう!」

「朝っぱらからうるさいなぁ、かわいいブラコンの妹子。はいはいいま起きるよ、おはよう……ってうげえ! お前朝からなんて格好してやがる!」

「ふええ、ぼんやりしてておぱんつ履くの忘れてたよぅ……」

「っておいおい、そんなことよりもうこんな時間! 急いでもギリギリ間に合うか微妙だぜ!」

「なーにやってるのよー、早くしないと置いてくわよー。冴えないクセになぜか周囲からモテモテ男くん!」

「あー、元気系幼馴染子! 待っててくれ、今すぐそっちに行くから」

「きゃー、なんでズボン履いてないのよー!」

「うわっ、うっかり忘れてたぜ! これじゃかわいいブラコンの妹子のこと笑えねえや!」

「せーんぱいっ。今日もいい天気ですね~」

「うわっ、天然系おっぱい後輩子、朝から抱きつくなー! う、腕に何かやわらかいものが当たってるぅ~!」

「ちょっとー、冴えないクセになぜか周囲からモテモテ男くん、なに鼻の下伸ばしてるのよ! ちょっとこっち来なさい!」

「いででで! 耳を引っぱるな、千切れる、ひいい!」

「なんですかー、元気系幼馴染子先輩、冴えないクセになぜか周囲からモテモテ男先輩を一人占めしないでくださいー」

「お、お兄ちゃんのこと一番好きなのはわたしだもん! 一緒にお風呂入ってるんだもん!」

「ひ、ひいい! そ、そんなところ引っぱっちゃらめええ! 千切れる~! ひぎいい」


「うがああああ!!」

 僕は自分で書いた原稿を解読不能になるまで細かく破り捨てた。


 ワナビという人種がいる。

 ワサビじゃない。ワナビである。

 間違えないように。

 ワナビとは、つまるところ、漫画家だとか、小説家だとか、ミュージシャンだとか、そういうのに「なりたい人」を指す。

 wanna beをそのまま日本語読みしたものである。

 ある意味で差別的ニュアンスで使われることもある。時には皮肉な意味を込めて呼ばれることもあるそうだ(おそらく作家志望者にはそれなりに厄介な人格の人が多いせいだと僕は個人的に推測している)。

 まあ要するに、僕のような奴のことだ。

 僕はライトノベル作家になりたいと思っている。

 本気だ。嘘じゃない。

 けっこう本気で、作家業で一生食べていきたいと思っている。

 僕には心から尊敬し、崇めているライトノベル作家がいる。「城島ダイヤ」と言うのだが――、ちなみに性別は不明である――、この人は本当に素敵なライトノベルを書くのだ。

 あるときはファンタジー、あるときはミステリ、あるときは学園モノ……、ライトノベルと呼ばれるジャンルのほぼ全てを網羅し、なお実力の底を見せない、怪物のような作家。筆も早く、怖ろしいペースで新作を刊行する。今やライトノベル界のエースと言っていい人物だ。

 そして高校のとき、この人の作品に出会った僕は、あっという間に彼に心酔した。こんなに素晴らしい世界があったなんて。それからというもの、僕はありったけの小遣いをはたいて彼の本を全て購入、繰り返し読んだものだ。それどころか、勢い余って彼の作品で二次創作を行い、ネットや同人誌で発表するようになった。今思うと恥ずかし出来のものもたくさん生み出してきたけれど、若気のいたりということでぜひ許していただきたい。だって、「物語を書く」という行為は――、本当に楽しかったのだから。

 そして、受験勉強を経て大学に入り――、僕は本格的に小説を書き始めるのだった。あの、城島先生のようになるために。彼の描くような、素敵な世界を僕も創り上げて、多くの人を魅了したい。純粋な願望から、そして書くということの楽しみから、僕はこの世界を志したのだった。

 さて、そんな僕が、いざ一人暮らしの寮を選ぼうと、大学の生協に相談しに行ったとき、あるトンデモナイ広告が目に入ったのだ。

「『なりたいもの』がある若者、夢を追う若者よ、集え! 格安合同生活寮『ワナビ荘』」

 僕は不覚にも、そんなふざけた広告を興味本位で手にとってしまったのだ。それが全ての間違いの始まりだったのである(と、興味本位で先を読んでいただけそうなアオリを入れてみるのだが興味を持っていただけたかはわからない。人の興味を引くというのは難しいものである)。



「うおおお! まー君の作品キタコレじゃない! ほらほら、『道塚魔太郎氏、一次選考突破』だって書いてあるわよ! これ、まー君のことよね、すっごーい!」

「しょせんまだ一次選考ですよ。言ってみれば大学受験におけるエリミネイト、足切りみたいなもんです。ここから先が一気に厳しくなるんです」

「ワン」

「そうは言いますけど、今まで小説賞で一次選考通過できたのまー君だけですよ? もうちょっと自信持ってもいいと思います」

「まぐれですよ、まぐれ」

「もっちーもこっちに来てみるといいわよ。そして思う存分まー氏に嫉妬して苦悶に表情を歪めるといいわ」

「ワン」

 卓を囲んでパソコンを覗き込んでいる三人の男女、と一匹。彼らを少し離れた距離から眺めている僕という構図。どうやらまー君の作品が有名出版社の小説大賞でいいとこまで行っているらしい。ちなみにもっちーとは僕のことだ。

 まー君は都内で「ゴーストタクシー」なる斬新で新しい事業を切り開こうとしている、タクシー運転手のワナビだ。髪の毛が真っ赤なので誤解されやすいが、紳士的な好成年なのだ。さらに小説の才能もある。彼はホラー小説家志望なのだ。ついでに横文字が好きだ。使い方はかなり怪しいが。

「くっそー、あたし漫画はこの間ダメだったのよねー。今回のはけっこう自信あったんだけどな。血と汗と涙と鼻水の結晶」

「リョーコさんは鼻水みたいな余計なもの入れるから良くないんだと思いますけど……。さすがのあれには私もドン引いてしまいましたし」

「リョーコさんは鼻水っていうよりカウパー液を作中に垂れ流し過ぎなんじゃあ……」

「ワン」

「何よー! しょせん素人には私の芸術なんて理解できないんだー! うがー!」

 バタンとばかりに倒れ込むリョーコさんは美容師兼腐女子である。三次元二次元、イケメンフツメンちょいブサメン、有機物無機物、何でもいける人である。ぐちょぐちょである。ゴスロリファッションとかをコミケで着る。残念ながらメガネはかけていない。残念というのは僕の主観的感想である。

 リョーコさんは主にBL小説を書く。BL漫画も描く。いつかBLで芥川賞を取る、と息巻いている。あたしは第二の三島由紀夫になるんだー、と大言壮語なリョーコさん。おそらく何か勘違いしておられる。

「そういうのんちゃんはどうなのよー。この間言ってた声優オーディションに、エントリーしたんでしょー」

「あ、あれはエントリーじゃなくて、声優事務所の方に演技を聞いてもらって、感想をお聞きしただけです! ダメ元っていうか、最初からけなされるのを覚悟で行ったし、これで何か、結果を残すっていうか、そういう目的じゃなかったっていうか……」

「ほら、そーやって最初から自分で逃げ道を作っちゃう。それが良くないのよー。ね、まー君もそう思うでしょー」

「はあ、そうですねえ。のんちゃんの声質はとってもファンタジックでチャーミングですから、あとは演技力さえ整えばプロ顔負けのステキな声優が一人ここに誕生しますよ。いっそリョーコさんの作品に声でも当ててみてはいかがですか? 動画サイトでアップするとか」

「……それ、もうやりました」

 やったのか。

「しかし、リョーコさんと組むと絡み合う美少年の声ばっかりやらされるからもうイヤです……。方向性の違いで結成二日でユニット解散しましたね」

「それでも二日持ったんですね」

 この大人しい感じを強調する三点リーダを使いこなす、何とも奥ゆかしい少女は、のんちゃんである。彼女は専門学校生で、声優を目指しているんだとか。こうして謙遜--、というか、どちらかと言えば自分を卑下しているような、内気でマイナス思考に寄りがちなところはあるが、実のところ声質は素晴らしいものがある。将来を期待される、我が荘の看板娘だ。

 別に彼女はとりたてて美少女というわけでもないが、僕は彼女が大好きである。背が低く、髪形はさえないおかっぱで前髪が長く、分厚いメガネをかけていて、服装ははっきり言ってダサく、人とハキハキと話すのも苦手……。この垢抜けなさが、ダメさが何とも愛おしいのだ。皆さんにもこういう経験はおありではないだろうか?(内気な彼女と仲良くなった理由については後述しようと思う。いつになるかわからないけど)

「ワン」

 さっきからワンとかうるさい奴が一匹いるのでついでに紹介しておこう。この犬はカフカである。恥ずかしい名前だ。僕も言うのすら恥ずかしい。小説家志望が自分のペットに文豪の名前をつけるというのはよくあることだが――、断っておくが、こいつは僕のペットでも何でもない。このアパートの大家の飼い犬だ。

 以前リョーコが「こいつの名前カフカじゃなくてザムザにしない?」と提案したが飼い主に直々に却下された。僕はいい名前だと思ったんだけどなぁ(ここでクスッと笑っていただければ本望である)。

 さらにちなみに、犬というのは正確には「ワン」とは鳴かないものである。せいぜい英語表現の「バウワウ」くらいが順当なところだろう。日本語の「ワン」は英語圏では「one」と聞こえるらしいが、もし「ワンワン」と犬が鳴いたならば「one-one」に聞こえることだろう。一対一のいい勝負である。何が、と冷静な突っ込みを入れられる前にこの話題は切り上げよう。

 そういえば猫も「にゃー」とは鳴かないだろうな。英語で発音すると「near」だろうか。ネイティヴの猫語の発音をよく聞くと「なーお」とでも言っているような……。ちなみに猫語のネイティヴは日本では本物の猫と豊崎愛生くらいである。

 何を言っているのか……。とりあえず話を戻したい(どこへ)。

「さーさ、みんななにやってるのぅ? さっさと机の上片付けて。ご飯の時間よう。今日はね、アタシ特製・旬の食材の納豆鍋! これさえ食べればあなた方もお肌つやっつやになるわよう、ブホホホ」

「あ、DJ。おっつー。あのね、まー君の小説が一次選考突破したんだよー」

「あらま、ホント!? おンめンでンとう~。やだ、お祝いしなくちゃ。あとでケーキでも買ってこないと。ちょうど納豆鍋でよかったわぁ」

「え、納豆鍋ってめでたい料理だったの?」

 最後に部屋にのっそりと入ってきたエプロン姿のオネエ系キャラは、(うすうす勘付いているかとは思われるが)残念ながら女性ではない。というか、髭面である。もう言い訳のしようがないほど、気持ちいいくらいに、男らしいいかついオッサンである。身長一九〇近くあるのではないかという巨体に、全身引き締まった筋肉を持つ。髪の毛はレゲエ系の……、何と呼ぶのかよくわからないが、全ての毛を三つ編みにしているかのような、とにかく手間のかかりそうなヘアスタイルをしている。

 彼の名はDJ。その名の通り、ふだんは彼の経営するクラブでディスクジョッキーをしている。沖縄出身。彼がワナビ歴が一番長い。実に二〇年近く、宗教や家族愛をテーマに小説を書いては投稿し続け、ボツを食らっている。その数、実に二百と十三。そこまで落ちれば、普通ならさすがに「才能なし」と断じて諦めると思うのだが、彼は違うらしい。

「理解されるものだけが小説じゃないの。生み出す、ということは人間のスピリットと、自然界のグレートスピリッツ、すなわち私たちの信仰対象がダイレクトに接続されることであり、私はその神聖な行為自体に価値を見出すの」

 と、わかるようなわからないようなことを言う。なるほど、これでは出版社にも理解はされまい。彼の話に頷きながらも密かにそう思う僕である。

 そして彼は、この、僕たちワナビの住むボロアパート「ワナビ荘」の主人でもある。(ゆえにカフカの飼い主でもある。どうでもいい情報おわり)

 大家であると同時に、僕たちの良き理解者であり、親代わりのような存在。

 ちなみに「ワナビ荘」というのは僕らが勝手に決めたあだ名であり、正式名称は「ハイツ○○」だかなんだか、特に面白味もないものだ(当たり前である)。

 DJはこのアパート名のセンスについてだけは今でも悔やんでいる。もっと「ハイセンスでグルーヴィーな名前にしておけばよかった」と(グルーヴィーがどういうことを指すのか、例によって僕は聞かずにおいた。聞くと話が長くなって面倒だからだ)。

 はてさて、都内某所にひっそりと存在するこの「ワナビ荘」、果たして平成の「トキワ荘」となり得るのか。それはいくら何でも志が高過ぎか。まあでも、夢はでかいに越したことはない。

 そんな感じで、以下、夢を追い続けるオタクたちのしょーもないエピソードが展開される。

 本当にどうしようもないので、正統派(?)ライトノベルファンの方々はお怒りになるかもしれないが、そういった方々はここに至るまでに既に脱落していると思われるので、気にせずに進めることにする。


 細かいことを気にしていたらワナビなんてやってられないのである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ