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ユキチ冒険譚  作者: 霧島遠夜
6/7

sideユーリ①

 ユーリ・セヴェン・シアードの一日は、夜明けと同時に始まる。

 着替えや給仕は侍女の仕事なので、朝はそれほど急ぐ必要はない。冷静沈着、寡黙、忠実と謳われる従者ユーリだが、朝は早く起きてゆったりするのが好きなのだった。

 

 ユーリの部屋は使用人棟の2人部屋であり、朝に弱いルームメイトを叩き起こしてやるのも日課である。

 申し訳程度の暖房しかなく、初冬になった帝都では、いささか寒い部屋の中。ユーリは、ルームメイトの布団を遠慮なく剥ぎ取った。ついでにちゃっかり相手の布団を、自分に巻きつける。

 暖かい。


「ゼートム、起きろ」

「あー……ぐう……」

「ゼ―トム、そこにエンリエッタ嬢が」


 決まり切った目覚ましキーワードを口にすると、ルームメイトは跳ね起きて、ベッドの上に直立不動になった。


「おはようございます!」


 ゼ―トムは、従者ではなく料理人見習いだが、紫宮に滞在中の子爵令嬢に懸想している。身分違いの哀れな奴だ。ユーリは、この寝ぐせで鳥の巣状態の青年を、素直実直でからかいやすいと認識していた。

 

「早く着替えろ」

「って寒っ!お前、自分だけほかほかじゃねーか!風邪引いたらどうしてくれんだよ、偉いさん方に移さないように、調理場立ち入り禁止になっちまうだろ!」

「俺の主人からおっしゃった名言を教えてやる」


「お前ほんと悠長なやつだな!んなこと喋ってる暇ねえ!行ってきますっ」


 ブツクサ言いながら、10秒で着替えて髪を撫でつけ、駆け足で出ていく。料理人の仕事は朝早い。

 たいへんだなあと見送りながら、ユーリはポツリとつぶやいた。


「馬鹿は風邪引かないらしい」




○●○●




 ユキチが朝食を食べ終わる頃に、ユーリの仕事は始まる。主人が女性である場合、朝食前、つまり女性が朝の支度を整える前に部屋に行くことは、無礼とされている。夜中に忍びこむのは論外であるが。

 侍従侍女ともに紺色で統一された仕事着に身を包み、仕事開始だ。


「おはようございますユキチ様」

「おはよう、ユーリ」


 動きやすい簡素なドレスに身を包んだユキチは、ふわりと微笑んだ。動きに合わせて、長い黒髪がさらりと揺れる。ユーリの主人は、仕事のために髪を結わない。『道を歩いている時、日本人が同じ日本人のわたしに気付くかもしれない』とのことだ。こちらでは黒髪も結わない女性も珍しい。

 アンナは食器を下げ、ナギは花瓶に花を生けている。ナギに食器を扱わせると割る。

 ユーリがユキチの本日の予定表を手渡すと、ユキチは盛大に溜息をついた。


「今日も、予定びっしり……」

「はい。午前中はダンスの練習、昼はテーブルマナーの確認、午後は夜会の衣裳合わせ、夜はダンスの特訓です」

「……午前中は練習なのに、夜は特訓なのね……」

「仮衣裳の靴が出来上がりましたから、それを使うためかと」


 異世界出身で小柄なユキチは、こちらの成人女性の標準より遥かに足が小さい。きちんと足に合うか試さなければ、痛めてしまう。

 高い踵で躍るのは、さぞ辛いだろうが、夜会で足を痛めるよりよほどマシだろう。


 


 ユーリは、ユキチのダンス練習場である小さなホールへ付き添った。アンナも一緒である。ナギは、主人がいないうちに部屋の掃除や洗濯を任されていた。

 

「おはようユキチ!」

「……今日もお願いね、騎士さん。そして先に謝っておくわ……。ごめん、踏む。今日も踏みます!」


 ユキチは両手で顔を覆って宣言した。いつになく後ろ向きなユキチに、ダンスの師である男は、苦笑している。


「慣れてるから大丈夫。しかしなんで、武闘は得意で舞踏は駄目なのかな……」


 後ろ向きから一転、ユキチは冷ややかな視線を送った。確かに、面白くない。 


「……ラカム、貴方おじさん臭くなったんじゃない?さすが30……」

「あのなー、ユキチを励まそうと思ったんだぜこれでも!」


 ユキチとラカムは、二人でカラカラと笑いあう。

 ラカムは、ユキチの勇者時代の冒険仲間だからだ。常に全身甲冑を纏っていたため、ラカムの知名度はあまり高くないが。

 

 ユキチが勇者をやめた後、ラカムは本職の騎士に戻っていった。騎士の中でも異例の出世株と話題の人物であり、将来の騎士団長候補である。

 騎士団長になれば、護衛のため皇帝家と深く関わることになるので、ラカムは既に礼儀作法やダンスなどの嗜みは達人の域だ。

 

 ユキチの師匠に打ってつけの人物。


 分っていながらも、ユーリにとっては多少面白くない。いくら気を許していても、ユキチがユーリやアンナ、ナギに取る態度は、必ず一線がある。ラカムの前のように、気軽には接してくれない。

 それは、ユキチが従者の立場を思ってのことだというのも、分っている。

 ユキチが主人として立派に振る舞わなければ、馬鹿にされるのは従者たち。ユキチが王宮で好き勝手に振る舞えば、辛く当られるのは、やはり従者たち。

 王宮とは、そういうところだ。



 派手に転び上手くステップを踏めない主人を見守った。

 宣言通り足を踏まれるラカムの悲鳴が、何度もホールに響き渡った。




○●○●




 昼食でのテーブルマナーの確認は、滞りなく終了。


「ダンス以外については、器用だもの。……リズム感の問題よね、きっと」


 主人は一人で納得していた。




 午後の衣裳合わせの時間、ユーリは一人で、ユキチの仕事部屋に来ていた。衣裳合わせは、アンナに加え、他の侍女数人とお針子を呼び、女総出で仕上げるたいへんな作業だ。ユーリはお呼びでない。

 その間に、ユキチが溜めている分の仕事を整理しておく。

 本来急ぐような仕事ではないため、1月休む程度なんてことはないのだが、書簡や報告書にざっと目を通し、変化があれば知らせなくてはならない。

 アンナやナギは字の読み書きができないため、ユキチの補佐はユーリの任せられている。

 暇な時は、ユキチが、アンナやナギに字やこの世界の常識を教えていた。


「これは……」


 一度だけ、ユーリは手を止めた。届いた書簡の中に、北のフォントンからのものがある。封は切らずに、ユーリはそっと胸ポケットにしまう。



 後は無言で、てきぱきと終え、今度はユキチの部屋に付いている当直用の部屋に行く。当直部屋は、簡易ベッド1つとテーブル1つ椅子2つ、小さな本棚とお茶をセットできるワゴンだけで、いっぱいになっている。夜明けから夜中まで働かせるのは『ロード・キジュン・ホウ』にきっと違反する!と叫ぶユキチによって、現在この部屋は従者休憩部屋になっていた。

 ユキチはよく『ロード・キジュン・ホウ』と叫び、元々半月に1回だった休日を7日に一回にしたり、朝から晩までの仕事に食事以外の休憩を増やしたりした。

 他の主人に仕える従者にそんな恩恵はないので(ユキチは皇子にも進言したが、他の主人たちはどうせ聞かないと却下された)、度々周囲から羨ましがられる。

 

 軽くノックして部屋に入ると、ナギが絵本を読みながらうんうん唸っていた。字を読む練習だろう。


「あ、遅いよユーリさん!」

「勝手に魔法を使おうとはしてないな」

「ひどーい!ちゃんと待ってたもん」


 ナギは少し不貞腐れながら勢い良く絵本を閉じた。


「あーあ。ユキチ様のご衣裳、早く見たいなあー。あたしだけ、魔法の練習なんてさ」


 ナギは経験が少ないため、休憩時間+魔法の練習と言いつけられている。ユキチが着替え終われば見に行くことはできるが、手伝いはできない。

 そしてそのナギの魔法の先生は、ユーリの仕事だった。


「嫌なら止めるか?」

「……ううん、頑張るよ!」


 魔法の勉強は好きなナギだが、今日は魔法の歴史授業である。実践が好きなナギにはちと退屈そうだ。





「えーー!じゃぁ魔法ってそんなに便利じゃないじゃん!」


「元々はな。魔の力は魔に作用し、人の理には作用しない。魔物には効くが、人間には効かなかった。

 そもそも魔の力は、魔物だけのものだった。その技術を人間が盗んだと言われている。神話ではな」

「つまんなーい……」


「最後まで話を聞け。

 人間に効かないのは、不便極まりない。なら、人間たちは対応したと思う?」

「んー……魔法なしで発展?

 じゃないよね、料理でも選択でも魔法使ってるしー。あれぇ?便利だ」

「まぁ、分らないか。

 

 魔法を使いたい。人にも使いたい。そう願ったため、この世界の人間は全て魔力を帯びるようになった。

 人間が使うものも、全て魔力を込めてある」


「それが今なわけだ!だから、普通に使えるんだ。へぇええー!」


 ナギが口をぱかーっと開けて、拍手する。

 テーブルに広げられた質の悪い白紙を、ユーリはつんつんと指でつついた。

 慌てて、ナギが日本語で内容を書き留めだす。ユーリには読めないため、きちんと内容がとれているか不安だ。


「人間は、魔物から魔法の技術を盗み発展した。

 では、魔物は?人間から何を盗む?」


「えー……。パソコン技術……とか!」

「……なんだそれは」

「えっとー、元の世界の人類の偉大な技術でー、ナノテクとかも……。

 ごめん!わかんないや!」


 ナギは、降参!と両手を上げた。


「人間本来の一番の力は、集団力だ」

「あー……あたしの苦手なコミュニケーション能力&協調性ですな?」

「……?

 まぁきっとそんなものだろう。


 個々の限界は知れているが、集団の力で根強く発展していくのが人間だ。

 そして、集団で生きることはできずまとまりが無いが、個々が強いのが魔物だった」


「え、じゃぁ魔物が集団の力盗んだら……?」

「それが歴史で起こったことだな。

 

 集団になり、魔王が現れ、統率され、厄介な相手になったわけだ。

 

 本来、魔法は人間に効かないから、魔物は平気なはずだった。

 けれど、人も魔を帯びるようになった。攻撃できるようになったが、魔物の攻撃も効くようになった」


「意味ないじゃん……」

「それで、魔物と人が争うようになったというわけだ。

 では、次に人が取る方策は?」


「えーと、魔法捨てればいいと思うけど、それはしてないよね。

 あ、勇者だ!勇者召喚で、ユキチ様!」



 ナギが嬉しそうに答えたところで、背後の扉が開いた。



「正解よ、ここでわたし登場。

 頑張ってるわねナギ」

「ユキチ様!」


 叫んで、慌てて2人とも振りかえる。


「どう?」


 立っていたのは、紫の豪華なドレス着て、いたずらっぽく笑う主人だった。

 濃い紫の下地に、淡い紫の薄絹が幾重にも重ねられており、小さな真珠が刺繍とともに散りばめられている。胸元は、少し広がっており、紅玉のネックレスが鮮やかに咲いている。

 長い黒髪は、半分ほど飾り紐を編みこまれながら上げられており、もう半分はいつも通り、背中に流れていた。

 美しく優雅ながら、優しく無邪気そうな笑顔をするユキチに、雰囲気のよく合う衣裳だ。 


 

 勇者というよりは、皇子妃のようだ。


 

 素直にそう思ってしまい、思った瞬間ユーリは、こっそりと唇を噛みしめた。

 綺麗なこの人の横に、自分は立てない。

 

 横で、やり遂げた感を表すアンナや、感動しているナギがきゃぁきゃぁと騒いだ。


「素敵ですユキチ様ぁ!それって、どっちで着るんですか!?」

「これはパレード用よ。夜会用はもうちょっと動きやすいの。……ほんのちょっとだけど」

「ユキチ様、そのお姿でしかめっ面はお止めくださいな」

「はいはい。どうせ客寄せパンダですもの。頑張って笑うわ」


 なんだかんだと言いあいながら、楽しそうな様子に、ユーリは加われなかった。

 静かに見守っていると、ユキチがユーリに笑いかけた。


「あ、ユーリ!どうかしら?」

「お似合いです……とても」


 なんとか、冷静に答えると、ユキチは、くるりとその場で一回転した。

 黒髪と裾がふわふわ舞う。




「じゃぁ、お願い。

 このドレス、魔法で燃やしてくれる?」


ユーリ視点です。

ユーリ視点の1日でまとめようとしたら、魔法の説明を入れたので長くなって2分割。

つづきはどっち視点にしようか迷ってます。たぶんユーリのままかな。

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