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ユキチ冒険譚  作者: 霧島遠夜
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4話・お祝いのお知らせ

 紫宮でユキチに与えられた部屋の中の一室、本棚と蔵書、仕事机に囲まれた仕事部屋に突然の来訪があった。

 いや、むしろ来訪するという先触れが来た。


「失礼いたします。ユキチ様の執務室に、もうすぐ第一皇子殿下が御出でになります。ご用意を」


 ストーカー殿下の侍女からの先触れに、ユキチは目をパチクリさせた。アンナ、ユーリも同じ表情である。対殿下スキルがまだ低いナギだけはきょとんとしていた。

 用件だけ告げて侍女が去るのを見送ると、仕事部屋は騒然となった。


 先触れというのは、上流階級の礼儀である。

 貴族王族が他者の邸や部屋を訪問するとき、先に使者を送り、もうすぐ着くということを知らせ、相手に準備する時間を与えるのだ。


 しかしあの皇子はそんなことを今まで一度としていなかった。

 いきなり来る、いつの間にかいる。その異名が『ストーカー殿下』なのだから。

 


○●○●



 ユキチが帝都に帰ってきてから半月が経った。

 王宮内でのユキチの仕事は主にデスクワークだ。仕事自体は、『日本人を異世界から還してあげる』ことだが、そのためにはまず日本人を探し出さなければならない。前職で得たツテや、いけ好かない皇子のコネなどで、帝国各地から、日本人の情報を集めている。『帰還希望の日本人はフクザワ・ユキチまでお問い合わせを!』キャンペーンなども実施中。それらための書簡をやり取りしたり、報告書・企画書を読んだりする。 

 

 また、そんなにたくさん異世界トリップする人間がいるわけもなく、この仕事を始めてから1年、見つけ出せた日本人は6人だけである。

 ユキチの予想ではもうちょっといると思うのだが、なにせ探す範囲は『この世界まるごと』。帝国内ならともかく、国交もない異国や異種族のほうでは、あまり捜索が進んでいない。

 さらに6人の中でフリードリフィアに残ることを決めた人達と、文通もしている。


 嫌なことをさっさと済まして寛ぎたいので、午前中に仕事部屋に詰め、午後には、まったりしたり、王宮図書館に通ったり、帝都で遊んだりする。

 基本ボランティアなので、お給料はどこからも出ないが、適度な仕事量にユキチは満足している。



 本日も晴天。冬の気配が日に日に濃くなる中、今日もユキチは仕事に打ち込んでいた。


「ユーリ、そこの書類の束取ってちょうだい。アンナ、この手紙を紫宮にご逗留中のヴァインデスラ子爵に」

「どうぞ」

「行ってまいります」


「ナギ」

「はいはーい、何ですユキチ様!」

「とりあえず、何もしないでちょうだい!そこの本の山を崩したら、わたし泣くわ!お願いだから動かないでいてね、ね?」

「……」


 そんな和やかな日常風景も一息つく、正午前。

 ようやく今日中にしたかった仕事を終え、さぁ午後は何をしようかと思いながら4人が小休止している時刻。



 ユキチにとって達成感で満たされる大好きな時間に、例の先触れが来たのだった。



○●○●




「あの殿下が、先触れ。やだわ、槍が降るわね。アンナ、洗濯物しまわないと、ズタズタにされちゃうわよ」


 ユキチは心底嫌そうな顔を、窓に向けた。

 ユーリは手を顎にあて(さすが美青年、そんな姿が厭味なく様になっている)、うなった。


「……偽物がユキチ様を襲撃にでも……」

「とりあえず、私は用意をしておきます。万一に備えて!」


 一体何の用意をするつもりなのか、アンナが握りこぶしをつくり、腕まくりした時、



「常識はあるよ。使う気はないのだけれども」



 先触れから30秒ほどしか経っていないのに、部屋の扉をノックなしに開いてにっこり微笑む皇子が立っていた。





「……先触れしてから、30分程度時間を置くのが礼儀ですわよ」

「いやぁ、いつの間にかいる作戦では、ユキチが驚かなくなったから。先触れすると見せかけて実はもう来た方式で驚かせようかなと――ああ、いいねいいよその虫けらを見るような心底鬱陶しそうなユキチの顔!そんな顔を僕に見せてくれるのは帝国広しと言えど君だけだ!」


 迷惑そうな顔を露骨にだせば、皇子はこの上なく喜んだ。


「真性のマゾを初めて生で見ちゃった……」


 もはや言葉を返すのも面倒なユキチの傍で、礼を取りながらナギがポツリとつぶやいた。 

 同じく礼を取るユーリは、灰色の瞳から強力な冷気を放っている。

 絶対的な身分差を前に、使用人たちは許可なく顔を上げることはできないが、オーラは伝わっていることだろう。


「まあ今日ばかりは、仕事から逃亡したわけではないよ?ユキチにとっても喜ばしい報せがあるんだ」

「あら、有難うございます。ありがた迷惑でございますが」

「もう、ユキチは!僕が喜ぶと知って、そんな態度なのかい?せめて内容を聞いておくれよ。

 

 あのね、ユキチのための祭が催されることになったんだ!」



 皇子は椅子に腰かけ、白金の髪も碧い瞳も輝かせながら、はしゃいだ。

 27歳になるおっさん皇子に使う言葉ではないが、美形補正で若く見える上、輝いている時の皇子は純粋無垢見えるから、はしゃぐという表現がとても似合った。


「はぁ?」

「勇者として王宮に召喚されて3年、勇者として魔王を討伐し、帝国を救って1年!

 ユキチのその功績を讃え、ユキチが魔王を討伐したこの時期に、毎年盛大な祭りをすることにした」


「確かに魔王は倒したけれど……今更感たっぷりなのは、わたしだけかしら」

 

 わけわかんねぇ、という顔をしたユキチに、皇子は肩をすくめた。


「仕方ないさ。1年は様子を見ないと、あの魔王だ。復活!なんてこともありそうだった。何より、去年は王宮もゴタゴタしてたからね。

 魔王を討伐した勇者がどんな特権階級になるかと思いきや、勇者をやめる!と宣言して、異世界に戻ったり慈善事業始めたりするんだから」

「何か悪いことでも?」

「いや、ただ取り入ろうとか排斥しようとか水面下で画策してた奴らが、愕然としていたよ。

 ともかく、勇者の出方を窺っていたのもあるだろう。どんな無理難題を報酬として請求してくるのか、と。もしや、帝位を望むのでは!とかいう意見まで。

 実際は、衣食住と慈善事業の手伝いしか頼まれなかったけれど。


 それで、元勇者に他意が無いことも、魔王の復活がなさそうなこともわかった今になって、帝国全土で祝賀祭!」



 傍で控えているナギがピクリと反応するのがわかった。

 弱冠13歳の少女だ。勇者や魔王、祭りなどというワードを聞けば、興味が湧くのだろう。

 ユーリとアンナは無表情だ。傍に控えるものは、主人たちの会話は、用事を言い渡される時以外は、スルーしなければならない。心中穏やかではないだろうが。


 対してユキチは、綺麗ににっこりと笑った。

 綺麗すぎる完璧な愛想笑いは、ユキチが一番不機嫌な時に現れる。



「それって、もしかするとわたしが偶像として扱われて忙しくなるのでは?」

「そうだな、3日間に渡って帝都をパレードしたり、最終日の皇帝が開く夜会で、主賓扱いになるだろう。

 その張りつけたような愛想笑い!なんて清々しいんだ君はっ」


 

 その言葉を最後に皇子は口を閉ざした。

 皇子の鳩尾にユキチが拳を叩きこんだからである。まさに勇者として訓練された者の、流れるような一撃だった。

 八つ当たりである。祝賀祭を決定したのは皇子ではなく、皇帝と議会なのだから。

 しかし、ユキチは不敬罪に問われはしない。皇子がユキチの攻撃を喜ぶから。


 慣れた手つきでユーリが後始末、もとい、介抱していた。



 そうして八つ当たりしたところで、パレードと夜会から逃れられるはずもなく、

 その日から1ケ月、全ての仕事をキャンセルして、準備に忙殺されたのだった。  


皇子さんはMだったようです。

この人が出てくると毎度会話が長いです。話も存在も鬱陶しい人、皇子。

異世界・貴族とくれば夜会ですよ夜会!

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