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ユキチ冒険譚  作者: 霧島遠夜
4/7

3話・夢の中の勇者

 またあの夢を見る。

 これで何度目なんだろう。最初は辛かったけれど、今は見るとただひたすら消耗する夢。


 何かもかもが白い部屋だった。大理石でできた壁、柱、床。ここが地下にある魔城の最奥部だなんて思わせないほど、神々しい白の部屋。けれど、とても冷たく感じる白の部屋。

 その部屋の主も白かった。床にまで流れる白髪、深窓の令嬢より白い肌。ただその瞳のみが、唯一血が通っていると思わせる紅だった。

 白い部屋には、汚点のようにわたしの仲間が転がっていた。死んではいないけれど、一撃も与えないまま、金縛りによって動けなくさせられている。

 

 立っているのは、わたしと白い男――魔王だけ。

 紅の双眸が、ひたすらわたしに注がれている。

 静かだった。

 

 わたしは、一歩一歩魔王に近付いた。足音だけが大理石に響く。


 覚えた魔法も、勇者だけが装備できる伝説の剣も何もいらない気がした。いや、それで攻撃することもできた。ただ、どうしてか、この部屋でそんなことをするのは無粋に思えたのだ。

 マントの内側から、ナイフを取り出す。なんの変哲もないただのナイフ。魔物を倒すために使ったことはない。果物を切ったり、縄を切ったり、あるいは獣の皮や肉を剥いだりした日常生活で活躍するナイフだ。


 あと一歩で、魔王にぶつかるというところで、わたしは止まった。


「貴方は……死にたがってるのね」

「そう見えるか」


 初めて、魔王の顔が動いた。口を開いて声を発しただけなのだが、それまでの魔王はピクリともせず、銅像のようだったから。

 

「なぜ死にたいの?」


 純粋な疑問だった。幾人もの人を殺し、街を焼き、やりたいように残虐行為を繰り返したはずだ。そんな魔王に思考があり、死にたいと思うなら、それは何故だろう。

 人生に飽きたとか、世界に絶望したとか、そんなものだろうか。

 魔王の声はとても静かで、なぜか大理石の部屋には響かなかった。


「嬉しくて哀しいからだ」

「は……?」

「我は永きを生き、その中で悲しみも喜びも何度もあった。だが、両者が一度に訪れた今が一番満たされている。

 今、死にたい」


 やっぱり魔王だ。人間の勇者ごときのわたしに、そんな感情は理解できない。

 でもお望みなら、遠慮なく。


「そう。じゃぁ行くわよ。わたしもね、貴方を倒して家に帰るって目標があるの。お互い得なら覚悟はしやすいわ」


 帰る。どうしても日本へ帰りたい。一人ぼっちの母のもとへ。わたしが生まれる前に父は死に、両親も兄弟もいない母は一人だ。たった一人でわたしを育てた。そして、わたしがいない今、彼女は本当に一人だ。

 帰りたい。安心させたいのもある、わたし自身が日本の暮らしに満足していたこともある。

 でも帰りたいという気持ちは、たぶん理由なんて必要ないほどの衝動だ。あそこが、故郷。ただひたすらに帰りたい。3年前、勇者として召喚されて初めて『郷愁』というものを真実理解した。一瞬たりとも我慢できないほどに帰りたい。


「帰るのか」

「……?ええ、そうよ。貴方にも理解できないようなところへ」

「そうか。ならば帰るが良い***よ。我も還ろう」


 やはり静かに言って、魔王が目をとじた。彼が目を閉じると、なにもかもが真っ白に思える。

 それを合図にわたしは、ナイフを突き出した。彼にもたれ掛かるように、身体ごと。


 彼は、血を流さなかった。ただ、深くため息を吐いた。

 そして足元から白く霞み、やはり静かに大気へ溶けていった。

 

 目の前から完全に消滅すると、後ろからざわざわと音が戻ってきた。仲間たちが体を起こしはじめたのだ。


「***!よくやった!!」

「終わったんだ!本当に終わったんだい、ひゃっほー!」

「怪我はない?***ちゃん」


 振りかえると、彼らはバタバタと駆け寄ってきて、それぞれ歓喜や安堵の表情を浮かべていた。


「ええ、大丈夫」

「しっかし、変な奴だったな魔王め」

「まぁ……魔王の真意を理解するなんてあたしらには無理だろうさ」

「ところで、***。それは、なんだ?」


 重い盾を装備した甲冑姿の仲間が、ガチャガチャいいながら、わたしの後ろを指差した。魔王のいたところだ。

 くるりと振りかえると、


「あら、宝箱」

「魔王でもあるのか、ドロップアイテム」

「おお!開けてみろよ!」

「結局あたしら何にもできなかったし、***ちゃん貰いな」


 魔王からのドロップなのに、普通の魔物から出るのと同じ、何の変哲もない木の箱だった。先程までの魔王といまいちそぐわない。

 屈みこみ、ぱかんと開く。鍵もなにもいらなかった。入っていたのは……


「ブーツ。しかも女物っていうか、サイズが……」

「小柄な女用。てか、明らかに***ちゃん用だー」

「ちょっと見せてみ?」


 鑑定眼を持つ仲間が、ブーツを調べた。みるみるうちに彼の眉間に皺が寄った。


「なんだこりゃあ!ありえねー装備だぜ。さすが魔王って感じだ」

「なんだい、早く教えなって」


 眉間に皺を寄せた顔から一転、彼はわたしにニカッと笑ってみせた。


――だめ。見たくない


「良かったな、***。帰れるぞ」

「え……!?」

「魔王さんが何を思ったか知らんがな。こいつぁ『世界を渡れるブーツ』だ。これがあれば、100%お前は帰れる」


 喜びで涙が滲んで、その後のことはぼんやりしている。

 ブーツを装備して、鑑定した仲間が言うとおりに使う。


 一瞬立ちくらみのような感覚が走り、視界が暗転する。

 次の瞬間には、水の中のようなところにいた。濡れる感触はないけれど、何かに包まれている。そして、流れに押されて、ある方向へ身体が流れていく。まるで川の中だ。


――いや。嫌。起きろ、自分


 しばらく流れて、ひどく温かい感覚が走り、水の中から放り出される。


――起きて!覚めて!起きろっていってるでしょうが!


 ゆっくり目を開けると―――


 ひどく懐かしい、ビルに縁取られた空が見えた。




●○●○




「いや!」


 ユキチは、自分の叫び声に驚きながら目を覚ました。

 全身から汗が吹き出し、心臓辺りがどくどくと言っている。喉がカラカラ。

 数秒だけ目を閉じて、ゆっくりと起き上がった。帝都の王宮、その自室の豪奢なベッドだ。蚊帳ではなく天蓋なんてものがついている。ふわふわすぎて、いっそ寝にくい敷布団から抜け出す。

 

 部屋についている露台へ出た。秋の終わりの涼しい風が、そよそよとナイトドレスを揺らす。


「ああ……疲れた。なんで夢で疲れなくちゃいけないのかしら、ちくしょー!」


 冴え冴えとした満月に向かって、怒鳴る。

 一人になると言葉が荒れることもユキチの癖だ。

 ちなみに今、後ろからそっと見守ってくれる人物は、気の置けない人物だからノーカウントである。


「上着を羽織ってください」

「ユーリね、ちょっとは励ましたり慰めてたりしないと、男としてどうかと思うわよ」

「御望みならば」

「……貴方、もてないでしょ」

「それなりです」


 それなりにもてるのか、もてないのか。どちらであってもユキチは気にしないのだが。

 振りかえると、ユーリの灰色の長い髪が、風に煽られてくちゃくちゃになっていた。

 いつも冷静沈着、ピシッとしたユーリとのギャップに、ユキチは吹き出した。


「あーあ、朴念仁のユーリのおかげで、感傷が吹き飛んじゃったわ。お茶入れてちょうだい」

「眠らないので?」

「こーゆー夜はね、徹夜で読書するのもオツなものよ」


 ユキチはこの世界の文字もスラスラ読むことができる。内容が頭に入ってくるのだ。これぞ異世界勇者補正。

 身体の温まるお茶を飲みながら、ゆっくり小説を読み進めた。


 神話をモチーフにした悲恋の物語だ。

 主人公は、最後愛するヒロインに殺されることを選んだ。


 翌朝、結末まで読んだユキチは、『辛気臭い』と評した。

 徹夜のユーリは翌朝もピシッとした装いだったが、目の下のクマはくっきり浮き出ていた。

前回一文が長く見づらかったので、今回からやたら改行していきます。

前のも暇ができたら直すと思います。


深夜に夜這いしてくるユーリ君。ダメだろう!

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