1話・ユキチのお仕事
帝都から遠く離れた辺境区フォントン。一年の半分は雪に閉ざされる極寒の地である。
帝都の王宮で暮らすユキチが遥々フォントンまで来たのは仕事のためだ。
ひとまず新婚さんの家の中に落ち着き、お茶を有り難くいただいたところで、ユキチはゆっくりと口を開いた。
「改めて、帝都から来たフクザワ・ユキチです。貴女と同じ、日本人」
「あの……すごいお名前ですね」
「よく言われます。偽名ですよ」
「はい?」
「日本人が、すぐに同郷とわかる名前が便利なの」
さらりと言ながら、相手の反応を楽しむのがユキチの癖だ。
「改めて説明しますね。私の仕事は、異世界トリップしてしまった人を、元の世界に帰すこと。まあ日本人だけだけど。他はこの世界の人と見分けつかなくって」
元の世界にと言った途端、正面のソファーに座る家主が顔を強張らせた。倉内真理の夫、ウェスタ・アルゲインだ。ちなみに夫婦は別姓なので、真理の苗字はそのままである。
ウェスタはさておき、真理のほうは嬉しいのか困惑したのか、わずかに涙ぐんでいる。
「日本に帰れる……。お母さん、みんな……」
「真理さんは2年こちらにいて……元々、大学生ですね?帝都の大学の協力で留学という形を取れますので、日本でも経歴などに問題は起こりません。ご家族の理解は、真理さんが頑張らないと、ですけど」
「すごい……そんなことまで、できるなんて……。だったら」
真理はそこでついに涙を零した。一度涙が出ると、もう止まらない。
「だったら……どうしてもっと早く来てくれないのっ!そんなに発達してるなら!そんなに簡単なことなのに、あたし一人で苦しんでた!」
悔しい、と言いながら顔を覆う。確かに、もっと早く真理に会えたなら、ユキチはさっさと帰してあげただろう。ユキチからは何も言えない。
「ずっとずっとずっと!帰りたかった。ようやく諦められると思ったの!ウェスタに会えたから。なのに……今更っ」
興奮する真理を、ウェスタがそっと抱き寄せた。あやすように頭を撫でてやりながら、優しく語りかける。
「大丈夫だマリー。諦めなくたっていい」
「そんな、でもウェスタが……!」
「大丈夫だ。僕も行く。君の世界へ、行くよ?」
ユキチは一人こっそりため息をついた。
(こういう件が一番辛いなー)
しかしすぐに顔を上げて、毅然とした態度で告げる。
「残念ながら、それはできません」
一瞬で二人は言葉を失った。
言いたくないことは、とっとと言ってしまおうと、そのまま続ける。
「日本人がこの世界に来ることはできます。けれど、この世界の人は向こうには行けません」
「な……どうしてだ!」
「存在がファンタジーだから」
シリアスムードから一転二人はぽかんと口を開いた。
再び絶句した二人をよそに、すっかり冷めてしまったお茶を口に含んだ。
興奮していた二人だが、ようやく少し落ちついたようで、再びソファーに並んで座り直した。 ワンピースの袖口で、真理は荒っぽく涙を拭う。
「えっと、ごめんなさい取り乱して。その存在がファンタジーって……」
「日本に……というか、元の世界に魔法はありません。元の世界がそれを強く封じているからです。理由は長くなるから割愛。そして、元の世界は魔法や魔力を強く拒みます。そういう……あちらの言葉で言う『非科学的』なものを」
「僕たちは誰でも必ず魔力を持っている……本当に微量でも。魔力のない人はいない」
「そう。だから貴方は日本に来れない。ちなみに真理の行き来もできないわ。理由は割愛。わたしは例外だけどね」
お茶を飲み干して立ち上がる。これ以上は二人で決めることだ。あんまり長居すると吹雪で帰れなくなるし。
来たときと同じように戸口で一礼する。
「今すぐ日本へ帰らなきゃいけないわけじゃないわ。帰りたくなったら、王宮に来てね。」
後は若いお二人で、とひらひら手を振ってユキチは家を出た。
ようやくユキチ視点です
仕事柄説明文多くて申し訳ないです
次からは普通のはず!