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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Breathing -episode.1-

作者: 川中島ケイ

 僕がその自転車を見たのは、中学入試の合格発表からの帰り道にある、通り沿いの小さな自転車屋さんだった。


 黒と白の混ざりあった車体にところどころ緑色の挿し色が入って、車体にデカデカと英語が書かれたやつ。


 それだけではなく、普段使っている自転車に比べたらカゴも泥除けも付いていなければハンドルだって変な形をしている。そこから突き出た触角の様なレバーはなんだか、ゲームに出てくる()()()を連想させる。


 だけど凄くカッコいいなと思って、こんなのに乗れたら僕も強くカッコ良くなれるかなって、今の僕なんかじゃなくて生まれ変われるのかなって、そんな気がして。



 だから、ついつい触れてみたくなって手を伸ばしたんだ。



__________



 僕が地元にある中学じゃなくて、少し離れたこの街で違う中学を選んだのには理由があった。


 僕が幼稚園・小学校と過ごしてきたのは此処よりも少し海に近い藤塚(ふじつか)市で、小学校はいたって普通の公立小学校。そこでクラスの男子たちとアニメ見たりドラマ観たりゲームをしたり、宿題させられたりクラブ活動もしたりしてごくごく普通に過ごしていた。


 所属していたクラブは陸上部で5年生からはハードルが専門。ハードルの選手になったのは顧問の先生が向いていると思ってくれたからだし、陸上を選んだ理由はスポーツが出来た方が女子にモテそうだなって思ったから。


 そんな適当な理由だったけれど、5年生の時に市の大会で上位に入って県大会に出られた事は自信に繋がったし、目的だったクラスの女子たちからもそこそこモテた。


 

 でも、順調だったのはそこまでだった。



 6年生になって小学校最後の大会。予選でまず2位以内に入って決勝で4位以内じゃないと県大会に出られないその大会で僕は、予選の第1ハードルで見事なまでの転倒で失格になったんだ。


 それがどうしても目立ってしまう第1走者だった事も、前日にクラスで仲の悪いコースケ達と口喧嘩になって『それなら今年は県大会に出るだけじゃなくて優勝してやる!』と声高に宣言していた事も運が悪かった。でも、一番最悪なのはソレじゃなくって。


 前十字靭帯(じんたい)損傷。転んだ時に膝を強く打った事で、膝の骨を支えてくれている靭帯が切れてしまったんだとお医者さんは説明していた。でも大丈夫、手術をしてリハビリをすれば夏休み明けには普通に過ごせるし、中学に入ればまた陸上もやれるはずだから、と。


 でもそんなの、ちっとも大丈夫じゃなかった。


 

 市の陸上大会から2週間後、入院・手術して戻ってきた僕の机には誰かが道端で拾ってきたような雑草の花が置いてあって「イキり口だけヤローのはか」とマジックで殴り書きがしてあった。


 その花を慌てて片付け、殴り書きをティッシュでこすって必死で消そうとしている僕に、クラスのあちこちからクスクス笑い声。それは男子だけじゃない、それまでは普通に話してくれていた女子の笑い声も混じっていて、すごく恥ずかしかった。


 でもそんな僕を気にかけてくれる人は誰も居なかった。それまでは仲の良かった女子も、担任も含めてクラスの、誰も。話しかけても無視されるし、担任も必要最低限以外には話してくれない。


 

 そして数日後のお昼休みのことだ。トイレに行こうと廊下を慣れない松葉杖を突きながら歩く僕は、斜め後ろから突き飛ばされて地面に転がされた。


「あ~わっりぃ、邪魔だったからついついぶつかっちまったわ」


 ケラケラと笑いながらそう言ってきたのは因縁の相手、コースケ。


「あっれぇ~こんな所にゴミが落ちてる」

「ゴミはゴミ箱にって先生も言ってたもんな。俺達で焼却炉まで運んでやるか。仕方ない」

「いや、焼却炉だったらこっから投げた方が早くね?」


 わざとらしく口々にそう言うコースケの仲間たちは、僕が取り落とした松葉杖を地面からひったくると、窓から投げ捨てて楽しそうに走り去っていく。


 一方の僕は松葉杖無しでは立ち上がることも出来ず、かと言って誰も助けてくれることも無かったから掃除の時間が始まる前、違うクラスの先生が廊下を通りがかるまでずっと、そこから動けずにいた。


 

 3階から落とされた衝撃でヒビの入った松葉杖で苦労して家に帰り「明日から学校、行かないから」と言った僕に両親は何も言葉を掛けることはなかった。


 病院の先生が『普通に過ごせる』と明言した夏休み明けには、それどころか家とリハビリと塾の3か所を往復するのだけが僕の生活の全てになった。



 そして学校に行かなくなって中学受験をすると決め、そのための勉強の日々を突破して入った『アイツらとは違う中学』ではもう、絶対に陸上はしないと心に決めた。

 


 いや、陸上だけじゃない。せっかく頑張ったのに怪我までして惨めな思いをするだけなんだから、これから先の一生、僕は絶対にスポーツで頑張るなんて『無駄な事』はするもんかって心に決めていたんだ。


 それなのに……


__________

 

 

「君も自転車やるの? コレ、カッコいいよね」


 突然後ろから聞こえた声に驚いて振り返ると、そこには人懐こそうな笑顔を浮かべた見知らぬ男子が僕の様子を覗き込むように立っていた。



 地毛の色素が薄いんだろうか、茶色のフワフワした髪の毛と全身にまとったパイロットスーツみたいにピチっとした全身ジャージがアンバランスだけど、顔付きからするとたぶん年齢は僕と同じくらい。彼もここら辺に住んでいて、僕と同じ中学校なのだろうか。


「おっユーセー。お前、今日は合格発表だったんだろ? なのにこんな時間にその恰好、実は忘れてたんじゃないのか~?」

「いっけない、先に見てこないと掲示時間に間に合わなくなるトコだった。それじゃ、またあとで来ま~す!」


 奥から出てきた店員さんに声を掛けられると、その少年は慌てたように自分の自転車に跨って、僕が今下ってきた坂道を凄い速度で駆け上がっていく。


 彼の白いジャージと真っ白な自転車が、曇り空で黒に近い暗い色のアスファルトに光が差した様に眩しく見えた。


 僕も、あんな風に成れたなら。



「それで、いらっしゃい。君はどんな自転車を探してウチに来たのかな? あ、お母様も良かったらどうぞ中へ」


 店員さんに声を掛けられて、そういえば母さんも一緒に付いて来てくれたんだと思い出す。そう、地元ではないこの中学校に通うためには自転車が必要だったから、ココで足を止めたんだ。


 でもそのお店は、僕の知っている自転車屋さんとは少し違っていた。正面に飾られていたみたいな、ハンドルの曲がった色とりどりの自転車が並んでいるけど、どれもカゴや泥除けは付いてなくていわゆる『通学用自転車』みたいなのは1台も置いていない。


「ああ、ウチはロードバイクとか……いわゆるスポーツバイク専門店でね。だからこんな感じの自転車しか扱ってないんだけど。興味はあるのかな?」

「……」

「あのぅ、失礼ですけど……ウチは今度中学に通うための『通学用自転車』を探してまして」

「ああ、そう……ですか。じゃあそういう自転車を扱ってるお店の場所をお伝えしますんで……」


 黙っている僕に代わって答えた母さんへの返答に、先程までより声のトーンを落とす店員さん。違う、そうじゃないんだ! と思って後ろを振り向いた所へ、勇気を出して声を掛ける。


()()なら……あります! どうすれば前に飾ってあるヤツみたいなカッコいい自転車に乗れますか!?」

八一(やいち)、あなた一体何を言い出すの……」


 

 母さんは何を言い出すのかという顔をしていたけど構わない。


 学校に行けなくなってわざわざ同じ学校のヤツがいない学習塾に通いだしてから半年以上。一緒に遊んだり感想を言い合う仲間も居ないと、ゲームもドラマも何にも興味が湧かなくて。ずっと、何をしても楽しいと思えなくって空っぽみたいな毎日だったんだ!


 それをようやく興味が湧くものに出会えたのに、興味が無いフリをして素通りなんて、出来るワケがない。


 

「ん-、そうかそうか。さっき熱心に見てたもんな。じゃあちょっと待ってな! 乗れるように用意してやっから」


 店員さんは笑顔に戻って入口の方に向かうと、表にディスプレイされていたさっきの自転車を店の奥に運び込む。しばらくして呼ばれた奥の部屋に母さんと一緒に入ると、そこにはタイヤを固定して台の上に置かれたその自転車があった。

 


「売り物だからさすがに未経験者を外で走らせるワケにはいかないけど、どうだ? 試しに跨ってみるか?」


 そう言って低い脚立に上がるように案内してくれたので促されるままに脚立からサドルに跨ってみる。でもサドルの位置が高すぎて片足はペダルに付かないし、なんとかハンドルに掴まるも、ほとんど自転車に仰向けでしがみ付いているような格好になってしまう。


 まるで自分では操れない大型動物の背中にでも乗っているような感覚だ。こんなの、どうすれば……

 

「まあやっぱこうなるわな。少年、ロードバイクってのは自分に合った適正身長(サイズ)があってな。コイツに乗りたければ170cmぐらいは必要だ」

「え~そんなぁ」

「だからな、今のお前さんに()()()()()()()()()()も、ちゃんと見繕って準備してある」


 

 そう言って台から自転車を降ろし、違う自転車を台に載せる。今度の自転車はさっきのやつと形は同じだけれど2回りぐらい小さい。試しに跨ってみるとちゃんと手足がちゃんと届く位置で操作できそうな感じだ。


「コイツは今のお前さんと同じくらいの背丈だったヤツに売ったんだが、1年で身長が急に伸びちまってな。そんで下取りして戻ってきたヤツだ。それから1年倉庫で眠らせてたけど、ちゃんと整備はしてある。新車だと13万ぐらいだったんだが、新しく始めるヤツへのサービスだ。その半額でいい。」


 金額を聞いて渋い顔をする母さんに、決意を固めて声を掛けた。


「母さん、オレ……コレに乗ってみたい。フツーの自転車買う分じゃ足りないお金は、オレがお年玉とかお小遣い貯めてた分で払うから!」

こうしてロードバイクを手にすることになった少年、青嶋八一。

彼のこの先にどんなことが待ち受けているのか!?


Berathing本編は時期未定ではありますが鋭意執筆中です。

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