64話 涙の景色
俺が向かった先はニーニャの秘密の中庭だった。
中庭には昨日と同じようにニーニャがおり、花に水やりをしているようだ。
俺が近づくと、ニーニャが気付いたようで手招きをする。
俺は中庭に入る。
「こんにちは。今日も来てくれたんですね。」
「昨日は途中で抜けてしまったので。」
「そんなに僕に伝えたいことがあるんですか?」
「俺、実は空間魔法が見えているんです。こっちの世界に来るときに俺にしか使えない、俺だけの能力…そう言ってもらったものなんです。この庭に気づいたのも、多分この能力があったから。
ニーニャさん、この庭あなたはどうやって見つけたんですか。」
ニーニャは驚いたのか、アメジストのような瞳をキラつかせる。
彼は少し俯くと、持っていたジョウロを噴水のそばに置き、水盤に座る。
「僕がここを見つけたのは僕の能力ではないですよ。」
「え。」
「昔、先生に教わって給仕の手伝いをしていました。自分からやりたいと、先生に無理を言ったんです。
始めたばかりの頃は、失敗ばかりしてしまいました。最初からそんなに上手くいくはずなんて無いのに、幼い僕には、それがわからなかったみたいです。
失敗を重ねる僕に優しい言葉をかける先生や、ダイヤにも申し訳なくて…、台所で何度も涙を流しました。」
俺は話すニーニャの隣に腰を掛けた。
すると、噴水が光り、視界が白み始める。
ぼやけた視界の中に先ほどと同じ秘密の中庭が見える。
ガラス越しに、フォーマルな格好をした年配の男性と小さな猫の子どもが見える。
また、記憶を見てしまっているのだろう。
「先生…。」
横から声がして顔を向けると、さっきと同じようにニーニャが俺の隣りに座っている。
この記憶を見る能力はどうやら共有することができるようだ。
ニーニャがボソッと呟いた感じ、あの男性が”先生”なのだろう。
「ニーニャ、こっちにおいで。いいものを見せてあげよう。」
男性がニーニャの手を引いて、中庭の出入り口の戸を開ける。
小さなニーニャは涙を拭いながら、手を引かれるまま庭に入る。
「ほら、綺麗でしょう。」
男性はニーニャと目線を合わせるために屈む。
ニーニャは手を顔からどかすと、顔色を変える。
「きれい…。」
「そうでしょう。ここは、私の秘密の中庭です。この場所は私とダイヤ様、そしてニーニャしか知りません。」
「そうなの?」
「はい。辛い時、悲しい時はここに来なさい。花達が慰めてくれます。」
そう言うと男性は立ち上がり、こちらに近づいてくると、ブランコの近くにある小さな鐘を鳴らした。
「この鐘を鳴らせば、私はここに向かいます。」
「先生はこの鐘の音がどこにいても聞こえるの?」
「えぇ、聞こえますよ。もう歳ですが、耳はまだまだ元気です。」
男性と小さなニーニャは向かい合ってニッコリと微笑む。




