ピンクに交わればピンクになる
午後の中庭はほどよく日陰があり、風も涼やかで、外でのティータイムには最適だった。
わたくしはフェリクスに頼んで、静かな時間を共有してもらうことにした。学園で公に婚約者同士として並ぶことはあっても、こうして一緒に過ごすのは珍しいことだった。けれど、たまには悪くない。
カップに注がれた紅茶の香りを楽しみながら、わたくしは小さく息をつく。
「……いい香りですわね。アルバ産でしょうか?」
「そう。今日のは僕の領地でとれた茶葉。ちょっと渋みが強いけど、君の好みに合うかと思って」
「ええ、ちょうど良い具合ですわ」
そんな穏やかな会話を交わしていると、視界の端で何かがもぞもぞと動いた。
ちらりと目を向けると、植え込みの陰でピンク色のなにかが不自然に揺れている。……いえ、不自然というよりは、もはやあからさまに怪しい。
するとフェリクスがわたくしに身を寄せ、ひそひそと囁いた。
「……最近ね、あの子、僕の事が気になっているみたいだよ」
「気になっている?」
「うん。授業終わりに後ろをつけてきたり、屋敷の前でうろうろしてたり。尾行って言っても、バレバレなんだけど」
わたくしは静かに紅茶を飲んでから、軽く首を傾げた。
「……あなたの事が、好きだとでも?」
「うーん、どうだろうね。こういうのはエレノアのほうが勘が良いだろう?」
わたくしは少しだけ考えてから、カップをソーサーに戻し、きっぱりと答えた。
「まさか。わたくしとあなたが一緒にいるから、どんな関係か調べているだけでしょう」
「それはそれで、ちょっと複雑だな」
「わたくしは、リリアーナもフェリクスも信頼していますもの」
その言葉にフェリクスは少し驚いたように目を見開いて、それから目元を柔らかく緩めた。
「……だってさ」
そう言った彼の声と同時に、植え込みから、こそこそとピンクの頭が現れた。
「あのっ……す、すみませんっ!」
慌てて飛び出してきたのは、やはりリリアーナだった。スカートの裾には葉っぱが絡み、髪には小さな花弁が付いている。どれだけじっとしていたのか、あるいはただ隠れるのが下手なのか。
「その……尾行……してました。してましたけど、悪気はなくて!」
「悪気がなくて尾行するって珍しいね」
「あうっ!」
フェリクスが肩をすくめながらも、柔らかい声で言う。リリアーナは居心地悪そうに手をもじもじさせながら、わたくしたちの前に立った。
「その……お二人って、いつも一緒にいるじゃないですか。それで、もしかしてと思って……でも、ちゃんとは知らなかったので……」
「ふうん。じゃあ、僕とエレノアが婚約しているのは?」
「し……知りませんでしたっ!」
大きな目をさらに丸くし、顔を真っ赤にしながらリリアーナは叫んだ。まるで誰かに爆弾発言でも聞かされたかのような反応である。
わたくしは思わず紅茶を噴き出しそうになりながらも、咳払い一つで押さえ込んだ。
「そんなに驚くことかしら?」
「だって!こんなに美人なエレノア様と、あんなに優しそうなフェリクス様が!婚約って、すごくお似合いですけど、でも、知りませんでした!リリアーナはうっかりさんです!」
「そこまで慌てなくても……」
「申し訳ありませんっ!」
リリアーナは深く頭を下げた。勢いがありすぎて、頭頂部がまた花壇の草に突っ込みそうになった。
「まあまあ、落ち着いて。せっかくだし、ちゃんと紹介しようか」
フェリクスが笑いながら立ち上がる。そして少しだけ距離を詰めて、改まった声で続けた。
「僕はフェリクス・エーデルハルト。エレノアの婚約者です。今さらだけど、よろしくね」
「わ、わたしはリリアーナ・スノウ……あの、こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
ピンクの頭がぱたぱたと揺れる。
「わたくしの婚約者ですので、今後あらぬ疑念など抱かれませんように」
と、わたくしが釘を刺すと、リリアーナは両手で頬を押さえながら「はいっ」と元気に返事をした。
「ところで、いつから見ていたのかしら?」
「えっ……えーと、最初の紅茶の一杯目のあたりから……」
「最初からじゃありませんの」
「……はい」
ため息が出そうになったが、フェリクスが笑いを噛み殺しているのを見て、わたくしも笑ってしまった。
リリアーナは、そんなわたくしたちを前に幸せそうに微笑んでいた。
このピンク髪のご令嬢は、これからも学園生活を騒がしく彩ってくれるに違いない。
――うん。やっぱり、このまま面白おかしく育てていくことにいたしましょう。