ピンク髪のヒロイン、来襲
そのピンクの髪が視界に入った瞬間、わたくしは軽くため息をついた。
――まったく、今日も懲りずにやってきたのですね。
彼女の名はリリアーナ。転校してきて間もない、いわゆる「ヒロイン」という存在であるらしい。本人曰く、『自分は平凡な村娘だけど、なぜか皆に好かれて困っちゃう!』という、なんとも理解し難い設定を披露している。
まあ、そもそも平凡な村娘は桃色の髪などしていないし、転校初日に王子と激突して運命的な出会いを果たすこともないのだけれど――彼女はその辺りを華麗にスルーして今日もわたくしの前に立ちはだかった。
「あら、エレノア様。ごきげんよう!」
満面の笑みを浮かべてわたくしの前でくるりとターンを決める彼女に、周囲から好奇の視線が集まる。
「ごきげんよう、リリアーナ。今日はまた、一段とお元気そうね」
「ええ!だってエレノア様にお会いできたんですもの。もう、朝から胸がドキドキしちゃって!」
それは心臓疾患か何かではなくて?と思ったが、さすがに口には出さず、優雅に微笑んだ。
最初に彼女が絡んできた時は、正直面倒だと思った。公爵家の嫡女であるわたくしに対して、『友達になってください!』などと真正面から突っ込んでくるのだ。
社交界ではそんな風に声をかけてくる人間など皆無だし、もしいたとしても、背後に陰謀が渦巻いているのが常だった。だから初めは、彼女にも警戒したのだが――。
「エレノア様のお洋服、本当に素敵です!まるでお花畑の妖精さんみたい!」
……こうして毎日毎日、飽きもせず称賛と好意を浴びせかけてくる姿を見ていると、次第に呆れを通り越して感心してしまったのだ。
どうやらこのヒロインは本当に天然らしい。それも、『わざとらしく見せる天然』ではなく、真性の天然というやつだ。世の中にこんな生き物が存在するのかと驚かされたほどである。
「ありがとう、リリアーナ。でも、もう少し控えめに話しかけてくださらない?わたくしの取り巻きの方々が、さっきからずっとこちらを睨んでいるのよ」
「あら、本当ですわね!でも、気にしないでください。あの子たちもきっとエレノア様に興味津々なんですよ!」
どうやら自分が嫌われているのだということを、彼女は本気で気づいていないらしい。周囲の女生徒たちの鋭い視線が、わたくしではなく、リリアーナの言葉一つ一つに向けられていることを知らないようだ。
「あのね、リリアーナ。あなた、わたくしと仲良くすると、苦労することになるかもしれませんよ?」
これは親切心からの忠告である。わたくしが派手に敵を作ってきたせいで、わたくしと親密な関係を築くことは、必ずや波乱を呼ぶことになる。
だが――。
「ええっ?苦労だなんて!わたし、エレノア様とご一緒できるだけで毎日が楽しくって!」
眩しいほど屈託のない笑顔で、わたくしの忠告はきれいに一蹴されてしまった。
まるで泥沼にハマっても『今日は泥パックね!』と喜びそうなタイプである。
もはや、彼女を普通の手段で止めることは不可能なのだろう。
わたくしはふと考えた。
リリアーナをこのまま放っておいたら、一体どうなるのだろう?
ひょっとして、天然が行き過ぎて、周囲の人を巻き込み予想もつかない大騒動を引き起こしたりするのではないか?
そう想像した途端、少しばかり胸が高鳴った。
この愉快な存在を止めてしまうなんて、なんだか惜しい気がしてきたのだ。
――面白い。このヒロイン、このまま自由に育ててみるのも一興ではなくて?
きっと近いうちに、彼女を巡ってとんでもないドタバタ劇が繰り広げられるに違いない。その時、わたくしは特等席でゆっくりと紅茶を飲み、花を愛でながら、この桃色の髪を持つ天然ヒロインの活躍を楽しませていただこう。
「……ええ、そうね。わたくしもあなたと一緒なら、楽しい毎日になりそうだわ」
「本当ですか!嬉しい!」
リリアーナは無邪気に跳びはねた。
まったく困った子ね。
でもまあ――悪くないわ。
彼女が次に何をしでかすのか、実に楽しみで仕方ないのだから。