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狂気の令嬢復讐譚 ~愛も忠誠も裏切りも、すべてが血に染まる~  作者: ぱる子


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第18話 炎上する伯爵家②

 だが、その後ろから、半ば狂ったように笑うカトリーヌが手を振りながら出てくる。


「まあ、レオンハルト様、シャーロッテ様。もう帰られるの? まだ見物したかったのに」


「何を言ってる! ここは危険だ、貴様だって火に巻き込まれるぞ」


「ふふ、わかってるわ。でも……最後まで見届けるのも面白いかも。ねえ、リディアがどんな最期を迎えるか見逃したくないの」


 シャーロッテが呆れ顔で「勝手に死ねば」と言いかけたが、護衛兵が「時間がありません、ここを出ないと!」と叫び、レオンハルトたちはやむを得ず屋外へ出る。カトリーヌは遅れて後を追おうとするが、激しく揺れた床材が崩れ落ち、一瞬足が止まる。そこに燃え広がった炎が回り込むように道を塞いだ。


「きゃっ……これ、まさか逃げ遅れ? やだ、本当にそんな……!」


 思わず扇子を落とし、カトリーヌが周囲を見回すと、既に火の海が廊下を占領し始めている。彼女は「ちょっと待ってよ!」と叫んで炎の隙間を探そうとするが、むしろ反対側から燃え盛る火が接近していた。これで完全に退路を失ってしまった形だ。


「カトリーヌ……? あの女、残ってるの?」


「リディア様……あそこに誰かが……?」


 煙まみれの二階廊下で、リディアがぼんやりと炎の向こうにカトリーヌの姿を見つける。そこには、苦々しげな表情を浮かべ、扇子を握りしめながら立ち往生する“友人”の姿。罵詈雑言を投げつけたくなるほど裏切られたあの女が、今この最悪の場面で燃え盛る炎に囲まれているのだ。


「なんで……あいつ、こんなとこまで見物に来るのよ。馬鹿なんじゃない?」


「裏切り者でも、このまま焼け死ぬのを見逃しますか? リディア様……どうします?」


「さあ……でも、火に巻き込まれるあいつを見るのも悪くはないわね……」


 口ではそう言うが、リディアの心中には、かつての“友人”としての感情がかすかに残っているのか、複雑な色が混じる。別に助ける義理などない。むしろ敵だ。

 そのとき階下で発生した大きな爆音が屋敷全体を揺らす。どうやらアルトゥーロが火薬か何かに引火させたのか、大きな衝撃が柱を折り、天井を崩し始めた。


「きゃあああっ!」


「シエラ、伏せて……!」


 天井の一部が落ち、瓦礫と火の粉が吹き上がる。リディアとシエラは辛うじてそれを回避したが、その衝撃で床が軋み、あちこちが崩壊していく。唐突な火薬の爆発が惨状をさらに拡大し、屋敷そのものが崩落しかねない雰囲気になっていた。

 暗い廊下はもう灼熱地獄で、床下からも煙がのぼり、息をするだけで肺を焼かれそうな痛みを覚える。さらに遠くからはアルトゥーロの絶叫が短く響いて途切れた。おそらく意識を失ったか、もはや命が尽きたのか――何にせよ伯爵家は完全に炎上中だ。


「リディア様、急いで逃げないと……このままでは私たちも死にます!」


「わかってる。……でも、あいつが……」


 視線の先に見えるのは、カトリーヌ。彼女もまた火に飲まれそうになりながら、どうすればいいか分からず呆然と立ち尽くしている。視界は煙に曇り、もはや後戻りできない状況だ。

 “爆発寸前”という言葉そのものの光景が、廊下に広がっていた。真っ赤な炎、舞う火の粉、崩れ落ちる床と壁。ここで誰がどうなっても不思議ではないカオスだ。


「リディア様……行きましょう。父上も、カトリーヌも、もう――」


「…………!」


 次の瞬間、屋敷の奥でさらなる爆音が響く。どうやらアルトゥーロが仕掛けていたらしき“秘密の爆発装置”に火が回ったのか、階下の床が突如大きく崩れ、階段から大火球が吹き上がった。リディアとシエラは悲鳴を上げて伏せ、熱波が髪を焦がす匂いが鼻を刺す。

 その瞬間、カトリーヌの声が煙の奥でかすかに響く。「助けて……!」しかしリディアもシエラもその場へ向かえるほどの体力が残っていない。廊下が崩落し、瓦礫が次々と落ちて邪魔をしているからだ。


「これ以上は無理……! シエラ、逃げるわよ!」


「はい、リディア様!」


 叫び合って何とか残った通路を駆け出し、焼け落ちそうな扉を体当たりで破り、屋敷の裏階段へ転げるように進む。炎と煙が背後から追いかけてきて、激しい轟音が鼓膜を突き破りそうだ。

 カトリーヌの絶叫が遠ざかり、火の粉が舞う中でリディアとシエラは必死に外界への通路を探る。もはや廊下の形さえ崩れていて、瓦礫を踏みしめるたびに足元が崩落しそうになる。


「もう少し……あと少しで外……!」


 シエラが声を上げ、リディアを支えていた。二人とも身体は満身創痍だが、死にたくないという執念だけは残っている。頭の中には「あいつらを殺すまで死ねない」という復讐心が燃えている。

 こうして伯爵家は一夜にして“炎上する最期”を迎えつつあった。アルトゥーロの無謀な策動が裏目に出て、家族も使用人も、あらゆる者が地獄絵図に巻き込まれている。外ではレオンハルトとシャーロッテが「終わったな……」と高笑いしながら退いているだろうし、カトリーヌも悪戯で火を放ったのか仕掛けに巻き込まれたのか、不明だが屋敷に取り残されている。


 悲鳴と轟音が舞台を埋め尽くす中で、リディアとシエラは命からがら裏口を見つけ、その扉を蹴破って外へ転げ落ちた。深夜の冷たい空気が熱で朦朧としていた意識を刺激する。

 振り返れば、炎を噴き出す窓から煙が渦巻き、崩れた屋根から火柱が高く昇っている。豪奢だった伯爵家は轟音とともに燃え尽きつつあり、轟くような爆発音が立て続けに響き渡る。まるで地獄の釜が開いたかのようだ。


「はぁ、はぁ……し、シエラ……生きてる、よね?」


「は……はい、何とか……」


 二人は瓦礫の散った庭をよろよろと走り、火の粉が飛ぶのを避けるように空き地へと躍り出る。外にはレオンハルトたちが一足先に離れたのか、その姿は見えない。ごくわずかな公爵の護衛らしき兵が警戒をしているが、伯爵家がこんな勢いで燃えているのを見て、もはや無用な戦闘をする気はなさそうだ。

 ともあれ、伯爵家は文字通り“最期の策動”が空しく炎に包まれ、屋敷そのものが灰燼に帰そうとしていた。


「アルトゥーロは……死んだのかしら……? カトリーヌは……?」


「……わかりません。あの混沌の中では……」


「……もはやどうでもいいわ」


 リディアの怒りはまだ尽きない。けれど、ここで戦いを継続する術はない。シエラもまた傷だらけで限界に近い。二人は精魂尽き果てた様子で、遠くから燃え盛る伯爵家を呆然と見つめるしかない。

 こうして“伯爵家の炎上”が始まり、アルトゥーロの狂気による最期の賭けも無意味に終わった感がある。残っているのは燃え落ちる豪邸と、内部での惨劇に巻き込まれた多数の犠牲者の呻き。さらに、屋敷には火薬やら仕掛けがあったのか、所々で爆発音が断続的に響く。


「父様……自業自得で死んだなら、それもいいわ。けど、あいつらは殺し損ねた……」


「リディア様……」


「レオンハルトやシャーロッテ、そしてカトリーヌ。これで終わりにできるわけない」


 リディアの瞳に宿るのは、極限まで削られた憎悪。伯爵家を失った今、彼女が求めるものはただ一つ――「奴らを地獄に突き落とす」という悲願だけだ。そう思うと、背筋に最後の力がよみがえるような錯覚を覚える。

 一方、森の外れにはシャーロッテがいるかもしれない。レオンハルトも勝ち誇って笑っているかもしれない。カトリーヌは屋敷の中で逃げ遅れたのか――その結末は定かではない。だが、火炎に包まれた豪邸は、もはや名家の面影を一片も残さず、ただ地獄の様相だけを放っている。


「シエラ、とりあえず……ここを離れましょう。あの人たちはきっと私を追わないわ。伯爵家を焼き払えれば十分なんでしょうし」


「はい、リディア様……わたくしも限界です。いったん体勢を立て直す必要が」


「そうね。立て直すわよ。……あいつらが全滅させたと思ってるなら、それを利用しない手はないわ」


 瓦礫の上を踏みしめ、リディアは血で濡れたドレスを引きずるように歩き出す。シエラを支えながら、暗い森の奥へと消えていく。伯爵家の炎上は、まるで大きな松明のように夜空を赤く照らし、人々の絶叫と悲鳴が静まらない。まさに阿鼻叫喚の地獄が一夜のうちに現れたかのようだ。


 こうして、炎上する伯爵家を背に、リディアとシエラは生き延びる道を求めて姿を消す。アルトゥーロの狂気の最終工作は無駄に終わり、カトリーヌやレオンハルト&シャーロッテの動向も混乱に巻き込まれて不透明なまま。誰も救われない悲劇がさらに深まる気配を漂わせながら、今宵は猛火の燃えさかる轟音を伴って幕を引く。

 燃え盛る伯爵家から幾度となく爆発音が響き、空に舞う火の粉が死者の怨嗟のようにひらひらと散っている。それはさながら地獄の雪のようで、狂った結末に向かうこの物語のさらなる破局を示唆していた。

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