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狂気の令嬢復讐譚 ~愛も忠誠も裏切りも、すべてが血に染まる~  作者: ぱる子


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第18話 炎上する伯爵家①

 伯爵家の屋敷は、夜の闇にまぎれて荒れ狂う戦場と化していた。

 入口付近から聞こえていた剣戟や怒号はますます激しさを増し、廊下や踊り場には血の飛沫や砕けたガラスが散乱している。つい先刻までは、リディアとシエラが二階に籠城し、父アルトゥーロが一階で狂乱の抗戦を続けていた。だが今、その混乱がさらなる悲劇を引き寄せつつあった。


「火が……火が出てる……!」


 乱入してきた公爵家の護衛兵の一人が声を張り上げる。何者かが放火したのか、あるいは戦闘の衝撃で燭台やランプが倒れたのか――とにかく床や壁から煙が立ち上り、じわじわと炎が広がり始めている。

 床に燃え移った赤い火が、すぐに壁際のカーテンへと跳ね、瞬く間にオレンジ色の舌をのたうたせた。豪奢だった伯爵家の内装は、逆に火勢を助長する要因になっているように見える。


「これだけの豪邸が……燃えていく……?」


「逃げろ、火が回るぞ!」


 叫び交わす護衛兵や従者たち。もはや貴族社会の“体裁”など微塵も感じられない。絶叫や轟音が屋内を揺さぶり、人々は我先に脱出を図っている。

 そんな騒ぎの中、レオンハルトとシャーロッテは悠然と玄関ホールの奥へ踏み込み、倒れた伯爵家の兵を乗り越えて進んでいた。数名の護衛を従え、勝ち誇った表情を浮かべている。


「終わったな、伯爵家も。あとはあの狂った当主と娘を狩り出すだけさ」


「そうね、こんな燃え盛る屋敷であがいても無駄でしょうし……でも、殺す前にもう少し痛めつけるのも悪くないわ」


「ふん、カトリーヌがどう仕掛けようが、こちらの勝利は揺るがない」


 シャーロッテが笑みを浮かべ、レオンハルトは鼻で笑う。二人とも、今夜は伯爵家の“最後”を見届けるためにわざわざ乗り込んできたのだ。暗殺未遂を繰り返すリディアの惨めな末路を見るのを楽しみにしているかのようだ。

 一方、そのすぐ近くに姿を見せたカトリーヌも、炎が大きくなっていく様子を遠目に眺めながら「まぁ、まさか火まで出るなんて。最高の見世物ね」と満足げに微笑む。彼女は先ほどリディアとシエラを裏切ったばかりで、今や高みの見物を決め込む立場のはずだった。だが、この火災は想定外なのか、彼女自身もあたりをきょろきょろと見回している。


「カトリーヌ様、危険です。もう火が回ってきます、外へ!」


 カトリーヌとともにいた取り巻きの何人かが声を上げるが、カトリーヌは「まだちょっとだけ楽しませて」と、まるで冒険者のように笑う。火炎と叫びの中、ここが安全な場所であるはずがないのに、彼女はまだ“見物”をやめない。


「リディアが二階にいるのかしら? それとも逃げたの? もう少し待ってあげるわ」


 余裕の態度で言い放つ彼女に、取り巻きが「何を馬鹿な……!」と焦りを隠せない。だがカトリーヌは自分の好奇心を満たすためなら危険を冒すことも厭わない。

 一方、リディアとシエラはというと、二階の廊下でドアを barricade していたはずだったが、火の気配を感じて急激に温度が上がるのを感知していた。とくに廊下の一角が煙に包まれつつあり、扉の隙間からも熱風が流れ込んでくる。


「し、シエラ……火事? 誰がこんな……!」


「わからない、戦闘中の失火か、誰かが放火したのか……とにかく、ここにいたら焼け死ぬかもしれません」


「くそっ……このまま死ぬなんてありえないわ! 奴らをまだ殺してないのよ!」


 息を呑むように叫ぶリディア。シエラは苦痛に顔を歪めながらも、なんとか立ち上がってバリケードを押しのける。扉を開くと、煙が濃厚に流れ込み、一気に咳き込んでしまう。


「やばい……このままじゃ……」


「リディア様、別ルートから逃げ道を探しましょう。ここはもう炎が回り始めている」


「わかってる……でも、このまま逃げるの? あいつらを殺さずに……」


「今は生き延びることが先です。気を確かに」


 シエラが血のにじむ腕でリディアを支え、苦しい息をこらえながら廊下を駆ける。火が移りやすい内装のせいで、廊下の壁や天井に燃え広がった火が勢いを増し、赤々とした光を揺らめかせている。伯爵家は豪奢な家具や絨毯が多く、それらが燃料となっているようだ。


「ちっ……まさか、こんな形で屋敷が燃えるなんて……お父様が築いたこの伯爵家が……」


「リディア様、この期に及んで感慨に浸る暇はありません。急ぎましょう」


 しかし次の瞬間、階段付近で相対する人影が姿を見せる。そこにいたのは、満身創痍で血まみれのアルトゥーロ――リディアの父だ。上半身は鎧のように血でべっとり染まり、片腕の負傷から激しい出血が続いている。


「リディア……貴様、まだ生きていたのか……」


「父様……あなたこそ、こんな姿でまだ生きてたのね」


 煙の中で視線が交錯する。アルトゥーロの瞳は狂気に霞み、もはや正気を失いかけているようだ。さらに彼の足元には、何やら板箱や爆発物らしきものが散乱している。


「私が築いた伯爵家が、こんな形で燃えるなど……ありえん……! 巻き添えでもなんでも構わん、すべてを破壊してやる!」


「ちょ、なにを――」


 リディアが言葉を失ったのも束の間、アルトゥーロは横に倒れていた細長い箱から奇妙な瓶を手に取る。爆薬や火薬の原料にも見えるその液体を振りかざし、まるで「一緒に焼き尽くしてやる」とでもいうかのように高笑いを上げる。


「伯爵家を侮辱した連中も、お前も……みんな道連れだ! 私が失敗したなら、それでもいい……どうせ死ぬなら、盛大に燃やし尽くしてやる!」


 シエラは「危険です、リディア様、下がって!」とリディアを庇うように立ち塞がるが、アルトゥーロの目には狂乱が宿り、歯を食いしばっている。

 一階ではレオンハルトの手勢がさらに屋敷内へ突撃し、壁を蹴破る音や弾丸のような破裂音がこだまする。シャーロッテが「もういいわよ、あの伯爵を殺せば終わるんだから」と冷笑しているのが聞こえてきそうだ。


「リディア……お前だけは、絶対に許さない……私を踏み台にしてもなお、あいつらを殺そうとして……伯爵家を破滅に導いた……」


「ふざけないで! 父様が裏稼業で大きくやりすぎたせいでしょうが! 私がどれだけ苦しんでると思って……」


 互いの視線が再び激突する。炎が壁を舐め尽くし、周囲の木材がきしむ悲鳴を上げはじめる。煙が充満し、視界が徐々に暗く曇っていく。そんな地獄絵図の真ん中で、親子が最後の激突を迎えようとしていた。


「アルトゥーロ、終わりだ! 観念しろ!」


 下方の階段からレオンハルトの声が響き、複数の護衛が駆け上がってくる。シャーロッテも後方から姿を覗かせ、「伯爵家もここまでみたいね」と、あからさまな嘲笑を浮かべている。


「くっ……父様、何をしてるのよ! 早く逃げないと、あんたも燃えるだけよ!」


「黙れ、私は死んでも伯爵家を道連れにするのだ……!」


 アルトゥーロが瓶に入った液体を投げつけると、壁際にあった引火物に新たな火柱が立ち上る。激しく爆ぜる音に、シエラが驚きの声を上げる。どうやら屋敷には何らかの火薬や仕掛けがあらかじめあったらしい。アルトゥーロはそれらを利用して、最後の狂気的な爆破を企んでいるのだろう。

 レオンハルトとシャーロッテは危険を感じ、一瞬足を止めるが、護衛兵たちが「こいつらごと焼き討ちにするか!」と息巻いている。


「レオンハルト様、早く外へ! 火が回って建物が崩れそうです!」


「ちっ……伯爵が暴れるならここで仕留めたいところだが……」


「時間の無駄よ、レオンハルト。あれだけ火が広がってたら、どうせ伯爵も逃げ場はないわ」


「そうだな……ここで死にたくはない。退くぞ」


 レオンハルトはシャーロッテの手を引き、護衛たちも撤退を促す。せっかくの好機を目前にしても、「焼け落ちる屋敷で戦うリスク」は取れないと判断したようだ。勝ち誇ったまま、外へ逃れようとする姿は「やはり我々の勝利」と言わんばかりの動き。

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