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狂気の令嬢復讐譚 ~愛も忠誠も裏切りも、すべてが血に染まる~  作者: ぱる子


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第17話 破綻の始まり②

 しかし、その道中で既に敵の兵士が少なからず入り込んでおり、二人を見つけて「ここにもいたぞ!」「あの令嬢を捕らえろ!」と声を上げた。シエラは迅速にナイフを投げ、相手の脚を狙い撃ちして動きを鈍らせる。リディアも短剣で護衛の攻撃を受け流し、肩を抉られそうになるのをぎりぎり回避する。


「くっ……このままじゃ逃げきれない……どこか場所が……」


 声を上げて走っていると、廊下の先に使用人用の出入り口が見えた。そこから外へ出ることができるかもしれないが、既に何者かが鍵を壊して踏み込んだ痕跡がある。

 さらに背後からは公爵軍が続々と押し寄せる音がする。アルトゥーロの怒声も混じっており、「裏切った貴族を皆殺しにしてやる!」と絶叫している。


「これじゃあ、逃げ道が……!」


 シエラが焦った声を漏らすが、リディアは迷った末に「上へ行くわよ!」と叫び、二階に通じる階段へ駆け出す。公爵軍の大半は一階に集中しているため、少しでも人数が薄い二階なら籠城することができるかもしれないと判断したのだ。

 階段を上りきると、もはや屋敷は修羅場と化した。一階から聞こえる絶叫や衝撃音、血の匂いが二階廊下を満たし、まるで追い詰められた獣のようにリディアは息を荒らげる。シエラも脇腹に痛みを抱えながら、なんとか彼女を支える形で歩みを続けた。


「ここで立て籠もるしかない……とりあえず大広間につながる部屋を封鎖して、応戦するのよ」


「はい、リディア様……!」


 体中に傷を負いながらも、二人は必死に屋敷のドアを閉め、家具を動かしてバリケードのように積み上げる。たとえ一時しのぎでも、今は命をつなぐために必要な行為だ。まさか、かつての気品あふれる伯爵家がこんな内戦めいた状況に陥るとは誰も想像できなかっただろう。

 下の階では叫びと剣戟の音が止むことを知らない。アルトゥーロの断末魔か、もしくは公爵軍の誰かが絶命したのか、悲鳴が幾重にも重なっている。ここでの殺戮は当然表沙汰になるだろうが、もはや“貴族社会の秩序”など何の意味も持たない。


「シエラ、大丈夫……? 傷が深そうだし、私も痛くて……」


「お心遣い、ありがとうございます……まだ……戦えます……」


「ええ、私たちで生き延びるわよ。この世界がどうなろうと、あいつらをまだ殺していない。逃げ切って、また機会を作るしかないわ」


 リディアは恨みを噛みしめながら、扉に体を預けるように倒れ込む。シエラが痛みに耐えながらもドアを必死に押さえ、外から聞こえる踏みしめる足音を警戒する。

 こうして、伯爵家と公爵家の衝突はもはや内戦さながらに激しさを増し、屋敷は血に染まり始める。リディアとシエラは二階に籠城し、アルトゥーロは一階で暴れ狂い、下手すれば死ぬかもしれない。レオンハルトは勝利を確信して兵を進め、シャーロッテは離れた場所で彼の勝ち戦を楽しむだけ。カトリーヌは既に退散して高みの見物に回っているだろう。


「リディア様……私たちがこうしている間にも、屋敷は包囲されてるかもしれません。もし次回、公爵軍が本格的に二階に突入してきたら――」


「わかってる。今は辛うじて barricade できてるだけ。やり合うしかないわ……」


「……はい」


 シエラは短剣を握りなおし、リディアも血まみれの手で自分の刃をそっと撫でる。涙と汗が頬を伝い、苦痛と熱で身体が震えるが、そんな弱音を吐く余裕はない。いつ敵が扉を破って押し寄せてもおかしくないのだから。

 外では稲光のような激しい金属音と、激昂するアルトゥーロの声がする。狂人と化した伯爵が一階を支配しているようだが、押し寄せる公爵軍が彼を逃さずじわじわ追い詰めているのだろう。破砕音や短い絶叫が断続的に響き、まるで悪夢の演奏が続くかのようだ。


「もう一度……やつらを殺す機会が欲しい……。あの偽善者たち、絶対に許さない……!」


「リディア様……」


「シエラ、死んじゃだめよ。死ぬなら奴らを道連れにしてから。いいわね?」


「もちろん……最後までお仕えします」


 決死の覚悟を新たに、二人は薄暗い廊下に目を凝らす。廊下の隅からは、血だまりを踏んだかのようなぬめった足音が近づいては遠ざかり、悲鳴や笑い声が混じり合う地獄のような空気が漂う。

 まさに伯爵家と公爵家の全面衝突。その破綻の始まりが一夜のうちに頂点へ達し、主要人物が次々と修羅場を迎えている。リディアとシエラが二階に籠城し、下から迫る敵の脅威に震えるのは、もはや貴族としての矜持など微塵も感じさせない狂気の帰結だ。


 次の瞬間、扉がガタガタと揺れた。誰かが外から強く押している。シエラとリディアは互いに目配せし、肩を痛みに耐えながらドアを必死に押さえる。外で「ここか……!」という低い声が聞こえた。公爵家の兵だろうか、それとも別の乱入者か――もはや判別もつかない。


 絶望の底でなお生き延びようとする伯爵令嬢と侍女。今宵の伯爵家は血に塗れ、男たちの怒号がこだまする。ただ一つ確かなのは、これが“破綻の始まり”にすぎないということ。誰が生き、誰が死ぬかもわからぬまま、屋敷は破滅へ向け加速度的に突き進んでいる。


 廊下にかすかな炎の明かりが映り、アルトゥーロの絶叫が遠くから聞こえた。「巻き添えでも構わん、皆殺しにしてやる……!」という狂った父の罵声が、リディアの耳を打つ。


「父様、そんなに殺したいなら一人でどうぞ……私は私であいつらを……」


 リディアは苦々しくつぶやき、血で滑る床を睨む。やがて扉が激しく揺すられ、二人は「来た!」と叫んで後ずさる。結局、そのドアを破って公爵軍か誰かが乱入してくる可能性は高い。今の二人では到底敵わないかもしれないが、闘うしか道はない。

 こうして伯爵家は戦場と化し、リディアたちは二階の一室に籠城。下では父と公爵軍が血みどろの殺し合いを演じている。カトリーヌは既に退散し、背後で高みの見物を決め込んでいるのが目に見えるようだ。レオンハルトやシャーロッテは勝利を確信しつつも、完全な油断はしていないだろう。


 もはや貴族社会の“体裁”など微塵も残されていない。この館で繰り広げられるのは、単なる殺戮の演劇に等しい。血と肉の舞踏の果てに、いったい誰が生き残るのか――。

 リディアは苦々しく奥歯を噛み締め、ぐったりするシエラの腕を支える。ドアの外で怒声が増しており、次回につながるさらなる流血は避けられない。破滅がいよいよ加速し、伯爵家の終焉が待っているに違いない。


 「破綻の始まり」はすでに頂点を越え、全員を死地へ引きずり込む。リディアとシエラが二階に籠城し、公爵軍に囲まれている姿は、この狂気の物語のただの序章だ。その先に控えるのは、より凄惨な悲劇以外にない――そう、彼女たちの血走った瞳が雄弁に物語っていた。

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