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狂気の令嬢復讐譚 ~愛も忠誠も裏切りも、すべてが血に染まる~  作者: ぱる子


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第14話 血塗られた闇取引①

 伯爵家の夜は深く、そして重い。

 書斎にこもったアルトゥーロ・ド・グラシア伯爵は、乱雑に積まれた書類を睨みつけながら、震える手でペンを走らせていた。卓上のランプが弱々しく揺れ、部屋の隅に不気味な影を作る。

 すでに貴族社会の大半が伯爵家の暗部に気づき始めている。もはや王宮の調査も時間の問題――その事態を挽回するため、アルトゥーロは“最終手段”に打って出る覚悟を固めていた。


「くそ……あの公爵家が根回ししてやがるのか。既に役人も買収済みだと? こっちが何をしても先読みされている気分だ」


 深く息を吐くアルトゥーロの眉間には深い皺が刻まれ、苛立ちを隠しきれない。どうやら、いくら裏社会のコネを使っても思うように動けない状況が続いているようだ。闇商人から贈賄や偽証の手を打っても、そちら側ですらビビって協力を渋りはじめていた。


「伯爵様、申し上げにくいのですが、あまりに追い込みすぎると、こちらにも大きな傷が――」


「黙れ。今さら引き下がるか。どうせ背水の陣だ。手段を選んでいる暇はない」


 脅えるような部下の言葉を一蹴し、アルトゥーロは手紙の束を乱暴に放り投げる。そこには殺し屋や闇商人との連絡書がびっしり記されており、相手からも「状況が悪すぎる」「もう手を引きたい」という後退的な意見が多数寄せられていた。


「それなら……私が闇商人の頭領と直に交渉しよう。やつらが動かないなら、こちらが暴力で従わせるまでだ。レオンハルトの行動を妨害させ、シャーロッテもろとも王宮から排除する方法を……!」


 もはや破れかぶれの策。高貴な身分を装った伯爵家の当主が、脅しと暴力を全面に押し出すなど正気の沙汰とは言えないが、追いつめられたアルトゥーロにはそれしか残されていない。

 そこへ、控えの使用人が突拍子もない報告を持って飛び込んできた。


「伯爵様、殺し屋を雇う件についてですが、相手が難色を示しているようです。『公爵家を狙うなど自殺行為だ』と……」


「……奴らにこう言っておけ。協力しないなら貴様らを始末する、と。わかったな」


「か、かしこまりました……」


 蒼白になった使用人は息を吞みつつ退室。アルトゥーロは荒い呼吸を鎮められず、椅子を蹴飛ばすように立ち上がる。

 同じ伯爵家の中にいるはずの娘リディアとの決裂はすでに周知の事実だ。使用人らは「どちらに仕えればいいのか」と怯え、伯爵家は混乱の極みにある。


    ◇ ◇ ◇


「父様ったら、こんな無茶な手段に出るなんて……レオンハルトを暗殺しようと殺し屋を雇ってるとか噂を聞いたけど」


 リディアは屋敷の回廊を歩きながら、侍女シエラに声を潜めて話す。先の暗殺未遂の失敗以来、自分は独自に復讐を練り直そうとしていたが、父が同じような手口で公爵家に勝負を仕掛けると聞き、呆れ半分、苛立ち半分。


「はい、伯爵様は相当な危機感を覚えているのだと思われます。もはや買収や偽証だけでは無理と判断して、強引な方法に出たのでしょう」


「そんな安直なやり方、上手くいくわけないのに……。あのレオンハルトは既に備えている。護衛だって増えてるし、殺し屋が簡単に近づけるとは思えないわ」


「ええ。たぶん失敗に終わる可能性が高いかと。下手をすれば王宮に密告され、伯爵家の立場がさらに悪くなります」


 リディアは歯噛みするように足を止める。父親の暴走は、自分の復讐にも悪影響を与えかねない。下手すれば伯爵家の破滅が先に訪れ、復讐どころではなくなるかもしれない。


「父様、狂ってるわ……。それでも、使えるところがあるなら利用してやりたいけど」


「……そうですね。伯爵様が敵を引きつけてくれれば、リディア様はその隙を突くことも可能かもしれません。あくまで状況次第ですが」


「ふん、こうなったら父様がどう足掻くか様子を見て、その結果に合わせて私の行動を決めるまでよ。下手に邪魔する気はないけど、失敗するなら速やかに消えてもらうだけ」


 シエラは少し目を細めて黙ってうなずく。使用人のあいだで恐れられるほどの冷徹さを持つこの侍女にとっても、もはや伯爵当主ですらリディアの“駒”でしかないようだ。


    ◇ ◇ ◇


 城下の路地裏では、アルトゥーロが雇った殺し屋たちが待機していた。だが彼らは今しきりにささやき合っている。


「こんな強敵を狙うなんて、報酬がいくらでも足りんだろ……公爵家は護衛もしっかりしてるし、王宮も一枚噛んでやがる」


「……もはや任務の失敗を承知の上で金を持ち逃げするか、逃げるか。どうしたもんか」


「伯爵家が相手なら、下手に裏切ったら始末されるしな。だが公爵家を真正面から狙うのは自殺行為に等しい」


 こうして殺し屋たちは早くも弱気になっており、思わず尻込みしている。結果、アルトゥーロの指示通り動く者はほとんどおらず、一部の無謀な者が突っ込んだが返り討ちに遭ったという噂が既に広まりつつある。


「こっちに殺し屋が来やがったようだが、無様に返り討ちにしてやったぜ」


「レオンハルト様、さすがですね」


 公爵家の私室で、レオンハルトは退屈そうに腕を組みながら護衛の報告を聞く。やはり想定通り、伯爵家は強引に暗殺を仕掛けてきたらしい。だが、それは完全に返り討ち。むしろ王宮に「伯爵家が殺し屋を放った証拠」を提出できるという余裕まで見せている。


「いよいよ終わりが近いな、あの伯爵家。次々に尻尾を出してくれるおかげで助かる。王宮にこのまま差し出して処分を促そうか」


「伯爵様ご本人も、かなり焦ってることでしょうね。シャーロッテ様も『好きにして』と仰ってましたよ」


「好きにして……はは。ま、そうだな。見せしめに吊るすのも面白い」


 こうしてレオンハルト側は余裕を深め、世論を操作する。情報が行き渡り、かつて伯爵家と同盟を組んでいた貴族たちも「さすがに危険すぎる」と離反。結果、伯爵家が頼る足場はさらに小さくなる。


    ◇ ◇ ◇


「……ご報告いたします。レオンハルト様への暗殺は失敗に終わり、王宮への密告が行われるとの噂です」


 伯爵家の従者が、書斎の扉をおそるおそる開けて言う。部屋の奥にいるアルトゥーロは、血走った瞳でその従者を睨みつけた。


「なんだと……? あの殺し屋ども役立たずめが……! くそ、そろいもそろってビビりやがって……!」


 机を叩くアルトゥーロの怒声は狂乱の域に近い。さすがの従者も身が竦む思いで頭を下げるが、伯爵の怒りは止まりそうにない。


「全てを失ってなるものか……何としてでも、何としてでも生き残るんだ……!」


 暴力的な行動を示唆するような独白が漏れ、従者は「し、失礼します」と言って急ぎ足で退散する。書斎には破れかぶれの空気が充満し、アルトゥーロはさらに大声で独り言を喚き散らす。


「娘など知らん。私が伯爵家を守り抜くには手段を選ばない……次の策を考えろ、次を……!」


    ◇ ◇ ◇


「父様が完全に狂ったわね。もうあの人、どこへ突っ走ってるんだか」


 リディアは廊下を歩きながら苦々しく吐き捨てる。シエラが付き従い、静かにそれを聞いている。暗殺失敗のあと、彼女は父の働きを多少は期待していたが、ここにきて無計画な殺し屋投入が尽く失敗に終わった結果、ただ混乱を増やしただけという結果になっている。


「伯爵様は自暴自棄のようです。公爵家にどんどん追い詰められ、仲間も離れていく……焦りも頂点なのでしょう」


「そうね。でも、失敗した殺し屋のせいで、伯爵家の暗殺未遂が明るみに出ればさらに追い詰められる。馬鹿みたい……」


 内心では「父様は負け犬みたいに暴れるだけか」と呆れと諦めを同時に感じている。しかし、その破れかぶれの行動を逆手にとって、あの男と女(レオンハルト、シャーロッテ)を混乱に陥れる策があるかもしれない――リディアはそう計算する。


(父様が無駄にもがいて公爵家との火花を散らせてくれれば、私が裏から別の動きを仕掛けられるかも)


 使える部分は利用し、邪魔になるなら容赦なく排除する。そんな冷酷な思考がリディアの中で定着し始めている。かつて父を敬ったり、家名を大事に思ったりした自分は、もうどこにもいない。


「リディア様は今後どうされます?」


「そうね。父様が本格的に暴れたら、必ずどこかで巨大な衝突が起こるでしょう。その混乱に乗じて、私がレオンハルトを殺すチャンスがあるかもしれない。あの女もついでに……」


「承知しました。伯爵様を見張りつつ、機をうかがいましょう」


 リディアはシエラの言葉に満足げにうなずく。破滅的な道へと速度を上げているが、もう止まる気などない。伯爵当主すら利用する立場に回ったリディアの瞳は、もはや誰も愛さない冷酷な炎で燃えていた。

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