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狂気の令嬢復讐譚 ~愛も忠誠も裏切りも、すべてが血に染まる~  作者: ぱる子


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第12話 友人の裏切り②

「リディア様、わかったことがあります」


 その日の夕刻、シエラが屋敷に戻ってリディアのもとを訪れた。すでに外は薄暗くなっており、廊下のランプが青白い影を作っている。


「どうだった? カトリーヌの動向、つかめた?」


「はい。彼女は先ほど、町外れの離れ屋敷でレオンハルト様と密会していたようです。周辺の住人からの証言によれば、確かにカトリーヌ様と思しき女性が馬車で出入りしていたそうで」


「レオンハルトと……? なんで、そんなことを……」


 リディアの胸がざわつく。にわかには信じがたいが、ついさっきまで抱いていた疑念が一気に膨らむ。

 親友を名乗るカトリーヌが、まさかレオンハルトと通じているのだとすれば、暗殺の失敗もすべて彼女の裏切りによるものかもしれない。リディアは怒りと悲しみが混ざった感情を飲み込むように歯を食いしばる。


「やっぱり……あの子が裏切ってたんだ……」


「リディア様、どうされます? このまま見逃すのは得策ではありません。あの方を放置すれば、いつあなたの計画が外に漏れても不思議じゃない」


「…………」


 リディアの心は激しく揺れていた。裏切った親友をどう処分するべきか――その答えは、すでに逃れようのないほど血生臭い行為に結びつく。

 カトリーヌは単なる仮面の友人だったのだろうか。幼い頃の思い出が瞼をかすめるが、それすら今はまやかしに思えてくる。もしくは“どこかで道を踏み外した”のかもしれないが、いずれにせよ今となっては取り返しがつかない。


「……カトリーヌを消すにしても、簡単にはいかなそうね。彼女は社交界でもそれなりの影響力を持ってるし、もし急に失踪すれば疑いがこっちに向く」


「ならば、いっそ敵側にいると割り切って、計画を大幅に練り直すしかないかと」


「うん、そうね。彼女がレオンハルトに情報を流すなら、こっちもそれを逆手に取って罠を仕掛ける方法はあるかもしれない」


 リディアは深く息を吐き、シエラの顔をじっと見つめる。歪んだ忠誠に依存することでしか生きられない侍女の瞳には、リディアへの無限の従順が揺らぐことなく輝いていた。


「シエラ、次はもっと直接的にあいつらを殺すわ。そう言ったけど、狙いは変わらない。レオンハルトとシャーロッテ、そして……もしカトリーヌが邪魔するなら、彼女もまとめて」


「承知しました、リディア様。私たちだけで十分にやれます。伯爵家を巻き込む必要もありません」


「そう。父様はどうせ自分のことで手一杯よ。カトリーヌの裏切りを知った以上、私一人でも動くしかない」


 自分の手でケリをつける――リディアの決意が再び固まる。裏社会の暗い通路を歩くかのごとく、もう後戻りはできない。

 その夜、リディアはカトリーヌとの思い出を断ち切るように寝室の鏡に向き合い、沈痛な面差しで言い聞かせる。


「カトリーヌ……ごめんね。あなたが裏切ったのなら、私も手段を選ばない」


 鏡の中に映る自分の瞳が、酷く血走っているのを感じる。そう、伯爵令嬢らしい上品さは、すでにどこかへ消え失せてしまった。代わりに燃え盛るのは復讐心と、裏切られた怒り。これだけあれば十分殺せる――リディアはそう信じ込む。

 シエラもまた、その歪んだ決意を全身で受け止めるかのように寄り添う。二人の女性が共犯関係を深める中、カトリーヌはレオンハルト側に情報を流し、笑みを深めている。まさに“友人の裏切り”が可視化され始める。


    ◇ ◇ ◇


 カトリーヌは翌日、レオンハルトの一部取り巻きを通じて再び密約を進めていた。町外れの離れ屋敷で、「リディアは本気で自分に牙を剥くかもしれない」と笑いながら語り、レオンハルトの護衛を強化させるよう助言する。


「伯爵令嬢って怖いわね。毒がだめなら剣を振るうつもりだなんて、尋常じゃないわ」


「はっ、あの女が何をしようが、俺には関係ない。やられる前に潰してやるまでだ」


「そうですね。レオンハルト様が万全の態勢を整えていらっしゃるなら、きっと大丈夫」


 にこやかに言葉を交わしながら、カトリーヌの内心は「もっとやれ、もっと壊れろ」と高揚していた。リディアがどんなに足掻いてもレオンハルトの护衛には勝ち目が薄く、さらにその裏で自分が情報を操れば、争いはますます激化するだけ。

 これ以上の娯楽はない――という充足感が、彼女の意地の悪い本性を満たす。そうした性癖を誰にも悟られぬよう、カトリーヌは愛らしい笑顔を完璧に保つ。


(リディアとレオンハルト、どちらが先に相手を仕留めるのか。あるいは両者とも共倒れになるのか。どんな結末でも……楽しい。存分に踊ってちょうだい)


 そして、離れ屋敷を後にするとき、カトリーヌはまたしても一人静かにつぶやく。


「もうすぐ面白いことになるわ……ねえ、レオンハルト様。あなたも利用させてもらうわよ?」


 頭の中には、リディアやシエラの狂気、シャーロッテの企み、そして伯爵家や公爵家全体を巻き込んだ大渦が揺れ動いている。最終的に誰が生き残ろうと、カトリーヌには関係ない。彼女が望むのは“壮絶な壊れっぷり”を観賞することだけなのだから。


    ◇ ◇ ◇


 一方、リディアはまだカトリーヌの裏切りを“完全に”信じきってはいない。彼女の胸中では葛藤が渦巻いていた。昔の思い出を手放せないまま、「あの子は私の味方だったはず……」と躊躇してしまう。

 だが、状況はリディアの感傷を許さない。公爵家も、そしてカトリーヌ自身も、リディアを出し抜こうとしている気配が濃厚だ。シエラに言われるまま、伯爵家の裏ルートで武器を調達したり、護衛の情報を収集したりと準備を進めるうちに、リディアの心からは最後の迷いすら薄れていく。


「もし本当にカトリーヌが私を裏切ってるなら、私から先に叩き潰すしかない。そうよ、敵は三人。レオンハルト、シャーロッテ、そしてあの子」


「そうですね。わたくしはいつでもリディア様の命令を待っています。邪魔者が増えれば、その分だけ処分すればいい」


 侍女の言葉が、冷たく響く伯爵家の廊下を満たす。リディアは目を閉じ、闇を深く吸い込んだように低く息を吐く。


「分かってるわ、シエラ。……いずれ、決着をつけなきゃならない。父様はどうせ何もしてくれないし、私たちがやるしかない」


「はい、リディア様。全て、あなたのお望むままに」


 こうして、友人を巡る疑念と、復讐の狂気が一つに混ざり合い、リディアの思考はより破滅へと加速していく。もはや引き返せない地点を越え、歯車は連鎖的に回転を早めている。

 そんな中、カトリーヌはひとりほくそ笑む。レオンハルトが不敵に「利用させてもらうさ」と応じるのを背で聞きながら、彼女はさらに暗躍を続けるのだ。リディアを壊すも、レオンハルトを追い詰めるも、どちらに転んでも愉快だという心持ちで。


(さあ、あとはどうなるかしら? リディアがあの男を殺して満足する? それとも返り討ちに遭う? シャーロッテが出てきて混乱が増す? 何でもいいの。あなたたち、思う存分踊ってみせてちょうだい)


 この三人の狂気が正面衝突するのは時間の問題だ。誰もが破滅を回避するすべを失いつつある。伯爵家を破滅に導くか、公爵家を血祭りにあげるか、それとも全員が奈落へ落ちていくか――答えは闇の中。

 夜になると、月の光が廊下を白く照らす。リディアは鏡に映る自分の顔を見つめ、また口の端をきゅっと結ぶ。


「カトリーヌ……あなたが裏切り者なら、もう容赦はしない」


 その言葉は誰にも聞かれないが、鏡の奥には震えるような決意が宿っていた。カトリーヌへの疑念を認めたくない気持ちと、追い詰められた現実がごちゃ混ぜになり、リディアの心は煮えたぎる。狂気の度合いを増した彼女が、次に仕掛けるのは毒でも刃でもなく、もっと直接的で容赦のない“制裁”かもしれない。

 裏切りが蠢く夜の闇。シエラはリディアの傍らで「いつでも」と言わんばかりに膝をつき、歪な忠誠を静かに燃やしている。レオンハルトは公爵家の力を背景に「来るなら来い」と胸を張り、シャーロッテはそれを隣で眺め、もしもの時には微笑みながら逃げ道を確保するつもりだろう。

 そして、最も得体の知れないカトリーヌが、二面工作をさらに強化して、あっけらかんと「もうすぐ面白いことになるわ」とつぶやく。レオンハルトは「利用させてもらうさ」と不敵な笑みを返す。闇の契約が結ばれ、血の匂いが仄かに漂う。

 誰が裏切り者で誰が被害者か、もはや分からない。全員が歪みきった世界で、最後に嘲笑するのは果たして誰だろうか――。闇は深みを増しつつ、破滅への序章を静かに刻んでいる。

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