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狂気の令嬢復讐譚 ~愛も忠誠も裏切りも、すべてが血に染まる~  作者: ぱる子


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第8話 カトリーヌの罠②

 一方、街角の人通りの少ない路地裏。そこには一人の男が待ち受けていた。黒い帽子を深く被り、背丈の大きいコートを羽織っている。どこか警戒した様子で辺りを見回すが、やがて遠くから軽やかな足音が聞こえてくると、安堵の息をつく。


「お待たせ。私に連絡をくれるなんて珍しいわね」


 現れたのはカトリーヌ。昼間の伯爵家を訪れたときのドレス姿とは違い、やや落ち着いた装いに変えている。その声はいつもの落ち着きとは少し違って、小さく抑えられていた。


「すみませんね、カトリーヌ様。公爵家の方から“リディアの動きがどうなっているか”早めに知りたいと言われまして。俺も、あんたに頼るしかなくて」


「あらあら。だったら最初から私に全部任せてくれればいいのに。……で、公爵家は具体的に何を求めているの?」


「レオンハルト様に伝えるんで、あんたがつかんでる情報、なるべく詳しく教えてほしいんです」


 男は敬語ながらも不躾な雰囲気。公爵家の取り巻きかもしれない。カトリーヌは「あらあら」と微笑しつつ、鞄から小さなメモ用紙を取り出す。


「リディアがどんな手段を使おうとしているのか、あいつの父親アルトゥーロが何を企んでいるのか、大雑把だけどまとめてみたわ。ま、私も全貌は知らないけどね」


「助かる。これで公爵家も一手先を読める。……いや、あんたには頭が上がらないな」


「いいのよ、気にしないで。私だって、リディアが暴走して大混乱になるのを防ぎたいの」


 言葉だけなら、まるで平和を願う慈善家のようにも聞こえる。しかしカトリーヌの瞳には、楽しげな輝きが潜んでいる。まるで「どこまで拗れれば、面白い惨劇になるかしら」と期待しているようだ。


「最近、リディアは父親のやり方に不満があって、もっと直接的にレオンハルト様たちを潰そうとしてる。でも、それはまだ実行段階には至っていないようね」


「なるほど。じゃあ、こっちも先手を打って警戒できるってわけか。……本当にありがたい」


「ふふ、こんな情報なんて大したことないわ。いずれもっと“大きな動き”があるかもしれないし、そのときはまた連絡ちょうだい」


 カトリーヌはあどけない笑みを浮かべ、そのまま踵を返す。男は礼を述べるが、彼女は適当に手を振って雑に応対しただけ。

 大通りに出ると、カトリーヌは再び優雅な貴族令嬢の表情に戻る。こうして、彼女はリディアの計画を探りながらレオンハルト側にも情報を流し、二面工作を活性化させているのだ。


(リディアはどこまで過激になるのかしら。レオンハルトたちがそれにどう対抗するのか。ああ、楽しみ。きっと悲惨な破局が待っているわよね)


 心中で愉快な笑みを浮かべながら、カトリーヌはまた別の情報源へと足を運ぶ。彼女自身は表立って戦わない。ただ、高みの見物をしながら双方に情報を売り買いし、利益と快楽を得るのが目的だ。


    ◇ ◇ ◇


 同じ頃、伯爵家ではシエラがリディアに「何か手がかりはあったか」と問われ、首を振っていた。


「カトリーヌ様について調べましたが、表立った裏切りの証拠は今のところ見つかりません。むしろ、彼女は優雅に振る舞い、手堅い人間関係を築いているだけのようです」


「そう……。やっぱりシエラ、あなたが言うような悪意は感じ取れないのかもしれないわね」


「ですが、私はまだ警戒を解くべきではないと考えています。いつ裏切られるとも限りません」


「私だって完全には信用してないわ。でも彼女が動いてくれるなら、利用できるものは利用する。それだけよ」


 リディアは言葉を吐き捨てるように言うが、その目にはどこか曇った色が見える。本音を言えば、疑うよりも“友人”であってほしいという願いが強い。

 この微妙な空気の中、シエラは言葉を探すが、リディアの強い意志を前に何も言えない。結局、「承知しました」とだけ答え、下がる。


(カトリーヌが危険かもしれない――そう思っても、リディア様は聞く耳を持たない。私が何とか防がないと)


 シエラの胸には焦燥が渦巻く。ご主人様を守るためなら何でもするという狂気じみた忠誠が、またひとつ激しく脈打ちはじめた。


    ◇ ◇ ◇


 一方、公爵家の一室で、レオンハルトは取り巻きからの報告を受けていた。シャーロッテはその隣でソファに腰掛け、楽しそうに耳を傾ける。


「リディアが危険な行動を準備している、だと? ……ふん、そうか。あの女、本当にやりかねないな」


「ええ、最近は父親とも齟齬が生じてるとかで、かなり過激になりつつあるようです。伯爵家の内部情報によれば――」


 取り巻きが読み上げる情報の中には、カトリーヌから流れてきたものも含まれている。だが、当然そのことをレオンハルトもシャーロッテも知らない。彼らは純粋に「リディアの危険度が増している」と受け止めていた。


「じゃあ、先手を打って潰しておくに越したことはないわね。あの伯爵家、裏から手を回すのも得意みたいだし」


 シャーロッテが甘い笑みを浮かべてレオンハルトにささやく。彼は「伯爵家ごと消してしまうか……」とつぶやき、苦笑を零す。


「面倒だな。もとは婚約者だったが、あれには愛想が尽きた。今さらギャーギャー喚かれても困る」


「そうね、早めに黙らせるが吉よ。それとも、面白い遊び道具にする?」


「はは、いいかもな。……まあ、王宮の目を引かない程度に潰すだけだ。しっかりやれよ」


「了解。私も手を貸すわ。伯爵家の恥部が暴かれる日も近いでしょう?」


 二人の笑い声が混ざり合う中、情報を運んできた取り巻きは冷や汗をかきながら頭を下げる。レオンハルトとシャーロッテの冷酷な表情を見ると、本当に伯爵家がじわじわ追い詰められていくのが想像できた。

 こうして、カトリーヌから流れた情報がレオンハルトたちを刺激し、リディアとの衝突を加速させる。すべては陰で舌なめずりをするカトリーヌの計画通りだ。


    ◇ ◇ ◇


 夜。伯爵家の庭を白い月の光が照らしていた。カトリーヌの馬車はすでに帰ったあとで、邸内は静けさに包まれている。だが、屋敷の陰のほうでは、シエラが夜風を浴びながら思案に沈んでいた。


「カトリーヌ……あなたは何者なのか。リディア様を本当に助けたいのか、それとも……」


 シエラの独白は誰も聞いていない。けれども、彼女の中の危険な忠誠心が「リディア様を守るためなら、カトリーヌを排除してもいい」とまでささやきかける。

 リディアのために手を血に染める覚悟は、とっくにできている。その戦慄すべき決意が、やがてどんな悲劇を生み出すか――まだ誰も知らない。


    ◇ ◇ ◇


 そして、深夜の闇が深まった頃。カトリーヌは灯りの消えた自室でゆっくりグラスを傾けていた。窓の外には月が浮かび、街の喧騒は遠い。


「さて、これでリディアはさらに焦り、レオンハルトは先手を打とうと動く。シャーロッテも便乗して伯爵家に攻勢をかけるだろうし……」


 薄暗がりの中、彼女は自嘲気味に笑う。自分はどちらの陣営にもつかず、双方に売り渡す情報を調整しながら事態を面白く掻き回す。どちらが勝っても負けても、自分は楽しめればそれでいい。


「本当に、どこまで転がっていくかしら。リディアは私を信じきっているし、シエラみたいな侍女は少し勘付いてるみたいだけど……」


 思い出すのは、侍女シエラの冷たい眼差し。あれは危険だ、とカトリーヌも感じている。だが、怖いよりもむしろ好奇心が勝る。

 最後に爆発するのはリディアかレオンハルトか、シャーロッテか。それとも伯爵家全部か公爵家全部か。カトリーヌの望みは、悲劇の最終シーンを客席で見届けることにある。


「もうすぐ、面白いことになるわ。ねえ、リディア。あなたは私を疑わないけど……そんなに信じて大丈夫なの?」


 誰に聞かせるでもない独白が、虚空に消えた。彼女はグラスを一口飲み干し、窓辺に置く。外から風がカーテンを揺らし、わずかに月光が差し込んだその顔は、妖しく微笑を湛えている。

 こうして、もう一つの確信が生まれた――「真の裏切り者は誰なのか?」という問い。カトリーヌはそれを知る唯一のプレイヤーでもあり、“観察者”として狂気を楽しむ傍観者でもある。

 夜は深まり、それぞれが腹に何かを隠したまま眠りに落ちていく。だが、その眠りの中ですら夢が穏やかである保証はない。この世界はすでに狂気に染まりかけている。

 不気味な夜の静寂を破るように、カトリーヌの小さな微笑だけが暗闇で浮かんでいた。彼女の口元がわずかに動き、「もっと面白くしてあげる」とささやく。親友を騙し、敵へも情報を売り、誰が先に破滅へ向かうかをただただ楽しむ。

 そんな歪んだ妖精のような彼女の姿は、月に照らされて幻のように揺らいでいた――。

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