表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂気の令嬢復讐譚 ~愛も忠誠も裏切りも、すべてが血に染まる~  作者: ぱる子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/42

第7話 牙をむく伯爵③

 その日の夜。伯爵家の中庭に面した回廊を、アルトゥーロがゆっくり歩いていた。頭の中は「どうやってこの事態を軌道に乗せるか」でいっぱいだ。

 たまたま鉢合わせたリディアを見つけると、彼は声をかける。


「リディア、さっきの騒ぎの話はもう聞いたな? お前の耳にも届いているだろう」


「ええ。父様の部下がうっかり公爵家の連中と鉢合わせしたんですって?」


「うっかりかどうかは知らんが、余計な火種だ。だが、逆に利用できるかもしれない」


「確かに。私としても、あの男と女を早く苦しめたいところ。父様の捏造計画はどうなってるの?」


 リディアの無遠慮な問いに、アルトゥーロはわずかに口角を上げる。皮肉げな笑みとも取れる表情だ。


「順調だ。王宮筋にも少しずつ噂を流し、レオンハルトの奔放な女遊びや金の流れを洗い出している。証拠は捏造でも構わん。いずれ奴らを失脚させるには充分だ」


「さすが父様。だけど、私はそれだけじゃ満足しないわ。あの女――シャーロッテも、陰でいろいろやってるみたいだし、早く決着をつけたい」


「決着を焦るな。伯爵家が勝利を得るためには、緻密な手順が必要だ。お前も妙な暴走をするな。いいな?」


 アルトゥーロの声音には威圧感がこもる。しかし、リディアはそっぽを向いて面白くなさそうに微笑むだけ。親子の意見が完全に噛み合わないことは明白だった。

 そのとき、回廊の暗がりから現れたのは、まるで亡霊のように静かな足取りのシエラ。彼女はスッと近づくと、薄く頭を下げる。


「失礼します。伯爵様、リディア様。ご相談があります」


「シエラか。お前は娘に仕える侍女だったな。何だ?」


「実は、公爵家側の護衛を買収できる可能性があると耳にしました。もしうまく交渉が成立すれば、あちらの内部情報を得るだけでなく、非常事態で裏切らせることも可能です」


 思わぬ提案に、アルトゥーロは「ほう」と声を漏らす。リディアも目を見張り、興味を示した。


「護衛を買収か……悪くない話だ。だが、相応のリスクと金が必要だぞ? それは承知しているのか」


「はい。ですが、裏社会に通じる幾人かからすでに見積もりを得ています。成功すれば、公爵家の動向をつかむ道が大きく広がるでしょう」


 シエラがそう語ると、リディアは嬉しそうに肩をすくめる。


「やっぱりシエラは頼りになるわ。ねえ父様、これ面白いじゃない。あの連中の護衛が裏切る瞬間を想像してみて?」


「…………」


 アルトゥーロは一瞬考え込み、「金の手配をどうするか」という現実的な問題に頭を回す。財政難を抱えているとはいえ、裏稼業の資金の一部を切り崩せば、護衛の買収くらいは可能かもしれない。


「確かに悪くない。どのみち、あの公爵家と一戦交えるなら、中から崩していく手段があっても損はない。……ただし、私が許可するからには、私の管理下で動くことが条件だ」


「あら、父様、せっかくシエラが働いてくれたのに、結局は父様の『管理』なの?」


「当たり前だ。伯爵家の動きはすべて私が把握する。余計な真似をして足元をすくわれては元も子もないからな」


 リディアはため息混じりに軽く肩をすくめる。だが、この話自体は彼女にとっても渡りに船だ。強行策で血を流すより先に、護衛を買収することで公爵家内部の弱点を突けるなら願ってもない。

 一方、シエラは二人のやりとりを静かに見守っている。リディアの望みが叶うならば、自分はいくらでも動くつもりだし、アルトゥーロの意向を無視したくはない――そこに彼女なりの葛藤もあるだろう。


「とにかく、買収は私の許可が下りたと思え。資金は出そう。ただ、詳細な交渉はお前がやれ、シエラ。うまく運べば、一気に公爵家の懐へ手を突っ込めるかもしれない」


「かしこまりました、伯爵様。私にお任せください」


 シエラは柔らかな微笑で応じる。その裏には、血と陰謀にまみれてもリディアの願いを叶えるという固い意志がある。アルトゥーロの目には、それがいささか不気味にも映るが、使える駒を嫌う理由もない。

 こうして、三人が共通の利益――“公爵家を叩き落とす”――のために手を組むことが再確認された。とはいえ、リディアの抱く“もっと過激な手段”は依然としてくすぶっているし、アルトゥーロの“品位”への執着も根強い。内側の衝突は潜在的に続く。


 回廊を離れようとするリディアの背に、アルトゥーロがぽつりと声をかけた。


「……お前、余計なことはするなよ。もし素性がバレれば、伯爵家が引きずり下ろされかねん」


「大丈夫よ。そんな下手は踏まない。ただ……そこまで危惧するのなら、父様だって私が『余計なこと』をせずに済むよう努力すればいいでしょ?」


 リディアはそう言い残し、闇に溶けるように姿を消す。残されたアルトゥーロはしばし黙り込み、シエラだけが静かに頭を下げる。

 シエラの瞳に映るのは、邸の灯火に照らされた伯爵の横顔。父娘の微妙な亀裂は拭いきれず、しかし目的は同じ。殺伐とした親子の足並みが、これから先、どのような地獄を呼び寄せるのか――想像もつかないほど危険なものだ。


    ◇ ◇ ◇


 一方、レオンハルトやシャーロッテがその動きを察知するのは、まだ少し先の話。しかし、捏造された噂や突然の護衛裏切り計画が顕在化すれば、公爵家も無傷ではいられないはずだ。伯爵家の暗い爪がのばされ、街の闇を伝ってじわじわと締め付ける。

 その背後には、リディアの異様な憎悪が燃え上がり、アルトゥーロの非情な家名至上主義が重なり合う。加えて、侍女シエラの盲目的な忠誠が危険な潤滑油となって伯爵家の歯車を回し続けている。

 親子が“暗殺や捏造”といった違法行為を当たり前に協議する狂った世界――そこでは正義も愛も、ただの飾りにすぎない。伯爵家が牙をむけば、やがて鮮血の香りが社交界を染め上げるだろう。


「直接、奴らを始末する手段があるわね……」


 リディアが小さくつぶやいた言葉が、回廊の冷たい空気を震わせる。聞こえていたのかいないのか、アルトゥーロは無言を貫き、シエラは微笑を深める。

 それはまるで、崩壊の幕が上がった合図。親子の利害一致が崩れ落ちた先にあるのは、取り返しのつかない破滅だとわかっていても、もはや後戻りできない。

 夜の闇が伯爵家を覆い尽くし、ランプの炎だけが揺れる。その揺らめきは、やがて来る血と絶望の舞踏を予感させるかのように、不穏なリズムを刻んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ