第6話 想い人の微笑み②
さらに追い打ちをかけるように、最近は社交界で「リディア様の父アルトゥーロが闇市場を牛耳っているらしい」といった噂が広がりつつある。これが本格的に拡散すれば、伯爵家としての面目が丸つぶれになる危険がある。
「父様にも相談しないと……あの偽善者を放置しておくのはまずいわ」
「リディア様、お父上はお忙しそうです。裏稼業の方でも、少し問題が起きているみたいで……」
「そんなの知るもんですか。父様と協力して、この状況を何とかしなきゃ。シャーロッテだけは容赦しないわ。私をここまでバカにしてくれたんだから」
リディアは拳を握りしめ、唇を噛みしめる。屈辱が燃料となって、彼女の復讐心がさらに膨れ上がっているのがわかる。
シエラはそんなリディアを黙って見つめ、彼女の指示を待つ。無闇に動けば却ってシャーロッテに利用される恐れがある。しかし、リディアの怒りを静める術がない以上、事態は急転直下で進んでいくだろう。
「シエラ、あなたにはもう少しシャーロッテの動向を探ってもらうわ。どこに出入りして、誰と話してるか、できる限り知りたいの」
「かしこまりました。あの人は気配を消すのが上手いですが、必ず尻尾をつかんでみせます」
「頼むわ。私ができることは……そうね、父様の権力を使ってでも、あの女の口と動きを封じる」
そこまで言い切ったリディアの瞳には狂気めいた光が揺れている。絶対に負けられない、という気迫と、自分を蔑んだ相手への殺意に近い感情が混ざり合う。
シエラは心配そうに眉を寄せるが、それを阻むようにリディアが声を上げた。
「もう容赦しないわ。あの偽善者シャーロッテ、私の目の届かないところでコソコソ動くんでしょう? だったら手荒な方法でも潰すしかない。それに、父様の裏稼業は隠しとおさなきゃならないんだから」
「リディア様、冷静に……。ですが、わかりました。私もこのまま黙ってシャーロッテ様にやられっぱなしでは面白くありませんわ」
「そうよ。私たちであの女を叩き潰す方法を考えましょう。いくら公爵家の庇護があろうと、何か弱点はあるはず。手段を選ばないのが伯爵家のやり方だもの」
リディアの口から放たれる言葉は、もはや常軌を逸し始めている。けれども、シエラは否定しない。むしろ「リディア様なら、それができる」と盲目的に信じている。
シャーロッテが知らぬ間に伯爵家の秘密を探るように、リディアもまた敵を排除するために足掻く。二人の女性が、それぞれの狂気を剥き出しにして衝突する日は遠くないだろう。
「さあ、シエラ。早速あの女に近い関係者を洗い出して。どんな些細な噂でもいいから持ってきなさい。……私の怒りを思い知らせる機会が、そう遠くないうちにやってくるわ」
「承知しました、リディア様。全力を尽くします」
シエラは深く一礼すると、すぐに部屋を出ていった。リディアは彼女の背中を見送りながら、大きく息を吐き出す。胸の奥から沸き上がるのは、抑えきれない憎悪と苛立ちだ。
「私からレオンハルトを奪って、社交界で善良な被害者ぶって……面白いわね。見せてあげるわよ、シャーロッテ。私を本気で怒らせたらどうなるか……」
呪詛のような言葉を噛みしめつつ、リディアは鏡に映る自分を見つめる。そこに映っているのは、かつての高慢ちきな伯爵令嬢ではなく、狂気の炎を宿した悪役令嬢そのものだ。
社交界を舞台に繰り広げられる歪んだ復讐劇。その中心にはレオンハルトとシャーロッテがいて、さらにカトリーヌや伯爵家の暗部も複雑に絡み合う。リディアはその渦中で苦しみながらも、破滅的な道を選ばずにはいられない。
「……いいわ。もう後戻りはしない。このまま奴らを地獄に落としてやる」
震える両手を握り締め、リディアは決意を固めた。憎悪に燃える瞳が、室内の灯火を映して赤くきらめく。
シャーロッテの“可憐な笑顔”に裏があるなら、こちらは歪んだ正面突破で応じるしかない。そう考えた瞬間、リディアの唇に渇いた笑みがよぎる。徹底的にやるしかない――それが伯爵家の令嬢としての最後の誇りなのだ。
そして、その決意を裏付けるかのように部屋の扉が開く。戻ってきたシエラが、わずかばかりの最新情報を手に微笑んだ。
「リディア様、さっそく情報が入りました。シャーロッテ様は次の舞踏会で、また新たな動きを見せるかもしれません」
「そう……。なら、その舞踏会に私も姿を見せなきゃね。あの女を潰すきっかけが欲しいんだもの」
「どうかお気をつけください。彼女はレオンハルト様や公爵家の重役と組んでいる……下手をすれば、ご自身が危険にさらされるかも」
「構わないわ。危険を顧みず相手を追い詰める――それが必要ならやるだけ。私はもう容赦しない。あの偽善者を確実に潰す方法、あなたも一緒に考えてちょうだい」
「はい、リディア様。お任せください」
その言葉を最後に、リディアの心の葛藤が一つの終着点を迎える。これ以上、シャーロッテの好きにはさせない。優雅な仮面を被ったまま伯爵家を追い詰めようとする彼女を、逆に破滅へと追いやる――その暗い炎がリディアの胸でますます燃え盛るのだった。
今は、まだ静かにうごめく段階にすぎない。しかし、この後に待ち受ける衝突は、必ず血塗られた惨劇へと発展するだろう。リディアはその泥沼にはまる覚悟を決めた。もはや、悪意と狂気の連鎖からは逃げられない。




