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狂気の令嬢復讐譚 ~愛も忠誠も裏切りも、すべてが血に染まる~  作者: ぱる子


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第5話 公爵家の実態①

 公爵家の広大な屋敷に足を踏み入れた瞬間、甘い香りと活気ある笑い声が出迎えてくる。廊下に飾られた高価な絵画や柱の装飾、どれを取っても一級品ばかりだ。まるで華麗な劇場かと思うほどの圧倒的な豪奢さ。しかし、その煌びやかな表面の奥には、誰にも見せぬ醜悪な闇が渦巻いていた。


「おや、レオンハルト様、今宵もたくさんお連れしてるのね」


 ヴァイオリンの音色が流れるサロンには、数多くの女性たちがくつろいでいる。艶のある衣服を身に纏い、互いにちらちらと探るような視線を向けながら、堂々と酒を嗜む。彼女たちの中央で、レオンハルト・フォン・シュタインヘルツは微笑みを浮かべていた。


「はは、退屈を紛らわせるためだよ。綺麗な人間に囲まれると、心が和むからな」


 軽薄そうな口調とは裏腹に、その目は少しも笑っていない。金色の髪を撫で上げながら、卓上に置かれた高価そうな酒瓶に手を伸ばす。彼がグラスに注いだ琥珀色の液体は、独特の香りを放ちながらゆらりと揺れた。


「レオンハルト様、もっと私にもお声をかけてくださいな。あなたばっかり楽しんでるじゃないの」


「はいはい。そっちのグラスも空いてるだろ。遠慮なく飲むといい」


 愛想よく声をかけてくる女たちに適当に対応しながらも、レオンハルトの内心はさほど楽しんでいるわけでもなかった。彼の顔には“退屈”という文字が潜んでいる。

 婚約を破棄したリディア――あの伯爵令嬢――に使い道がなくなった今、代わりにこのサロンの女たちを飽きるまで弄ぶのもいいが、いかんせん刺激に欠けるのだ。


「ところでさ……最近の伯爵家の動向はどうだって?」


 唐突に尋ねたレオンハルトに、取り巻きの男が首をかしげる。公爵家の従者や愛人に紛れて、一部の腹心たちが彼を囲んでいた。彼らはレオンハルトの命令なら何でも引き受ける影の協力者だ。


「伯爵家ですか。アルトゥーロ殿は相変わらず影で手を動かしているようですよ。とくに闇市や賭場との繋がりは噂が絶えない。公にはなりにくいでしょうが」


「あの男、表向きは貴族社会に取り入って優雅ぶってるけど、実際には裏仕事で金を動かすのが得意だからな。……うんざりするほど狡猾だ」


「そうおっしゃいますが、レオンハルト様も似たような部分をお持ちでは?」


「はは、そこは聞き流しておいてやるさ」


 レオンハルトは苦笑を混ぜつつグラスを飲み干す。まるで酒の味もわからないかのように、一気に煽るのが彼の癖だ。喉を伝う熱を意識しながら、彼は虚空を見つめた。


 リディアとの婚約破棄は、社交界で大々的に取りざたされた。だが、それによって大した痛手を感じていないのは、レオンハルトの立ち回りの巧みさゆえである。むしろ「気まぐれな公爵家嫡男が、相手の悪癖に愛想をつかして破談にした」という筋書きを広めることで、同情や称賛すら集めていた。


「もう少しで、あの伯爵家が勝手に転げ落ちそうな気がしてならないんだ。アルトゥーロの裏稼業をひもとけば、いくらでも弱点が出てくるからな。……まあ、リディアのことはどうでもいいが、伯爵家には鬱陶しい権力がある。崩せるものなら崩しておきたい」


「おやおや、ずいぶん手が早いですわね、レオンハルト様」


 この場にいたのは、レオンハルトの“想い人”を自称するシャーロッテ・ベル・ローウェル。妖精のような可愛らしい姿をしていながら、その笑みはどこか薄氷を連想させる冷たさを帯びている。


「シャーロッテ、お前もそう思うだろ? 伯爵家は今ごろ悔しがってるさ。自分の娘が捨てられて、社交界の笑い者になっているんだから」


「ええ。あのリディアという令嬢、確かに気位が高そうでしたものね。けれど、あなたにはもっとふさわしい相手がいますわ。私のように、ね?」


 シャーロッテは甘い声でささやく。レオンハルトは、彼女の言葉に軽い笑いを返す。

 かつてはリディアとの縁談を「退屈しのぎ」に利用していたが、今はシャーロッテを一番に置いている。それでも、彼女が絶対的な存在というわけではない。レオンハルトにとっては、全員が取るに足らぬ“所有物”でしかないのだ。


「シャーロッテ、お前こそ最近はよくやってるな。伯爵家の情報を小出しにしてきたのは、なかなか役に立つ」


「まあ、知り合いがあちらにもいるんですもの。私なりに動いていますわ。あなたのためなら何でもします」


「……悪い子だ」


 レオンハルトはそう言いながら、シャーロッテの頬を指先でそっとなぞる。シャーロッテは上目遣いで微笑み返し、彼の手を小さく握る。まるで絵に描いたような甘い恋人たちの姿――しかし、その本質は腹黒い。


「伯爵家なんて大したことはないでしょ? あのアルトゥーロが裏で動いてる仕事を一つ暴くくらいなら簡単じゃないですか」


「そうだが、あいつも抜け目ないからな。……まあ、こっちも手は打ってある。リディアがどうあがこうと伯爵家ごと潰してやるさ」


 はっきりと“潰す”と口にするレオンハルト。その一言に、シャーロッテは愉快そうに目を細める。彼女もまたレオンハルトの権力を利用して、自分の地位を確立するつもりなのだ。

 そう、可憐な笑顔の下には猛毒が潜んでいる。リディアに勝った気でいるというより、「公爵家を操る女」として更なる高みに立ちたい――そんな野心が透けて見える。


「ところでレオンハルト様、最近カトリーヌという名家の令嬢が、あなたに興味を持っていると耳にしましたわ。彼女、以前も晩餐会であなたにお声をかけたようですわね?」


「ああ、あの女か。確か、エイヴァリン家の娘だったな。たまに会うが、妙に飄々としていてつかみどころがない」


「気をつけなさいまし。ああいうのが一番怖いんですの。どこに転ぶか分かりませんしね」


 シャーロッテが注意を促すのは、心底からレオンハルトを独占したいから……などという純情な理由ではない。彼女はむしろカトリーヌがどのようにこの騒動に関わり、最終的に誰を貶めるのかを知りたがっている。下手をすると自分の邪魔をされる可能性もあるからだ。


「まあ、カトリーヌとかいう令嬢には興味ないさ。今は伯爵家をどう破滅させるかが重要だ。……それにしても、もう少し遊びを仕掛けてやりたいところだな」


「素敵。あなたらしいわ、レオンハルト様」


 シャーロッテはレオンハルトの腕に絡みつく。女たちは周囲を囲んで羨望の眼差しを送るが、シャーロッテは自分こそが“特別”であるとわかっている。

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