乗船へ
「ふわ……」
ミリアは眼前の光景が一瞬、理解できなかった。
無理もない。
山小屋みたいなところからいきなり、長い長い階段を歩かされた先の不思議な部屋。
そこから一瞬過ぎたかと思えば、今度はやたらと巨大な空間の中にいたのだから。
(天井が高い)
ミリアの視力では細部もわからないほどだった。
二人がいるのは円形の、山小屋の地下で見たのと同じ陣形だったのだけど……ここには同じものが他にも数個並んでいた。
『□□□□□』
「???」
『□□□、□□□□』
突然の、知らない言葉による呼びかけにコータが反応した。
「えっと、なんて?」
そもそも誰だ?
そして声のする方に振り返ったミリアだったが。
「!?」
そこには制服らしきものを着込んだロボットが立っていた。
想定外の光景にミリアは固まった。
ビックリ眼で見ていると、ロボットは「ああ」と納得げにうなずいた。
『□□□□、□□□□□』
「え?え?」
混乱状態のミリアに、コータが答えた。
『驚かしてごめんってさ……連邦共通語でね』
「え?連邦って?」
『うん、どうやら手が回ったみたいだな』
連邦。それは話にきく敵対勢力の名前ではなかったか。
『やれやれだよ、今までこんな辺境に圧力はかけても、直接何かなんてしなかったのに』
「大丈夫なの?」
『大丈夫だよ。それよりちょっと目を閉じて』
「あ、うん」
いわれるままに目を閉じると、頭の中でチカッと何かがきらめいた。
思わず面食らっていると、なぞの呼びかけが再び聞こえてきたのだけど。
『すまないねお嬢さん、お名前をうかがっていいだろうか?』
「ミリアです」
今度は意味が理解できた。名前を呼ばれたようなので答えた。
『そこの猫が、おまえさんはザイードの親戚のところに行くといっている。間違いないかね?』
ザイード?
はじめて聞く名だったが、ミリアはふと考えてから答えた。
「うーん、行先については彼に頼り切りなので即答できないです。外に出たことがないんですよ私」
『ああなるほど、たしかに宇宙ははじめてのようだね』
「はい」
『ならば了解した。
本来はこういう時、スルーしちゃいけないんだが……はじめて宇宙に出る人にエスコートが必要なのは当たり前だ。
コータよ、趣旨を疑って悪かった。すまなかった』
ロボットはミリアを見、そしてコータを見て謝罪した。
『最後に確認だがコータよ、君は彼女を責任もって無事に送っていくかね?』
『おう、アマルー聖女王の名にかけてな。ほれ信任状』
『データを受け取った……なるほど間違いないアマルー王家のものだ。次からはこれを使いなさい』
『こんなヤバいもん、ホイホイそのへんで提示できるかい。必要だから提示したんだよ』
『そういうことか。わかった、47番ポートを使え。チケットだ、受け取れ』
しかし物理的には全く動かない。
もしかして電子チケットか何かだろうか、とミリアは漠然と思った。
『入場チケットは有料だろ、いいのかい?』
『かまわない、ではな猫の』
『おう、ありがとよ』
ロボットが去っていった。
『47番ポートって言ってたな。急ぐぞミリア』
「ん」
歩き出したところで、ミリアが質問した。
「ねえコータ、急にロボットさんの言葉がわかったのはどうして?」
『僕とミリアの脳をつないで、言語情報を共有しているのさ。間に合わせで悪いけど、意味不明よりはいいだろ?』
「すごい、魔法みたい、ありがとうコータ!」
『いやいやなんの、これくらい』
「それでザイードって?」
『中継点のひとつさ』
コータは特に気負うこともなく答えた。
『連邦からボルダへの直行便はないわけだけど、第三国なら話は別だからね』
「あ、そういう意味なんだ」
『うんうん』
地球でも国同士の仲が悪い場合、別の国を経由するのはよくあることだ。
日本暮らしで外に出ていないミリアも、それくらいの知識はあった。
「すごいね、海外旅行みたい」
『あのねミリア、僕らは君の基準でいうと海外どころか宇宙の彼方へいくんだぜ?』
「あ、そっか」
ミリアは苦笑した。
そんな話をしているうちに、ふたりは47番と書いてあるブースに着いた。
作業中のロボットに質問する。
「ザイード・マウラ・ボスガボルダ等方面いきはこっち?」
『こちらです』
『りょうかい、ほらチケット』
『確認しました、どうぞご乗船ください』
「ありがとう!」
『いえいえ、こんな時ですが、どうかよい旅を』
ミリアは宇宙船の乗り場というものに、子供の頃に見た成田空港のような大きなイメージを持っていた。
でも案内されたところはずっと小さかった。
シャトルを思わせる小型の乗り物がいくつも並んでいるが、長さや横幅だけなら地球の旅客機の方が大きいと感じる。
だけど、それが地球の飛行機と根本的に違っているのは──むしろ船舶を思わせるどっしりとしたデザインのせいだった。
本当にこんなもので宇宙にいくのかとミリアは首をかしげたのだけど。
『これは連絡船だよ』
「れんらくせん?」
『ああ、シャトルという方がわかりやすいかな?』
「シャトル、なるほど」
連絡船という言葉は、令和生まれのミリアにはちょっと古すぎたようだ。コータはすぐに訂正した。
『僕をあのパネルの前に』
「はい」
コータを抱きかかえたミリアは、操作パネルのようなところの真ん前にコータを配置するように移動した。
そしてコータは、そのやわらかい肉球つきの前肢で、ぺたぺたとパネルを操作しはじめた。
で、それを見ているミリアはというと。
(うっわぁ、かわいい……かわいいかわいい!!)
(うえ、なんかゾクッとしたぞ、なんだなんだ!?)
背後で女の子がしちゃいけないような恍惚の顔をするミリア。見えてないが悪寒をおぼえているコータ。
そんなネタのようなやりとりをしていると、パネルが反応した。
『あいよ、こちらサリ海。なんだ、こりゃまたずいぶんと小さいお客さんだな』
商売っ気の全然ない、渋い男の声で返答が来た。
『サリ海だったかぁ』
コータが苦笑するような反応をした。それにミリアも反応する。
「さりうみ?」
『サリウム海運社。本業は運送屋だけど、頼めば人も運んでくれるし腕も確かだよ。
ありがたい。
サリ海の、これ所属データ。僕らを輸送してほしいんだ』
『ん?なんだお得意様かよ、それ早くいえや』
『相変わらず商売っ気ゼロだなぁ、あんたら』
無愛想、無骨、ぶっきらぼう。
態度はよくないがプロ意識が強く、朴訥だが信頼のおける会社。
それゆえにコータは、サリ海をよく利用していた。
『で、行先はどこよ?』
『やれやれ……特別便頼める?「森の神殿」なんだけど?』
『森のか……ちょいと待て』
そういうと、何か遠くでゴソゴソと何かを調べる音がした。
「森の神殿?」
『サリ海じゃ、ボルダの首都「カルーナ・ボスガボルダ」のことを森の神殿っていうのさ』
「へ……」
『ちがわねーだろ、都市ごと包むバカでかい森と、そこに浮かぶ大神殿じゃねえか』
男の声が割り込んできた。
『すまん猫の、さすがに森に直行便は無理だわ。連邦がきつくてよ』
『そっか、あんたらが無理ならできる業者なんていないな。じゃあ経由はどう?』
『デムデラ経由なら可能だぜ』
『デムデラ中継ステーション?珍しいね、なんであんなとこ?』
『他に寄れるとこがねえんだよ。
荒れてるのはソルだけじゃなくてナ、周辺宙域はどこもここも結構やべえ。
けどデムデラはアレがいるからよ、あそこはまだ問題ねえのさ』
『あー……ロディの英雄?』
『ああ、そうだよ』
『そっか……じゃあ、デムデラ経由で頼むよ』
『いいぜ、そのままそのシャトルにのんな。デムデラ行きに搭乗するよう設定──今したぜ』
『ありがとう』
『支払いはいつもどおり、聖女サマにツケんのか?』
『おうすまん、星間渡航費は別途天引きって約束なんでな』
『気にすんな。じゃ、いつも通り聖女サマにつけとくゼ。
おい、あとわかってると思うが、ちゃんとメシは食えよ。金がねーからってガキの腹減らすんじゃねえぞ』
『おう、あいかわらずだね君ら。ありがとう邪魔するぜ』
『さっさと乗りな』
『わかった』
そういうとコータはミリアにうながした。
『急いで乗るよ』
「う、うん」
パスッと空気の抜ける音がして、目の前にある宇宙船のドアらしいのが開いた。
ミリアはただ流されるまま、言われるままに乗り込んだのだった。
サリウム海運社:
サリウム海運社なる和名もサリ海も、コータが勝手に和訳したものですが、正式なオン・ゲストロやボルダの和訳辞書にも載ってます。コータが使った和訳がたまたま目に止まり、反対する人もないので採用されてしまったものです。
受付にいかついおっさんを配置したり、お世辞にもフレンドリーとはいえない雰囲気ですが信頼性は確かです。
また家族単位でペットごと乗船も可能なため、銀河に出た日本人の愛用率も高い。だから銀河文明の星でもないのに日本にこっそり支所が置かれていました。
言語について:
作中でのふたりの会話は日本語で、それ以外との会話は言語自動和訳でお送りしています。
コータは日本語、ボルダ語、連邦公用語、オン・ゲストロ語、カムノ対外言語その他いくつかの言語を扱えます。
ミリアは、お父さんの手紙を読んだ時点でボルダ語も理解可能になっていますが、連邦公用語とオン・ゲストロ語についてはコータと言語ライブラリを共有しています。