移動
移動開始した。
しかしミリアはすぐに困惑顔になった。
なぜなら、特別な事をするかと思いきや、町と反対方向に歩き出したからだ。
あわてて追いかけてきて、コータを抱き上げるミリア。
「こっちって山だけど、いいの?」
『問題ない、それよりおろしてくれる?誘導するから』
「だめ」
そう言うと、ミリアはそっとコータを抱きしめた。
すんすんと臭いまで嗅がれている。
『あのねミリア、僕はこれでも知的種族であって地球の猫じゃないんだけど?』
「うんうん、わかってる」
『全然わかってないよね、きみ』
当たり前だが、コータは地球の生命体ではないから地球の猫ではない。
ただの猫なら、そもそもミリアの迎えによこされるわけもない。
だが。
コータのようなタイプの生命体は人間タイプの種族に好かれやすく、油断すると愛玩目的で連れ去られやすいのも事実だ。
腕の中にコータを抱き込んで放さない。
知らない人が見たら、単に少女が黒猫を抱きかかえて歩いているようにしか見えないだろう。
(かんべんしてよ、ペットじゃないんだから)
そう思うコータだが、ためいきが出る。
このパターンには、とても覚えがあった。
とりあえず、ミリアが飽きるまでは逆らっても無駄だと。
「猫ってすぐ疲れて動けなくなるんでしょ、私が運んであげる」
『はぁ……いいよもうそれで、そこ右ね』
「はーい」
コータが右の前足で示す方向に、すたすたとミリアは歩いて行った。
「どこを目指してるの?」
『転送ポイントだよ』
「てんそうって、転送?」
『ああ、のんびり大気圏突破なんかしてたら大騒ぎになるからね』
「……そうなんだ」
『ん?何か想像してた?』
「宇宙のスゴい科学で誰にも見つからないかと」
『あー……感覚欺瞞系の装置は悪用すると危険だから、地球みたいな星への導入は禁止かな』
「転送機は危なくないの?」
『地上にあるのはあくまで子機だし、リモートで機能停止できる。万が一盗まれても地球人には解析できないようにもしてあるよ』
「そうなんだ」
ミリアはセキュリティについてよく知らなかったが、地球と隔絶しているだろう文明の品が地球人の手にわたるのは、あまりよい事ではないというのは理解できた。
山に向かう田舎道をしばらく歩いた。
ミリアはこちらの方にくる事がなかったから、途中から全く知らない場所になった。見慣れない風景に少し警戒しつつもミリアは歩き続けた。
やがて、小さな小屋のようなものが現れた。
コータの指示でその小屋の中に入ると──そこから風景はガラリと変わった。
「え」
外から見ると山小屋にしか見えないのに、その中はまるで宇宙ものの未来SF作品のよう。
ごちゃごちゃした機械こそないものの、明らかに外と中で文明のレベルが違う。
小屋の外見は偽装?
『そこ右にひねって、そうそう。これでロックされた』
「うん、これでいいの?」
『そうだよ、ではそこの階段おりて』
「え」
『はやく、質問なら答えるから歩みは止めないで』
「……」
『早く!』
「う、うん、わかった」
コータは質疑より前進をうながしてきた。
ミリアは首をかしげつつも、逆らう理由もないのでそのまま従った。
コータが知っているけどミリアは知らないこと。
ミリアに特殊な手紙が届いたのは偶然ではない。
彼女の父親は彼女と、そしてもしかしたら愛する妻を救うために手紙を送ったのだ。星間トラファガー便とは元来、危険地帯の家族の安否や、場合によっては帰国支援もセットになっているのだから。
コータはトラファガー便会社に登録した契約社員だ。
好きな仕事を選べばよくて、よさげなのがなかったら無視もOK、という好条件のもの。
もちろん仕事のない時は収入もないが、コータのような非人類型には自由がある方がありがたいもの。
頼まれるのは多くの場合が調査で、今回のような『送り届け』はたいへんめずらしい。
拒否しようかと思ったが、ミリアのプロフィール、それから母親が亡くなっているのを見て引き受ける事にした。
子供を守るのは親の義務だが、その親がそばにおらず、まわりは敵だらけ。
ならば、手をさしのべるべきと思った。
彼がミリアの元に現れたのも、そして彼女がコータを猫扱いしても怒らないのはそういう事情だったわけだ。
小屋は小さかったのに階段は異様に深く、長く続いていた。
定期的に踊り場が用意されていて、疲れたら休めるようになっている。それをいくつ超えた時だったろうか?
「!」
はるか背後の上の方で、何かの閉じる音がした。
「なに?」
『防火扉が閉じたんだよ』
「え、なんで?」
『侵入者だよ、おそらくターゲットは君だ』
「……それって」
『お父さんの手紙が届いたのを彼らも察知したんだろうね。
異星人の手紙を取りあげたい、君をお父さんのところに送りたくない……要は君を自分たちの利益に供したい連中だね』
「……」
『あー、いきなりこんな事になって迷うかもしれないけど、今は歩くべきだよ。望むなら、あとで選択肢はあげるからさ』
「選択肢?」
『お父さんのところに行くか、それとも地球の関係者におとなしく捕まるかだね。僕としては、今、地球に残るのは全くもっておすすめできないけどね』
「……」
『足が止まってるよ、ミリア』
「う、うん、歩く……やだよ捕まるなんて」
『だったら歩こう。ね?』
「うん、わかった」
ミリアは少し迷ったようだが、結局は進むことを選んだ。
いくつの扉をくぐったのか、もう忘れてしまうほど降りた先にその部屋はあった。
「これが?」
『転送機の子機。転送先は僕らの勢力の基地のひとつだよ』
「……そうなんだ」
『このまま円の中心にたって。僕が起動するから』
「わかった」
ミリアが中心にたつとコータはミリアの腕からおりて、機械らしきものをチャッチャッと前足で操作した。
「何かすることある?」
『そのまま中心にいて──よし、動くぞ』
何かがキラキラと輝いた。起動したのだろう。
ミリアの足元に戻ってきたので、すかさずミリアは再びコータを抱き上げた。
「これでもういけるの?」
『カウントダウンするよー』
「あ、はい」
『10、9、8……3、2、1、転送』
次の瞬間、ミリアとコータは巨大な施設のど真ん中にいた。